第221話:別れの決断
九尾は誠一が来たのを嬉しく思うのと同時、すぐに注意を始めた。
『主人っ、気持ちは分かるが今は抑えろ。嬢ちゃん、精神的に不安定になってるから』
「うっ。すまん……つい怒りで我を忘れてた」
謝りつつ九尾とヘルスの元へと合流をする。
ヘルスは2人の仲の良さにクスリと笑いつつ、サスクールを観察する。
ラーグルング国でもその姿は確認出来なかった。同じ魔王であるランセがその気配と魔力を感じ取り、由佳里は別の魔王に対処をしていた。彼女には風魔しかおらず、騎士団も魔道隊もサスクールの仲間と思われる魔族を相手にしていた。
大軍の魔物が場を荒し、ラーグルング国の被害は広まるばかり。
その時にランセから連絡があったのだ。
サスクールの気配が由佳里に近付いているのだと。
(だから私は由佳里さんの元に走った。そして……彼女を守れずに失った)
その時の事を思い出し悔し気に唇を噛む。
ヘルスが由佳里を一刻も早く元の世界に戻したい。最後に口に出したのは娘の名前。だから彼は自然と向かった。
由佳里と会った場所――東の森へと。
彼女も話していた。この東の森の柱は、他の柱と違う感じがするのだと。
だからこそヘルスは賭けた。もし戻れるのであれば、由佳里と会ったあの場所だ。急いで向かいどうにか戻れないかと確かめた。
そんな時だ、東の柱が赤く輝いたのは。
ヘルスは気付かなかったが、柱の近くに由佳里を横たわらせていた。その時の彼女の血に、東の柱は強く反応を示した。
東の柱を守るのは、四神の1つに数えられている青龍。
そして、青龍と朝霧家は昔から強い繋がりがあった。竜神の子供だった彼は、青龍と名を与えられその名を与えたのは朝霧家の初代当主――朝霧 優菜だ。
『どうにか力を貸せるのはこれが最後だ。……すまない』
「え?」
柱から声が聞こえた。男性の声であるのが分かったが、急に赤く輝いた現象に急いで由佳里の元へと急いだ。離れないようにしたその瞬間、ヘルスは現代へと渡っていた。
そして、あろうことは降り立ったのは朝霧家の敷地内。最初に会ったのが娘の麗奈であった。
今にして思えば、あれが自分の罪と向き合う為の運命だと思わずにはいられない。
(麗奈ちゃん……)
その時の事を思い出し、ヘルスは捕まっている麗奈を見る。
彼女は自分が協力を申し出た事で、この惨劇を生み出したのだと考え自分を責めている。
ボロボロと流れる涙が、後悔している表情がとても痛々しい。彼女の所為ではない。仕組んだサスクールが悪いのだ。
人の弱みに付け込み思い通りに操る。
「誠一さん、九尾。私が奴の足止めをします。……麗奈ちゃんが捕まっている術は、私には解けないですから」
「……九尾。やれるか?」
『嫌な気だし、正直に言って嫌いな奴の感じしかしない。が、今はそんなのどうでもいい。嬢ちゃんの為だ。突破口は作る』
「よし。――行くぞ!!」
麗奈の方には誠一と九尾が向かい、サスクールにはヘルスが対応する。
触手のように伸びたそれは、誠一と九尾にではなくヘルスへと攻撃を仕掛ける。その全てをヘルスは手を横に払う事で完全に防いだ。
防がれた触手の先端に、虹色の光が纏わりつき再生が叶わない。思わずサスクールが舌打ちをし、怒り狂う。
「虹……。貴様っ、創造主と同じ力、だと!!!」
また邪魔をするかと叫び、その攻撃は激しさを増す。
ヘルスはそれを冷静に対処し、自分に向かって来る攻撃に対し不敵な笑みを浮かべていた。
(そのままこっちに集中していろ!!!)
チラリと誠一と九尾を見つつ、触手だけでなく影からの攻撃にも対応する。
ヘルスの周囲には虹の光が展開している。どれだけサスクールからの攻撃に対しても、効果はなく全てが触れる前に消滅していく。
その力に、サスクールが激高した。
必ず自分の計画を邪魔をする存在。その存在とヘルスの扱る魔法が、嫌なもの全てに繋がる。
嫌いな存在であり、全てを壊すと決めたのだから。
一方で誠一を背負い駆け付けた九尾は、麗奈に声をかけ続けた。その間、誠一は札の解析に勤しんでいる。
(この術式……初代の使うものと似ている?)
