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異世界に誘われた陰陽師  作者: 垢音
第6章:神と魔王と人間と
255/433

第212話:初めて会った人は泣いていた


 その日は夜空がとても綺麗だった。

 麗奈の家は、マンションや団地ではなく屋敷。大きな庭園、道場があり敷地内の離れには祖父の武彦が住んでいる。


 この家には元々、防音の結界と万が一に怨霊が来た場合に備えて閉じ込める術式が幾つも設置してある。


 怨霊の姿が見えない人達は普段の通りに過ごしており、麗奈の家を裕福な家庭だと思っているだろ。怨霊の討伐を行えば、大なり小なり協会から食料が届く。


 お米、野菜、果物。

 今の世、陰陽師として働くのを悟られてはいけない。数が減って来たのと合わせ、あとを継げる人材が少ない。本来なら、朝霧家は歴史の闇に埋もれる筈だった。


 巫女の一族。

 竜神の加護を受けた、特殊な環境で埋れた陰陽術。

 昔はその異端さから嫌がらせは受けてきた。そんな家でも、扱う術の違いは協会にとっては見逃せない。


 神の声を、神を降ろす事が出来るかも知れない。

 だから、途中で力尽きないように支援してきた。土御門家も同様。


 隙をついて取り込む算段を、お互いにやってきた。




「夜空が綺麗だね、ザジ」

「ミャウ」




 そんな攻防に晒されているが、子供の麗奈には関係ない。

 今日も、家族のザジと共に星空を見ている。と、そこに1人の少女が麗奈に飛びつく。




「麗奈ちゃん!!」

「わわっ、ゆき」

「えへへ……」

「ミゥ~」




 慌てる麗奈にゆきは嬉しそうにしている。その様子のゆきを威嚇するように睨んでいるザジ。仲良くしているのが気に入らないのか、ゆきの足元に来ては頭突きを開始した。




「いつも麗奈ちゃんと一緒に居るでしょ? 私だって居たいの!!」

「ミャ―ミャ―!!」

「え……。あの……」




 突然、ゆきとザジは喧嘩を始めた。

 戸惑う麗奈を置いてけぼりにし、ゆきはザジから逃げていく。それを追うザジは仕返しとばかりに追い掛け回し、とうとう麗奈から離れて行った。


 いつもと変わらない日常。母親である由佳里は、遠征の為に長く家を空けていた。


 それがもうすぐ2年程になる。



======



 祖父である武彦、父親の誠一からそう説明をされても麗奈には分からなかった。しかし、共に暮らしている裕二からは「遠くにいるから、お土産を楽しみにしようね」と言い――それを楽しみに厳しい修行にも耐えて来た。



 麗奈が8歳になった頃から、母親である由佳里は悩んでいる様子だった。

 風魔の背に乗せてもらい、気配を消して忍び寄る。悩まし気に溜め息を吐く由佳里に、麗奈は風魔と共に後ろから驚かした。




「もうっ、2人がそんな意地悪するなんて!!!」

『すみません。……麗奈様も心配していたので』

「お母さん、痛くない? 何かあった?」




 元気づける為に驚かしたが、逆効果だったろうか。

 ひしっと風魔の体にしがみつき、怒られてもいい体勢になる。そんな娘の行動に、由佳里は思わず笑ってしまう。


 怒られる準備をされていて、怒るのは何だか違うのだと言った。




「麗奈。もし、遠くで苦しんでいる人が居たら貴方はどうする?」

「助ける!! だって、陰陽師は人助けをするんでしょ? 何か力になりたい」




 麗奈は母親から聞かされていた。

 陰陽師は人を助ける力を持っている。見えぬ敵に対処し、苦しんでいる人を助ける力。


 そんな特別な力が自分にもあるのだと分かれば、母親のように父親の様に勇敢な人になれる。目標にしている両親は、麗奈の理想そのもの。その話を聞いていた風魔が嬉しそうに尻尾を揺らし『麗奈様もなれますよ』と応援する。




「……そっか。ふふ、やっぱり私の子ね。困っている人を放っておけないものね」

「ここから離れるの?」




 何気ない言葉に由佳里は目を見開く。

 風魔へと視線を移すと彼は無言で首を振っていた。娘に伝えていないのが分かり、ますます参ったなと言いながらも頭を撫でる手はどこまでも優しい。




「そう、なのよ。今回、遠征だから……。街を離れないといけなくてね。私としては娘も居るし、ゆきちゃんの事も気がかりだから断ってたんだけど」

「大変な、仕事なの?」

「力を付けた怨霊が、どうも能力を使うらしくて。地元の人達で抑えつけられるのも、限界が近いみたいなの」

『ですから、陰陽師の中で唯一封印術を駆使する我々に依頼が来ました。協会はこの手の話はもってこないと思ったので』




 思わず首を傾げた。

 麗奈はまだ知らないが、朝霧家は特殊な術を多く扱う。それは女性だけ持っていると言っても過言ではない。

 由来は竜神の加護があるから。

 それを言われて麗奈が思い出すのは、蔵の中にあった竜神と少女とのお話。その絵本として書かれているそのお話。麗奈が昔から好きなものだ。




「その、竜神様? の力で、私達が力を扱えるんだよね」

「そうよ。私は会った事ないけど、初代様は会ったことある。だから、絵本にもなってるんだし」




 そう呟きながら由佳里は決心した。

 納得したように、頷き風魔と麗奈の2人を引き寄せた。




『わわ、由佳里様!?』

「お母さん?」




 青年の姿になって麗奈の相手をしていた風魔は驚き、麗奈はキョトンとしながらも母親を見上げた。




「ありがとう、麗奈。凄いわね、一発で答えを出すなんて……敵わないな」




 吹っ切れた様に、しかし決意を新たにした由佳里の表情に風魔は黙ったままだ。

 やがて、彼女は風魔に微笑んだ。途端、シュンと耳と尻尾を垂れるがすぐに復活する。彼も、由佳里の性格を分かっている。


 だから、彼女が選んだ答えに自分は最後まで従うだけ。

 その答えとして嬉しそうに尻尾を振ると「風魔、デレた~」と麗奈にからかわれる。



=======



(あれからもう2年。……お母さん、風魔。私は頑張ってるよ。早く帰ってこないかな)




