第200話:2人で止める!!
青白い炎がユラユラと燃え、灰も残らずに妹のリグルは再び死んだ。
ランセはそれを黙ったまま見つめており、ギュっと大鎌の柄を握る。妹の行動も驚いたが、何よりも自分の発言にも驚かされた。
他愛のない、兄妹同士の会話。
リグルの記憶を見た時の場面を思い出す。疲れていたとはいえ、妹の名を呼んだのは寝言に近いだろう。
それを彼女がどう受け取り、どのような結果になったのか――。
「……私の発言が、いけなかったのか」
ポツリと言ったその言葉が虚しく響く。
答えられる者はいない。確かめたくても、既にその人物は死んでいる。
そして、その機会を自分から断ち切ったのもランセだ。
「これ位は良いよね」
未だ燃え続ける青白い炎。
人としての形を保ちつつも、確実に小さくなっていく。ランセはその場で正座をし、手を合わせて両目を閉じた。
麗奈に教わった死者を弔う時の礼。
母の遺影に向き合う時、怨霊を祓った時に麗奈はよくしている。そして、それはこの異世界に来た時にもやっていた。
魔物や魔族で亡くなった人に合せるだけでなく、魔物を相手にした時にも。
彼女は言っていた。
今は安らかに。死者を送り出すのだと言っていた彼女の言葉を、ランセは思い出して実行した。
「リグルによって生まれた被害もある。それもまとめて、私が背負う。……たった1人の妹、家族だからな」
もうここに魂はなくとも、せめてもの願いをと紡ぐ。
完全に炎が消えれば、燃えた痕もない。ただの床になった。
さっきまであった存在が綺麗になくなり、妹が居たのかさせ錯覚だと思えるほどに。
「魔力がまた強くなった」
感じ取った力は上からだ。
天井を見上げた後で、少し離れた場所に向かえば大きな穴がある。その魔力の残留を感じ取り、下に落とされたのがユリウス達だと分かる。
すぐに後を追おうとしたランセに、待ったと声を掛けて来た。
それはユリウスを乗せて来たドラゴンだ。黒い鱗に大きな翼を広げ、彼が居るのは一番上だと説明をした。
《お急ぎ下さい、1人で抑えるのは危険です》
「分かった!!」
そう言ってドラゴンの背に乗り、今までの状況を聞いてた。
麗奈と契約していたウォームがユリウス達に攻撃してきた事、今はノームとキール、アルベルトで足止めをしているのだと聞き驚いた。
《大精霊様の話では、既に正気はないとの事です。正気に戻すのも重要ですが、儀式の中断もとなると――》
「仕方ないね。私も同じ答えをするよ」
《ユリウス様はここに来るまでに、魔力は使っていません。ブルーム様の方針に我等は従い、この戦いに参加しました。正直、魔王と組むとは思いませんでした》
「私とサスティスは変わり者だからね。そう思われても仕方ない」
自覚しているだけにランセは小さく笑った。
しかし、すぐに気持ちを切り替える。
これから向かう場所は、一瞬の気の緩みが危険を呼ぶ。ユリウスが1人で何処まで抑えられるのか分からないが、大精霊ブルームの手助けがあっても厳しいものがある。
(麗奈さんを魔王にはさせない……!!!)
この世界とは違う場所から来た人間。
魔法とは違う力を持ち、それを用いて魔物との戦いを切り抜けて来た。しかし、蓋を開けてみれば動物や精霊達に好かれている普通の女の子。
そして自然と周囲を笑顔にしてくれる。優しくて心強い人。
大精霊サンクの声と記憶を取り戻させた存在に、ランセは新たに決意をする。
数々の奇跡を起こした彼女を、魔王にさせるのだけは阻止しなければいけない。
もしもの場合は、自身を犠牲にする覚悟を持ち――遥か上空を目指す。
======
ランセがまだリグルと対峙していた時。
ユリウスはドラゴンの案内で、城の遥か上空を目指していた。向かう途中で、ユリウスはこの城の異変に気付いた。
「建物が、勝手に壊れてる……?」
最初は気のせいだと思った。
しかし、その感じが魔力によるものだと分かった。よく見れば、細い線が広がっていき1つの場所へと集結しているのが見えた。
見えた色は黒と赤。
2つが混ざりあい、時には別れていく。でも、続いていく線は上へと伸ばされている。
《儀式の影響……? いえ、これは……城の一部が離れていきます。この場所を放棄したのかも知れない》
「放棄……。それって」
この城が魔力によって動く仕組みなのは、ランセから聞いていた。
隠し部屋も含め、中の保存状態が良かったのは魔力が宿り続けていたから。元になる魔力がなければ、この城はただの大きな塊。
「……城全体が、儀式装置にされていたのか」
《あるいは、魔力に反応する素材が必要だったのかも知れない。これだけの規模の儀式、用意するのも手間と時間がかかった筈》
儀式を行うのに、魔方陣を組み魔力を込める。
魔方陣と魔力があれば大抵のものはそれで済む。異世界人を呼ぶのも、精霊との契約を結ぶのもそれで足りる。
逆に言えば、これだけの規模をサスクールは考えていた。全ては成功させると言う強い意思によるもの。
「一部が離れたら、この城自体はどうなるんだ」
《この感じでいくと1つに集約する為の魔力は、儀式に必要なもの。それを失えば、この城はただ落下していくだけになります》
「……このままいけば、ラーグルング国もろとも潰せるって訳か」
《我々の攻撃であれば、それも防げます。ブルーム様の力は知っているでしょう?》
誇らしげに言うドラゴンに、ユリウスは「そうだな」と納得した。
契約している精霊は、ウォームと同じ虹の精霊にしてドラゴンを作り出した存在。魔法を作ったとされる力に、彼はこれまでも助けられてきた。
その奇跡を知っているからこそ、もしもの場合はドラゴン達に判断を委ねる事にした。
流石に国が無くなるのは勘弁だ。ユリウスがそう言えば、ドラゴンも心得た様に破壊することを約束した。
《突き抜けます!!!》
スピードを上げ、離れ行く城の先端の更に上空へと舞う。
その瞬間、見えているものがゆっくりと流れて来る。
赤く光り輝く魔方陣。その中心にある大きな水晶。その水晶に、麗奈が閉じ込められているのを見てカッと怒りが込み上げる。
(麗奈!!!)
