第21話:解呪
はっと気付き痛む体を無視して起き上がった。包帯をグルグル巻きにされているが、そんな事を無視して自身の武器である剣を持ち体を引きずる様にして部屋を出た。
―自分は、あれからどれ位寝ていた―
-あれからどれ位時間が経った-
―あれから国はどうなった―
様々な事が駆け巡り、痛む体がその思考さえも塞ぎにかかるようにズキン、ズキン、と痛みが増してくる。息も荒くなり、目の前がフラフラとなるも意識を飛ばさずにただただ歩いた。
「っ!!」
突然来た殺気に咄嗟に剣を抜くも力が入らないのか抜くのは叶わず、それを判断する思考も体も自分が押し倒されてた事で気付かされる。焦点が定まらないままだが、咄嗟に蹴り上げればそれだけで体が警報を鳴らすようにして痛みが増す。
「ぐっ、がはっ……」
ジワリ、と包帯で巻かれていた腹から血が滲みだしていた。自分が流していると分かりフラフラとなれば襲った相手は「ざまーねぇな」と言われ睨み返す。外が明るくないのを見れば、今は夜だが城の中が全体的に暗い。明かりを灯しているはずの電気が点いておらず、代わりに蝋燭が幾つか廊下に沿って並べられている。
その状況でおかしい、と思うも目の前で武器を構えていると思われる相手にどう対処しようかと考えを巡らす。自分の武器はさっき押し倒された時に蹴り飛ばされており、手元から離れる音を聞いた。自分の癖を知っているのか、と思えば「あ、分からない?」と緊張感がない声を掛けられる。
「………おいおい、誰かお前を止めてるのか、それも分からないのかよ」
はぁ、と分かりやすく落胆しガクリと肩を落とす相手にますます分からないと言う感じで睨み付ける。よく聞く声だな、と思っていると「ラウル」と自分を呼ぶ声に数回瞬きをしてようやく声を出す事が出来た。
「セクト、兄……さん」
ぼやけていた世界が少しずつ鮮明になり、自分が行った事を後悔した。今、自分は倒そうとしていた?兄と分からずに?そう思っていると、不意打ちにデコピンを喰らう羽目になった。
「ったく、お前等は揃いも揃って同じ事考えて………。お前等は兄弟か?」
「お前、等………?」
「えぇ、貴方とヤクルです。貴方方の騎士団は性格もバラバラだと思ったのに同じ思考だとは思いませんでしたよ」
声がした方を向けば気絶したヤクルを抱えているベール。いつも通りの笑顔なのに何故か背後が黒く感じるのは気のせいか?と冷や汗をかいた。聞けばヤクルも起きた後すぐに移動しようとしており、止めるように肩を叩けばいきなり襲ってきたと言うのだ。
「ヤクルも貴方も魔族に襲われてからの記憶は無い、戦いの最中に記憶が途切れた訳ですから………貴方達の中ではまだ戦っていたと言う事でしょうね」
「だからっていきなりラウルを剣で襲えって言うのはどうかと思うぜ?」
「半信半疑でも実行に移したんですから貴方もその可能性は捨てきれていないのでしょう」
「まっ、それはそうだなっと」
ラウルから流れ出た血に手をかざし淡い青い光が包む。水の魔法の中でも扱える人間が居ない治癒魔法、それに包まれて数秒「ほら、これで良いぞ」と笑顔で答える兄に包帯を取れば血はそのままだが傷が綺麗さっぱりなくなっていた。
「ヤクルにもやったからとは目が覚めれば普通に動けるぜ」
「……すみ、ません」
「謝んなよ、バカ。兄として当然だろそんなの」
「今だに貴方が兄なのが信じられません。どう見てもラウルが兄なら分かるのに」
「おーし、ベール外出ろ。刺す」
「ヤクルを盾代わりにしますね♪」
「そんな事しないで下さい!!」
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「てめぇら、どういうつもりか答えてみろよ」
「……………」
不機嫌な表情を隠すことなく、立ったままのリーグを除いた3人の団長と副団長のラウル。裕二が緊張しながらもフリーゲにコーヒーを持って行けば「どうもな」とお礼を言われベール達用にも注いだコーヒーを渡そうとすれば止めろ、と言われた。
「えっと………」
「説教される連中にコーヒー渡すな。渡すなら今働いてる部下達に渡して欲しい。………あとゆき嬢ちゃんはここに呼ぶな。怒鳴り散らすからな」
「は、はい………」
