第204話:魔法VS陰陽術
切り取られたような世界。
虹のオーロラが空に浮かび上がり、それ以外は何もない空間だ。
そして、自分達が立っているのが地面なのか空中なのかよく分からない。何度かその場で足を踏み、透明のクッションを踏んでいるような感触が伝わる。
ちゃんと足に地が付けられる事に、ハルヒは安堵の息を吐いた。
「とりあえず、空中じゃないって事か。……彼の領域は、こんな幻想的なのにその本人が無言なのが怖いな」
精霊の領域を肌で感じ、冷や汗をかく。
間合いは10メートル以上離れているが、領域を張った相手は無言のまま立っている。
魔法での撃ち合いなら普通に届く距離。だが、何もしてこないのが逆に怖い。
ハルヒはそこでふと思う。あの精霊の様子に今まで感じていた違和感を思い出したからだ。
「ねぇ、精霊である君等に聞きたい事があるんだけど」
《なんだい?》
《主殿の質問に答えられるかは微妙だが、頑張ってみる》
4大精霊のノームに、契約したポセイドンは頷く。
静かにハルヒの言葉を聞き、何か策があるのかと思い耳を傾けた。
『よし、その間は俺達で粘るぞ』
『良いわよ。時間稼ぎなら得意だもの』
『ふふっ、じゃあ私は守りを固めておくわねぇ』
青龍と朱雀がウォームへと攻撃を開始した。
ハルヒの前に立った玄武は、得意の守りの結界と同時にハルヒの霊力を少しでも回復させようと陣を張る。
今まで立っていただけのウォームが、攻撃をしてきた青龍と朱雀に対して応戦をする。
魔法が放たれ、それ等を結界で守る。
その攻防の音を聞きながら、ハルヒは精霊に聞いた。
「ねぇ、正気を失っているのなら何で僕達が来た時点で領域を張ったの?」
《確実に仕留める為ではないと?》
「そのつもりなら、もっと早くに仕掛けてると思うんだ。……けど、実際は僕達が来た時点で閉じ込めた。……彼なら、大人数を相手にしても平気そうだと思うんだ。その辺はどうなの?」
《確かに。主殿の言う通りだ》
ノームはその考えに頷き、ポセイドンはウォームの行動を考える。
ハルヒ達と会う前に戦ったのはノームだ。
その彼が言うには、大賢者であるキールと組んでもそれなりに拮抗していた。魔法が発動する前に消され、罠を仕掛けても無駄になる。
手札を消されていくのに、妙に競り合っていたように思っていたのは――。
《もしかして、お父様はワザと?》
「可能性はある。でも、正気を失いつつあるのも事実なんだと思う……。多分、彼は今でも力を加減しているんだよ。加減している時点で、あの精霊が抗い続けている証拠だと思う」
そうでなければ、ワザワザ閉じ込める様な真似はしない。
ゆき達を逃がす為に行動を起こしたハルヒ。そうなる様に仕掛けたのかは分からないが、少なくとも全滅をさせないように動いているように思えた。
ノームが彼等の前に現れたのも偶然ではなく、誘導されていたのであればと考えると幾つか辻褄が合う。
魔法を消されていたのに、すぐに反撃が来なかった事。
威力の高い魔法は殆ど使用されていなかった事。
その少しずつ感じていた小さな違和感。
ハルヒの言葉を考え、ノームは今までの行動を思い出していく。
《そうだね。全滅させるのなら、お父様は早い段階で行っている。であれば……ハルヒ君の考えが当たっているんだろう》
「魔法で通じるものはある?」
静かに問う。
ノームとポセイドンはお互いに顔を見合わせ、微妙な反応を示した。
《私は強化魔法と花の魔法だ。花の魔法は幻術を見せる事が出来るがお父様にはほんの数秒か、感知した時点で消されるだろうね》
《……俺の方は、主殿と同じ水だ。だが、この領域の中で我々の力が何処まで通じるか》
「分かった。ないよりはマシだよ」
『来るぞ!!!』
黄龍は鋭く言い放つ。
見れば魔法の光線が真っすぐ、ハルヒへと放たれている。直撃をすると誰もが思ったが、ハルヒは動じないままだ。
バチィと防ぎつつ、その軌道が外れた。