《下に降ります》
旋回しその水晶の頭上へと辿り着くのに時間は掛からない。
接近するユリウスが見えたのか、サスクールは驚いたように見上げているのが見えた。
「力を貸してくれ、ブルーム!!!」
降りるスピードに乗りながら、ユリウスは呼びかけた。
今まで沈黙を貫いてきた精霊に命令を下す。既にここまで運んできたドラゴンの影はない。援軍を呼んでくる可能性がありつつも、今は水晶を壊す方に集中する。
声に応えるように、双剣から虹色の魔力が纏い輝きを増す。
「くらえ!!!」
ただ真っすぐに振り下ろす。
落下スピードも合わせての攻撃に、水晶が敏感に反応をした。
赤く染め上げられた水晶が硬化する。
ぶつかった時に、魔力を吸い上げられたのを感じたブルームはすぐに離れるように伝える。
《ちっ、面倒な仕掛けを……》
「魔力で壊せないって事か」
姿はなくとも、ブルームの声はユリウスに届いていた。
再度、攻撃に転じようとして死角からの攻撃に反応し防御魔法を展開。
「ドラゴンを使って追って来るとはね。しつこい奴は嫌われるぞ」
驚きを口にしつつ、サスクールがユリウスの目の前へと迫る。
目を潰しにかかるのを防ぎ、蹴りをかわしていけば距離が離される。
どうにかして近付こうとするユリウスに対し、サスクールは魔法陣に手を置いた。
《避けろっ!!》
「っ……」
警告と同時に自分を狙うであろう攻撃が襲い掛かる。
空間を介して、足元から首。体の急所を狙うであろう所が赤で埋め尽くされる。
回避は間に合わない。
そう覚悟した。赤い腕が首元へと迫ったその瞬間――赤い腕だけが吹き飛んだ。
「悪い。遅くなったね、ユリウス」
「ランセさん!!」
急所へ向けられたのを防いだのは、ランセの魔法によるもの。
援軍として来た彼はユリウスの隣に立ち、サスクールを見た後で麗奈の様子を見て苦し気に顔を歪めた。
「彼女に集まっている魔力はサスクールの力だ。あれが全身に回れば、彼女が魔王にさせられる」
「なら、そうなる前に水晶を壊さないとっ。魔力に反応して固くなるから、面倒な感じになる」
「……威力を強めるには、サスクールが邪魔だな」
水晶の前には、サスクールが立っており阻んでいる。
辿り着く為には相手をせざる負えない状況となり、ランセは舌打ちをした。これらも予想されていたと考え、嫌な所を突くやり方だと分かる。
「サスクールは私が抑える。ユリウスはその間に水晶を破壊して、麗奈さんを救出。――良いね? 2人で止めるよ」
「はい!!」
意気込む2人に、サスクールはワザとらしく拍手を送る。
ここまで追って来れないと思ったのが理由だった。
「意外に早かったな、ランセ。って事は自分で妹を殺して来たか」
「お前が殺した癖によくそんな事が言えるな」
「願いを叶える為とは言え、ランセを殺さないでいたのは誤算だったな……」
彼等が立つこの場所は、城の中にある闘技場。
儀式を行う広さ、魔方陣の大きさを考えると必要な大きさでもあった。
魔方陣が円形に保たれた状態の為、その形に合せて作られた特別製。それと同時に、既に城から離れたこの場所は逃げ場はなく、ドラゴンでないと近付くのも困難。
そんな中で遂に始まったサスクールとの対決。
魔王にさせる為の儀式とさせない為に動いた者。3つの大きな魔力がぶつかり、激しい戦闘を開始した。