言われた通り静かに部屋を出た裕二はほっと緊張を解きすぐにフリーゲの部下達に渡しに仕事場へと向かう。あの後起きたヤクルにも今の状況を話す為に食堂へと向かった。
怪我で動けなかった2人はお腹が減っいた為、食事をしながらでも聞けるかと言う事で向かったまでは良い。朝食とは思えない程の量を食べた若者2人は鬼の形相で入って来たフリーゲにいきなり頭を叩かれた。
「4人共、来い………良いな?」
そう言われフリーゲの部屋に入れば無言でこちらを睨み付けて理由を言ってみろと言われた。そんな事を言われても思いつかない4人は思案するも、フリーゲに怒られるような事はしていないなと思えば……笑顔でそうかと答える彼に寒気を感じた。
「怪我人が勝手に動くんじゃねえよ!!!!居ると思って包帯を交換しようとしてんのに、行けばもぬけの殻だし見張りに聞いたらベールとセクトが怪我人を連れて食堂に行ってるとか言うしな………あんな大怪我して動ける訳ないのに何考えてんだ!!!!」
「それなら」
「分かってるよ、セクトの魔法で治したんだよな!!!お前もホイホイ使うんじゃねえよ!!魔王が全面的に見張っているがな、ヤバい状況なのは変わらないんだよ!!!魔物はあれ以来どんどん来てるし、ベールもセクトもずっと戦い続きだろうが!!!!」
「わー修羅場だね」
「タイミング悪いんだよ、バカキール!!!!」
部屋を伺うようにして現れたキール。その手にはフリーゲに頼まれていた薬草を入れて来た袋が3つ。ヤクルとラウルが居た事に安心したのか「もう平気なの?」と2人に聞けばフリーゲが「平気じゃねえよ!!」と反論される。
「セクトの奴が治癒させたがな、それでも本当に治ってるか検査するからな。良いか逃げるなよ!!!」
「「はい………」」
「セクト、君だってずっと戦い続きなんだからあんまり酷使するのは良くないよ。君達のお父さん達が代わりに前線立っているのだって本当ならやりたくない事なんだから」
リーグの育ての親であるファウストが宰相に向けて提案した事。現役を退いた自分達も協力をさせて欲しいと言うものであり、協力できるならして貰えないのかと誠一にも言われてしまった。その場にはキールも立ち会っており、2人して同じ事を思った。
(なんて人と仲が良いんだ誠一さんは)
いつの間にファウストと仲良くなったのか、人を引き付けるのが異世界から来た人共通のものなのか、と頭を抱えた。息子に団長と言う地位を預けたのは、戦えないと言う訳ではなく新しい風を巻き込もうとした結果だ。
父親達は息子達と違い、魔族との戦闘でもそれなりに対応してきた世代でありユリウスの前の王でありそれを指揮したのは兄のヘルス・アクルス。
彼は弟と違い剣術も強く、暗殺者として彼を狙ったイーナスも彼には勝てずにいた事から単純に強かった。彼に仕えたのはファウスト達でありその時には、魔族、魔物との戦闘も激化の一途を辿っていた。
そんな彼も急に行方をくらまし、弟のユリウスが継いだ。幼い彼を支えてきたのはイーナスであり、ファウスト達も弟である彼に仕えた。兄と違い幼いながらも必死で国を立て直そうとする彼に、ファウスト達は自然と息子達に継がせようと考えていた。
「………貴方方を前に出すのはまだ早い」
「だが、陛下が目を覚まさないこの状況。手をこまねいている気もない。初の魔族との戦闘で生き残ったのはリーナ副団長とベール団長。他は生きてはいるが殺される手前に近い状態だ。今回は向こうが狙う獲物があったから死んだ者は居ないが、傷を負った兵士や騎士達が多い。我々も手伝わせてくれ、宰相」
今回の襲来で奇跡的にも死亡者は居なかった。それは麗奈個人を狙ったであり連れられた女性達も彼女を探す為のもの。負傷者は多く居たが、住民達に被害はなくファウストの言う通り今回は運が良すぎだ。
「分かりました。貴方方に協力をお願いします。またよろしくお願いします」
「なに、君も若いんだからあんまり無理するな」
「気を付けます」
「君も久々だなキール。生きていてなによりだ」
「えぇ、互いに生きていて良かったです。遅れた分、取り戻すのでご安心を」
そうして息子達と共に魔物退治を行うも数は減るどころか増える一方であり、精霊達に守護している状況といえど人間の体力にも限界が近付いてくる。危ういと事をランセの闇魔法で全て葬り去り一時的に来ない日はあっても決して休ませる事無く魔物達は国を襲う。
