第196話:お兄ちゃん
「くそっ!!! 肝心な時に邪魔すんじゃねぇよ、ディーオ」
ザジの怒りは、目の前の男には通じない。
蹴り飛ばしたくても見えない壁により、デューオに近付く事も出来ない状態。声が通っているのが分かると、ザジは猛抗議をした。
「テメェ、ホントにどういうつもりなんだよ!!! 何であそこで引き離すんだよ!?」
麗奈の方からしたらザジが、突然消えた様に見えただろう。しかし、それはザジの方も同じだった。
サスクール=ユリウスの兄であるヘルスの声が聞こえた瞬間、彼は麗奈に注意しようと声を掛けようとした。
だが、そうなる前に来させられたのはいつものデューオの部屋だ。
作った世界の状況を見える水晶が大小様々な形で置かれ、または浮かんでいるいつもの部屋。
恐らく自分よりも前に戻されたであろうサスティスは、それを静かに見ている。
いつも冷めた表情が多い彼も、今回ばかりは無理だった。肝心な時に邪魔をしてくるデューオを気に喰わない。
時に麗奈を見張れと言ったり、接触しろと言ったり。
言動に振り回される事が多いが、それもこれもサスクールを殺す為と割り切って来た。
だが、彼の中で麗奈と接する事が楽しく思えるようになる。
復讐する気持ちは日に日に増すが、そんな中でもザジと麗奈の2人を見ていると自然と心が晴れる様な感じになった。
いつからか、サスティスの中で麗奈はただの観察対象ではなくなった。
ザジと同じく、何が何でも麗奈を守ろう。サスクールを討つのは復讐ではない、ただ守る為に力を振るいたい。
そう思うようになったのは最近であり、その為にデューオを出し抜く機会を伺ってきた。
いつどこで邪魔をして来るのか分からない相手。
だから――どんな状況でも、彼は状況を見届ける。その中にチャンスがあると信じて。
「……」
「サスティス。お前も何で黙ったままなんだ。このままじゃ、アイツが……アイツが!!!」
一方で、デューオは無視をしつつもサスティスを見る。
今も黙っているが、代わりに殺気を向けている。
その静けさは魔王と呼ぶにはピッタリ。黙っている時、自分の考えを読ませないようにした彼に対し驚きが隠せなかった。
通常、心を読めるのは創造主のみ。
サスティスは死神になってからの期間は長い。なんせ、サスクールに殺されたその瞬間から彼は死神としていたから。同時に彼が強い憎しみを持ちながら、強い後悔を抱いているのも知った。
今まで仕事をしていた中で、麗奈と会った事で感化されたのか、デューオに反抗し何かをやろうとしている動きがある。
サスクールを見た時から、彼はじっと待っている状態。
怒りを抑えているのか、見えないようにしているのか。その辺の調整は、長い間生きて来た経験がなせる技なのだろう。
(恐ろしい奴だな)
素直にそう評価した。
デューオの言葉は、当然の事ながら同じ創造主であるフィル、エレキにも届いている。その反応の仕方が初めてだったので、フィーもサスティスの事を見る。
が、そんな視線を受けているのは分かっているのにサスティスは動かない。
「あの怒りは最もだぞ。きちんと言わないのかよ」
「可能性の1つだし。ギリギリ様子見って感じ」
「相当、嫌われてるのな……。いや、嫌われ役買ってる?」
「はっ。どうかな」
「……苦労してるな。ほい、これ飲んで落ち着けば?」
そう言ってワイングラスを渡される。
前に飲んだ時は、水と変わらなかったが今は色が付いている。デューオの瞳と同じ虹だ。
「ほら、前は透明でつまらなかったろ。それをエレナに言ったら相当ショックだったんだろうな。泣きながら後悔させるって言って、そのままワインを作り続けてたんだ。んで、ついこの間これが届いた訳だ」
「へぇ、最近エレナが何を夢中になって作っていたのか気になったけど。そういう理由な訳?」
「あ、いや……その」
妹を泣かせた理由が分かり、エレキは雷を纏ってフィーを脅す。
姉の前で暴露した事に今更ながら、フィーは青ざめた。話題としてだすには失敗したなと思いつつ、視線を彷徨わせる。
「フィー。アンタ……覚悟は良いわね?」
「は、はい!? いや、待て待て。これは単に話題を変えようと――ぎゃああああっ!!!」
隣で雷を受けて黒焦げになっているフィーを横目にしつつ、デューオは再びワインを飲む。
自分の方へと来ないように壁を作り、その音を遮断させつつワイングラスを光に当てる。
前に飲んだ時はその見た目は水であった。
しかし、彼に言われた事が腹を立てた内容だったことからエレナが試行錯誤して作ったワイン。
麗奈達の世界でのワインは、果物の葡萄を用いて作られたものであり色は紫色であったり薄い緑色だ。
このワインは持った者の魔力をそのままワインの色として現している。
デューオの魔力は虹色。彼の魔力に反応し、その色は彼と同じものになる。他の者がワインを飲む時にはまた色が違うのだろう。
それを一口、二口と口に含み静かに息を吐いた。
後ろでは、未だにザジが「行かせろ!!」と騒ぎ立てる。その音も遮断し、エレキがフィーに攻撃をしつつも、密かにサスティスへと視線を合わせた。
