第192話:風魔と麗奈
『は? 風魔を、連れ戻す……?』
首を傾げ不思議な事を言っているな、と言う表情で九尾は麗奈を見る。
起きてきた誠一が、自分の意思で体を動かすのに慣れて来た頃。麗奈が風魔を探しに行くと言ったのだ。
探しに行くなら、霊力を辿ればいい。
しかし、連れ戻すとはどういうことかと訴える九尾に、麗奈は少し考えた後で質問をした。
「ねぇ、九尾。おかしなことを聞くんだけど……風魔とは何処で会った?」
『おかしなことを言うな……。アイツとはこの世界でだろ?』
答えつつ、尻尾を器用に使いアルベルトの事をコロコロと転がしていく。
その返答を聞いて、麗奈は息を飲んだ。すぐに「そうだったね」とどうにか答え、自分の記憶と間違っていないのに――と思った。
しかし、今は違うと言える。
風魔は母親の由佳里との契約された霊獣。
母親が風魔を北の柱へと封じた理由は分からないが、彼なら分かってくれると言っていた。
そして、北の柱は自分と風魔が会った場所でもある。
イーナスから試験をすると言われ、北の柱に触れて戻ってくる。前に反応を示していたのを、再確認するような内容のもの。
(あれが……全部の始まり、だったのかな)
なんせその北の柱には、確認されていなかったキメラが現れた。
柱に触れた瞬間、眩い光と共に現れた風魔。それがきっかけで、キールが戻って来ただけではない。誠一達とも再会出来た、ある意味では全ての始まりとも呼べる。
(風魔は……ショックだったよね)
自分を迎えに来たのが、母ではなく娘であったこと。
母親の霊獣なら、彼は麗奈達の事を知っていた事になるのだが、その記憶は自分達にはない。
寂しかっただろう。風魔の記憶と、麗奈達との記憶の差異にショックを覚えただろう。
そして、何よりも麗奈が好きになった人が母親を傷付けた人物だと知れば――そこまで考えれば、風魔の行動は分かりやすい。
むしろ、そうしない方がおかしいとさえ思えた。
『大丈夫か?……その、一体どうしたんだ』
「ううん。ホント、平気だよ。ただね……風魔は寂しかったんだろうなって思って」
『甘えたがりだし、なにかと嬢ちゃん、嬢ちゃんって呼んるアイツが? いやいや、ないない』
あり得ないとばかりに、顔をしかめた九尾。
それをまぁまぁと言い、ノームへと視線を向けた。彼は丁度、誠一の腕の調子を見た後なのかすぐに気づいてくれた。
《――記憶の改竄、ですか》
事情を話しノームに聞いてみた。
風魔がこの世界にいたのは間違いない。しかし、この世界に来る前の分もまとめて消せるような魔法はあるのか。
可能性として一番あるのは、兄ヘルスの光の魔法を用いた事。
人数も合わせて、彼と会った時の記憶がない中で、風魔という個人も自分達の記憶からもなくなる。
そんな事が、可能なのか――と。
《いくら光の魔法でも、個人だけを消すというのは無理がある。恐らくなんだけど、魔力が少なかった事で起きた弊害、なのかも》
「記憶を消したけど、風魔のも一緒に消えた……と、言う事ですか?」
《魔力が少なければ、与える影響も少ない。ただ、その方が最後の最後で風魔と言う人物に対して、悪かったという気持ちが込められたのなら――その影響を受ける可能性はある》
「……」
あの場面を見て思ったのは、兄のヘルスは麗奈の母親の事も、風魔の事も大事にしていたのが読み取れた。現に術の連発を止めていた上、最後まで家族の元の帰そうとしていた。
あの必死さに嘘はない。
決めた事を最後までやり抜こうとする所、無理をしてでも押し通す所は流石はユリウスの兄と言える部分なのだろう。
《あと……その、普通なら……魔法によって消えた記憶を見る事は出来ないです。……事情を聞かせて下さい、麗奈さん》
とても微妙な表情をしたノームが前のめりに聞いてくる。
心配と言うか、間違いであって欲しい、と言わんばかりの質問に麗奈は首を傾げた。
そして、それを聞いてたザジと青龍はますます機嫌を損ねた。
《――あぁ、そうなんですか……》
アルベルト達には聞かせられないとは言え、麗奈自身が離れるのを良しとしない彼等だ。
誠一に構いながら、ノームはさり気なく防音の魔法を麗奈と自身の周囲へと張っていた。
事情を話している間、段々とノームの表情が気まずそうにしていたのが気になった。
しかし、途中で話を切る訳にもいかず最後まで話しきると彼は納得したような、とても微妙な表情をしている。
その間にザジと青龍の機嫌が悪さが分かり麗奈としては居心地の悪さを覚えている。だからこそ、振り返って「どうしたの?」などとは言えない。言ったら、終わりとさえ思ったのだ。
