第22話:感謝の意
ボトリ、と自身の腕が落ちたのを確認した。影に飲み込まれ落ちた腕は跡形もなく消え去った。これで印を跳ね返され、自分に返って来た証拠だ。ちっ、と舌打ちしたラークは悔しそうにその場に座り込んだ。
「あーあー、やっぱり魔王には勝てないね。印も跳ね返された上に腕まで持って行きやがって………再生もタダじゃねぇってんだ」
新たに腕を生やすもイライラは収まらない。印は同じ人間の奴に付けたが血を吸ったのは彼女が初めてでありその味も、快感も今思い出すだけでも興奮してくる。
「さーて、どうやって手に入れようか。サスクール様の前に、早めに手を出さないとな……あれは他の連中に知られる訳にはいかない」
人間の血なんて不味くて無理だと思っていた。魔族は魔物を喰らうだけでも回復はするし、人間を喰らう必要もない。だが、あの時の自分は何故か自然と彼女に吸い寄せられるようにして印を付け、不味いと思った血さえ飲み込んだ。
美味だと、初めて感じそれを魔王であるサスクールに知られるなら我慢も出来たが他は許さない。あれは、あれは自分の物だと狂気にも似た感情が自分を支配していく。
「……くくっ、ここまで虜にさせられるなんてね。名前、憶えたかったなぁ」
助けに入った騎士も名前までは出さずにいた。そう、ラウルと呼ばれた騎士は何故か名前を言わなかった。咄嗟に出ても良いようなものだか、彼は必死で出さないようにしていた……恐らく、自分の性格を見抜かれたか危険な警報があの騎士の中で渦巻いていたのだろう。
「彼女同様、勘が鋭いのは厄介だねぇ~」
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喰われた、と傍から見れば思うような光景。しかし黒い狼はブシュリ、と血が出たような音に死んだかと思われた。が、それはすぐに裏切られた。狼がグシャグシャ、と音を立てながら喰らうのは黒い魔力の塊。
麗奈の首筋に現れている印がそのまま浮き上がり、それを跡形もなく喰らおうとしている。しかも憎々し気にバキリ、バキリ、と足蹴りしながらも行う光景に唖然とするしかない。
(2人を喰らっているように見えるけど、呪いの元を喰らっているのか)
「ガロウ、それ以上喰らうのは止めておけ。お前が腹を壊すぞ」
≪ガウ!!!ガウガウ、グウウウウ!!!!≫
低く唸り未だにグシャリ、バキリ、バキッと嫌な音を立てて行う喰らいながらも破壊する行動。余程、イライラしているのかもしくは呪いを行った相手が憎いからなのか床をダンダンとぶつけている。
「………あれ」
ふっと眠そうに起き上がる麗奈は目を擦り寝ぼけているのかキョロキョロと周りを見渡す。人が居る気配を感じそちらに視線を合わせれば、バフっと急に視界が暗くなり≪ガウ~♪ガウガウ♪≫と嬉しそうにする動物にベットに再び沈む。
「う、何?………狼?」
≪ガウガウ≫
「……名前、ガロウ?って言うの?」
≪クゥ~ン♪≫
『止めろ――――!!!!』
突然の静止の言葉と共に吹き飛ばされる狼は自分と対峙する白い犬に敵意を剥き出して来た。風魔は怒りオーラを全開にしどんどん殺気に満ちたような雰囲気になっていく。
『お前~~~こっちが動けないのを良いことに主にすり寄って!!!誰だ。主に触れて良いのは私だけだ!!』
≪グゥ~~~~!!!≫
『待ってて主。アイツは私が葬るから!!!』
「黙れ!!!!!」
怒声と共に狼と風魔に向けて枕を投げ付けたのはユリウスだ。息を切らしながらも怒りが頂点に達したのか「喧嘩なら外でやれ!!!」と言えばビクリとなった2匹はそのまま外へと移動した。あまりに状況にイーナスは衝動的に2人を抱きしめた。力一杯に抱き寄せ「無事だよね、私の事分かる?」と言えば苦しそうにしながらも「イーナス」と同時に答え嬉しさのあまり頭を撫でまくる。
「ランセ!!!君、あの騎士になんて命令下した訳!?殺しに来てるんだけど!!!」
「……チっ、半殺しも出来ない位に成長したか」
「何言って…………え、主ちゃん、陛下?」
「キールさん!!」
「何でそんなにボロボロ………」