そんな状況なのをキールから聞き、自分達が寝ていた所為でと思えばフリーゲからスパン、とハリセンで叩かれ「ふざけんな」と睨む。
「こんな状況でもなんとかやってるんだ。キールには薬草を取りに行かせてるし、食材もまだ確保できるからな」
「師団長をこき使うのは君だけだよ」
「お前が居ない間の魔道隊はレーグが支えてんだ。今更お前が居なくても平気だ平気」
「うわっ、酷い………」
「ヤクルとラウルが起きたんだって!!!!」
そこにドアを開け、リーグが入り込んできた。「部屋壊す気か!!!」と怒鳴るフリーゲを無視して平気なのかと聞けば2人はもう平気だと言い自分達が、寝ている間に頑張ったなと褒めればコクリと頷かれる。
「……素直だな」
「文句あるの?」
ヤクルの答えにリーグはむっと返せば「喧嘩止めろ」とセクトに引き離されリーグを抱える。フリーゲは「もう来るな!!!」と全員を部屋から追い出せばゆきが無事なヤクルとラウルが嬉しくて抱き着いてきた。
「ちょっ、ゆき」
「バカ!!!心配したんだよ、行ったら誰も居ないしどれだけ探しても居ないから………」
「す、すまん」
「泣かせましたね」
「わー最低だー。ひどーい」
「あーあー、後が大変だぞ」
「最低最低。2人は最低だね!!」
外野が騒がしいがラウルは安心させるように頭に手を置き「すまない、次から気を付ける」と言いヤクルは「す、すまん、本当に……」とそっぽを向きながら答える。
「次もする気なんですかラウルさん」
「い、いや……かもだ、かも」
「ゆきちゃん、その2人離さないでね。ずっと抱き付いてれば動けないから」
「し、師団長!!そんな事言わずとも」
「はい!!」
「はいじゃない、ゆき。女がそんな事するな!!!」
「団長、ゆきは麗奈と同じで決めたら譲りません………」
「諦め早いな!!!」
「流石、麗奈さんの騎士ですね♪」
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「ガロウ、そんなに寂しそうにしないで」
≪ガウゥ………≫
「………分かってる。でも近付けないから無理なんだよ」
≪ガウガウ、ガウ~≫
魔王であるランセはラーグルング国と繋がる他国の国境付近に居た。国境付近に近付く魔物達の討伐を笑顔で頼んできたキールに従う自分も自分だな、と思うもずっと自分の周りをウロウロとしているガロウの内の1つである黒い狼が不機嫌そうにしていた。
理由は1つだけ気に入った人物が目を覚まさない。駄々をこねたのはこれが初めてではないが、ここまで長引いているのは初めだ。機嫌が悪くなるのを宥める為に頭を撫でようとするもふいっとそっぽを向かれそのまま座り込んでしまう。
「………あのさ、魔王だからって何でも出来る訳じゃないんだよ。こんなのただの称号だしただの証明。これがなきゃ………今頃は」
そこまで言って何をバカな事を思い言わないままにした。こんな事を今頃の望んでももう、戻らない。あの楽しかった日々は、もう………2度と戻る事はないし、自分も望まない。
「………でも、この国の人間は覚えていない。私の事を………仕方ないんだけど、やっぱり辛いよ。キールしか覚えていないのに彼が許可しても入る気は無いよ。例え助ける為でもさ」
「それはどういう意味?」
その声の主は宰相であるイーナス。ガロウが吠えるでもなく自分に何も言わないままでワザと通したな、と怒りを向けるもツンと不機嫌なままのガロウは顔を背けたままだ。
「国の宰相なのにご苦労様だね。こんな朝からどうしたのさ」
「話をはぐらかないで。ずっと引っかかってたんだ………君達の言葉に」
「へぇ………」
「キールは貴方と親しい上、信頼を置いている。……それにあの時、8年前のあの時から記憶は止まっていると確かに聞いたし言った。………アサギリ ユカリ、麗奈ちゃんの母親であり誠一さんとは夫婦。武彦さんとは父親と子供の関係……彼等から聞いてから自分でも分からないのに、どんどん記憶が呼び起こされる………。麗奈ちゃんの名前を聞いてから少しずつ、自分の中に知らないはずの記憶なのに知っているような気持ち悪い感じ。一体、何を知っている」
