幕間:夫婦の形
麗奈が呪いを解かれたのとほぼ同時。
バルディルの受けた呪いにより、動けなくなっていたゆきも目を覚ました。
まず心配そうに見つめていたヤクルと視線が合い、次にハルヒが気付く。そうしていく内、徐々に自分の置かれていた状況を把握していく事になった。
「ゆき。調子はどうなんだ。何処か違和感があったりしないか?」
「うん。大丈夫だよ」
まだフワフワとした中で、どうにか答える。
ぐっと力を込めても起き上がるのに時間がかかった。フラリと倒れそうになったのを、ヤクルとハルヒがすぐに支える。
「無理しないで。魔王が施した呪いを受けていたんだよ? 焦らなくていいから、落ち着いて」
「魔王……」
その言葉に、自分が何でこうなったのかを思い出していく。
魔王バルディルは執拗にゆきを殺そうと動いていた。
それは、ゆきがこの城に連れて来られた時にも起きていた。そこを戦いが好きであり、ヤクルとの決着を付けたがっていたティーラにより免れた。
ティーラの事を元々気に入らなかったバルディルとしては、彼の勝手な行動で計画が狂う事を恐れた。その予想は正しく、今の状況を生んでいる。
人間が過去に古代魔法を扱えた事例はない。
それこそ、聖属性を扱えた事も含めてゆきという存在はバルディルにとっては未知に脅威そのもの。
もうその元凶であるバルディルはいない。
死神のサスティスと倒れたティーラの部下達により彼は死んだのだ。
「じゃあ、もうその魔王は」
「奴はもう居ない。だが、消えてからアンタに何かしらの影響があるとマズいからな。暫くは様子見をしてたしエルフが注意深く、それこそ俺等も近付くなとか不公平なこと言って遠ざけてたんだぜ?」
「当たり前な事を言うな」
ティーラの不満を聞きながら、正論を言ったのはエルフであるフィナント。
彼は金髪に深緑の瞳を有し、その溢れる魔力により光の膜が出来上がっているようにゆきには見えた。
彼も、ベールと同じ深緑の髪を有していた筈だったがエルフとなった今は容姿に変化がある。
髪も金髪に変り、深緑の瞳は更に輝きを増していた。今までこの世界でエルフに会った事が無かった。
しかも、自分達の事を守っていたベールが実はそのエルフだった。
イーナスから聞いてはいたが、実際に目にするとその美しさから言葉を失った。
「君達は魔族で、闇の魔法をメインに使う。呪いを増長させられると迷惑だ」
「……さっきからこれだぜ? まぁ、魔族だからって攻撃されないだけマシだけど」
「それより本当に気分は悪くないのか」
「それよりって……。俺の質問は無視かよっ」
ティーラが不満げに言う中で、フィナントは無視をしてゆきの状態を見た。
無視する行動を見たティーラは苦手だと言い嫌な顔をし、ブルトはそれを苦笑しながら見守った。
(奴の魔力も感じられない。――残滓も感じられない)
魔王バルディルを討つ事で、妻であるエレナを助けられるかも知れない。その望みに賭けた。
(あれは……一体、何が起きていたんだ)
密かにティーラを見たのには理由がある。
魔王バルディルが倒されるその瞬間を、フィナントは見ていた。
いきなり体が燃え上がり、その炎で苦しんでいた。
魔法によるものではない。何かもっと別な――未知の力。バルディルの反応が悔しがっていたのと、何かを発していたがフィナントの耳には残らなかった。
ただ、魔族であるティーラはあの時の事を語りはしない。
詳しく聞こうにも「死んだんだから、それでいいだろう」と、言われてしまえば追及は出来ない。
「すぐに違和感があれば知らせてくれ。古代魔法で治癒を行う」
「だ、大丈夫ですよ。そんなに――」
「相手は魔王だ。警戒するに決まっている。例え死んでも、ただでは死なない。甘く見るつもりはない」
その油断で、フィナントはエレナと別れる事になった。
自分が受ける筈だった呪いを、彼女が代わりに肩代わりしたのだから。
真剣な表情でそう言われ、ゆきはお礼を言ったその時。壁が壊れる音は聞こえ、周りに居たアウラ達は素早く攻撃態勢へと入る。
「はわわ。コントロールが前よりも出来なくなっているわね。……やっぱり長い間、体を動かしていないとこういう時に融通が利かないのよねぇ」
困った、困ったとのんびりした声に周りはキョトンとなる。
しかしフィナントだけは「まさか……」と、驚きを隠せないでいた。
「あっ。良かった良かった。ラウル君とフーリエ君の魔力を頼りに来たんだけど。ふふっ、お久しぶり。私の事、覚えてるかな?」
「っ、貴方は」
「もう……平気、なんですか」
ラウルもフーリエも信じられないと言わんばかりに驚き、状況を上手く把握できない。
そんな中、フィナントは現れた人物の確認もしないまま走り、そして――強く抱きしめた。
「え、あれ……」
「エレナっ……。よく、無事で……!!!」
「フィナント。どうしたの、貴方らしくない」
はにかんだ笑顔、困り気味に頬をかくエレナに対しフィナントは改めて自分の記憶とすり合わせる。
