第197話:堕ちる光
押し寄せて来た魔物の大軍に対処したのは大精霊・ノーム。
彼は杖を1回転させると同時に、魔法を展開。土の魔法を扱う茶色の魔力を帯び、アルベルトとジグルドに強化魔法を施し、自分を含めた周囲に結界を張る。
それを合図に2人は各々の武器を持ち、地面を叩く。
あらゆる方向に土の壁が出現し魔物の進行を妨げ、または返り討ちにしていた。
「主ちゃんを先に安全な所に避難させないと。ノーム、転移は出来そう?」
ノームの結界に重ねるようにして、防御魔法を展開したキールは聞いた。
ユリウスも双剣を使い、魔物を切り裂く。空間をも干渉出来る斬撃は、通常では行えない。
それらを可能にしているのは、彼の契約している大精霊・ブルームの力によるもの。
彼の姿は、この戦いに参戦したドラゴンと同じ姿。しかし、彼等ドラゴンからすれば、自分達の姿はブルームに似せて創られたのだと聞いた。
詳しい話は出来なかったが、途中まで案内してくれたドラゴン達は揃って言っていた。ブルームは人と関わった事で変われた。
その影響を与えたのは、契約者であるユリウスなのだとも聞いていた。
(ブルームに影響を与えたのか、よく分からないが――前よりもよく見える)
この戦いの中で、ユリウス自身が感じ取っていた変化。
今までもその片鱗はあったかも知れない。だが、ここに来てそれ等がハッキリと分かる。
押し寄せて来る魔物は、ランセと対峙している魔族が呼んだもの。
彼女が呼び寄せた時にユリウスは、闇の魔力を感知した。
――ここに、魔物が来る!!!
それは予感なのではなく、確実に力としてユリウスが分かったもの。
微弱な魔力の動き。彼は、それ等がハッキリと視界に映るようになった。今までは漠然と、自分の中にある魔力を感じ取っていた。
感じ取っていたそれを、自分の意思で調整出来るようになった。
キールも魔力の流れが分かる時には、目の色が変わる。感じ取れる魔法の属性の色。
彼はそれを読み取り、先手を打って相殺している。
そういう感じ取れる力が、ここに来て急激に分かるようになった。
それが、大精霊・ブルームによる恩恵だったとしても。例えそうであったとしても、今は感謝している。
普段なら大軍が来たら、迫る相手を斬るだけに専念していた。
だが今は違う。攻撃してくる魔物の順番が分かる。それを読み取り、先に攻撃を仕掛ければ数は減っていく。
(微力だけど、それでいい。魔物を倒すのに、魔力は多く使えない)
ここに来るまでに散々言われて来た。
眷族であるドラゴンにも、キールにも無駄に魔力を減らしてはいけないのだと。
それは魔王サスクールを相手にするからだ。
無駄な力は使わず、ギリギリまで温存。本番は――魔王討伐の為に取っておけと言う事なのだ。
《あぁ、それね。さっきからやってるんだけど、ね》
前は戦闘に集中していたユリウスも、キールとノームの会話を聞く余裕も生まれている。
そして、彼が苦い顔をしている理由はすぐに分かった。
今もランセと激しくぶつかり合っている魔族の女性。
姿はランセと同じ人間の姿であり、紫色の瞳を有している。
しかし、片側にエルフの耳が見えもう片方には人間の耳が見える――歪な姿。
あれが仮の姿なのか、本来の姿なのかは分からない。
ラウルからの報告によれば、魔族には本来の姿というものを持っているのが居る。大体は人間の姿を保っている。それが何の拍子で本来の姿になるのかは分からない。
少なくともラウルが交戦した魔族は、下に見ていた人間が自分達と同じ土俵に立った事に苛立ち本来の姿へと戻ったのだと聞いている。
人間の時と違い、力が増し魔力も膨れ上がる。
本来の姿になったからか、その魔族は巨大な体を有し人とはかけ離れた姿になった。
だから、油断は出来ない。
リグルと言う魔族が、本来の姿になれるのであれば危険度は跳ね上がる。そうでなくても、彼女はランセの妹だ。
それだけで、警戒するには十分な情報になる。
「キール。その……ランセさんから聞いてたのか? 肉親が居るって」
「いや、全然。自分の国がサスクールによって滅ぼされた、と聞いた以上の話はない。けど、破壊ではなく滅ぼされた、だ。生存者は居ないと思って聞いてたよ」
失敗したな、とキールは苦し気に言う。
しかしユリウスはそれも仕方のない事だと思っている。現にランセ自身、妹が生きていること自体に驚きを示していた。
それだけで、ランセにとっても予想外だった事は受け取れる。
「ノームさん。結界なら私が代わりに――」
《ダメだよ、麗奈さん。苦しいだろうけど、貴方はそのまま待機だ》
「……でもっ」
じっと動かず、戦いを見ていた麗奈も動こうとした。しかし、すぐにノームに止められる。
彼は麗奈に言った。呪いから解放されたとはいえ、体力も完全に戻り切っていない中で力を使う訳にはいかない。
今は逃げる事だけを優先に考えるのだと言われ、ハッとさせられる。
「分かり、ました……」
本当なら手伝いたい気持ちで一杯だ。