かすり傷があり服は所々に切りつけられているのか破けている状況で、目が覚めた2人に呆然となり段々と状況を理解してきた。魔法の治癒も霊薬を行っても全然効き目のなかった2人。ランセの介入があったのはすぐに分かり、彼を見ればニヤニヤと意地の悪い表情をしていた。
安心したその時、黒い騎士が剣を振り下ろすのとそれを跳ね返したのは同時だ。その余波で部屋が半壊に近くなりそれを聞きつけた誠一が全員に雷を落として説教タイムへと突入。
まさか、黒騎士も一緒になって怒られるとは思わずガロウを見ればガクガクと震えており自分以外に絶対に逆らえない存在が居るのが分かり嬉しくも思った。状況に付いていけない麗奈とユリウスは、大人が大人に怒られていると言う奇妙な光景にどうして良いのか分からずにいれば同時にお腹が減ったとばかり鳴った事に2人して顔を真っ赤にした。
「コホン、良かったな。あの2人のお陰で正座する時間は短縮だ。……心配させた罰だ、あとで皆に謝るんだぞ」
優しく頭を撫でられあとから来たゆき達にもみくちゃにされながらも食堂へと連行されていく2人。イーナスは改めてランセにお礼を言った。本人的には出来る事を最大限にやっただけだが、感謝されるのは昔から気持ちがいいものだと知っている。
「助けられたなら良かった。キールにも罰を与えた事だし気分が良いよ」
「どんな命令をくだしたのかな!?」
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「良かったです、麗奈さん、ユリウス君!!」
「すみませんでした、裕二さん」
「ホント、ごめんなさい」
申し訳なさそうにする2人に裕二はずっと泣いていた。ゆきが隣で紙を用意する程になり、リーグは嬉しそうにユリウスの傍から離れずに陣取り他の者は来るなと言わんばかりに侵入を許さない。
ヤクルはほっとしたのか涙を流し、セクトが「おーヨシヨシ、涙もろいな」と優しくすればラウルとベールが2人に朝食を持ってきていた。
「目が覚めたとはいえ、一応は病人ですから。またフリーゲに怒られたくないのでお粥で我慢してください」
「む、俺達は普通に食べたが?」
「君のような戦闘バカと陛下と麗奈さんを一緒にしないで下さい。ヤクルとラウルが規格外なだけなのでお気になさらず」
「ベールさん、俺も一緒に傷付けて面白いですか?」
「えぇ、それはもう楽しくて楽しくて♪やっぱり2人が居ないといじり倒せないので。はい、あーん」
と、ベールはユリウスに笑顔で少し冷ましたお粥を差し出してくる。は?と思わず目を瞬きを繰り返し意味を理解するまでに数秒かかり断って来た。気持ち悪い!!とはっきりと言いベールは「悲しいですねぇ~」とまったく困ったように言っていない。
「呪いから解かれた人間は居ないのですから、病人として扱うのは普通ですよ陛下。見て下さい、麗奈さんなんて素直にされるままですよ?」
「はい?」
促されて麗奈の方を見れば、ラウルからフー、フー、とお粥を冷ましてレンゲを運び口へと運び丁寧に食べさせる光景に。何でそんなにされるままなんだよ、と考えれば服を引っ張るリーグに「僕がする?フーフー出来るよ?」と進言してきた。
数秒でベールに頼んだユリウスは隣でふてくされるリーグを無視してお粥を平らげる。正直、年下に食べさせて貰うのは心が痛いと思いながらもそれを口に出すのは止めた今以上に拗ねるのは目に見えているからだ。
「サティ達が熱を出した時も同じような事をしたからな。慣れているだけだ」
「流石、お母さん。リーグ、ラウルの事はこれからお母さんと呼んでおけ」
「誰がだ!!兄さん余計な事言わないで下さい!!!」
「はーい、了解です隊長!!お母さん、熱出したらよろしくね」
「順応するな!!!兄さんと仲良くしなくていい」
聞こえてくる楽しそうな声に、見張りをしていた兵士達もそれを影ながら見ていた騎士団達も嬉しそうにしており空気が暖かくなる。フリーゲもそれを見ており「良かったな、嬢ちゃん、陛下」と大きな問題が1つ解決へと導かれた。
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ラーグルング国から遥か離れた北の土地、騎士国家ダリューセク。
