第195話:凄まじい攻防
場面は変わり、麗奈とユリウスの2人が居る時の事。
疑われているのを悟ったのか、白いドラゴンはじっと不満げにユリウスの事を見ている。ちょこんと麗奈の傍に居る上に、頬を膨らませているのだ。
「ユリィ……。この子、何だか怒ってるんだけど」
プイッとユリウスから視線を外し、不機嫌だという表現としてバシバシと床を叩いている。
まるで抗議をしているかのように。
「それは……まぁ、その」
歯切れも悪くなる。
白いドラゴンは、ブルームやここまで運んできたドラゴン達と違い随分と小さい。
子供か大人かで言えば、この子は完全に子供の状態。
ユリウスに対し好意的であり、いついかなる時も離れずに傍に居た事を考えるのなら――自分の代わりだと言ってきたブルームの言葉も分かる。
だが、一時的に離れたブルームが戻っても白いドラゴンはずっと離れなかった。
ブルームはそれに関して《やはり懐かれたか》で終わりだ。
どう言う意味だと視線で訴えるも、それに答える事もなく今の今まで来ていた。
自分にしか見えない。
そう思っていた所に、麗奈と青龍にはその姿を認識している。そして、あの白いドラゴンも麗奈と青龍にとても好意的。見える者が限定されてくると、その原因はなんだと考える。
創造主の使い魔。
死神とはまた別の存在なのだと思えば、疑いたくもなる。
「何かそう思う原因があるの? こんなに好意的なのに、疑ったら可哀想だよ」
「わ、分かってる」
ただ、麗奈は知らない。
彼女を助けに行こうとした時、創造主に邪魔をされた上に見ているだけの状況にさせられた。
その事がユリウスにとって、疑う材料として残る。
今までの状況を見ていた素振りから、自身の呪いの事もディルバーレル国での状況も見ていた事になる。
危うく魔法が消失するかも知れない状況を、彼はただ見ていた。
淡々と冷静にしていた事が、ユリウスにとっては信じられなかった。
精霊達からは神様的な存在だと聞いていた。
世界を作り出したからには、この世界を慈しんでいるのではないか。たが、彼は言った。
「例え世界が壊れようが、大災害が起きても私が死ななければいつでも再生できる」
それは万能の言葉。彼が神だという何よりの証拠であり、その自信の表れだ。
だからこそユリウスは疑問に思った。
考えが分からない相手が何を仕掛けて来るのか。何を求めているのか。
自分と麗奈に何をさせようとしているのか、と。
《ウキュー》
そんな考えを遮るように、あのドラゴンはタックルを開始した。
さっきまで不機嫌だったのに、今度は自分を見ろと言わんばかりにじゃれつく。
「な、なんだよ急に……」
「考え事をしているからじゃないかな。甘えん坊さんなんだね」
《キュウ♪》
『ハッキリと肯定したな』
呆れる青龍に風魔は困り気味。
そんな和らぐ空気にユリウスは何げなく聞いた。ここで辛い事はなかったのか。ユリウスが思っていた以上に、麗奈は元気にやっているので驚いたからというのも理由だ。
敵地での軟禁。
麗奈を執拗に追っていた魔族の存在は知っていた。だからこそ、力を封じられていた麗奈にとっては恐怖そのものだったのではないか、と。
「最初はそうだったんだ。でも、ね。……ブルト君っていう魔族の人が、私の世話係になってから随分と気が楽になったんだよ」
聞けば殆どの時間はそのブルトという魔族と過ごしていた事。
彼の仲間であるティーラとも知り合い、そんな彼の部下とも交流をしてきた。そのお陰か思っていた以上の負担もない。
「そうだったのか。……ま、ランセさんがいい例だから、そうなのかもな」
すっと麗奈の頬に触れる。
酷い目にあっていないか心配だった上に、精神をすり減らしていると思っていた。それが杞憂だと分かり、ホッとした。
「ちょっと安心した。この分ならゆきも元気にしているんだろって分かるしな」
「ブルト君達のお陰。ユリィも会えば分かるよ」
「連中なら死んだぞ」
そこに割り込んできた第3者の声。
麗奈だけでなく、ユリウスも青龍も風魔も、声が聞こえた方へと視線を向けた。
コツ、コツ、と歩いていくる足音は1つ。
廊下を照らしている明かりは薄暗い。
その容姿がはっきりと見えた時、ユリウスはさっと身構えた。
「バルディルの機嫌が悪い時に、運の悪い連中だったと言うべきだ。逆に言えば君の所為で死んだとも言えるけどね」
「っ……」
胸が締め付けられる言葉に、麗奈は苦し気に息を吐いた。
思い出されるのは麗奈を助ける為に駆け付けて来たブルト。そして、その彼を援護してきたティーラの部下。
