第206話:目の色
ゆき達が城を離れた頃、ユリウスは苦し気に息を吐く。
連撃の後、すぐに伸びて来る黒い手。それをランセが消し去り、ブルームからの魔力によってはね返す。
「ふん、まだまだ余裕なようだな」
「くっ……」
攻撃の手を緩めないサスクールは、その後も縦横無尽に黒い手を生み出していく。
以前、麗奈から聞いていたラークと呼ばれる魔族の攻撃方法。
自身の周囲に魔力で造り出してであろう腕の数々。どこまでも伸び続け、掠れば火傷を負うような痛みが走る。
捕まれば終わり。
麗奈はそれによって動きを封じられた。火傷を負うような事はなかったが、ユリウスの場合は違っていた。
毒でも溶かされたかのように、床が抉れている。
掠っただけでも危険だと思うとサスクールの動きは読めない。なんせ彼はランセの相手をしながら、ユリウスにも攻撃を続けている。
人間よりも長く生きてきたからこその配分か、長年の経験の差か。
当たり前の事だが、それが埋まらない。思わず悔しそうにしていると、彼の頭の中でブルームが声を掛けて来る。
《へこむ暇があるなら、異界の女の所に行け。水晶を壊すんだろうが》
「っ、分かってる……!!!」
脳内に響くブルームの声。
自分の出来る事の範囲など少ないのだと言われている。しかし、それも真実なのでユリウスはぐっと堪える。
水晶の閉じ込められている麗奈の様子が変わっている。
何か嫌な予感がする。気のせいであって欲しいのに、それはあり得ないと考えてしまう。
それらを振り払う様に水晶へと急ぐ。さっきまでは苦しそうにしていた。けど、今はその反応がない。
抵抗をしていたと思うのに、今の麗奈はぐったりしたように静かだ。
(急げ、急げ……!!!)
この不安が現実にならないように、否定するように走る。途中、四方から伸びて来た黒い腕もランセが防ぎ切る形で難を逃れる。お礼を言う間も惜しい。
ランセの目は急ぐようにと視線を送られる。近くで凄まじい魔法の攻防が起き、足を止めそうになる。
魔法の打ち合いでの余波で、コロシアムの中は殆ど形を保っていない。
唯一、無事でいるのは自分達が居る戦うスペースだけだ。
「バルディルとやり合った癖によく保てるな」
「彼と真正面からやり合う訳ないだろ。お前を倒すのに、力を温存してるんだ!!」
サスクールとの会話では、ランセは言葉も荒くなる。
目の前には自分の国を滅ぼした相手がいる。けど、同時にユリウスの兄であり理解者だ。
ヘルスから引き離す方法を考えつつ、麗奈を助け出す。ランセ1人では負担が大きいが、ユリウスが居る事で幾分かその負担も小さい。
(よし、あと少し……!!!)
ランセが足止めをしている間、水晶へと近付いたユリウス。
すぐにブルームから魔力を受け取り、攻撃へと変換しようとした時――近付いたのを察知したのか、水晶が更に強固になった。
「!!!」
壊されない処置なのだろう。
虹の魔法を使うブルームに警戒し、魔力を封じる術式をユウトが組み込んでいた。魔力に反応したからか、ユリウスの足元に黒い魔方陣が一瞬だけ輝いてはすぐに消えた。
「ぐっ……」
ガクン、と体の力が抜ける感覚。
生成しようとした魔力がゼロに戻される感覚はこれで2度目だ。ディルバーレル国で起こされた、魔力の無効化。
罠を張っているとは思っていたが、ここに来て面倒なものをイラついた。
「麗奈!!!」
しかし、ユリウスはそれに構わず剣を振り下ろす。
少し前まで魔力が帯びていた剣。魔力がゼロにさせれた事で、ただの剣になっているが振り切る。
水晶に傷はつかない。中の様子がどうなっているのか、とうとう分からなくなり不安が募る。
「頼む、返事をしてくれ!!! 麗奈、諦めるなっ」
言葉をかけ、何度も剣を振るう。
すると、剣に魔力が帯び始めた。刃に7色の光が纏い、その上をユリウスの扱う闇の魔力が包み込む。
「絶対に助ける!!!」
魔法での攻撃は弾かれた。
ドラゴンから降下した全力のものでも、ビクともしなかったしヒビすら入らなかった。でも、ユリウスはある事を試した。
剣に魔力を乗せる方法は、イーナスから教わっていた。
少ない魔力でも、魔物に打撃を加えられる上に節約にもなる。その後は、ランセから教わりつつ訓練を続けて来た。
魔力の調整は、前よりも上手くなっていると感じているし実感している。
彼の狙いは水晶ではなく、その下だ。
水晶の光と同じ魔法陣が今も輝き、呼応しているのは感じていた。
でも、最初に麗奈を助ける事を優先にした為に、閉じ込められている水晶の破壊へと行動を移した。ことごとく弾かれ、防がれていく中で焦りが生じる。
そして、焦れば焦る程にサスクールに付け込まれる隙を生んでいる。
それを防ぎつつ、相手をしているランセは流石だと言えよう。だからこそ、ユリウスは自分の直感を信じて力を振るった。
(これで!!!)