しかし、なんの為に危険を冒しているのか分かっているだけに、麗奈は悔し気に唇を噛んだ。そんな彼女の頭を優しく撫でるのは、「そんな顔しない」と伝えたキールだ。
「っ……」
自分が再び捕まれば、終わりだと言う事はヒシヒシと伝わっている。
今は耐える時。
そう自分に言い聞かせていた時、唐突な寒気を感じた。
「!!」
「麗奈? どうしたんだ」
後ろを見た麗奈に、ユリウスは不思議そうに聞く。
しかし、彼女は答えずにただ真っ暗な廊下を見つめる。まだ誰なのかも分からないのに、嫌な汗が麗奈に伝う。
そんな麗奈の様子を見て、ただ事でないと分かったユリウスは前に立つ。
アルベルト達は、迫る魔物の相手をしているからか気付く様子はない。ランセもリグルを相手にしている為に、麗奈の方に集中出来ていない様子。
ただ1人、静観を貫いているサスクールは密かに笑みを浮かべていた。
この嫌な感じを察知したのはランセ。何かあると分かっていても、その一瞬の隙をリグルは見逃さずに蹴り飛ばした。
「止めてよお兄ちゃん。私に集中してってば!!!」
「く、そっ。今は――」
意図的に離されたのが分かり、すぐに戻ろうとする。だが、それも予想通りの動きとばかりに四方から魔物が呼び出させれる。
「構っていられるか!!!」
すぐに片付けて向かおうとする。当然、その進路を妨害するのはリグルだ。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。あの子は――もうすぐ堕ちる」
サスクール様の意思のまま。
そう読み取れたランセは、相手が妹であろうと構わずに敵と見なす。そのランセの瞳が、紫から赤と青のオッドアイへと変化。サスティスから、授けられた死神の大鎌を振るった。
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それが何であるか麗奈はすぐに分かった。
しかし同時に「何故?」とすぐには発せられない。
浅く呼吸を繰り返し、何度も否定する。信じたくない気持ちが強くなり、勝手に零れる涙は麗奈の心情を表わす。
《キュウ!!! ウーー、キュウーー》
バサリ、バサリと羽を羽ばたかせ見えない暗闇を行くのは白いドラゴンだ。
ユリウスと麗奈にしか見えない、不思議な小さなドラゴン。
青龍が見えていたのが、同じ龍だからなのか別の繋がりがあるかは分からない。
2人で居る時には楽し気に鳴いていた。
しかし、今は凄く悲しそうに鳴いている。麗奈と同じく、信じられないとばかりに――。
《フキャ……!!!》
だが、近付いたその瞬間。白いドラゴンは押し潰される。
足で踏まれているのか分からないが、それでもドラゴンは首を動かし苦し気に鳴き続けた。
自分の体が痛むよりも、攻撃した相手を心配する声。
「もう、止めてっ!!! それ以上は、その子が――」
危ないのだと言おうとした。
次の瞬間、目の前に立っていたユリウスが見えない力に押し潰される。それを皮切りに、異変に気付いたノーム達も同様に床に抑えつけられた。
プレッシャーではない。重力魔法によるものだと分かり、抵抗を試みるが更なる重みが降りかかる。
「ぐっ、なにが」
ユリウスはそれでも、負けじと起き上がる。
ノームがいくらか無効を試みているが、効果は殆どない。キールも動かせるのは視線だけであり、アルベルトは床と同化するように潰れ苦し気に息を吐く。
ジグルドは巨大化をしようとするも、それ等の力すら抑え込まれる。
(ぐぅ、まさか――この力)
正体に気付いたジグルドは、信じられないとばかりに目を見開く。
ユラリと現れたのは長髪の白い髪に、長身の初老。白いローブに身を包み、床に着くか着かないかのギリギリの長さの髭。
手にしている木の杖は、武器としても扱う。が、殆どは歩く時や嬉しさを表現する時にしか使わない。
《お父、様……何故だ》
「ウォーム、さんっ……!!!」
魔物を片付けた矢先、重力魔法によって麗奈以外の動きは完全に封じられた。
どうにか起き上がるユリウスは、双剣を構える余裕がない。立つことに集中しないと、自分もノーム達と同じく地に伏せてしまうのが分かるからだ。
麗奈と契約をし、精霊達には父と呼ばれる虹の精霊。ウォームの瞳は虚ろであり、白いドラゴンは呼ぶように鳴く。声すら届かないのか見向きもされずに、再び踏まれる。
ウォームが使う杖に膨大な魔力が行き渡るのを感じ、ギリギリで白いドラゴンが見えたノームは咄嗟に麗奈の元へと転送に成功する。
《アビス・ブレード》
重く響いた声と同時に放たれる魔法。
防御が一切出来ないユリウス達に放たれる無情の刃。ユリウスへと伸ばした手は、摘むこと無く彼等は下へと落とされた。
ウォームはそのまま追撃をするように魔法を連発。
止めようとした麗奈にサスクールは「眠れ」と告げた。プツンと糸が切れた様に、行動が遮断され意識を奪われていく。
白いドラゴンは力を振り絞り、どうにか麗奈の心の内へと逃げ込む事に成功した。
だが同時に、彼女は再び、サスクールの元へと堕ちていった――。




