第203話:共闘
『ううっ……。酷いよ、主』
「君が何も言わないのが悪いんだろ?」
『うぐっ、でも……でもぉ~~』
泣いている破軍を慰めるのはハルヒが契約しているポセイドン。
小さなイカとなっている彼は、水中で動くかの如く浮かび器用に頭を撫でている。優しい精霊に、思わず破軍は抱きしめた。
「ハ、ハルヒ……もうそれ位にしよう。ねっ?」
「ゆきに言われなくても、これで終わりだよ。時間なんてかけないし。……んで? 君等、こっちに来たって事は策があるんだよね」
『ないなら来ない』
何を当たり前な事をといった青龍に、ハルヒは前から思っていた疑問を口にした。
「ねぇ、青龍。君さ、僕に当たりが強くない? ユウトに対して、対抗策をくれたあの札が一体何なんだったの? 何で僕を助けるのさ。その態度だと、僕の事どうでもいいみたいな感じに思えるんだけど」
『気のせいだ。お前を助けたのはあくまで主の為だ。断じてお前の為ではない』
『主と幼馴染なのが気に入ら――ぐはっ!!』
バシン、と青龍の尾で殴られる黄龍。
憐れみの目を向けると同時に溜め息を吐く朱雀と白虎。玄武は気にしていないのか『仲が良いわね』と、ズレた言葉を発した。
今の流れで、ハルヒは「もしかして」と思い青龍に一言。
「なにそれ、拗ねてんの」
『……何故そうなる』
静かに睨み合う2人に、ゆきはハルヒに「や、止めよ?」と言うも効果は薄い。
そこに、ノロノロと起き上がったのは黄龍だ。
殴られた部分を手でさすり、破軍がポセイドンに癒されているのを見る。チラリと玄武を見るも、彼女はいつもと同じようにのほほんとしていた。
そんな黄竜に、ブルトは小声話しかけた。
何故、あんなに毛嫌いしているのか。
『主同士は仲良いよ。うーん、問題なのは朝霧家と土御門家っていうのが問題なんだ。あと、単純に青龍はハルヒ君の事が嫌いって事』
「昔に喧嘩とかしたんスか?」
『私達はしてないよ。周りがうるさくて、離れるしか選択肢がなかったんだよ』
「それって……」
『ちょっと説明が難しいな。……今と違って、昔は風習と言うのがあってね。各家で、色んな縛りがあってそこから外れると――異端だって言われるんだよ』
「異端?」
思わず首を傾げた。
その反応に、黄龍も微妙な感じで息を吐いた。
遠い昔。
家のしきたりや権力が強い家の言葉は絶対だった。そこに少しでも綻びが見えれば、必死で隠し異端として追い出した。
そのいい例が自分達、朝霧家の人間だと言った。
『私達は、ね。本来は、巫女の一族の力を強く持つ家なんだ。それが竜神――今の青龍が、僕達に陰陽師としての力を授けてくれた。だから、他の家の陰陽師達と違って術の構成も違うし、怨霊を封じる力や抑え込む力に特化した家になった』
「え、あの人……一体、何者?」
『え? あぁ、竜神って馴染みがないか。えっとね、こっちの世界で言うなら神様……の、子供みたいなものかな』
「……」
ブルトは思わず思考を放棄しそうになった。
だが、それは周りも同じ事が言えた。ポカンと口を開ける者、青龍を凝視する者と様々な反応をしていたからだ。
「えっと、神様って死ぬんスか?」
『彼は自分の命を捧げた結果、ラーグルング国の柱として機能したんだよ。そして、私達も生贄と言う形でこの世界で死んで国の柱としてここに居る』
そして、今は麗奈に仕える特殊な式神なのだと言った。
陰陽師の扱う式神は、術者のサポートが多いが四神と黄龍は違う。
サポートも含め、自分達で術を構築。こうしてこの場に居るのも、ラーグルング国の柱があるお陰で動けている。
そうでなければ、麗奈がサスクールに落ちた時点で自分達もこの場に居ない。
『主の方は、ユリウス君達に任せる。死神の彼は……敵じゃないよ。少なくとも私達にはそう見えた。さて本題だ。主が契約しているあの精霊、君等の魔法を無効化してくるよ。彼の影響力は凄まじい。……このまま合流するのは危険だ』
ならどうするのか。
それぞれ口を閉ざすのは方法がないからだ。
魔族であるティーラとブルトは、先程のように光の魔法で攻撃をされればひとたまりもない。なんせ、ティーラが片腕を失うと言う重傷を負った。正直にいって、ブルトがそれらを回避できるのかと言われれば――無理だと言う答えになる。
対して魔法を主体に戦うフィナント達にも同じ事が言えた。
エルフの扱う古代魔法すら、あのアシュプの前では無意味。そして、精霊での攻撃を行えばヤクルのように体力と魔力を奪われる始末。
魔法を創造した相手に対して、同じ魔法で戦うという時点で間違っている。
大賢者のキールも、それとなく対応はしているが正直に言えば手札が少なくなっている。
「……だったら、ゆき達はこのままドラゴンの方に合流して。その間の相手は僕が引き受ける」