水晶へと向けた斬撃は、そのまま軌道をそれで床へとぶつかる。
魔力を乗せた斬撃は魔物の両断するだけでなく、上級魔族との戦闘でも通じた。だから、信じた。
魔法での仕掛けなら壊せるのだと。
「……」
ユリウスの予想通り、水晶を浮かせていた魔方陣はその効力を失った。
浮いていた水晶がゆっくりと地面へと向かい、接した瞬間にヒビが入る。
パキン、と。
1つヒビが入れば、たちまち周りに広がる。放射線状へと伸び、砕けていく水晶を見て急ぐ。完全に砕けた時、麗奈をサスクールの手に渡らせない為に。
「サスクール!!!」
ユリウスが動くのと、ランセがサスクールへと動きを止めたのは同じ。ほんの一瞬、数秒でも動きが止まった。ガクン、と力が抜けたのかサスクールは地面へと倒れる。
その異様な感じにランセは不審に思いながら、1歩また1歩と近付く。
脈を確認し、呼吸しているのも確認できた。ユリウスの方を見れば、ちょうど麗奈の方へと駆け寄り抱き上げていた。
「麗奈。頼む、起きてくれ……!!!」
気を失っていたが、ユリウスは構わずに声を掛け続けた。
ランセも同じく肩を叩きながら、ヘルスに声を掛ける。サスクールに、体を乗っ取られてからの期間が長い。
アリサも魔族に体を乗っ取られて6年程。後遺症が今のところないのは、麗奈とユリウスが助けた結果なのか、その時に初めて使った虹の魔法の効果のお陰なのか。
だから、ランセは賭けた。
唯一。兄のヘルスを無傷で助け出す方法として、虹の魔法にはその力があるのではと。
キールもランセと同じ意見であり、麗奈を助け出すのにはユリウスの力が必要だという認識。
(頼む。ヘルス、もしお前が戻らなかった場合は――)
ユリウスの代わりに、殺す覚悟はしている。
キールも同じ気持ちであるからこそ、ランセの行動を止めはしないのだ。
いつでも殺せる覚悟でいながらも、本来のヘルスに戻って欲しいと言う矛盾した気持ちがある。
「ヘルス……」
「っ……」
何度か呼んでいる内に変化が起きた。
ヘルスの手がピクリと少しずつだが、動きうっすらと目を開けていく。長い間、乗っ取られた影響か焦点があっていない。
首元に手を当てながら、即座に殺せるように魔力を帯びる。若干、手が震えているが悟られる訳にはいかない。しかし、すぐに確認しなければいけない事がある。
「ランセ……か?」
(目の色はユリウスと同じ、紅い瞳!!!)
操られる時には目の色が変わる。
魔族はランセも含めて全員が、紫色の瞳をしている。ヘルスの本来の色は弟と同じ紅い瞳。
ホッとし、首元に当てていた手をゆっくりと引いていく。
だが、すぐにハッとなる。ヘルスが元に戻っているのならば、麗奈の方は――。
「ユリウス!!!」
麗奈を受け止めていた方のユリウスへと声を掛けた。振り返った先には、距離を取っているユリウスと不敵な笑みを浮かべている麗奈の姿があった。
ランセと目が合った瞬間、横一線に襲い掛かる魔法が放たれる。同時に見てしまった。麗奈の瞳は黒ではなく――紫色に変わっている。
ヘルスを抱え、距離を取りながら最悪な事態になっている事に気付かされる。
(当たり前かっ。ヘルスから抜け出したとなれば、器だと言っていた麗奈さんを狙うに決まっている)
都合が悪ければ、緊急に入っていたヘルスを使うのか。
その場合、やはり彼を殺さないといけないのかと迷いがでる。一方でユリウスは距離を取りつつも、悔し気に唇を噛んでいた。
彼の両肩、両足は深く紫色の杭が刺さっている。
痛みは当然あるが、魔法で治そうとする度に上回る激痛が体中を走る。魔力を封じられないだけマシだと思いながらも、意識を保つので精一杯。
「ぐうっ……。くそっ……」
「ユリウス」
動きが止まるユリウスにヘルスを連れたランセが近付く。
兄の目の色は元の色である事。衰弱はしているが、生きている事を告げれば安堵したように息を吐いた。
今は動けないが、ブルームを使い治療をしていると言ったユリウスにランセは「そうか」と短く答えた。ポン、と頭に手を置かれ「よく頑張った」と場にそぐわない事を言った。
「ランセ、さん……?」
「あとの事はこちらで引き受ける。君は、このままヘルスと眠れ」
ビクンと体が硬直し、強制的に眠りへと誘われる。
声を発するのも難しくせめてもと、ランセの足を掴んだ。完全に意識を失ったユリウスに、ランセは申し訳なさそうにしながら掴まれた手を離す。
「ユリウス。君の代わりに――私が麗奈さんの事を殺すよ。恨んでくれて構わない」
ヘルスの事は取り戻せた。第1の目的はそこで達成出来ている。
キールもそれで文句は言えない筈だ。
再び麗奈へと振り返ったランセに迷いはない。同族を殺してきた事で殺すことに慣れている。1人の人間として接した少女でも、自分は手にかける事に容赦をしない。
サスクールを殺す事。
その行動を変える事はない。せめて苦しまずに殺そう。そう決めた彼は――全力で麗奈に向けて魔法を放った。