「…………そう、やっぱり親子か。あの子、雰囲気は由佳里さん似だしガロウも気に入ったのはそれが理由だしね。おかしいと思ったよ、お前があんなに懐くのが早いの」
≪主…………≫
「殺すな、彼は友人なんだ。それをすればお前は私が殺す。君も剣を収めてくれない?この騎士は影と同様に勝手に攻撃態勢に入るんだ。私の命令でないと止められないし、止まる事もしない」
「………分かった」
命令以外ではオートで動くらしい騎士。この騎士のお陰で大量に押し寄せて来た魔物達は葬り去られ騎士団達の負担もかなり軽減されている。いくら柱を利用した結界でもそれを維持出来ているのは王族であるユリウスの魔力のみ。
彼が目を覚まさない状態のままだと、機能せずに魔物を吸い寄せる所かそのまま蹂躙され小国同様に滅ぼされる。ここまで保っているのも代わりに結界を強化している武彦と誠一の2人が居る為。この2人も交代制で結界を代わり代わりに貼り続けている為、気力が持つかと言う問題もあるが「こんなの慣れている」の一言で危惧は必要ないのか、と頼もしくもあり頼りきりである自分にも腹立たしさが込み上げて来る。
「君のその心配には及ばない。陰陽師は結界と言う守りの術のエキスパート。この世界の魔法と違い自然の力と自身の力を混ぜ合わせて作り出される術。こことは法則が違うから簡単には破られない」
「………君と私は親友同士なのか」
「私としてはね。うーん、親友と言うよりは制御不能のキールを抑え込むのに大変な思いをさせられる苦労人同士って感じかな」
「………そう、か。今までも大変な思いをしてきたのか?」
「大変も大変。なんせ旅も知らない貴族様なんだから、宿も知らない興味本位で危険地帯によく入るし命が幾つあっても足りない位だよ。他国の戦争介入だってやったし、色んな所の観光と言う名のお金稼ぎしてた訳だし………ホント、苦労させられた」
はぁ、と今までの事を思い出したのか空を見上げるランセに一体何したんだ、とキールに怒りを覚える。苦労人、と言われ何故か納得している自分にも不思議に思うが、彼とはこんな会話をしていたなと急に懐かしくもなりそれが怖くもある。
「……貴方は2人を助けられるのか」
「………呪いの事?まぁ、魔族の掛けられた呪いって言うなら解除出来るよ。長年掛けられたものは無理だけど」
「それならお願いだ。魔法での治療では弾き返され、霊薬を飲ませても様子は変わらない。……もう、2人を助けられる手立てがない」
正座をし頭を下げたイーナスにランセは目を見張り「意味は分かってるの、それ」と確認をしてきた。謝罪に対する事ではない、この先に起こる事を彼は予見し今まで踏み入れないでいた。
「魔王に頼むなんておかしな事を考えるね。宰相が簡単に頭を下げるのもいけないけど、私を自国に居れる意味は分かってるの?反対する者達も居るだろうし、不信感を抱く者だって居る。そんな彼等をどう黙らせるの?」
「……黙らせるも何も、既にキールが魔王だと言いふらしている。それはもう楽しそうにしていた………あんな生き生きとした彼はそうみられない」
「…………ガロウ、ちょっとキールを懲らしめろ。半殺しでいい」
≪承知≫
騎士は速やかに実行に移す為に姿を消す。その後、少し考えやがて諦めたようにしかし決意に満ちた目のランセは「力は貸すけど、今の陛下がダメだと言えば素直に出て行く」と約束を交わしそれでも良いと答えたイーナスはさっそく2人の元へと連れて行こうとすれば、黒い狼がそれを引き留める。
≪ガウガウ≫
「……悪い、麗奈ちゃんのように動物の言葉は分からないんだが」
「連れて行かなくていいって言ったんだ。知ってるからね」
ランセが一歩足を踏み出せば場所が一気に変わった。外から急に室内に変わり視線を巡らせれば陛下と麗奈が寝かされている部屋だと分かり、国境近くから一気にここまで移動した事に驚いた。
「……さて、お願いされたから実行に移さないとね。喰えガロウ」
ブワッ、とランセに黒いオーラが纏い魔力の密度が一気に濃くなる。呼ばれた狼はその魔力を吸い体を大きくしていく。人間を丸呑みにでもしそうな位にまで大きくなりそれははっきりと喰らうべき対象を見据えている。ランセを見ればコクリ、と頷き実行に移せと訴えられる。
巨大な狼はその命令通りに2人を喰らい尽くす。