「そんなっ、ハルヒ様だけなんて……」
「ならアウラ。他に方法はあるの? 4大精霊自身はどうなの? 相手は、精霊の父親なんでしょ。子供である君達に、親に向かって手を下せるの」
ハルヒの静かな問いに、4大精霊だけでなくフェンリルも押し黙る。
そんな中、声を発したのは4大精霊の1つノームだ。
《私は平気だ。お父様に対して攻撃は出来るし、なんなら手を下すのに協力出来る。こうしている間にも、麗奈さんは危険な状況に追い込まれている。あの子を助ける為なら私は何だってなれるし、やってみせるよ》
それが、せめてもの償い。
ノームは麗奈が連れ去られるギリギリの場面までいた。にも関わらず、助ける事すら叶わずにいた。
その結果が今を招いている。
それを痛感しているからか、ノームは非常な決断であろうと歯向かう覚悟を決めた。
ハルヒは、ノームの決意を聞き「分かった」と一言告げた。
「ゆき達は早く離れるんだ。もうすぐ、ここに彼が来る。魔法を無効にしたりするなら、それ以外で戦うしかない。僕にはその手段がある。そうだろう、破軍」
『……もう怒ってない?』
「まだ隠し事してるなら、怒ってるかな」
『うぅ、厳しい言い方。でも仕方ない。私達も、ついさっきまで記憶は戻らなかったんだ。……彼のあの状態。前にもあったから対処出来るよ』
前にも、という言葉に引っかかりを覚えハルヒは事情を知っていそうな青龍を見た。
彼は無言で頷き、こう告げた。
『麗奈の前の主。朝霧 優菜がサスクールに乗っ取られた時にも、かの精霊は苦しんでいた。乗っ取られていく精神に耐えかねる前に……彼自身が手を下した』
「!!」
だからこそ、サスクールは完全に体を掌握する前にその力を失った。
代わりにアシュプは、優菜を殺した事で自暴自棄になりかけた。この世界に初めて来た異世界人にして、朝霧家の初代を務めた人物。
麗奈の容姿は、優菜の生き写しのように似ていた。
その容姿、霊力の高さ。何もかも、優菜を彷彿とさせる麗奈にアシュプは迷い続けた。
最初の時と同じように、麗奈にも魔王に乗っ取られる運命になるのか、ならないのかという選択。前と同じ事が起きた場合、早めに手を下す気でいた。
だから――麗奈と契約をすることを決めた。
《彼の言う通りだ。私はこの中で、その時の状況を知っている。他の4大精霊は、転生をしたからその時の記憶が曖昧だ。……あの状態のお父様は、既に私達の事が分からなくなっている。魔力が高い者から狙ってるから、ドラゴン達の所に行くのも時間の問題》
ブルームの眷族であるドラゴン達は、彼の言葉に従いこの戦いに参戦してきた。
恐らく彼等にも、アシュプの身に起きた事を理解している筈。被害が酷くなる前に、ハルヒは時間を稼ぐ気でいるのだ。
「じゃあ、ゆき達はちゃんと帰るんだよ。僕は僕の仕事をしてくる」
「ハルヒ様っ!!!」
アウラが止めるのも聞かず、白虎に跨ったハルヒは駆けていく。
麗奈が契約をしている四神は本来なら、彼女の制御下にある。しかし、青龍が独自に組んだ契約の儀式にはもしもの場合にと独立させる事を了承している。
『本来なら主以外に扱えないけど、術者がある程度離れていても私達の事を扱えるように青龍が組み替えたんだ。それは主には言ってある。だから土御門、この場限りで私達の事を使ってくれると助かる』
「そうさせて貰うよ。少なくとも破軍よりは使えそうだし」
『その言い方酷い!!!』
黄龍からの説明を受け、ハルヒは準備をする。
ユウトと戦ってからあまり間が空いていない。連戦するとなると、かなり苦しいなと思っていると自分の霊力が上がったような感覚になる。
「っ、今のは……」
『仕方ないから霊力を渡す。お前に倒れられても困るからな』
そこには、不機嫌な顔をした青龍が白虎に合せて走っていた。
そんな青龍の反応に、ハルヒはやれやれと思いつつ強い魔力が向かって来るのを感じた。
「とにかく、ゆき達が避難できるまでの時間を稼ぐ。僕達の力がどこまで通じるかは分からないけど、やるしかない!!!」
ハルヒをサポートするように、ノームが彼等に身体強化の魔法を施す。
ある程度、弾かれる可能性はあるがないよりはマシだ。
追って来たであろうアシュプは、ハルヒの姿を捉えると体をゆっくりと向けた。その目には、闇の染まった証拠なのか紫色に染まり強大な魔法を放つ。
真っすぐに来た黒い光線を、ハルヒは結界を張りながら突き進む。その光を抜けた先に、青龍が接近し雷を落とす。
すると、周りの風景が一気に変わっていく。
城の中が消え、光のオーロラが周囲を囲む不思議な風景へと早変わりした。ハルヒは同時に理解した。自分達がアシュプが作り出した、領域内に閉じ込められたのだと――。