 はぁ、と息を吐く。

 少し肌寒いと思いと思いつつ、彼女はゆきとザジを探しに行った。




「捕まえた!!!」

「フミャ!?」




 一方でゆきは逃げ回るザジを捕まえる事に成功する。

 暴れるザジだったが、ゆきはそれすらも心得ている。ぎゅうぎゅうにされれば、ザジは諦めるしかない。

 いつだったか、ザジの事をモフモフだからと抱き着かれてギブアップした事がある。麗奈に向けて、手を弱々しく上に上げて「ミャ……ウミャー」と助けてくれとばかりに声を掛けた。

 

 そこから悟った。ゆきに捕まったら自分は大人しくするしかない。そうしない場合は、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて満足するまで離さないのだと。だから今回も大人しくしていよう。


 そう思った時だった。

 空気が変わり、ビリビリと何か見えない力をザジは感じ取った。




「ザジ……?」

「フシャアアア!!!」

「え、きゃう……」




 いつもなら大人しい筈のザジが、この時ばかりは違っていた。 

 低く唸ったかと思えば、ゆきの手から逃れて感じ取った場所へと向かう。月夜が照らす敷地内は、いつもと同じなのにこの時ばかりはそう感じられない。


 野生の勘だが、何かよくない事が起きている。

 それを肌で感じ、少しでもその脅威を減らそうとザジは駆けていく。



 

「あ、ザジ!!」




 だが運悪く麗奈は先に来ていた。

 ザジは足を止める。戸惑いながらも、しかしと自分の心を奮い立たせる。自分が守りたいと強く思い、そうさせた相手だから。




「君、は……」

「あ、お帰りなさい!! お母さん。私ね、ちゃんと大人しく待ってたんだよ♪」




 現れたのは母親を横抱きにした青年だ。

 黒い髪に黒い瞳の、凄く悲し気にしていた。しかし、麗奈は構わずに話しかけ続けようとしてゆきに止められる。




「ダメ!!! 麗奈ちゃん、ダメ。ダメだよ……」

「え」

「ダメ。ダメ……そんなの、そんなの……」




 ゆきはザジの後を追い、そして小さく呟いた「ダメ」と言う言葉。

 彼女はすぐに悟った。急に現れた人物が、麗奈の母親を抱えている。でも、もう母親は生きていないのだと――。




「君が……。由佳里さんが話していた、娘の……」

「あ、ごめんなさい。私、朝霧 麗奈です。お母さんの仕事仲間ですか? そう言えば、風魔は居ないね。どうしたんだろう」

「ウウウゥ……」




 麗奈に抱えられているザジは低く唸った。

 自身の勘が告げていた。元凶はコイツなのだと。




「っ、ごめ……。ごめん、ごめんなさい。必ず、帰すと約束、したのに……。なのに、私は」




 膝をつき泣き出す青年に麗奈は驚く。

 酷く傷付いた様子の青年に麗奈は歩み寄る。ゆきがハッとし、ザジもダメだと必死で鳴く。


 しかし、麗奈の手は触れられる事はない。

 その寸前で父親である誠一と裕二が割り込んできた。しかも、2人の表情には怒りが見て取れる。




「え」

「裕二。2人を家の中に」

「分かりました」

「ま、待って……!!!」




 一瞬だけ視線が絡む。

 涙を流す青年はもう1度「ごめん」と謝った。それが何に対する謝罪なのか、何で母親は黙ったままなのか。

 分からないでいる麗奈は、裕二を見てハッとなる。

 いつも優しくしてくれる彼の目は、怒りに燃えていた。憎い相手と言わんばかりの睨み様に、いつも知っている裕二が今だけは知らない人になっていた。



 問答無用で家の中に入れられ、裕二はすぐに引き返す。

 追おうとした麗奈にゆきがダメだと言い、必死でしがみつく。




「ゆき……」

「ダメ、ダメ……」




 必死でお願いされ、ザジもダメだと言う様に鳴かれる。

 ゆきは心の底から震えた。麗奈も、自分と同じになってしまったのだ。いつも明るく照らしていた麗奈の笑顔は、母の死を受け止めても平気なのか。


 その笑顔が陰る事はないのかと必死で巡らせた。

 そんなのは嫌だ。自分がここまで来れたのは麗奈のお陰。彼女を悲しませたくない気持ちで一杯のゆきはただただ、強く抱きしめて離れない。



 ただ1人。麗奈だけは母の死に気付いていない。

 彼女の頭を占めていたのは、自分を悲し気に見つめていた青年だ。


 何故、あんなに悲しそうにしていたのか。自分を責めないと保てないような危うい感じに、麗奈は心配になっていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 麗奈だけがわかっていない状況。 この後が怖いですね。
2021/08/15 21:16 退会済み
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