第202話:秘密主義
『随分と男前な格好だな、ティーラ』
「テメェ、こん時まで喧嘩売ってんのか」
青龍がフッと笑いながら、冗談交じりで言えば当然のようにティーラは睨む。
ブルトを庇ったとは言え今の彼は、完全に右腕がない状態。炎のように焼かれたように、ジクジクと痛みが走るのを無視して文句を言う。
そこにサッと治療をしたのはアウラだ。
4大精霊1つであるウンディーネの契約者。光、聖属性の同じ位に治癒に優れており何より凄いのは範囲回復の多さ。
そして、同じ回復の魔法でも水系統に反発する魔法はない。
光と聖属性はどうしても闇の魔法と反発する関係性の為、今回のように魔族の治療を行うのは危険が高い。ゆきが咄嗟に動こうとして、すぐに止めたのも属性同士の関係を知っているから。
そして、アウラは既に魔族を敵として認識をしていない。
それは麗奈とゆきの世話をしてきたブルトと交流したのもあるし、ニチリという国しか知らなかった。だからこそ1つの事に囚われることなく、広く視野を持つ事を心掛けた。
「アクア・ヒール」
だから彼女は普通に治療をした。
目を背けたくなるような怪我の状態とは言え、それでも戦場に行くと決めたのは彼女自身。ニチリと言う国以外の世界を知りたい彼女にとって、魔族もその知りたい対象だ。
人間と同じく良い悪いもいる。
業が深いと言われるのも、人間よりも長生きをしてきたからこその見え方だ。
現に自分達に協力している魔族の中で、特殊な立ち位置をしているのは魔王ランセ。
彼は復讐対象である同じ魔王である、サスクールを倒す為に旅を続けて来た。彼の部下がティーラだったという事も驚きだが、お互いに今まで連絡をとっていなかった。
ただ、それでも2人は共通としてサスクールの排除を胸に刻んできた。
この広い世界。生きていればきっと何処かで必ず会える。
例えそれが敵同士だったとしても、だ。
「アンタ、変わってるな」
「え」
治療に集中していたアウラは、急に話しかけられて驚く。
そこには戸惑いを覚えながらも、恥ずかしそうに頬をかくティーラの姿。
「魔族の俺が怖くないのか」
「何も知らなければ怖いでしょうね。でも、貴方と会う前にブルトさんに事情を聞きました。ゆき様と麗奈様を支えてくれました。私はお2人と仲良くしたいので、そのお2人が信頼を寄せているんです。私が信じなくてどうするんです」
「……。ふーん、でもやっぱアンタ変わってるよ」
普通、それで考え方は変わらないだろう。
ボソボソとそう言ったティーラに、アウラは変わらずに笑顔を向け治療に専念した。
ゆきはそれをチラリと見て確認し、ホッとした。
急いでキールの治療をしていて気付いた事があった。
「キールさん、精霊達は」
「あぁ。2人は最初に攻撃をしたんだけどね。さっきみたいに魔力は奪われたり弱体化されるから、上でアルベルトの父親を治している最中」
「え、アルベルトさんの……父親?」
「そう。彼、戦士ドワーフでしょ? だからその父親も同じく戦士。魔法も攻撃も出来る」
しかし、そんな彼もウォームの奇襲によって再起不能に追い込まれた。
精霊の治療とドラゴンの治療によって、回復に向かっている。それは喜ばしいが、戦線に復帰が出来るのかと言われれば無理だと説明をした。
戦士ドワーフは、魔法を扱えるだけでなく巨人に変化出来る。
だがその力もウォームの前では封じられ、その力を遺憾なく発揮できない状態になっている。
「分かっていたけど、ね。主ちゃんと契約した大精霊なだけあるよ……。反則だけど、相手をしないと」
「キールさんっ、まだ立つのは――」
「平気。あとは自分で治せるから、ヤクルの方をお願い」
「っ。分かりました!!」
ウォームの攻撃を受けたヤクルは、どうにか起き上がったがその場で膝をつく。
剣を杖の代わりに使うも、すぐに支えきれなくて倒れる。
ゆきがすぐに治療を開始する中で、兄のフーリエも彼女に習う形で魔力を送る。
「どういうことだ。魔力も体力も、ギリギリまで削られてる」
「もしかして、サラマンダーからの魔力が無かったのもこれが原因?」
《そう、だ……》
ヤクルの持つ剣から、か細い声が聞こえて来た。
2人はすぐに柄にはめられている魔法の核から、小さな炎が生まれた。それが形を成して、サラマンダーが具現化される。
だが、その炎はかなり弱まっている。
しかしすぐにその炎は強く輝く事になった。兄のイフリートからの魔力によって、サラマンダーが回復したのだ。
《すまない、兄さん》
《気にするな。サラマンダー、あの攻防で何があった》
《……。信じられない事ですが、お父様から魔力と共に体力を奪われた。その所為で、契約者であるヤクルにも影響が出てしまい》
「だい、じょうぶだ……。ゆきと、兄様から、どうにか……」
《ヤクル、無理に話すな。状況は俺から話すから》
「すまん……」
ヤクルはそれだけ言うとふっと力を失ったように気絶した。
フーリエも呼吸があるのを確認し、ゆきに安心するように言えば既にボロボロと大粒の涙を零していた。
そんな彼女に優しく力強く撫で、何度も大丈夫だと繰り返した。
そうして安心したのも束の間。
地割れが起きたと同時に、向けられた魔法の数々。それの攻撃を全て防ぎ、守り切ったのはディルベルトと大精霊・シルフ。
向けられた魔法に光が混じっていなかったので、ブルトもすぐに応戦。
