第20話:リーグの想い
暗くて前が真っ暗だ。なのに自分の手は見えているし、足もある…いつもの騎士服を来たリーグはキョロキョロと周りを見た。寒くも無いが自分の体温が感じられない。
「陛下……麗奈お姉ちゃん!!」
だけど平気だ。自分に居場所をくれた陛下のユリウス、自分に素直さと感情を教えてくれた麗奈。その2人は今日も笑顔だ。なのに、なのに……。
「ま、待って!!行く、僕も行くから!!!」
どんどん自分から離れていく2人に必死で追い付こうとするも叶う事はなく、ついには暗闇に飲み込まれるようにして消えていってしまう。
「……だ。いやだ、いやだ!!何で、何で………待って、陛下、お姉ちゃん!!!」
必死で手を伸ばし、あと少しで2人の手を取れると思った瞬間。暗い空間が一気に光へと変わった。それに目を瞑りながらも手を伸ばした所でハッ、と目を開く。
「はぁ、はぁ、はぁ………っ。ゆ、夢………か」
汗ばんだ体に気持ち悪さを覚え起き上がれば、壁に剣、槍、弓矢、大剣などが壁に貼り付けされている異様な部屋。自分の部屋であり自分を育ててくれている人の家だと気付く。
「……なん、で、ここに居たんだっけ」
「私が運んだ。うなされていたぞ……怖い夢でも見たか?」
ビクリ、となり灯りのない部屋から第三者の声が聞こえた。よく目を凝らせば部屋のドア付近で立ったまま自分を見る誠一だ。そう言えば……と記憶を巡らす。
「……覚えてるかな?君は宰相のイーナス君から再三にわたって休むように言われたにも関わらず、ユリウス君と麗奈の傍を離れずにいた事。彼が無理矢理休ませる為に雷を流したんだ」
『いやー、ありゃあ怖い怖い。主人と良い勝負になるぜ』
「どう言う意味だ、それは」
リーグの前にひょこりと顔を出した九尾がそう説明した。あ、と今ので完全に思い出した。リーナ達の治療は避難してきた住民を優先にする為に後になると言われ、リーナはそれを了承した。思わず声を上げそうになるも決意の固い雰囲気に何を言ってもダメだと感じ、無意識に歩いて辿り着いたのは目が覚めていないユリウスと麗奈の居る部屋。
ベットで寝かせられている2人は静かに眠っている。生きている、そう自分い言い聞かせてもリーナみたいにこちらに反応してくれない。それだけで、リーグは不安に圧し潰されそうになり2人の手を握って目が覚めてくれるように、と必死で願った。
そこからどれだけの時間が経ったのか分からない。見張りの交代をしようとしたリーグの騎士団に所属している騎士は2時間程前に、リーナに会っていた団長のリーグを見ていた為、既に休んでいると思っていた。だが陛下と麗奈の居る部屋で団長を見た。
既に夜中になっている為、この時間まで起きているのが珍しいと思いながらも心配する。彼も魔物退治で魔力を削っている。今は平気でも、明日、明後日にまた魔物が襲来してくる可能性もあり、魔法を扱える者達は優先的に休ませている。
心配のあまり見張りと言う仕事を忘れ、どうしようかと何度か部屋の前でウロウロとしているとそれを訝しむ目で自分を見るイーナスと視線が合った。静かに部屋の中の様子を見て貰い、おそらく副団長と会ってから2時間程は経過している事。休んでいないのでは、と危惧する騎士に厳しい目を向けるイーナスはすぐに電撃を流した。
誠一はキールに頼まれた仕事をこなし、自分も軽く仮眠しようかと思った矢先に2人が目覚めていない部屋から雷の光が漏れ出た。急いで駆け付け中を見れば、荒く息を吐きながらも睨み付けるイーナスと、フラフラと立ち上がりながらも離れないでいる様子のリーグがおりどうしたのかと問うた。
「何でそんなに頑固な訳?怪我があんまりないからといっても疲労はあるんだから、フリーゲさんにも休めって言われたよね」
「………傍に、居たい……から」
「何も出来ないのに居ても無意味だ。薬剤師のフリーゲさんも原因が分からないし、魔法師のキールも手が出せないんだ」
キールからの報告で魔法での治療は全て跳ね返され、自分に返ってくる為に手が出せない事、その分のダメージが治療される側にどのような影響があるか分からないからお手上げだ、と悔しそうに言っていた。あんな表情のキールは早々見れるものでもないし、頼みの魔法も使えないとなり薬に頼るしかないと判断した。
フリーゲ自身、今日の襲来で起きた仕事量が膨大であり部下達を使っても2人をゆっくり見るのには十分な時間がないと無理だと言われ翌朝に様子を見てくれる。そうリーグに説明しても彼は絶対に譲らず、ここで見張ると言い張る始末……イーナスも段々と苛立ってきたのか空気がピリピリしている。
「僕が、僕がお姉ちゃん達を、巻き込んだんだ………。その、責任はとる」
「何言ってんの?巻き込まれようとも巻き込もうとも、それを決めたのは彼女達。君に非がある訳」
「でも!!!………2人を、会わせたのは………僕、だ。だから」
「君等、ここが何処か分かっているのかな?」
ビクリ、と威嚇するような声に同じ反応を示した。誠一は静かに怒っている……目が覚めないユリウスと麗奈の前でよくもそんなことが出来るな。と目で訴えればさっきまでの雰囲気はなく九尾がその様子を笑いを堪えて見ていた。
『っくくく………お前等も大変だな』
「お前は2人の見張りをしておけ、いいな」
『へっ、あ、おい主人』
文句を言う九尾を無視してリーグとイーナスをまとめて引っ張り出せば今まで見ていたリーグの所に所属している騎士達が泣きながら抱き付いてきた。見張りの騎士も含めいつの間にか集まっていた面々に、イーナスは心配性な騎士達は色々と困るよと言って来る。
もみくちゃにされ、身長が小さい彼は瞬く間に沈んでいくも聞こえてくるのは自分を心配する声と、休んで欲しいと言う訴えにキョトンと周りを見る。
(……僕の、心配………?)