エルフの里を追い出された時に、誰よりもフィナントの身を案じてくれた。
そして、彼女は愛するフィナントと共に里ではない何処か落ち着ける場所を探し続けて来た。
自分達の事情を知り、それでも国へと案内をしたラーグルング国の国王。
まだ国王になる前の若い時。
まだヘルスとユリウスが生まれるよりも、もっと前の時に自分達を受け入れてくれた者達。
不満を言わず、フィナントのやることを陰ながら応援し優しくて安心できる――エレナ。
「こっちは……もう、会えない覚悟を決めていたんだっ。……感極まるに決まっている」
バカ野郎と言われ、エレナは困ったように笑い「ごめんなさい」と一応は謝った。
暫くしてフィナントの行動に驚いたゆき達が正気に戻るまで、ティーラとブルトがずっと呼び続けた。
「フィナントさんの、奥さん……」
その後、今までバルディルの呪いにより長い眠りについていた事を説明された。
知っているのはラーグルング国の中で、4騎士に加え宰相であるイーナス、キール。魔王ランセもこの状況を理解していた。
魔王自体、そう滅多に会わないので次に相対する機会があるかどうかも、フィナントから見れば賭けに等しかった。
「じゃあ、フィナントさんが執拗にその魔王に攻撃を仕掛けていたのは」
「術者だからな。上手くいけば、目を覚ましてくれるかも――と思っていた」
「こんな生真面目で、つまらん奴のどこが良いんかねぇ」
ティーラのその呟きに、フィナントがすぐさま切りかかる。
ブルトに「大人げない!!」と言われるも、ティーラは未だに不服そうにしていた。
「へぇ……。魔族だけじゃなくて、4大精霊の内のウンディーネにシルフ、イフリートが居る上に契約者もいるだなんて。凄い快挙ね。色んな種族が集まっているだなんて信じられないな」
感心したように言われ、そのフワフワとした感じにブルトは慌てて「て、敵じゃないですっ」と言うも彼女は分かったように頷いた。
ここに来るまでに、イーナス達の記憶を見た上でラーグルング国にいい影響が出ているのだと告げる。思わずそれに自分達も含んでいるのかと、問えば彼女は力強く「そうよ」と言う。
「エルフにも良い悪いがあるんだもの。貴方達、魔族だって人と同じように色んな思考を持っている。今、こうして一緒にいるのが証拠でしょ?」
「そう言われたの、初めてっス……」
今まで、魔族という理由から命を狙われたり問答無用で襲われた事は多々ある。
でも麗奈やゆきのように、自分の事を信じてくれる人が居る。その温かさにブルトが感動していると、ティーラから一撃を喰らった。
――全部終わってないんだから、油断すんな、と。
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一方で誠一はアルベルトの転送魔法で、ラーグルング国へと戻っていた。
「クポ。クポポ」
「あぁ、無理を言ってすまないね」
本当なら麗奈も連れて来るつもりだった。が、彼女は風魔を連れ戻すまでは戻れないと頑なに言った。
危険だから止めるように言うも、彼女はそれを聞かず「風魔は家族だから無理!!」とハッキリと言われた。そこで、ノームが誠一を安全な場所まで送った後ですぐに駆け付けると言ったのだ。
だから、無理は絶対しないようにと念を押した。
麗奈は感謝しつつ、ノームとの約束を守る事を誓った。
「……アルベルト、シグルドさん。娘を――麗奈の事、お願いします」
「フポポ♪」
「保護すると言った。命がけでやるに決まっている」
もちろんだと言い切るアルベルトに、彼の父親であるシグルドも同じように答えた。
腕の治療は終わったとはいえ油断は出来ない事。無理をするのが分かるからと、ノームに厳しく言われ流石の誠一も言う事を聞かざる負えなかった。
《貴方達は、無理をするなと言うと無理をする傾向がありますからね。ここで大人しくしてくれるとこちらも助かります》
「……すみません」
ここまで素直な誠一は見た事がないのか、ずっと九尾は口が開きっぱなし。
ノームはここに居る誰よりも長生きだと聞いているからか、自然と誠一は逆らえない。無理をしている自覚は少なからずあり、正論にまた弱い。
《麗奈さんは必ず連れ戻す。私との約束もあるんですよ。ここが正念場って事。アルベルト、シグルド。すぐに行くよ》
「クッポ~」
そう声を掛ければ2人は返事をし、すぐに姿を消した。
転送魔法で再び城の中へと戻って行ったのだ。麗奈を連れ戻す為、魔王サスクールの目的を潰す為に。
(頼む、由佳里。……どうか、どうか麗奈の事を守って欲しい)
そう祈らずにはいられない。
この長い戦いの中、1人の少女を巡る世界をも巻き込んだ戦い。
その少女に助けられた者がいる。救われた者がいる。
それは父親である誠一にも同じ事が言えた。
(ここは……。この国は、もう俺達の居場所なんだ。だから――ちゃんと帰ってこい、麗奈)