落ちる直前に、キールが全員を別の場所へと移動させた。
「どうなっているんだ!? 何故、精霊がこちらに牙を向くんだ」
移動した矢先、そう怒鳴ったのはフィナントだ。
それを宥め落ち着かせたのは、妻のエレナ。現に「落ち着いて。ね?」と言われ、押し黙るフィナント。すぐに偉い偉いと頭を撫でれば「そうではないっ」と手を払いのけた。
「それは」
『決まっている。主がサスクールの手に落ちたからだ』
キールの言葉を重ねてきたのは青龍。
彼等も追って来ているは、全員の表情は晴れていない。
それで全員、すぐに理解した。
ブルトは泣きそうな顔をし、ティーラは小さく舌打ちをした。ここで青龍が冗談を言えるような性格ではない。
儀式の破壊か麗奈を遠ざける。両方できなくても、片方ならどうにか出来ると踏んでいた。
実際、ブルトは戦闘が終わるまで麗奈と逃げ続けるように動いていた。そして、ティーラの方は儀式の方を潰そうと動いていたのだ。
同時にブルトは後悔した。
追って来たバルディルの攻撃を受けた時、自分は麗奈と離された。あれが計算だったのかは分からないが、結果として彼は麗奈と合流することは叶わなくなった。
「っ……」
思わず唇を噛み、悔しそうに顔を歪めた。
これでは何のために逃げて来たのか。そして、追手から逃がす為にティーラの部下達までも失ってきたのに。
それが全て水の泡になった。
「青龍。だったらここに居ないで、早くれいちゃんの方に行って」
『いや、それだとこっちが危ない。相手は主と契約をした大精霊。全ての精霊の父親になる者が相手だ。どっちも危険性が高いが、こっちに合流する事を選んだ』
「何でさ!!!」
『既にユリウスとランセが向かっている。それに……気付いている者も居るかも知れないから言っておく。主は随分前から死神と交流していたんだ』
「!?」
《そんな馬鹿なっ、ありえない!!》
強い否定をしたのは、ダリューセクの大精霊にして精剣のフェンリル。
その背には咲とナタールが乗っていた。ドラゴン達と共に来てすぐに、ウォームの魔力を感知したフェンリルがこの場所へと駆け付けた。
イーナス達には事情を言ってあると説明をした咲。しかし、フェンリルの焦り様に驚き思わずゆきとアウラに説明を求めた。
事情を聞き終えた後も、何故フェンリルがそんなに憤るのか分からなかった。戸惑った様子なのはナタールも同じ。
《彼女は死神の危険性を知っている。俺が説明をしたし、君も深く関わるなと言っていただろう》
『確かに、な』
『え、君そんな事言った――ふがっ!!』
途中で黄龍が会話に入ろうとしたのを止めたのは青龍。
自身の尾を使い、黄龍を無理矢理に黙らせる。その後で、少年の姿になった白虎はすぐに抑え込んだ。
『黄龍は黙れ。……フェンリルの疑問はもっともだ。しかし、危険性を示しても向こうから接してきたら防げない』
《何っ。あの時からも交流を続けていたのか!?》
『悪いが、今まで主が関わって来た国に死神は全部関わっている。……何度か協力して貰ったし、それで助けられてきたしな』
その事実を信じられないとばかりに、首を振るフェンリル。
しかしハルヒと契約したポセイドンは密かに分かっていた。あの件に死神が関わっている事に――。
『それに今から駆け付けても間に合わん。だから、俺のやる事は決まっている。主が戻る場所を守る為に、あの精霊を止める』
「……破軍。君、何か隠してない?」
『え、なんの事?』
ハルヒは確信をもって自分の式神を睨んだ。
対して破軍は即答するも、嫌な汗が落ちる様な感覚になる。そっと黄龍達を見ると全員で首を振った。
『僕等はお互いに情報交換してるもん。その上で主も行動を決めてるし……。土御門家って秘密主義みたいな所があるし』
『何でも許している訳じゃないわよ。それとなく注意もしているし主も、深追いはしてないけど……。危険性があるなら私達だって止めてる』
『そうねぇ。でも主ちゃんも接していて、彼等がただ悪いだけじゃないって分かってるもの。事情を説明しても、良い印象を持っていないのなら簡単に価値観は変わらない。違う?』
白虎が余計な事を言いつつ、朱雀と玄武がそれに被せる。
そして玄武の言葉に、ラウルはハッとした。確かに自分は、死神に対して良い印象を持っていないしそう言う価値観を持っていた。
それを分かって、麗奈が話さないのであれば責められない。
そうさせたのは、自分の行動だ。それなら、責める資格だってないのだと分かる。
そして、秘密主義という言葉を聞いたハルヒは更に破軍を睨んだ。敵を射殺さんばかりの睨みに、破軍はオロオロとし始める。
「……ちょっとだけ待ってて。今、コイツを叩き潰すから」
『ま、待って。主、何でそう決めつけるのかな? あ、いや、確かに知ってたけど私の場合は白いモヤみたいに見えてて、でも危険性はないから良いかなぁって。でも、でもね!!!』
「まず黙れ」
『ごめんなさいいいいいっ!!!』
その後、助けを求める破軍を無視した青龍達。
しまいには黄龍が『怒られろ、怒られろ』と煽った。そんな親友の裏切りに、破軍は『バカーー』と叫んだ。
ウォームにバレないように、密かに結界を白虎が張りノームが防音の魔法を掛けていたのも知らずに。
破軍の訴えはハルヒが笑顔で否定をし、お仕置きを実行されたのだった。