周りは自分よりも年齢も当然上であり、大人が子供に従っているような異様な光景だ。そんな中、自分の様な者が団長が居るのは陛下の庇護の為であり周りもそれに合わせているのだと思っていた。
「お願いです、団長。ここは自分達がみておきますから休んで下さい」
「っ、俺達、団長が居ないとダメなんです!!」
「リーナ副団長が支えてえた分も頑張りますから」
「だから団長も休んで下さい。ずっと魔物の相手をして報告書も書くんですから。それに食事だってそんなに食べてないんですから」
「………でも」
「もういい」
その後のイーナスの行動は早かった。騎士達の言葉にも耳を傾けないリーグにさっきよりも強めに電撃を浴びせ気絶させた。不意打ちを2発喰らえば我慢強いリーグでも落ちる、と判断し実際にそれは正しかった。ドサッと倒れたリーグに怒ろうとする騎士達はイーナスの睨みで大人しくさせられ誠一にリーグを預けた。
「私は以前、彼とは考え方の違いで喧嘩したからね。私が何度言っても聞く気はない上に部下である君達に対しても聞かないんだ。強硬手段を取ったよ。……誠一さん、悪いですけどリーグの事頼みます」
「……分かった。だから君達も、イーナス君に怒りを向けないでくれ。余計な争いをここで産むわけにはいかないだろ」
「し、しかし!!」
「……いいね?」
「っ、は、はい………」
彼等は素直にそう答え、イーナスは終わったとばかりに移動する。誠一が何処に行くのかと聞けば「自室で仕事です」と手をヒラヒラさせながら歩いていく彼に、君もだろうにと言う言葉を飲み込む。
その後、兵士達からリーグの家まで案内してもらい彼専用の部屋でリーグを寝かせて今に至る。リーグと共に部屋を出れば夫婦のファウスト・リーベル、トースネ・リーベルの2人から抱擁を交わされた。目を覚ました事よりも無事である事、ここに存在してくれた事に思わずリーグは「ご、めん、なさい……」と何故か謝ってしまった。
「でも、本当に水だけで良いんですか?お茶とか軽く軽食を作る位は出来ますのに」
「いえ。リーグ君を家に連れ戻したら帰るつもりですたから。それに彼はもう目を覚ましたのでこれで私は城に戻ります」
『主人、主人!!俺もなんかくれ』
「お前は私の霊力で保っているんだから何もいらないんだろ。ねだるな」
『ぐぅ、でもでも』
「……クッキーでも食べます?」
『食べます食べます♪何でも食べます!!』
「おい………」
(こんなに楽しそうにしてるトースネさん、なんか久々)
エメラルドグリーンの髪に同色の瞳のトースネはニコニコと九尾の為にクッキーを用意しに部屋を出て行き、それを苦笑しながらも感謝すると頭を下げたファウスト。
トースネは髪を一つに結び服も寝るだけなのか黒のワンピースに上着を羽織っただけの姿にまずい時間に訪ねてしまったなと思いながらも、その意味を分からないのか首を傾げる彼女に天然だなと思う事にした。
一方のファウストは寝る格好でないのは明らかだった。なにせその全身を鎧で着ているからだ。青い髪に同色の瞳、右頬に十字の傷を残した彼は誠一の視線に気付き理由を答えれくれた。
「息子の代わりにワシが国の警備を任せる事になったんだ。現役を息子に譲ったと言っても彼はまだ若いからな。今の内に経験を積ませるのも良いだろうと思ってね」
そう説明しながらもリーグを大事そうに撫でるファウストにされるままのリーグは困ったように視線を外す。うなされて喉が渇いたのか用意された水を、全て飲み干し自分で注ぐのリーグに誠一は安心したように笑みを浮かべる。
『ウチの主人、40ちょいになるぜ?アンタもまだまだ十分にいけるだろ』
「九尾黙れ」
『若くないって言うがな、俺から見れば主人もアンタも十分に若いぜ?』
「何百年も生きて来たお前と人間の寿命を一緒にするな」
『なーんだよ、別に良くね?』
「良くない。自分の物差しで人に強要するな」
「ははははははっ、面白いな貴方方は」
「……まぁ、どうしたんです?普段笑わないのに」
クッキーを持ってきたトースネは全然笑わないファウストに不思議そうに見ており、九尾と誠一は互いにフン!!とそっぽを向き同時に「『気にしないでくれ』」と注意を受けてしまった。
