第201話:信じたくない
儀式が開始されたと同時、青龍と風魔は異空間から脱出した。
青龍の瞳は遠くを見渡すだけでなく、力の強弱が見える。その綻びを見付け、風魔と共に攻撃を開始。
2人の体感としては、ほんの数秒に過ぎない。だが、異空間から脱出した時に感じた力と麗奈の居場所を知り――風魔は涙を流した。
『主……。僕の、所為だ』
『違う』
『だって……』
『違うと言っている!!!』
大声を上げた青龍に、風魔はキュッと口を閉じた。
隣を見るのも怖い。今の青龍は誰が見ても分かる様子で怒っていたからだ。
逃げる事が出来たのに、戻って来たのは風魔の為。誤解を取り除き、風魔にとっても良い結果になる様に話を付ける為。
ユリウスと和解は出来た。
しかし、その所為で麗奈は囚われ儀式を開始されてしまった。責めずにはいられない風魔は、悔しい気持ちでいるとポンと頭に手を置かれた。
青龍からのスキンシップ。
麗奈の前では人が変わったようになるのを知っている。そして、青龍は人一倍に主である麗奈を大事にしてきている。その絆を見て、自分と由佳里の関係を思い出させた。
『風魔。主の所に戻れ』
『でも……』
『少しでも抵抗力を上げる為だ。アイツが黙って見ている訳がない。それに』
創造主の名を口にしようとして止めた。
恐らくこの状況は向こうに知られている。それならば、死神のザジもサスティスも行動に移している筈。
死神の事だけを伝えれば、風魔は頷いた。
『思うんだけど、あのザジって人……。何処かで会ったの、かな』
『どうしたんだ。急に』
『自分でもよく分からないんだけど、ずっと違和感を持ってて。初めて会った気がしないというか、奇妙な感覚になるというか』
麗奈と正式に契約を結んだ影響なのか、風魔はザジを不思議だと言った。
もっと前にも居るのが当たり前で、風魔も麗奈もそれを違和感なく受け入れている。
『……上手く、言えないんだけど。再会したって感じなんだよ』
『名前にも聞き覚えがあると?』
『多分。それに、もうザジって言うのが当たり前な位に僕には浸透している……かな』
それでも微妙な感じなのは、感覚的に混乱しているのだ。
初めてなのに、初めてではない感覚。
前からの知り合いで、自分達の事を知っているのが当たり前。そんな不思議な感覚に、風魔は戸惑いを覚えている。
『ごめん。変な風に言って』
『いや。ある意味正解だと思うぞ』
その回答に思わず風魔は『へ?』と間抜けな声を出してしまう。
青龍もその辺の事は前から感じていたのだという。
麗奈と話している時のザジは、素が出ている感じ。しかも麗奈と居るのがしっくりしている奇妙な感じ。
『……家族のような繋がり。俺にはそう見えた』
『家族……。朝霧家の人達、凄く優しいものね』
『あぁ。それでいて、頑固な所があるし譲らない部分もある。……だから安心できるんだ』
そこで2人は笑い合う。
朝霧家に来て変われた者同士の繋がり。それを感じたからか、風魔も自分を責めるのではなく青龍の指示に従った。
『青龍はどうするの?』
『俺は主と契約した精霊を止める。似たような事が起きてしまったからな』
目を細め、どこか懐かしむ様な青龍に風魔はそれ以上の事は聞かなかった。
すぐに麗奈の方へと戻った。
姿が消えた風魔は、麗奈の中へと戻り力を蓄える。それをきちんと見ていた青龍は、次にと自分達の行動を決めた。もちろん、彼にとっても親友と呼べる相手である黄龍に現状を伝える。
『日菜。残りの四神を全員、俺の居る場所まで来い』
彼が急いで向かったのは、今も暴れている大精霊・アシュプ。サスクールにより正気を失い、精霊のみならず敵と認知した者を追い続ける。
大惨事になる前に、青龍は急いでその場所へと向かった。
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ゆき達は移動を開始した。
魔物の追撃はなくなった。現れた魔族達も、ティーラとブルトが対応し後方からエルフであるフィナント達の援護。
難なく倒していく中で、彼等の中である方針が決められた。
このまま麗奈を追うべきか、脱出するか。
しかし、それはフィナントにより止められている。
ゆきは呪いを受けた影響で体力も魔力も削られている。ラウルも扱える魔力が少なくなっている事から、追うよりもラーグルング国に戻るべきだと言われたのだ。
「捕まっている君の救出も私達の役目だ。それに単独で動いている誠一の方も気にかかる。連絡は取れていない。1度、休息するべきだ」
「でも」
「ゆき」
諦めたくない彼女にヤクルは止めるように言った。
今の自分達がボロボロに近いのは分かっている。ゆきは古代魔法を扱える。魔王バルディルが執拗に、狙ったのも危険性を理解しているからだ。
