第226話:向けられる憎悪
ザジが麗奈とユリウスを戻そうとしていた頃。
ランセは激しい攻撃に晒されていた。頭上だけでなく、四方から来る黒い刃の嵐。
それらを防御しつつ、接近しようと試みると動きを制限された瞬間に叩き出される。
何度も隙を見ようとするが、相手はそれすらも読んで先へは行かせないでいる。
対峙している先には、ミントグリーンの髪にオレンジ色の瞳。そして、死神の象徴である朱色の瞳を宿した魔王サスティス。彼がランセの行動を妨害し続けていた。
「生前で勝った事がないのに、勝てるとでも思った? そんなの無駄なのにさ」
「っ……。何故、邪魔をする。彼女を乗っ取られれば終わりだ。世界の崩壊を止めるには――」
「邪魔するに決まってるだろ」
「!!」
一瞬の内に距離を詰められた時、ガシリと何かに掴まれた。
死神は生者に対しては攻撃は出来ない。死期を早める様な事は、デューオにより止められているからだ。
しかし、それを知っているのは創造主と死神だけ。デューオが作った世界の住人がそれを知る術はない。
なんせ、死神は魔族でも人間でも気味の悪い存在として嫌っている。好き好んで、死神を調べようなどと思うような人物はいない。
ランセが自分の足元を見れば、掴まれているのが骨の手だと分かる。魔物なのか、人間の手なのか分からない。だけど、そう認識した途端にとんでもない力で放り投げられた。
空中で受け身を取った瞬間に青白い炎に包まれる。
「ぐうっ」
「生きている人物に掴めなくても、方法はいくらでもあるんだよ」
距離を取るランセに対して、サスティスは追おうとはしない。
彼の後ろでは倒れたままの麗奈がいる。
息苦しそうに呼吸を繰り返しているのを見て、ギリギリの所で抵抗しているのが分かる。
ザジが彼女の精神に接触し、内側からサスクールを引き剥がそうとする。
その意図が分かるからこそ、サスティスは必要以上の攻撃はしない。
ランセが近付いた時だけ対処をする。
その繰り返しをされ、ランセも苛立っているのが分かる。だが、彼も派手な魔法は使わないでいた。
ようやく取り戻したヘルスと、倒れたまま動かないユリウスの心配をしていた。彼等の傍には、ユリウスが契約している大精霊とその眷族がいる。
滅多な事では倒されないし、ランセの魔法にも耐える事は可能だろう。
(本当に取り戻せると思っているのか。ヘルスの時だって、かなりギリギリだったのに……)
ついさっきまでの事を思い返す。
サスクールに乗っ取られたヘルスは、ユリウスの魔法によってどうにかその支配を逃れた。彼が精霊と契約をしなければ、もしくはその前に麗奈が同じ魔法を扱うアシュプとの契約に進まなければ――こんな奇跡は起きない。
本当なら、ランセだって麗奈を攻撃などしたくない。
だが、最悪の事態を考えると彼女を始末しないといけないという心苦しさがある。
精霊に囲まれ、光の大精霊・サンクの記憶と感情を取り戻した。
奇跡の塊のような存在である麗奈には生きていて欲しい。そんな葛藤が読み取れたのか、あるいはそれが隙になったのか眼前にまで迫るサスティスに気付かなかった。
「考え事とは余裕だな」
「っ」
死神の能力なのか、気付いた時には下へと落とされそのまま身動きを封じられる。
無理に起き上がろうとした時、自身の魔力が抜かれる感覚を覚えた。
「な、にを……」
「動けなくするならこれ位はしないとね。アイツは絶対に取り戻してくる。黙ってろ」
(アイツ……?)