リーグも何も言わないがこの状況におかしいのか笑いを堪えており、1人だけ状況に付いていけない彼女は置いて行かれたような空間になった。しかし、ワクワクした気持ちで九尾にクッキーをあげる準備をする。
「今回の魔物の襲来の件は宰相から聞いている。……貴方も大変だろうに息子の事まですまない」
「イーナス君から聞いてたんですね。まぁ、我々は元居た世界ではよくある事だ。目が覚めるのがいつになるか分からないのは今回が初めてだが」
「……そうか。そちらも安全な世界ではない、と言う事になるのか」
「いや安全ですよ。麗奈の親友であるゆきちゃんみたく普通に過ごせますから。だが我々は陰陽師です。人には見えないものを祓い、平穏を保つのが一応の仕事ですので。……リーグ君と同じ騎士のしている事と同じになるかな」
陰陽師、と言う言った誠一は一瞬であるが厳しい目をしていた。戦う者の独特の雰囲気と覚悟を感じ取り彼等も大変な仕事に就いたな、と思いながらも息子にもしているのだからと無理矢理納得させた。
「あと、リーグ君から聞いているので良かったです。強くて厳しいお父さんと優しいお母さんが居るから楽しい、とね」
「っ、誠一おじさん!!言わないでって言ったのに………!!!!!」
「…………」
顔を真っ赤にして誠一を叩くリーグに「すまんすまん、つい」と何故か嬉しそうに答える。それを聞いたトースネは呆然としファウストはリーグをずっと見ていた。
陛下からリーグの事を頼まれた。彼が何処からかリーグを拾い、国に置くと言いだして周りからの反対もあったしまだ騎士団の団長として働いていたファウストも反対した。しかし宰相のイーナスは陛下の言った事に反対する所か賛成をしており、何故かと大臣達から責められた。リーグは魔力を持っている子供だと分かり、戦力になるなら子供であろうとも良いんじゃないか?と彼等に答えた。
「使えないなら彼は私が処分するよ。陛下からもそれで良いからと許可を得たしね。責任は私と陛下が持つから保証はあるよね。……暗殺が得意な私なら見張りも兼ねて何時でも殺せるんだし安心して欲しいな」
その時の表情は忘れもしない。宰相ではなく暗殺者としての冷たい目で大臣や自分達を黙らせたのだ。しかも陛下もそれで良いと答えた上にリーグ自身もそれで良いと言ったようなのでこれで話は終わりとなった。
それで子供が好きだと言う情報を知っていた陛下がファウストにリーグを託し困りながらも屋敷に連れて行った。当然、互いに黙りながら会話もなく戻れば帰って来たファウストに付いてきたリーグを交互に見て「………隠し子?」と首を傾げられ「違う!!」と否定してこれまでの経緯を話した。
事情を聞いた彼女は嬉しそうに彼に合うような服を探しに部屋を漁り、控えていたメイド達にも手伝わせ一気に騒がしくなった。頭を抱えたファウストにリーグは怖くなり彼の後ろに隠れるようになりそれにも困った。
(あれからもう6年………団長の座を譲って3年か。早いな)
リーグは反抗的ではなくただ周りを信じられないでいた。陛下に何を言われたか分からないが、彼は陛下にだけは心を許し言う事は全部聞いた。陛下以外に言う事を聞いたのはトースネのみであり、ファウストに慣れるまでに時間はかなり掛かった。
そんな彼が最近ではよく話題に出してくるのは異世界から来た麗奈達についてだ。宰相からは話に聞いてはいたが全てを知っている訳ではない。それを抜きにしてもリーグが嬉しそうに話すのは麗奈とゆきの名前をよく出してくる事。そんなにも話題に出すものだからトースネが「好きな子?」と聞けば真っ赤にして「守りたい人なの!!!」と全否定した。
「おじさんは余計な事言わなくていいの。ぼ、僕が恥ずかしさで一杯になるから!!」
『おうおう、素直になれ。ガキは素直であるのが普通だ。悟って何も言わないガキよりもハチャメチャにバカやってるのが良いんだし』
嬉しそうに九尾にクッキーを渡し頭を撫でればそれに気を良くした九尾はもっともっととせがむ。それを拳骨で黙らせ「バカがすまない」と首根っこを掴み、九尾を枕が代わりにして謝罪する。
