第199話:兄が大好きな妹
巨大な魔力が1つに集められていくのを感じ取った。
ランセは嫌な予感を覚え、攻撃するスピードを速めていった。
現に最初は対応できていたリグルも、段々とそれが出来なくなっている。
今は肩で息をし、フードもボロボロな状態。魔力で練っている人形は、最初は5つはあったがランセとの交戦により全てが消し炭になっている。
「はあっ、はあっ……。そんなに気になるの、あの子が」
そう問うリグルに、ランセは無言で攻撃をした。
彼女の背後から無音の刃が襲い掛かる。それを悟っていたのか、予測していたのか。
振り向かずに横に飛び転がる様に受け身を取る。
そしてすぐにランセと対峙するように位置を取ろうとした瞬間、グラリと視界が斜めになった。
「!!」
踏ん張ろうとした時、リグルの視界はランセではなく天井が映る。
痛みもなかった。それに伴う激痛もなく、自分が倒れているという事実だけが分かった。
「何か言い残すことはあるか」
リグルの瞳にはランセが見えている。
見下ろす彼の瞳は、赤と青のオッドアイ。無表情に、淡々と。事務をこなす様に彼はただ問うた。
反撃も許されないよう手足を切り落とした。
痛覚が殆どない様子なのは、戦ってきたランセには気付いていた事。
その理由は――。
「リグル。サスクールに頼んだ時に死んでたな?」
「あはっ。ははは……叶わないなぁ、お兄ちゃんには」
つまらない。
小さく息を吐きながらも、リグルは砕けた腕を見る。
「……お兄ちゃん。その鎌、なんなの。なんでこうなるのさ」
「死んでいる者に言う気はない」
ランセが握っている大鎌は、死神であるサスティスから授けられたもの。
最初は助ける為だった定かではない。創造主デューオの思い通りにさせたくない。その気持ちが、彼を動かすきっかけになった。
ここに来るまでに、あの大鎌を振るって分かった事がある。
倒された魔物、魔族は切り裂かれたその瞬間――青白く燃え上がる。
また別の魔物を切った時には紅く燃え上がった。
その時に気付いたのだ。
生きている者と死んでいる者とで、見える色が違うのだと。
そして、大鎌が吸収したのは青白い炎だけで灰すら残らない。
だからランセはすぐに分かった。
妹のリグルは既に死んでいる。死んだ者の共通で青白く、そして、この大鎌に吸収されているのだという事に。
「なんかその武器、反則じみてる」
「それはそうだろう。特別な、大事な、親友から譲りうけた物だから」
誇らしげに答えたのは、今でもサスティスの事を親友だと思っているからだ。
既に死んでいる向こうはどう思うのかは、分からないが――きっと同じだと信じている。
そんな兄の表情を見たリグルは、気分が悪いように体を折り曲げ「うげー」と言い放つ。
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妹のリグルは兄が好きだ。
それが家族だからなのか、異性だからなのか。同じ血を分けた者だからなのか定かではない。
ただ、ただ好き。
兄の全ては自分の物だという認識を、妹のリグルは持っている。
「お兄ちゃん、リグルのどこが好き?」
「突然どうしたんだ」
頭もよく、要領が良いランセ。
対してリグルは見た目の可愛さもあり、周りからの評価も高い。唯一の欠点と呼べるものは、兄が好き過ぎる事だけだろう。
兄であるランセの事は何でも知りたい。
好きな食べ物、好きな色。風景でもいい。とにかく何でも知りたくて、自分だけが知っておきたい。
彼女はランセと同じ紫色の髪に、薄い紫の瞳。
少し儚く見えるのは、瞳の薄さ位だろう。魔族の瞳は大体が濃く色が出る事が多く、同時にそれは強さにも直結している。
ただ、少しだけ色が薄い。
そうであっても、リグルは十分に強い。次期国王の――魔王となる兄の手伝いが出来る。
彼女にはそれが嬉しいだけだった。
「相変わらず、リグルちゃんはお兄さんが好きだねぇ」
「……」
そう。邪魔をしてくるサスティスが居なければ――。
友好関係を結んでいる隣国。そして、ランセよりも早く国の王となった先輩でもあるサスティス。
魔王とは魔族を束ねる者。
国をまとめ、国民を1つにし道を示していくもの。役割は人間の国王と何ら変わりのない。
「こら、リグル」
だからサスティスはこうして来ている。
