第215話:予感
麗奈の母親である由佳里の死から早1周間。
異世界から来たラーグルング国の王子であるヘルスも、慣れない中で既に1週間も経った。
「葬儀は予定通りに身内だけ。ハルヒ君にはこの事は知らせない。良いですね」
「あぁ。今の彼にはキツイだろうし、預かっている所で静かに暮らす選択もある。麗奈もハルヒ君も、普通を望む権利はあるだろう」
難しい顔で今後の話をしているのは誠一と武彦。
飼い猫のザジはしれっとおり、ヘルスも最初は隠れていた。だがザジが鳴き、2人にバレてしまった。
会話の内容は分からないだろうからと、ヘルスも参加する形になっている。麗奈とゆき、裕二は学校に通っており今は居ない。夕方になれば帰ってくるので、その間ヘルスは離れにある蔵の掃除をしていた。
皆、ヘルスが王子だと言う身分を知らなかった。もう戻る事はないからと、説明をすれば九尾から笑われた。
『おまっ、王子なの!? ぶはははっ、こりゃあ前代未聞だな。異世界から来た王子を放り出すなんて、それこそ野次馬共の良い餌食だ。裕二。お前、それでも放り出せって?』
「別に僕はっ……。そう言う意味で言った訳では」
あれ以来、裕二はヘルスの事を避けていた。
事情の事も含め、彼の中ではヘルスをすんなりと許せずにいる。
麗奈が保護をすると言い、誠一も武彦も徐々に賛成していった。慣れない掃除も含め、家事全般を清が教えていく様は普通ではあり得ないだろう。
だが、ヘルスはここに身を置く事を決め時間を貰い自分のやるべき事をはっきりとさせる。
考えた末の答えとして、彼は麗奈達を守りたい。
その想いは日に日に増していく。生前の由佳里からも、娘の麗奈の事、ゆきの事を聞き会えないながらも愛情を注がれているのは分かる。
「裕二さんの事も心配していました。慌てている部分があるから、と」
「っ!!!」
その瞬間、キッと睨んだ。死なせたお前が言うなと言わんばかりの雰囲気に、ヘルスは臆する事もなく平然としていた。それが裕二にとっては気に障る。修行をしてくると言い、出て行く彼を麗奈は心配そうにしていた。
彼女もまた気付いていた。
2人の仲が悪くなるのは、自分が言った事がきっかけである事。最近では、裕二と話す機会はあって向こうから歩み寄る事がない。
だからふと思ってしまう。
自分の選択は間違っていたのか。母親と同じ行動をしたからこそ、雰囲気が悪くなってしまうのか。
「麗奈ちゃんは気にしないで。私は考える時間を貰った。彼には……じっくり考える時間が欲しいんだよ」
フワリと乗せられる手が温かく、無言で頷く。
早く立ち直れたきっかけは間違いなく麗奈であり、彼自身も気付かされた。そして、誠一の言葉の意味も――。
「あの……1つ、質問をしても良いですか」
「ん? どうした」
そんな中、葬儀を行う準備をしている2人にヘルスは質問をする。
ゆきの前に来ていたというハルヒと言う人物。話の内容から察するに、その人物も由佳里とはなんらかの関係がある。
葬儀も、親戚を呼ぶではなく自分達だけだというのも疑問だった。
理解力があるだけに、彼は知っている。彼女達の職業である陰陽師を管理する協会。
怨霊の討伐や各地での神隠しなどの案件を持ってくる、言わばい仕事を提供して貰っている側。由佳里の遠征も、その協会からであり知らせない事に意味があるのか、と。
「あぁ、ヘルス君には言って無かったね。我々はその協会を信用していない」
「え、でも……」
「そう。彼等から仕事を紹介して貰っている立場ではそう強くは言えないが……。だが、由佳里も含めて俺達は信用したくないんだ」
どう言う意味だろうと首を傾げえる。協会の考え方が気に入らないのだと言う。
今や陰陽師として活動している家も昔と比べるとかなり減った。そう言う後がない家には、存続させる為に縁談が持ち込まれる。
一族の復興。地位の底上げ。
その貢献として協会の支援も多くなる。考え方自体は間違っていないが、彼女達にとっては自由を奪う行為に等しい。
「一族の繁栄の為に、禁術を用いる家もある。ハルヒ君の様に、過酷な環境に身を置き心も体もすり減る様な事も起きる。私達にも意思はある。霊力が続かないからと生涯を閉じる家もあれば、栄光を手にする為に非道な事をする連中が増えていく」
自分達は自分達の意思で、陰陽師をしている。
誰の強制でもなく。家からの縛りでもない。そう言う意思があるからこそ、未来のある麗奈や裕二には普通の人生を歩んで欲しいと願っている。だが、現実はそう上手くいかない。
朝霧家の当主が亡くなった、今。協会も他の家達も、手段を選んでいられない。
「それは……一体、どういう」
「当主が何かしらの事故などで亡くなった場合。後継者をと急かしてくる。現状、その可能性は俺ではなく娘の麗奈に、と言って来るだろうな」
「しかし、彼女は……」
まだ10歳そこ等の少女に、いきなり当主になれと言うのだろう。
それはそれで餌になる。当主になれば家を存続させる為に、縁談が持ち込まれる。潰れかけた家、権力が強い家もこぞって麗奈へとアプローチを始める。
「麗奈には麗奈の人生がある。実はね、由佳里とも話していたんだ。3人の内の誰かが先に死んだ場合は麗奈を普通に戻そうとね」
