第193話:贅沢な悩み・風魔の本心
『言っておくが、俺は風魔の気持ちは正しいと思っている。俺が大事にしている主を思えば、な』
『っ……。だったら、なんで邪魔する』
風魔も雷を扱う事は出来るが、その質は青龍の方が上。
九尾が扱うのとは違う。彼の場合、自分の霊力と契約した誠一が扱う術の相性が良かったのもある。しかし、青龍の扱う雷は注がれる霊力の差もありまた強力になっている。
未だ体の痺れが取れず、どうにか起き上がる風魔は青龍に文句を言った。
気持ちが分かると言いながら、何故邪魔をしてくるのか。麗奈の指示ならそれもありかと思ったが、青龍からは予想外な答えが返ってくる。
『俺が風魔と話すと言った。あとの事は、俺個人で処理する。主も邪魔をしないという。……と、言うよりは主には一対一での対応を見破られていたが』
『……何?』
『ハッキリ言っておく、風魔。俺達は契約者達に恵まれている』
『っ……』
ぐっと押し黙る風魔に青龍は続けた。
自分達も合わせ、式神や霊獣を道具として使う陰陽師家は一定数いるのだと。
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それが各家の考えがであり、そうだと教えられた者達はそこに疑問を持たない。
なんせ当主の考え、果ては先祖代々の考えがあるからだ。実績が積まれれば、それが正しいものだと映るのは仕方がない。
そこに疑問はない。
逆に疑えば、周りからはおかしな奴だと見られるからだ。
周りの目、家に関わる評判。内も外も実力を求められ、功績を残すのは当たり前。
風魔は朝霧 由佳里と契約する前に、過酷な状況を強いられていた。
怨霊退治は日夜続き、無理をするのは当たり前になり契約者の壁になるのだって普通だ。強大な力を持っていても、霊獣である彼等にも休息が必要だ。
だが――。
道具を扱うかのように代わりは居る。役立たずだと言われ、術の構成が上手くいかないのはお前が弱いからだと罵られる。
何度目かの怨霊退治で、遂に風魔は力尽きた。
契約者から送られる霊力は十分だったが、精神が予想よりもダメになった。結局、契約者からは最後まで役立たずだったなどと言われ契約が切れた。
「お父さん、私の霊獣。白くてフワフワだよ」
「狼……。いや犬か。狛犬に近いかも知れないな」
『……?』
次に目を覚ました時、また契約が行われていた所だった。
今度は15、16歳の少女。
黒髪に黒い瞳。まだ目の前がぼんやりとしている中、抱き寄せられて「よろしくね」と言われる。
『……』
プイッ、と思い切りを逸らした。
その反応にキョトンとされるも、この時の風魔は機嫌は悪かったのだ。
霊獣との契約の中で、彼等は命を散らせば別の契約者へと流れていく。それは前の契約者かも知れないし、別の場合もある。
霊獣は記憶をリセットされる。
それは契約者との不和を生まない為。運悪く同じ契約者だったとしても、霊獣側からすれば初めての契約者という認識。
その中で、風魔が負った心の傷の深さはかなり響いていた。
機嫌が悪かったのも、前の契約者を覚えていないが人間は全て同じだと、この時は思っていた――。
「今日から貴方の名前は風魔ね。魔除けの風になるようにで、風魔ね?」
『……それ、僕の名前?』
「うん、ダメかな?」
『……別に。貴方はおかしな契約者だなって思ったんだ』
契約したその日に、由佳里から名前を貰った。
道具に名前なんか付けないだろうに。おかしな行動をするものだと思っていた時だった。由佳里が何気なく術を構成するのに手を上げた時――風魔は怯えた様に離れた。
「えっ」
『……っ、なんでもない』
「あ、風魔!!!」
待ってと言われたが、風魔に止まるという選択はなかった。
記憶をリセットされようとも、似たような動作を目にすれば時々フラッシュバックされる。
そう、誰かが自分を痛めつける。役に立たない道具だと言われた言葉が、今になって思い出された。
「……そうか。そんな事があったのか」
「風魔に術を見せようとしたんだけど、それがマズいのかな」
「いや。そうじゃないな。……恐らくは、だが」
1度契約した者との縁を切るのには、霊獣は命を終えるしかない。
相手を選べない霊獣。そのシステムを作ったのは、土御門 幸成。後の破軍となる者だ。
その時の彼は、陰陽師との連携を考え神の使いや厄災と呼ばれた怨霊達を用いての禁術。
数で圧倒的に不利な陰陽師は、力が巨大であろうとも所詮は人の体。
無理が続けば、若くとも命を落としやすい。
そのサポートをさせる為の服従の術式。
本来であれば、1度契約した霊獣はその命を巡る事はない。しかし、幸成が亡くなってからの長い年月の中でその術式は少しずつ歪められていった。
輪廻転生という術が組み合わされた中で起きた思わぬ誤算。
それが――霊獣の記憶のリセット。
「由佳里。風魔を怒らないで欲しいんだ。彼が育った環境は、かなり過酷なものだったんだろう」
「……酷い事をされていたの?」
風魔はその言葉に体を震わした。