隣国の魔王だから。ランセの先輩だから、教える為だと言ってはよく邪魔をしてくる。
リグルはサスティスの事が嫌いだ。
自分から兄を奪う、この人は――。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ」
いつものようにサスティスから無理に教えられ、ヘトヘトなランセ。
そんな兄の姿を見ながら、疲れさせるサスティスを嫌いながらリグルは気遣うように呼んだ。
「……私の事、嫌い?」
「嫌う訳ないだろ、家族なんだから。妹を嫌う理由がどこにある」
「へへっ。……私、お兄ちゃん以外は要らないよ」
「いつもそう言ってるな」
「だって好きだもん」
そう言って抱き着き、大好きと繰り返す。
それを困ったように思いつつも、優しく撫で「甘えん坊め」と時間が忘れる位に甘やかした。
「お兄ちゃん?」
甘やかされるのは好きで、それが心地いいと思った時。
いつの間にか寝ているランセに、少しだけ不機嫌になった。だから、こっそりと聞いた。
自分と世界。どちらが好きなのか、と。
寝ている兄にぶつけた質問。答えなくていい位の気持ちで聞いたが、不覚にもそれは答えられた。
「リグル……」
「!!」
単に名前を呼んだだけ。
寝ぼけているだけだと分かっていても、リグルは嬉しさで頬が緩んだ。
それをきっかけに、リグルはどんどん兄を好きになった。
だというのに、ランセは忙しく日々を過ぎリグルを構う余裕がなくなって来た。それが募れば、リグルは段々とおかしく、壊れるようになった。
兄と過ごせないのは、サスティスが構うからだ。
両親が構い、期待を寄せて来る者達がいるからだ。
ランセを慕う部下がおり、国民達も同じように慕った。
自分だけが、自分だけの兄がどんどん遠くなる。
知らない兄へと変わっていく――。その変化に、とうとうリグルは耐えられなくなった。
「そんなに何を嘆く。何を恐れ、何を抱くんだ」
「え」
それは突然現れた。
今日も兄と過ごせず、会話も出来なかった。それが当たり前となっていた時に、リグルの前に見えたのは黒い霧。
そこから声が発せられ、リグルに問いかけた。
「奪われるのを嫌っているな。お前の深い嘆き、悲しみは全て聞いていた。その憂い俺が払ってやろうか?」
「でき……るの?」
「あぁ、出来るとも。それ相応の代償は伴うぞ。それでも――」
「良いよ。お兄ちゃんに構う奴、全部要らない。妹の私以外は全部要らないもの!!!」
何を迷う事があるのか。
遠くなっていく兄を助ける事が出来る。リグルはその一心で全てを明け渡した。
彼女の願いは確かに果たされた。
魔王サスクールにより、サスティスは倒れ彼の国は滅んだ。
そして、自身が育った国も国民も、両親さえも全て殺していった。
兄である、ランセを除いて。ランセの命令でサスティスの国を調査しに行ったティーラとその部下達を除いて――。
願いが果たされたと同時に彼女は死んだ。
それがサスクールの言う相応の対価。そこからは、彼の思うままに動く人形となり果てた。
そんな中でも彼女は兄を想う気持ちは薄れなかった。
ただ、ただ前よりも強く刻んでいた。
死んでいる体と魂。
それでも彼女は喜んだ。だって、今度は死んだと思っていた自分に会えるのだ。
その時になって、今度は誰の邪魔も入らずに兄を殺すのだ。
サスクールはそれを了承し、好きに動いて良いと言ってくれた。
だから、壊すのだ。今度は兄を好きな自分が、その兄を殺すのだと――。
「それが、壊した理由か。ただそれだけの為に、自分の両親も国民さえも巻き込んで!!!」
「ははっ。やっぱり強いなぁ、お兄ちゃんは」
死んだ者に有効なのは、死神の力。
そしてその鎌はランセの手に握られ、妹を狩り取る為に振り下ろされた。
叫びもなく、抵抗もない。
既に四肢を壊されたリグルには対抗できる力すら、残されていない。歪な姿は、死んでも兄を求めた結果。
再び兄に会う為に、どんなに歪な姿であろうとも魂だけはリグルのまま。
普通なら見た目が違えば分からない。すぐに気付いたのは、兄妹であるからこそなのか。
ただ、最後にリグルは笑っていた。
それは兄に会えたからなのか、その兄に倒されるからなのか――。
その心を知ることが出来るのは、妹のリグルだけだった。