魔法を扱える者はラーグルング国よりも少なく、聖騎士と呼ばれる者達が代々国を守り大きな脅威にも立ち向かってきた。騎士学校もあり、多くの貴族や平民達が武器を取る為、または自分の命を守る為に生き残る為に武器を習う。
この世界には精剣と呼ばれる物が存在している。魔を絶つ聖ではなく精霊の力を宿した精剣。この世界には国が存在する毎に精霊が多くいる。精霊が多く存在している所には自然と魔法を扱う者達が多く集まりやすい。
各属性の中で力の強い精霊が存在し大精霊と呼ばれるそれは召喚士が扱うには過ぎた力、扱えても自分の命を使ってでも扱えるかどうかと言う程に強い。その力を何とかして武器に収めた召喚士達が存在していた。
彼等は魔族を打破する為の力を生む為、国を守る為の守護として武器と言う人にも扱えるようにと改良を加えて作り出した。何十人、何百と言う召喚士の屍を積みながらも完成したその精剣。簡単に壊れる訳には行かず、武器造りの達人のドワーフ、精霊の言葉を聞く種族のエルフ、加工技術に優れた獣人が協力して武器を作る大掛かりなもの。
彼等の協力無くして精剣を完成する事は叶わず、自身の魂を犠牲にして自分の体に精霊を収めそのまま武器へと転身する召喚士達のお陰で作り出せたのは4つ大剣。
その1つであり、騎士国家ダリューセクの守護剣でもある精剣・イヌシム。氷の大精霊であるフェンリルが封じられた影響からか氷と水が豊かな国として別名水の都とも言われているこの国に魔族の襲来が起きていた。
ラーグルング国に襲来した時よりも遅いが、大軍となして現れたのは同じであり豊かでいた国は一気に恐怖に彩られた。国の王女でもあり陛下としても居るセレーネ・ウィル・ダリューセクは国唯一の召喚士。彼女に警報を鳴らしたのは幼い頃から傍に控え自分を支えて来た精霊のウィント。水の都とも呼ばれる中、精霊も水や氷に絞られておりウィンともその1つ、姿は女性であり突然の襲来に焦りを感じていた。
「すみません、姫様。私にもっと力があれば」
「いえ、ウィント。魔族の襲来は何十年かに一度、戦いがあまり起きない今の時代では仕方のないことです」
水晶を思わせるよな綺麗な蒼い色の髪に、緑の瞳の彼女は召喚士としての衣装でもある白と水色のローブを身に纏い魔族が現れた場所へと向かう。
「がはっ……」
血を吹き苦しみながらも剣を持ち襲来した魔族を睨む騎士。そこに腹を貫き絶命させた騎士をゴミのように捨てた魔族に、うっと思わず目を背ける。自分の国の者がやられ、涙ながらに前を向き杖を振りかざす。
「ウィント!!!」
水の精霊の彼女を使い魔族の動きを封じる。そのまま氷漬けにしようとするも、黒コートの魔族はニヤリと笑いそれを弾き返す。瞬時に王女の前に現れ殺しに掛かるもその手前で剣が振るわれた。振るったと同時に光を帯びていたそれは軽く掠っただけで魔族の腕を消滅させた。
「ちっ、聖騎士か」
「貴方は下がって下さい。狙われています」
現れたのは金髪に銀の瞳の聖騎士と呼ばれる者。彼は鎧を身に纏う事無く、軽装な服で現れた。息を切らしながら来たのはここに辿り着くまでにかなりの時間を有した事、自国の姫が狙われている事に気付き部下を置いて優先しに来たからだ。
「もう消えて良いぞ」
「!!」
バチリ、と黒い球体が魔族に襲い傍に居た魔物を消滅させる。白いローブに長髪の白い髪の若い男性は「フォフォフォ、しぶといなぁ」と緩く言うも攻撃の手を緩めずに次々と魔物を消滅させる。
「お前、なんだ………」
「なんだ?か…………大事なお嬢さんを傷付けたイライラをお前さんにぶつけているただの老人だ」
パチン、と指を鳴らし音が響く範囲に居るであろう魔物だけを消滅させていくウォーム。彼はまだ目が覚めていない麗奈が心配であり、ゆきも元気を無くしている。その状況に久々にイライラが募り強い魔力を感じで飛んだ先がこのダリューセクの惨状。
やはり、と思い同時に行われていたであろう襲来に沸々と怒りが沸き上がり同時に魔力も反応するように大地を揺らす。
「お前達の所為で笑顔であるはずのお嬢さんを奪った。その罪は重いぞ、魔族!!!」
黒い球体が段々と形を形成し剣、弓矢、槍、斧と様々な武器を並べ目標へと打ち放たれる。目標に当たらなくとも爆発を起こし避けた先から起こるそれらに闇を纏いながらもしつこいなと身に覚えのない事に首を傾げる。
