第194話:共通点
廊下に響き渡っていた音は止み、戦闘が終わったのだと思った。
ランセは自己治癒を続けているキールに確認をした。自分の魔力はあとどれくらいあるのか、と。
「見た目ほど酷くない。折ってくれたから早めに治るしね。魔力もそんなに使わないから平気だよ」
「それって……」
「多分……ううん。風魔は加減していた。ただ、あの瞳には憎悪がハッキリと見てとれた。けど、ギリギリ迷ったって感じかな」
「音が止んでいる。ユリウスが引き付けたんだろうが、急いで後を追うぞ」
麗奈と同じくユリウスも、1人で居るのは危険と判断した。
無理をしやすい所や何かを隠している部分は、兄のヘルスにそっくりな部分だと気付かされる。
その時、キールは驚きで辺りを見回した。近くに麗奈の魔力を感じるのだと――そう告げた。
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一方で、麗奈は人型になった風魔と向き合っていた。
どちらも緊張した面持ちでおり、正座での待機。そんな2人に気にした様子もなく、契約の術式を組み上げているのは青龍。
そして、それを見守っているユリウス。
彼の足元には、白いドラゴンがおり魔族なり魔物が来ないか周囲を警戒してくれている。
「風魔。約束して、終わったらユリィにちゃんと謝るって」
『うっ……』
「ちゃんと約束できないなら契約はしないよ。風魔なりに考えたんだろうけど、それでも思っている事は話して欲しかった」
『ごめん、なさい……』
「私じゃなくてユリィにちゃんとして」
『……はい』
シュンと落ち込むように、耳が垂れ尻尾も大きく垂れ下がる。
青龍はほれみろと言わんばかりにジト目で見ており、ユリウスはあれは仕方ないとフォローをした。
ユリウスと麗奈は、創造主の介入があって過去の記憶を見せられた。本来ならあり得ない事。
術者でなければ、消された記憶は戻せないとノームからの説明を受けていた。
キールも無理に解除すれば、消された側であるユリウス達のどんな影響が起きるか未知数であること。下手をすれば廃人になりかねないものだから、彼でも手が出せないのだと言っていた。
(言いたくはないが、今回はアイツのお陰で助かった……って事だよな)
正直に言えば、ムカつく上に感謝などしたくはない。しかし、あれがなければユリウスは最後まで風魔が怒りに満ちていた理由を知らずにいた。
そんな状態では、どんな言葉にも風魔には届く事はない。最悪の場合、満足に戦える状態ではなかった。
それを思えば、タイミングは良いのだろう。
あの記憶がなければ、風魔の視点から見れば自分は憎い相手。
まさかその場に麗奈が居たとは思わなかった。ともすれば、彼女にも接触したのだと考えるべきだ。
(アイツの目的は一体、なんなんだ……)
麗奈がサスクールに攫われた時にも、誰が相手なのかをワザワザ知らせて来た。
その上で、今更向かっても間に合わないだどと言われてあの時は怒りにカッとなった。だが、あの場にはユウトがいた。
麗奈達と同じ世界から来た、転生した魔族。
彼女達よりも古い人間であり、呪いを開発して来た人物。その知識でもあったからか、彼女達の弱点をよく知っていた。
運よくあの場にユリウスが助けに入れたとしても、果たして助け出す事が出来たのか。
そんな暗い考えがつい過ってしまった。
『よし、これで契約は完了だ。俺と同じく血の契約を施したから、お互いの居場所もはっきりと読み取れるようになった。風魔、自分ではどんな調子になった』
記憶の差異はないか。気分が悪い所がないかなどを聞く青龍に、風魔は記憶を巡らせたり自分の体を動かしたりとして調子を確かめている。
その後も、人型から子犬へと色んな形態に変化で出来るのも確認し大丈夫だと告げた。
『あ、あの……。ユリウス』
「えっ」
呼ばれた名前に思わず驚きの声を上げた。
風魔から名前で呼ばれた事はなかったからだ。今までなら「君」や「ねぇ」と呼ばれた事はあっても、名前では決して呼ぶことはしなかった。
今にして思えば、その時から風魔はずっと迷っていたのだろう。
『ごめん、なさい。記憶の事があったのは分かってたんだけど、その……それでもやり過ぎました。すみません』