『ちょっ、主人!!重い重い!!』
「あとで清に燃やしてもうらうか」
『あのバカに言うなよ!!アイツ本気でやるぞ』
「反省が足りないからな。霊獣が情けない」
『は?誰があの魔物の群れを主人から守ったとと思ってるんだ。感謝はされてもいじめられる理由がないだろう!!』
「トースネさん、そのクッキーはリーグ君にあげて下さい。こんな狐に渡したらクッキーも可哀想だ」
「ふふっ、そうね。はい、あーん」
「し、しししししないよ!!!!」
『何気に奥さん酷いな!!!』
真っ赤になりながらもトースネと共にお風呂に向かうリーグ。屋敷の警護をリーグの騎士団の兵士達に任せたファウストは誠一と共に城へと向かっていた。2人はあれから意気投合をしたのか笑いながら屋敷を出たファウストに、周りが驚いてコソコソと話をしていた位に普段との差が伺える。
「……魔王、ね。まさかそんなものが今や国を守っているとは。現役を退くのは早かったか」
「……やはり悪い者、ですか」
ファンタジーものに疎い麗奈達。最初に貴族や陛下、兵士と言っても変わった人達だな位の認識にゆきと裕二の2人は必死で陰陽師組に教え込んだ。魔族、魔物、魔王はファンタジー系の物語では大概悪い者として書かれている事と言われるも(そうなんだ……)位の認識しかない彼女達は、こんなに必死に教えて来るゆきと裕二に喉渇かないかと心配になった。
「悪い、か。その質問には答えづらいな。魔王は魔族を従えてはいるが、全部が悪いのかと言われればよく分からない。魔物は急に出現した原因不明な生き物であり、魔族に従っているから悪いかも知れない」
「……では彼は良い魔王と言う事ですかね」
「そんな言い方をされたのは初めてです」
自分達の影が意思を持つように動いたかと思ったら人の形を成して姿を現した。紫の髪にもっと色の濃い同じ瞳、ニコニコとしている優しそうな何処にでも居るような男性。
雰囲気は何処か近寄りがたい感じなのは彼の周りに影が纏うように意思を持つようにしているから。攻撃でもしようものなら、あの影が攻撃をし逆に倍返しにされる可能性がある。
「すみません。面白い会話を聞いたのでつい」
『おっ、お前さんが噂の魔王か。城の連中が話題に出してだぜ?敵である魔王が何で助けたのかって。あとキールが連れて来た奴だからとんでもない奴だなってのも言われてるぞ』
九尾は喰いつたように彼の傍に向かいそんな事を言ってきたからか影が自動的に針状になり襲い掛かるのを手で静止したランセ。ピタリ、と影が止まり浮き上がったものが全てなくなった。警戒を解いた、と言う事かとファウストは静かに息を吐いた。
「キールってここだとどんな評価なのかね。まっ、一か月連絡ない彼の事だから仕方ないんだけど」
『そんなに連絡もなかったのかよ。なーにやってんだ』
「行き違いになると困るから待ってたんだよ。旅をするとそれが困るんだ。キールを1人で行かせるのは嫌な予感しかないんだけど、静止も聞かずに勝手に消えるから探す方が手間でね。ここに来れたのはキールから来るように言われたんだよ。緊急事態だからこっち来いってね、あの量なら対処出来るよね?とか言うんだよ。もう脅迫だよね、あれって」
『大変だな、アンタも。あんな予想も制御も出来ないような奴の世話なんて。でも助かったわ。来てくれなきゃ嬢ちゃん達、マジで危なかったみたいだし。サンキューな』
ポン、と憐れむように肩を叩けばランセは「あ、分かる?」と視線を向けられ話が盛り上がっている。それをキョトンと眺めている2人はどう止める?と相談している間にも九尾とランセの絆は強いものとなった。
「貴方方は………本当に凄いですね」
自分だけがこの状況に付いていけずファウストは遠くを見て現実だよな、と自問自答している中、いつの間にか誠一もランセとの会話に入る。それを遠くから物珍しそうにウォームは見ておりその傍には同じように精霊達が見ていて同じ事を思っていた。
(魔王すら恐れずにいる……。あのお嬢さんの父親なだけある)