「誰かが……死んだ場合」
死が付きまとう職業である陰陽師。
怨霊での討伐で命を失くす場合や、過度な術の連発で早死にする事も少なくない。今回の由佳里の場合、異世界に居たとは言え直接的な死因は術によるもの。
だからこそヘルスがそこまで気に病む問題でない。誰だってこの職業に就いたのなら、その覚悟は出来ている。
「今は由佳里と俺の術で麗奈の力を封印しているが。それがいつまで保てるか……」
「封印?」
「あぁ。ヘルス君。君の世界では、後に生まれて来る王族に強い力が宿る、なんてことはあるのかな」
武彦の質問でヘルスは考え込む。
強い力を宿す。すぐに思い立ったのは自分と弟のユリウスの事だ。王族が生まれる度に寿命を縮まらせるが、彼等のような兄弟が強い力を持つ事は早々あり得ない。
「あり、ますね。私と弟がそれに当たるかと」
「成程、やっぱり優秀なんだね。私達の方ではそれを先祖返りと呼んでいるんだ」
「先祖返り……」
話を聞くと初代の朝霧家の当主である朝霧 優菜。
女性が当主として名を上げるのは珍しい。その家系の成り立ちが、竜神から来る恩恵によるものだからか強い霊力を用いて怨霊を討伐してきた。
それ以来、朝霧家では女性が当主として名を上げるのが習わしに近い形になっている。現に兄妹間の中で、一際強い力が現れるのは男性よりも女性。
そして、麗奈の霊力は既に由佳里と誠一のを大きく上回る状態。
初代である優菜と同じく、強い霊力を持って生まれた――それが麗奈だ。彼女も自分の事を理解しているが、周りからどう見られているかなどはまだ知らない。
「協会は先祖返りの事は知らない。今まで確認されていなかったから仕方ないが……ここに来て、初代と同じかそれを上回るだけの力を持った麗奈。餌になると言うのはそういう事だ」
「傾向はもともとあったがな。生まれた時から九尾を見る事が出来ていたし」
『なんだ。俺の話してんの?』
3人のど真ん中で宙に浮いたままの赤毛の九尾が現れる。
何の話をしてるんだと思えば、麗奈には幼い頃からよく見られていたなと言う話をしていた。同時に、九尾や清は通常では人の目には見えない。
こうして見えたり話せるのは、契約者である武彦と誠一の霊力があってこそ。
だからこそ、麗奈が当主として名を上げた時には熾烈な奪い合いが始まる。
それだけでも厄介なのに、彼女が先祖返りと言う特殊なケースで生まれたのであれば協会にとっても喉から出が出るのもの。
その危険性を含んでいるからこそ、誠一達は必死なのだ。
母親を失くして間もない娘が、もっと過酷な事に身を置かないといけない状況に。
「一番の安全策は、ハルヒ君と一緒になる事かな。土御門家に身を置いているとはいえ、彼は自分の分家も含めて本家を毛嫌いしている。そのまま朝霧家に移籍」
『あ? なんの、冗談言ってやがんだ。アイツが嬢ちゃんとだと!? だったら俺が貰うに決まってんだろう!!!』
「お前も何バカな事を言ってるんだ……」
笑顔の武彦に対し、九尾がバチバチと雷を散らす。
呆れる誠一だが九尾は本気だ。しかし、武彦の言うハルヒは今はこの地を離れている。彼が再び陰陽師として戻るかも怪しいので、この案はなしだなと言って話を切り上げる。
そして迎えた葬儀の日。
身内だけで行うからこそ人数は少ない。葬儀場に言っている麗奈達の帰りを待つヘルス。
彼も教会の人間なり、同じ陰陽師の家の者に見られるのはまずい。見た目が同じ黒髪とは言え、警戒するに越したことはない。
誠一と武彦の提案に、彼は素直に頷いた。そして、彼女達の家族でもある飼い猫のザジは未だにジッとヘルスの事を睨んでいる。
「ザジ。君、ずっと睨んでて疲れない?」
「ウゥ……」
「あ、うん。ごめんごめん。良いよ、見張りたいなら見張ってて」
威嚇を始めるザジは一定の距離を保たれ、後を付けられる。その日常に慣れてきた時だった。ふと、家の周囲を見て回る人物が目に入る。
麗奈達と同じ黒を基調とした服。葬儀に出る時にはその色での習わしだと聞いていた。
(知り合いは呼ばないって言ってたけど)
2階建ての一軒家に大きな敷地。道場も離れもある、この街の中ではそれなりに大きな所。帰るまでは何があっても外に出るなと言われている。だから気になって外の様子をそのまま観察した。
何度か往復したかと思えば、その人物に数人の男達が現れた。
カーテンの隙間からそっと覗く。
一瞬にして九尾や清のような霊獣が現れ、家の敷地に入ろうとした。だが、強力な結界が張ってあるからか何度も試すが壊れる気配がない。それが続けられて2分程。諦めたのか離れて行くのが見え、ホッとした。
その時に、目が合ったような気がしてさっと隠れる。
「……っ。見られた、かな」
「ウミャ―」
「うわわっ」
気を張ったヘルスと違い、ザジが彼に目掛けて突進。
何度も突進を受け、飽きるまで受け続ける。しかし、頭の片隅で目が合ったかも知れない事にドッと嫌な汗が出る。
麗奈達が戻ったら、すぐに報告しよう。
そう思ったヘルスと違い、ザジは見張っているからなと言わんばかりに鳴き声を出す。少しずつ、平穏な日常が崩されていく。
ヒタリ、ヒタリと聞こえない筈の足音にヘルスは嫌な感じが纏わりつくのを感じた。