「俺は気にしてないよ。風魔から見れば仕方ないし、俺も大事な物を傷付けられたら怒る」
だから気に病むなと言われ、頭を優しく撫でた。
ビクンと体が強張りながらも、風魔はユリウスからの言葉を受け俯いた。
罵倒される事をしたし、嫌われても仕方なかった。
でも――それでも、彼は風魔を許した。その後、記憶は戻っていないがその場面を見せられたんだと説明をされ、思わず誰がそんな事をしたのかと聞いた。
「……創造主って、奴みたい。本当かどうかは分からないが」
「ユリィ。実は――」
そんな中、麗奈が気まずそうに告げた。
自分があの場に居たのは、その創造主によるものだったのだと。
ユリウスを呼んだもの、そこに麗奈を合わせたのも全てはその創造主の仕業。
思わずそれを聞いて顔をしかめたユリウス。
まさか麗奈にまで接触していたとは思わず、何を考えているんだと言ってしまった。
「ところでユリィ。この子、契約した精霊なの? 随分可愛いのね」
《ウキュウ、キュ》
「ユリィの事が好きなんだって。あ、私の事も好きなの? ありがとう」
《キュキュ~》
「え」
随分呆けた声を出したと思った。
だが、目の前では麗奈はあの白いドラゴンを抱き上げている。隣にいる青龍の事を見ては、同じ仲間なのかと思う位に見つめては遊んで欲しそうに視線で訴えている。
「見えて、いるのか……?」
「え、当たり前じゃない。精霊なんだから」
「そうじゃなくてだな」
「見えたらいけない子なの?」
《ウキュウゥ~~》
すると、そのドラゴンはユリウスに飛び掛かり騒ぎ立てた。
頭に乗り体全体で抗議をしている。時たま、尻尾で顔を叩かれたりしたのでそれ位には怒っているんだと分かる。
『さっきから何を言ってるの? この子って、一体2人は何を見てるのさ』
「え、風魔は見えないの?」
『ごめん。分からない……』
麗奈はチラリと青龍を見る。
彼は変わらず適度にドラゴンの相手をしている。彼には見えているのが分かり、風魔に再度確認するも首を振られ『ごめん』と謝られる。
「私達にしか見えないって事なんだね。いつから一緒に居たの?」
「それは」
言いかけてはっとなるユリウス。
連れて来たのは、契約している精霊のブルームだ。ユリウスの元に離れると言い、自分の代わりとしてこのドラゴンを置いて行った。
だから最初は精霊なのだと思った。
しかし、キールにもランセに聞いても彼等はその姿を見る事は叶わない。
ならばと同じ精霊に聞いてみた。2人が契約している精霊にも聞いたし、ニチリのウンディーネとシルフにも聞いたがダメだった。
精霊である事は間違いないのに、彼等にはその姿が見えない。
存在も含めてユリウスにとっては、未知の存在であることは間違いない。
しかし、ここに来て麗奈も普通に見えている事実に衝撃を受けた。あの白いドラゴンは、ユリウスにも好意的な上に何度も危機を救っている。そして、麗奈にもかなり好意的に接している。
(俺と麗奈だけ……)
青龍にもその姿が見えている。しかし、風魔には見えていない。
彼は今もなんとなく、麗奈の視線を追って何かがいるという認識を持っている。青龍が邪険にしていない辺り、敵ではないのをすぐに察しそのまま見守っている。
その間、ユリウスは必死で共通点は何かと考えた。
育った環境も世界も違う。それでも、2人しか持っていないものは何かを考えて答えに辿り着く。
(俺達だけだ。虹の魔法を使えるのも、創造主と会ったのも……)
そして、青龍は龍神の子供。神の子供だと自身で言ったのを思い出し、全てが繋がった。
あのドラゴンは神にも近い存在なのだと――。
「名前はあるの?」
《キュウ?》
「そっか、ないんだね。……ユリィは付けなかったのかな」
《ウキュ、ウキュ!!》
『そこだけは良い返事だな』
呆れる青龍にその白いドラゴンはビシッと、羽を大きく羽ばたかせユリウスの所為だと訴える。
自分達に好意的に接しているドラゴンと、何かと翻弄してくる創造主。敵ではないと信じたいが、創造主の使いだとすれば油断は出来ない。
そんな緊張感を持つユリウスとは違い、小さな白いドラゴンは不満げに睨んでいるだけだった。