これでまた酷い扱いをされるのだろうと思ったが、由佳里の言った言葉にまた衝撃を受けた。
「平気、怒らない怒らない。あの子には、のんびりして欲しいしね。大丈夫、家族として接すれば良いって事でしょ?」
「ま、そうだな。彼等、霊獣も酷なものを背負わされている。……せめて、私達だけでも違うと分かってくれると良いな」
「それなら楽しい思い出を増やせばいいんだよ。嫌な事があっても、楽しい思い出の方が上回るようにしちゃえばいいんだし!!!」
そうと決まれば探しに行くと意気込んだ彼女は、家の中を走り回る。
それを笑いながら見守った父親は隠れている風魔を見付け、自分の膝を乗せながら穏やかに言った。
「しっかり探れば居場所なんてすぐに分かるんだが……。まぁ、あんな感じで慌ただしい子なんだ。風魔。何かと苦労するだろうけど、娘を頼んだよ」
『……うんっ、うん……』
大粒の涙を流す風魔を、父親はいつまでも撫で続けた。
その後、探し回った由佳里は風魔に構う父親を見て「ずるい」と騒ぎ立てた。
家族を1人占めにされたと言われ、困りつつも風魔が泣いていた事実は伝えない。たまたまだと言われても、信じてくれずに終わった。
そこから、風魔が由佳里を大事にした。何より、自分の気持ちを察した父親の願いの為。そして、安らかな気持ちにさせてくれた人達に恩を返す為に――。
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『主を大事に想う気持ちは分かる。だが、今の行動を麗奈はどう見る』
『そんなの……』
『何故、麗奈に相談しなかった。契約をした事自体が偽りだったと言われれば、ショックを受けるのは目に見えている。事実を言わなかったのは、母親を傷付けた相手が相手だからか? 信じてもらえないとでも思ったのか』
『違うっ!!!』
雷と風のぶつかり合い。その攻防の中で、青龍は風魔に問いただす。
結局、麗奈を最後まで信じられなかった。その気持ちがあったからこそ、事実を告げないまま先延ばした。告げるタイミングはいくらでもあった。
『だったら何でそんなに苦しそうにしている。風魔だって本当は気付いているんだろ。――彼がやっていないって』
『くぅ……!!』
『例え分かっていても、気持ちの状態では無理なんだろう。だから彼に八つ当たりを――』
その言葉に風魔は睨んだ。
青龍の言葉を被せるように風魔は訴えた。麗奈にも告げていない、本心を。
『だったらどうすればいいっ……。こんなに気持ちがぐちゃぐちゃになるは、そこまで由佳里様と関わったからだと言いたいのかっ!! 麗奈様の気持ちは優先したい。でも、アイツを前にするとどうしようもなく憎い。憎くて仕方ないんだ!!!』
青龍に言われている事も理解出来る。
今、自分達が契約している人達がともて温かくて、心優しくも信念を持っている事。霊獣である自分達を、本当の家族のように大事にしてくれる。
きっと、そんな人達と契約出来るのは――こんな幸福を得られること自体が奇跡なのだ。
青龍の言うように麗奈に告げられなかったのは、風魔が最後まで信じられなかった事が原因だ。ユリウスに好意を抱いている時点で、自分の話は信じられないかも知れない。
そんな疑心暗鬼に囚われ、引き伸ばしてしまった。それと同時に契約者を、傷付けたユリウスを許す事が出来ない。
その憎しみは、日に日に増していく。
しかし、同時に麗奈の想いを応援したい気持ちとの板挟みでどうして良いのかも分からない。
その結果。風魔が選んだのは、麗奈に恨まれても良いから仇を討つという行動に移した。
『我等の主はきちんと全部聞く。聞いた上で、一緒に答えを考えていくんだ』
「ごめんね、風魔。一緒に居たのに私達が忘れてて。寂しかったよね」
『っ、麗奈様……』
涙が溢れていても、誰に抱きしめられているかすぐに分かった。
撫でられる感触も黙って寄り添ってくれるその姿勢も、風魔にとっては温かく感じる。だからこそ、ずっと心苦しかった。騙していた事に、心を痛め本当は自分の方が間違っているかも知れないと、強く、強く自分を責めた。
『ごめんなさっ……ごめんなさい、麗奈様。本当は、間違ってるって……分かってたのにっ……』
「うん。風魔、それはお母さんの事を大事にしていた証拠だよ。想いに応えてくれる風魔を、お母さんは誇りに思ってるよ」
『うぅ、うわあああああん!!!』
子供のようにボロボロと泣く。
大粒の涙が流れる度、赤黒くなった体も剥がれていき元の白い毛並みへと戻っていった。
何度も謝り続ける風魔の事を麗奈は、何も言わずに黙って抱きしめ返す。母、由佳里の想いを大事にしてきた風魔に麗奈はある提案をした。
自分と契約して欲しい、と。
血縁関係者なら、記憶をリセットせずに済む。風魔の由佳里を思う気持ちのままに、自分も一緒に背負う覚悟を決めたのだから。
その言葉を受け、風魔は迷うことなく言った。
今度こそ誠心誠意を持って、主である麗奈と契約をしたい――と。