魔王サスクールに術を施したのは、同じ陰陽師であるユウト。土御門家の人間であり、当時の当主であった幸成によって処刑された表にはその存在を隠された人物。
九尾がその気を感じ取りまた気分が悪くなるもの無理はない。
なんせ、彼が九尾に呪いを施した人物だからだ。
彼は呪いの実験の為に、子ぎつねだった九尾に呪いを付与した。その結果、その子ぎつねは自我を失い暴れた結果――九尾と恐れられ厄災を振りまき続けた。
彼等がこの事を知る事があったとしてもかなり先の話。
だからこそ九尾は陰陽師が嫌いなのだ。自分に呪いを付与し、討伐してきたからこそ――身勝手な人間は嫌いだ。
彼は誠一に会わなければ、巡り合う事がなかったら九尾はずっと人間が嫌いになっていたかもしれない。その価値観を変えた誠一と朝霧家の人達には感謝しかない。
『嬢ちゃん。今、助け出すから待ってろ!!!』
「うぅ……私……私っ……」
『主人!!!』
「分かってる。焦らせるな!!!」
自分を責めている麗奈に、九尾の声が届いていない。思わず誠一の事を急かすと、彼も分かっているように解読を早める。
確かに使われている術式は、初代が扱うものと似ている。だが、それでも魔族になったユウトは独自に術を編み出し続けた。人間では絶対に得られない程の時間が魔族に流れる。数百年も生き、そしてその間も彼の心は改心する事はないまま呪いを強化。
誠一も初めは解けると思っていた。何重にも術式が組まれており、最初の部分を解けるのはそれほど時間がかからなかった。
だが、解いていく中で気付いた。
解けば解くほどに、術式はどんどん複雑になっていく。1つ解いても、2つ目、3つ目の術式が絡み合って別の術式へと変化する。
事前に解かれるのも分かった様な仕掛けに、思わず誠一は舌打ちをした。
(この相手、解かれるのを前提に作ったのか? ちっ、どこまでも用意周到な!!!)
術式を解いていく内に、誠一は分かった事がある。この術を施した相手は、同じ陰陽師であると同時に自分では決して勝てない相手。
術の完成度が、どう頑張っても誠一より上だと言う事を。
「だからって、そう簡単に諦めるか。娘を攫おうとした奴等なんかに!!!」
『っ、くそ!!!』
そこで九尾の静止が入る。何だと思い頭上を見上げた。幾重にも重ねられた黒い手が、誠一と九尾に狙いを定めている。ゾッと背筋が凍るが、誠一も怨霊との戦いで培われた経験がある。瞬時に結界を張り巡らせ、衝撃の備えた。
「誠一さんっ!!!」
ヘルスの焦る声が聞こえるが、誠一はそれに答える余裕がない。
九尾も尾を使い、自分の操る雷で追い払おうとするも数が多くて処理が追い付かないでいる。その攻防をしている内に、誠一の首を締めあげている。
麗奈がそれにハッとなれば、次に見たのは思い切り地面へと叩きつけられている父親。
そんな彼女にサスクールは囁いた。父親を殺しても良いか、と。
「っ!! や、やだ……」
「なら誰が良いんだ。狐か? あの男か?」
「こ、これ以上……傷付けないで。私、付いて行く!! もう傷付くのは見たくないの!!!」
そうお願いをしている間にも、父親である誠一は抵抗を試みる。結界を張ろうとも、術で対抗しようとも数が多すぎる手に対処が遅れていく。
その度に殴られていき、遂には鋭い刃となって足に突き立てられた。
「ぐぅ……!!!」
「やだ。お父さん、お父さん!!!」
「れい、な……」
それでも歩みを止めない誠一に苛立ちを覚えたサスクールは、全方位に黒い刃を作り出す。瞬時に危険を察知した九尾が、体を大きくし誠一を守る様にして盾になる。
『があああっ。こんのっ!!!』
刺されても誠一への攻撃を止めない。具現化をしている九尾は、怨霊での攻撃に対してはそれなりにダメージはある。サスクールの攻撃も怨霊と同じという意味なのか通る。九尾にとっては嫌な力だと感じ、すぐに誠一を抱えて離れる。
赤い毛色がみるみる内に、黒く変色していく。同時に体を蝕む力が感じ取れ、身動きが出来なくなった。
『ぐぅ、なんだ、これ……。いや、この感じ』
「こっちの世界でも呪いは通じるようだな。しかも、お前にはかなり効いていると見える」
『や、ろうっ……』
「良いよ、九尾……。もう楽になって。わ、私が行けば収まる……収まる、から……」
追撃しようにも体が言う事を聞かず、九尾は首を振った。
誠一は助け出した際に気絶している。しかも、足だけでなく背中にも刺されたのが見えた。手当をしてからでは間に合わないのが分かり、悔し気に麗奈を見る。
涙ながらに九尾と誠一に別れを告げる麗奈は、そのままサスクールと共に異世界に行く。
そう決断した時だった。
麗奈を守っていた黒い力ごと、虹の光が突き破る。驚いている内、落下しているのが分かり目を閉じた。
思った衝撃が来ない。地面にそのまま落ちると思っていた、麗奈を抱き上げたのはヘルスだ。
「麗奈ちゃんは行かなくて良い。消えるのは私の方だ」
「……え」
サスクールの動きを虹の光で封じた先には、黒い亀裂が出来上がっていた。
ヘルスは九尾と誠一の元へと麗奈を連れて行き、怪我を治した事で2人が眠っているのを伝える。思わず本当なのかと問う麗奈に、ヘルスは迷うことなく安心だと言った。
「2人の記憶から私の事は消したからもう平気。あとは君だけだ。麗奈ちゃん」
それは前から決めていた事。
ヘルスは初めから、自分という存在を無くした上でこの世界で暮らす事を決めていたのだと言う。誠一から常識を教わり、お金の単位も学んできたのもその為。
別れを告げるヘルスに、麗奈は思わず抱き着いた。
このまま別れるのは嫌な予感がする。麗奈はそう思い、頑なに離れようとしない。そんな彼女にヘルスは困ったように笑みを浮かべるだけだった。