ティーラはその前に、ヤクルとの決着を付ける為に早く出て行った。
上級魔族でありランセの部下だと聞いている。その彼の実力は知っている。あの青龍が嫌な顔をしながらも『実力はあるな』と言っていた位だ。
だから、彼は不思議と大丈夫だと思った。だが、ブルト達は――。
「兄様の声と体で、そんな事を言うな!!!」
人を傷つける言葉を言わないと言い、ユリウスは兄であるヘルスに切りかかる。
刃は届く前に見えない壁に阻まれる。それが魔力によるものだと理解した瞬間、ユリウスは3歩下がりつつ剣に魔力を纏わせる。
「君の周りには死が纏わりついているんじゃないか」
「止めろっ!!!」
サスクールの言葉に、麗奈は揺さぶられる。
支えてくれた人が居なくなる恐怖を彼女は知っている。
母親が死んだのは自分の弱さの所為。
その弱さで人を巻き込み、守られてきた。そんな自分でも好きだと言ってくれる人が居る。温かい人達が居るのを知っている。
『奴の言葉に耳を傾けるな、主』
『アイツ、アイツが……!!!』
青龍は自分を責める麗奈に止めるように言い、風魔は対峙したヘルスを見てハッとなる。
母親を傷付けたのはユリウスだが、感じ取った魔力に彼は怒りに火を灯す。
『由佳里様を傷付けたのは、お前かーー!!!』
「風魔っ」
ユリウスは仕掛ける風魔に驚くも、既に組み伏せた後。
サスクールは見覚えがあったのかニヤリと笑う。
「お前……。そうか、あの時の――まだ生きていたのか」
『主!! ここから離れて、時間を稼ぐから』
風魔の言葉で、前を見る麗奈は「でも」となかなか行動に移せない。
ユリウスが抱き抱えて離れようとした時、風魔の苦し気な声が聞こえすぐに振り返る。
「風魔っ!!!」
『があ、いいがらっ……』
腹に腕が貫通され、風魔が一瞬だけ力を緩める。思わず足を止めたユリウスに、風魔は行けと繰り返す。
『生憎っ、だったな。僕等は痛みはあっても霊力があれば復活出来るっ』
「そう言えばそうだったか。だが――」
ドクンッ、と。
風魔の本能は危険と訴える。が、彼が気付いた時には遅かった。
「呪いを浴びれば、消えるだろ」
『!!』
失念し気付かされる。
ランセが呪いを解除する力に特化しているのに対し、サスクールが何に特化しているのか。
そして、彼の元には転生した陰陽師のユウトがいた。
弱点を知られている事実に、回避行動が遅くなる。
『させん!!!』
風魔を引っ張り出し、その場を離れたのは青龍だ。
サスクールは麗奈から離れている青龍を見て「愚かな」とポツリと言った。
その意味に気付いた青龍は、風魔と共に異空間へと移動される。
一瞬の出来事に、麗奈もユリウスも呆然とした。あっという間に引き離された上に、守りが薄くなった現実に焦りが出る。
「くっ」
すぐに防御態勢をとるユリウスに、サスクールは魔法で動けなくさせる。
「このっ!!」
ブルームの魔力を借り、拘束していた鎖を切り刻む。その隙を狙い、ユリウスの腕を狙おうとしたサスクールに――別の魔力が割り込んだ。
「サスクール!!!」
「ちっ」
ユリウスの居た場所を変え、姿を現したランセとサスクールの闇の魔力がぶつかる。
その余波が麗奈を襲った時にキールと、戻って来たノーム達が同時に守りの魔法を発動させた。
「っ、キールさん。ノームさん」
「クポポ」
「誠一との約束だ。君を連れ戻せとな」
「アルベルトさん……。シグルドさん、まで……」
戻って来たアルベルトと父親のシグルド。
ノームも約束を果たす為に戻って来たと告げ、キールは良かったと繰り返す。
会えなかった期間が長かった為に、ぎゅっと抱きしめた後に「助けに来たよ」といつもと同じ優しい声色で言った。
「人間嫌いのドワーフがここに来るとはな。面倒な状況を起こしてくれる」
闇の魔法で拘束しようとした瞬間、ランセとユリウスの同時攻撃によって発動を邪魔される。
それに舌打ちしている内、2人は麗奈の元へと戻っている。
「麗奈さんを奪われる訳にはいかないからね。そっちの思い通りにはさせないさ」
「魔王なんてさせない。絶対に」
「絶対とは随分な自信だ……。それが出来れば良いがな」
サスクールは既に狙いを定めている。
何処へ行こうとも逃げられないように細工をした。呪いを解かれた事は予想外だが、まだ手札は残っている。
その証拠に、サスクールは余裕でいる。
堂々としたその姿に、麗奈はただ不安を覚えるしかなかった。
それはザジの姿が見えなくなった事と、重なっていたのだから――。