《ラーグルング国の魔法を扱う人達は、他とは卓越した力が備わっている部分が大きい。何より、お父様が土地の守護者の役割を担っていますからね。だから、ラーグルング国とディルバーレル国は守護地と呼ばれているんです。あの国の守り神的な存在はもう1人のお父様である、ブルーム様ですから》
「あ、あの……ノームさん、それだけが言いたい訳じゃないですよね」
《……》
その後も、ノームは下を向いたりチラチラと何度も麗奈を見たりしている。
何やら触れたらいけないものでも言ったのか。
後ろは特に止めてないから、全部言ったのだがそれもダメだったのか。
そんな不安に駆られながらも、ノームの結論を待っている。心臓はバクバクとうるさく、生きた心地がしない。
ダメなら何がダメなのか、はっきり言って欲しい。既に起きてしまった事は変えられないが、今後気を付ける事くらいは出来る、筈だ。思わずそう視線で訴えかけた。
《麗奈さん。どうやら貴方は……創造主様に、気に掛けられていると思うんです。魔法で消された記憶は、その術者でないと解けません。それを無視し、過去を見せて来た。そんな事が出来るのは、この世界を作った創造主様――あの方しかあり得ません》
「……えっ」
「『ちっ……』」
更にノームは付け加えた。
死神であるザジも、青龍がかなり毛嫌いしているのも創造主が関わっているからだと。どうやら2人は麗奈に会わせないようにと対策を練った様子。
《正直、創造主様の考えは読めません。私も会った事はないですから……。会って会話を出来るのは、我々精霊では出来ないのです。アシュプ様とブルーム様しか、その存在を感知出来ないので》
力になれてなくて申し訳ない。
そう謝られたが、麗奈は創造主という存在のインパクトが強すぎた。確かに神様かもなんて思ったが、それが現実になるとは思わなかったのだ。
もしかしたら、この状況を見られているかも知れない。
ザジと青龍の方を見てみる。2人は変わらず不機嫌のままだった。ここに居ない誰かを睨んでいるような雰囲気に、思わず見なかった事にしないとマズいとさえ思った。
(2人が……怖いよ……)
青龍には聞きたい事があったのに、今の雰囲気ではとても聞けるものではない。
ザジに関しては、上司が嫌な奴だと聞いていたが、もしかしてもそれは創造主だったのでは……と、理解することが多くなっていった。
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一方で風魔はユリウスに対し、攻撃の手を緩めずに猛攻を続けていた。
元々、彼のスタイルは変幻自在な上に自身の体を極端に変えられる所だった。
今も人型になり、壁や床を使って跳躍を繰り返し爪を用いて死角をついてくる。
《キュウ、キュウ!!!》
「っ、くぅ!!!」
『ちっ、またか』
小さな白いドラゴンは、その風魔の迫る位置を正確に把握しユリウスに知らせてくれる。
風魔からすれば死角からの攻撃を放っている。だからこそ、不思議でしかならない。何故、自分の居場所を把握できているのか。
人型から大きな犬へ、時には子犬へと姿を変える度にスピードは上げていく。
だから人間の目には絶対に追いつけない。その筈なのに――。
『精霊の力、だったか。本当に厄介な事をしてくれる!!!』
「ぐっ……」
しかし、どんなに死角からの攻撃を防げてもパワーはかなり強い。
直撃は免れても、無理な姿勢で防いだ結果。受けきれなかった分、そのまま吹き飛んでいく。
彼等は怨霊を相手に戦ってきた経験もある事から、この世界でも魔物を倒すのに一役買っている。風魔と契約をしていたのは麗奈の母親だ。麗奈自身の強さも両親から受け継いでいるのであれば、母親だって当然強い。
《フキュウゥ……》
「心配、ない。こうして満足に戦えるのも、君のお陰なんだから」
『さっきから訳の分からない事を……。ホント、目障りだ』
心配そうに見上げて来るドラゴンは、ユリウスにしか見えてない。風魔がイライラを募らせ、止めを刺そうと動いた時――彼は動きを止め飛び退いた。
「風魔、もう止めて!!」
床を突き破って来たのは、青龍の蹴りによるもの。着地してすぐに、ユリウスと風魔の間に立ったのは麗奈だ。両手を力一杯に広げ、ユリウスの元へは行かせない。そんな意思表示が分かり、風魔は悔し気に顔を歪めた。
『何故、ここに貴方が……。何故、奴を庇うんです麗奈様!!!』
『文句があるのはお互い様だ。……風魔。お前に文句を言われる筋合いはないと思うぞ』
青龍のその言葉にビクリと体を震わす風魔。
苦し気に唇を噛んだ風魔とは対照的に、青龍の目は怒りに満ちていた。
『俺から言わせれば、風魔のその行動は主に対する裏切りだ』
『っ、そんな事……』
慌てて反論する風魔に構わず青龍は攻撃を開始した。
彼の怒りはそのまま蹴りとなって放たれ、続け様に電撃が風魔を襲った。