その事に気付かないディーオではない。
誰かと手を組むのかと放置していた。その相手がエレキ。
そこに少なからず驚きはありつつ、知らないフリを突き通す。彼女がどう手を出すのか楽しみだからだというのもある。
「必死で守らなきゃ奪われるだけだぞ。あの時みたいな思いは嫌だろ、ユリウス」
再び、ワインを口にし零した言葉は無意識に言ったもの。
水晶から映し出されているのは、麗奈を守るために駆け付けた者達。
本来の力で立ち向かう魔王であるランセ。数多の魔法を駆使する大賢者のキール。
人間嫌いであったドワーフのシグルドと、4大精霊のノーム。
麗奈と関わった事で、精剣の主に選ばれたアルベルト。
そして、デューオを同じ魔力を持ち魔法の生みの親にして、精霊達の頂点に立つブルーム。
その精霊の契約者であるユリウス。
ユリウスの目が紅い瞳から、デューオと同じく虹色に変わりつつあるのを見て――密かにほそく笑んだ。
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ピリつく空気の中、動いたのはランセ。
すぐに対応するようにサスクールが動き、魔法のぶつかり合いが続く。同じ闇の魔法、作り出されるものはバルディルと同様に魔力で出来た武器の数々。
それらが空中に舞い、ぶつかり、はね返される。
そのはね返された武器を手に取り、ランセはサスクールの元へと移動を開始した。それを見て予測していたのか、サスクールはランセの足元と自分の目の前に魔法を展開する。
しかし、それが発動することはない。
「ぐっ!!」
それよりも早く、ランセが仕掛けていた魔法が発動していたからだ。
ユリウスとリーナに、影を用いた攻撃方法を教えて来たのはランセ。その彼も、影での攻撃をここまで昇華する事が、出来たのは同じ魔王であるサスティスのお陰だ。
最短距離で詰め寄った瞬間――。
「この体の奴はまだ生きているぞ。良いのか、殺して」
「ちっ!?」
サスクールのその言葉に動揺し、すぐに距離を取った。
ランセは怒りを込めて言い放つ。
「貴様っ、ヘルスを人質に!!!」
「コイツを助けたいなら器を渡せ。そうすれば解決だろう」
「っ、ふざけた事を……!!!」
ギリギリと悔し気に唇を噛み、サスクールを睨み付ける。
手が出しづらいのは最初から分かっていたが、相手はそれを最大限に活かしている。人の心、特に相手の心情を逆手に取り優位に進めるやり方。
ランセの国が襲われた時もそうだった。
盟友にして親友であり、同じ魔王であるサスティスの救援をティーラに頼んだ時。栄え治めていた国が、見るも無残な状況だったそうだ。
なんせ国があったとされる場所は、黒い大きな穴が開き底が見えない。
暗く、深く、何処までも黒い空間しか広がっていない。
生存者が居るとはとても思えない。そんな報せを聞いていた時、突然の地響きと崩壊する音。
気付いた時には、ランセの眼前には死体になった両親が転がされていた。
警備していた者も、国民も、その異変に誰も気付かれる事無く突然奪われた。その中で魔力が高かったランセはワザと生かされた。
気まぐれに生かされ、奪われた者達の無念を、無力な自分が生き残ってしまった。
「お前はそうやって、人の神経を逆なでする事ばかり!!!」
ランセの魔力が怒りを表わす様に膨れ上がる。
放たれた魔法は拘束する為のもの。キールと行動するようになってから、倒す為だけに力を注いできた彼にとって初めての試み。
ヘルスを人質にして来ることは、キールが読んでいた事。
殺さずにサスクールだけを引き剥がす。可能性があるのなら、ユリウスと麗奈が使う虹の魔法かキールが扱う光の魔法。
まずは拘束する。
その一手にのみに絞り、激情し冷静さを欠いたとみせ油断させる――筈だった。
「ダメじゃない。お兄ちゃん♪」
突如、聞こえた声にランセは驚き「バカな」とポツリと言う。
拘束する為に放った魔法は、サスクールの手前で現れた女性によって防がれる。
彼女の周りには魔力で練られた人形がいくつか浮かんでいる。その1つがランセが放つ魔法とぶつかり、そのまま相殺。
「何で生きている。……リグル」
「ダリューセクでお兄ちゃんの魔力を感じてたんだ。再会出来ると思ったのに、会えなくて残念だったよ」
エルフと同じ尖った耳、もう片方は人間の耳を持つ歪な姿。
彼等、魔族の特徴である紫色の瞳に、黒マントに尖がり帽子を被った女性は楽し気に笑う。
「私がお兄ちゃんから奪ったんだ。国を、仲間も、国民も。両親さえも!! あの時、絶望に満ちたお兄ちゃんの顔は忘れられなかったよ。私がそうお願いしたの、サスクール様に♪」
そう言って語る口調は夢を語っているかのような、酷く楽し気なもの。
ランセの妹であるリグルは告げた。
自分がサスクールにお願いして、ランセの居る国を――自分の育った国を滅ぼして欲しいと。
狂気を覗かせる瞳は、兄であるランセにしか注がれていない。
ユリウス達には興味がないのだと言わんばかりに、彼等に向けて魔物の大軍が襲い掛かってきた。