パートナーであるザジの事をランセは知らない。
そもそも、彼が死神と会うという奇跡もサスティスが起こさない限りは絶対に起きない。デューオもその辺の事情も聞かないでいるのを、不思議に思っていたがすぐに気付いた。
ワザと見逃されている。
もしくはそれ位なら支障はない、という事なのだろう。
(分かってるけど、デューオの思う様に動かされているのが腹立つ……)
創造主であるデューオは、何故か魔王であるサスクールの事を消したがっている。
自分で創った世界に干渉できる範囲は決まっているらしい。
同じ創造主の決まりなのかも知れないが、それをサスティスが知る事が出来るかと言えば不可能なのだろう。
手を出せる範囲は決まっている。だったら、自分の手足として動かせる駒が必要だ。
それが自分達――死神。
死にゆく魂を狩る存在。
その魂は、冥府を管理している女神であるエレキへと送られる。生者に手出だしは出来ないが、代わりにこの世界に存在する全てに干渉はできる。
魔王であろとも、精霊であろうとも。種族なんて関係なく、死神である自分達は魂を狩れる。今のサスクールは魂だけの存在。肉体は既にないと聞いている。
だから、本来ならサスクールは狩られてもおかしくない。
(乗っ取った人間が死ぬ前に、別の人間に乗り換える。だからこちらの干渉を逃れられる)
いつまでも逃げられるのは、サスクールが瞬時に別の人間の体を乗っ取るからだ。
死神の生者に手が出せないというのを知っているように、何度も。
だが、どういう訳か麗奈に対しては執拗だ。
そしてそれを何故かデューオも知っている。最初に見張りを頼まれたのは、それを確かめる為だったのかと思ったが彼は笑って否定した。
「寂しがり屋な奴がいるから、素直にでもなって貰おうかと。ただの再会だよ」
再会と言っていた。
誰と誰の再会なのだと思ったが、答えはすぐに分かった。麗奈とザジの2人に対してだ。
ザジは麗奈と会うたびに何かを思い出していく。そのザジの行動をデューオは抑えるでもなく、そのまま放置。好きなように動き、好きなようにさせていた。
ディルバーレル、ニチリ。そして、サスクールに捕まった麗奈の傍にザジは関わった。サスティスは、ニチリで麗奈にクラーケンの事を教えた。
精霊が魔物になるという現象はかなり珍しい。そして、それを元に戻すという事も――。
それを成した麗奈。彼女に協力したハルヒは、その時にクラーケンを自分の精霊として契約した。呪いや闇の魔法に染まってしまった精霊は、魔物へと堕ちる。それを浄化した奇跡が出来たのは虹の魔法。
その奇跡を起こした麗奈を、サスクールは魔王として使おうとしている。
それを止める為にユリウス達は行動を起こした。それは死神であるサスティスもザジも、同じなのだ。
「邪魔はさせない。そこで大人しく――」
「待って下さいっ!!!」
「うわっ」
自分に抱き着いている人物を見て、目を丸くした。
黒髪に黒い瞳の少女は必死の表情でサスティスの事を止めに掛かっている。
「お願いします。仲間のランセさんの事を傷付けないで下さい!!!」
「……麗奈、さん?」
ランセは驚きながらも、思わずそう聞き返した。
すると、麗奈はハッとなりながらも「今、止めていますから!!」と元気よく答えた。
「平気だよ。ちょっと痛めつけた所で、死にはしないよ。加減はちゃんとするし」
「そういう問題じゃないです。だって、これは私の所為ですよね!? 大丈夫です。ザジとユリィに助けられましたから」
「そう? それなら良かった」
ピタリと攻撃の手を止めたサスティスに麗奈は安堵している。その緩んだ表情にサスティスは優しい笑みを浮かべたかと思うと、次にはそっと抱きしめられている。
突然の事にランセも麗奈も、驚きのあまりすぐには対応が出来なかった。
「あ、あの……サスティスさん?」
「実際に会わないと不安だったしね。良かった、ザジが役立ったようで安心だよ」
「どう言う意味だ、それは」
「おっと」
すぐに引き剥がされ、麗奈が戸惑う内にザジが触れさせないようにと固く抱きしめる。
しかも、今まで見た事ない位にサスティスの事を敵視している。その変化に目を丸くしたサスティスだったがすぐに、ニヤニヤとし始める。
その態度に対し、ムカついたように舌打ちをするザジに麗奈は「まぁまぁ」と宥める。
「なんなの、その変りよう。……彼女の精神に触れて、一体どんな事したのさ」
「うっせぇ。お前に言う必要はない」
「はいはい。今は答えなくて良いよ。今はね」
サスティスの言葉に意味に気付いたザジは、麗奈を守るべく前に乗り出した。ザジが前に出た瞬間、麗奈は爆発に包まれるのを見た。
「ザ、ザジ!?」
「ダメだよ」
ザジを中心に爆発したが、麗奈はすぐサスティスによって避難されている。動きが封じられていたランセが、辛うじて起き上がるとサスティスの事を睨んでいた。
「ほらほら、怒ってる君には魔力を与えよう」
「なっ、んだと……」
何の冗談だと思ったが、急激に魔力が回復する感覚に戸惑う。麗奈はザジが無事なのか心配だったが、サスティスには平気だと言われ大人しくするようにと言われてしまう。
「で、でも」
「君は引き剥がされた直後だ。奴がまだ狙っている」
「え」
その時、麗奈に向けられる寒気を感じた。
ユラリと立ち上がった影は、麗奈にそっくりだ。見た目が似ている事に寒気を覚えたのではない。体の支配を逃れた麗奈に対してなのか憎悪が肌に突き刺さる。
「またか……。またしても、邪魔をするのか。創造主!!!」
発せられた言葉はこの場に居ない者に対して言われたもの。
サスティスの傍に戻っていたザジは「終わらせる」と、サスクールと同じように憎悪を向けていた。
黒い影は麗奈の姿をしていたが、既にその原型を留めていない。突如として体が大きく膨れ上がり、足場としていた闘技場が遂に崩壊した。