「ん?」
咄嗟に避ければ目の前には黒い大剣を携えた黒い騎士。甲冑に身を包んだそれは重い装備の割に動きが素早く殺しに掛かる動きに、聖騎士ではないなと感じた。
(あの闇の感じ、同族ではないが………嫌な気配だな)
形勢を不利と悟りとっと消えたのと大剣が振り下ろされたのは同時。黒い騎士は声を発する事無く影の中へと消え、ウォームは後片付けとばかりに杖を振るえば浮き上がるのは魔物達。
「ほいっとな‼」
黒い球体に吸い寄せられそのまま全てを飲み込んだ。一瞬の内に大軍が倒され、圧倒される光景に口をポカンと開けたままの騎士と姫。ウィントはウォーム近付くと「お久しぶりです」と懐かしむ。
「はて、誰だったかな?」
「いえ、それでも構いません。お礼を言わせてください」
「………ただの腹いせに来ただけなんだがな」
「さっさと戻ってくれないかな!!!」
バシリと叩いたのはキールだ。「主ちゃん起きたんだけど?良いの、会わなくて」と脅しとも取れる光景にウィントは目が点となりウォームはクルリと嬉しそうに回っている。
「フォフォフォ!!!起きたのかい、お嬢さん起きたのかい!!!おー嬉しいのぅ、嬉しいのぅ」
「全盛期のままおじいちゃん口調止めて。目が覚めてから2日だけど元気にしてるから」
「んー、なんかプレゼントしたいのぉ。お、そうだ髪飾りでも」
「嫌われたいならずっと居れば?」
シュン、と風を切るような音をしたと同時にキールの姿は見えなくなりウォームも慌ててそれを追いかけていく。ウィントは唖然となりながらも国を救ってくれたウォームに感謝し国の復刻へと言う新たな仕事に向かった。
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「お嬢さん!!!」
「あ、ウォームさん」
転送ですぐに駆け付けたウォームはそのまま麗奈に抱き着いた。身長が代わろうとも声が代わろうともすぐに名前で呼べる麗奈にキールは良かったね。と思ってもいない事を言い捨てる。
「むー心配したんだぞ?お嬢さんの身に何かあったらワシはもう困り果ててしまうんじゃ。良いか、危険な所には行かない近付かない、だ」
「ご、ごめんなさい」
「んー。可愛いお嬢さんの為ならなんでもする」
≪ガウ!!!≫
『離れて――――!!!!』
ウォームを引き剥がそうとするガロウと風魔に構う事無く麗奈を抱きしめていた。ランセは戻って来た黒い騎士から魔族は殺せなかったのを感じ取り同族を狩れなかった事にイライラを募らせる。
「あ、聞いてくれお嬢さん。ワシな、人助けをしたんだぞ?ダリューセクに襲来した魔物を滅ぼしてきたぞ」
「あ、あの、国は……ありますよね?」
「国を滅ぼす様な事はせんせん。そんな無利益な事はしない」
「ダリューセク、初めて聞きました」
その後、キールから騎士国家が魔物襲来を受けた事から他の国でも同じような事が発生していると告げた報告にイーナスは「他国にホイホイ行くな!!!!」と束になった報告書を投げ付けられ理不尽な目にあったキールは嘘泣きで麗奈に駆け付ければ「酷い人だよね!!!」と同意を求めてきた。
その後、程々に叱るようにお願いした麗奈にイーナスは無言でキールを睨み付ける。が、「理由があるなら別に怒っても良いよね?」と笑顔で言われ、思わずそれならば……と納得した麗奈。
その途端、勝ち誇ったようなイーナスにキールは舌打ちした。
「宰相と師団長は彼女に甘いんだね」
「……魔王の貴方にそう言われると何も言えません」
「陛下も大変だね。はい、キールの書いた報告書」
「すみません、雑務をさせて。あと助けて下さってありがとうございます、ランセさん」
「素直な子は好きだよ。……君と影を扱う騎士君が完全に動けるようになったら色々と教えてあげる。戦い方と魔力の使い方、生き残る術を教えるよ。厳しいから覚悟しておくように」
すっと立ち上がったランセは宰相の部屋を出て行く。まだ騒ぎ立てるキールとイーナスに楽しそうな日々がまた来るんだなと思いながらも、それを作ったのは異世界から来た彼女達に感謝しかないな、とランセの表情もまた楽しそうにしていた。