今まで出て来た魔族も、ゆきを狙うような素振りを見せていた。
情報が共有されているのであれば、休むことも仕事だ。
「分かり、ました」
「そういう事だ。ヤクル、お前はちゃんと彼女を守れよ」
「了解です」
そんな彼等が向かっているのは、エレナが乗って来たドラゴン達が居る所だ。
エレナ以外に、こちらに来ているのはラーグルング国を守っていたイーナス達。今もドラゴン達と共に襲い掛かる魔物達を排除している。
その魔物も魔族達も、徐々に数が減ってきている。
いずれ出て来なくなるのも時間の問題。
イーナス達とも合流もすぐだ。そう誰もが思った時だった。
「全員、止まれ!!!」
魔力感知に優れているエルフのフィナント。
巨大な魔力を瞬時に感じ取り、全員に警告を促す。ディルベルトとフーリエは各々の武器を構え、アウラはウンディーネと共に守りの魔法を展開している。
エレナもその守りに重ねるように魔法を展開した時、誰かが吹き飛んできた。
壁をぶち破り、転がった人影は2つ。その後にコロコロと小さな影が見えたような気がしたが、フィナントとエレナが同時に古代魔法を使った。
「「サクレ・スクード!!!」」
魔力の高さを感じ取り、2人は瞬時に全員に向けて守りの盾を出現させた。
魔法の抵抗を上げるものであり、ある程度の魔法なら跳ね返せる。
だが途端にその盾は消滅する。
それに驚いた時、フィナントの目の前で何かがユラリと現れた。
《させないっ!!!》
何かが振り下ろされるのを感じながらも、すぐには動けなかった。
相手の対応は早すぎるのもあった。反応が遅れたフィナントを突き飛ばした相手は、エルフと同じような耳をしていた。
続けざまに鎖で動きを封じるも、すぐに壊される。
「もう、反則過ぎる!!!」
殆ど怒鳴るような声で対応したのはキール。そして、フィナントの事を突き飛ばしたのは大精霊・ノーム。
肩で息をしているキールが片膝をつくと、アウラとゆきがすぐ治療を開始した。
「キールさん、一体何が……」
「つぅ……。ヤクル? ん、あれ……ゆきちゃん?」
瞬きを繰り返したキールはゆきの姿を確認し、少しだけ安心したように笑顔になった。
無事でいる事が確認できただけでも、彼にとっては嬉しい事だ。
だが安心ばかりもしていられない。すぐに逃げるように言うと同時――ゆきに迫る攻撃を察知した。
「ゆき!!!」
「っ……」
ヤクルがサラマンダーの魔力を纏わせた剣で対応し、すぐに魔力同士の余波が起きた。
だが通常なら負けない筈の魔法も、すぐにフッと消えたような感覚になりヤクルは驚く。サラマンダーに起きた異変の原因が分からない。
だがそれはヤクルにも起きていた。
まだ余力がある筈の自身の魔力。それが抜かれているのだ。
体力も奪われるような感覚に、剣を握っていた力が抜け落ちた途端に電流が襲い掛かった。
「ぐああああっ」
痺れる体に容赦なく風で吹き飛ばされる。
サラマンダーから来るはずの治癒も起きず、何が起きたのか理解出来ない。魔族のティーラとブルトが対応しようとしてキールに止められる。
「寄せ、光の魔法で消されるぞ!!!」
「んなっ」
「ちっ」
しかし、既に攻撃の体勢は整えてしまった。すぐに回避が出来ない2人は青ざめた。
魔族に向けられた光の魔法は狙いを定められている。しかし、それを無理に攻撃へと踏み切ったティーラの雷と光の魔法がぶつかる。
魔法のぶつかり合いが起きる前に、ブルトはティーラに蹴られた事で回避には成功した。
起き上がったブルトは動くことが出来なかった。
そこには肩で苦し気に息を吐くティーラが居た。いつも強気で乱暴な彼の初めて見た顔に、光の魔法の恐ろしさを感じ取る。
『やらせん!!!』
そこに新たな影が割り込んできた。
ティーラを狙った魔法は見えない何かに弾き返される。青白い光の膜を見て、動いたのはハルヒだ。
「破軍!!!」
『了解だよ、主』
この魔法の使い手は強力だ。
魔法を発動させてもすぐに消滅させ、魔族に対して有効な手段を持っている。
それならば、と魔法とは違う力で対応する。陰陽術を用いた攻撃に対し、襲い掛かる相手は怯まずに襲い掛かる。
破軍は相手してすぐに理解し同時に何故だという疑問が浮かんだ。
魔法を消せるのも、魔族に対して有効な力を持っているのも当然だ。目の前の相手は、大精霊・ウォーム。麗奈から付けて貰った名前。真の名前はアシュプ。精霊達にとって父親と呼べる存在であり、魔法を創り出した偉大な存在だったからだ。
『悪いが貴方を止めらせて貰う。あの時のような事は起こさせない!!!』
ティーラの間に割り込んだ青龍。彼の瞳には敵として処理するという強い意思が感じられる。
そんな彼の加勢をしたのは、麗奈が契約を結んでいた四神達だった――。