玄武の結界は水のように柔らかく、そして柔軟性に優れている。時に固く、時に軌道を逸らす様に攻撃の方向を変える。
水を操る玄武は、真っすぐに放たれた光線を軌道をずらす。斜めにずらす作業も、一歩間違えれば直撃を喰らう可能性がある。軌道が真っすぐに放たれたからいいようなものの、もし軌道を変えられていたらと思うと背筋が凍る。
「破軍、仕掛けるよ!!!」
『はいはいっと♪』
ハルヒは数枚の札を投げつつ、式神の破軍に指示を飛ばす。
一方で破軍は自身の霊力を練ってすぐに結界を張った。
ウォームの攻撃により朱雀は吹き飛ばされる。その隙を突くように、彼の周囲に張られる結界。
《!!》
杖から剣へと変わり、斬撃を飛ばす。結界を突き抜ける事もなく、牢屋の如く頑丈なもの。その後も、変わらない速度と手数で放つも破軍は強度を強め続けた。
『ふ、流石だね。こっちが半分は精霊の性質を持ってるけど、俺達は陰陽師だ』
言いながら、吹き飛ばされたはずの朱雀が素早く戻る。
彼女の手にも自身の霊力で練られた札を手にしている。それが破軍が設置した結界と重なる様に、あるいは上書きするようにと地面に張られていく。
『閉じ込めるのは、得意よ!!!』
設置した瞬間、閉じ込められた結界は爆発を生んだ。
内側で起きた爆発に、ハルヒは驚きつつも接近していく。
彼は理解している。あの燃え盛る炎の中でも、精霊の父と呼ばれた存在はビクともしない。ここで倒れてくれるのなら、と甘い考えが過る。
『合せろ土御門』
「だから、僕はハルヒだっての!!! いい加減、名前くらいは覚えてよね」
『青龍にそれを求めるのは酷だよ、ハルヒ君』
青龍は雷の力を纏い、ハルヒの形成した刀へと力を流していく。
そんな2人のやりとりに、黄龍は諦めるようにすすめるもハルヒは拒否と言う答えが返って来た。
青龍が認めるのは初代と麗奈のみ。
それ以外はただの仲間。ただの知り合い。そんな線引きにハルヒは呆れた。
(ったく、こんな奴をれいちゃんは普通に接するだなんて――)
そのイライラはありつつも、どこかで自分は麗奈を認めている。
麗奈は死者であろうと人として扱う。怨霊を身に宿し、その心を浄化する方法を彼等は憑依と呼んでいる。
死神と交流をしていると聞かされて最初は驚きはしたし、周りもかなり驚いた。
だが、麗奈ならそれは普通の事だとも分かっていた。
だからこそ、ハルヒは「あぁ、やっぱり」と彼女の行動の意味を知る。
死んだ者の殆どはまだ生きていたいと言う願いがあり、それが恨みに変わる。
そんな状態でも、麗奈は彼等を1人の人間として扱いそして1人の人間として彼等を屠る。
死者を見る事に慣れた陰陽師である自分達は、異形と見られても仕方がない。そんな中でも彼女の行動理念は変わらない。
どんな存在でも、彼女の目から見れば生きている。
例え恐れられる死神であろうとも、神の子供である青龍であろうとも。麗奈にとっては彼等は1人の人間なのだ。
(ホント、敵わないな!!!)
刀に宿るのは青龍の雷。
そしてハルヒの身を守る為に、黄龍は彼と波長を合わせる。神衣は、その術者の防御力を上げ陰陽に対する攻撃力を上げる。
黄龍が得意とするのは結界。
守りに使い、時は攻撃として扱う攻防の術。彼は数多の結界を操りつつ、封印に関する術も豊富に覚えていた。
だから、その刀には青龍の力と黄龍の封印する力が同時に宿る。
刀身が蒼と黄色に輝き、溶け合う様にして力が増幅していく。
『突っ込むよ!!!』
グンッ、と体が引っ張られた。
白虎がハルヒを素早く背に乗せ、その勢いを殺さずに火柱へと飛び込む。
《インフィニット・ゼロ》
《フロル・サークル!!!》
攻撃を察知し即座に魔法を展開するウォームと、その魔力を少しでも吸い取ろうとするノーム。魔力が徐々に弱まるのを感じたウォームは、燃える炎の中から鋭い光の一閃を見た。
白虎の纏う風の勢いに乗った、一点突破の攻撃により――彼の体は貫かれ、ピシりと何かが壊れる音が聞こえたような気がした。




