第191話:親子
「フポポ~~」
ふっと意識が浮上する。
目の前では、アルベルトが嬉しそうに飛び跳ねておりノームよって回収されているのが見えた。まだフラフラするような頭を抑えつつ、状況を聞いた。
いつの間にかあの白い空間から、元の場所に戻っている事実に少なからず驚いている。
結局、母親の死を再確認されたような妙な気分。あの後、ユリウスがどうなったのかは麗奈にも分からない。
そんな不安を覚えつつも、隣には変わらずにザジが居た。それを確認できたら、ホッとしている自分が居る。何よりも一緒に戻って来れたのが嬉しいのだと分かる。
そんな麗奈の様子が変わったように思うノームは、小声で何かあったのかと聞いた。
「ちょっとだけ……不思議な体験をさせられていました」
《させられて……。彼、ですか?》
ザジを見ながら聞くも、麗奈は無言で首を振った。
そう言われたザジは嫌そうに顔をしかめ「冗談じゃねぇ」と吐き捨てた。
「俺はアイツと違って、嫌がる様な真似はしない。そんなもん、する必要もないしな」
「ありがとう、ザジ」
そっと頭を撫でれば、ピシリとザジは固まった。すぐに顔を赤くし、慌ててその場から離れ、まるで威嚇するようにして叫んだ。
「ばっ……!!! お、俺にまでそんな事するなっ!!!」
「ご、ごめん……」
「あぁ、くそっ。調子が狂うなぁ」
その後、ボソボソと何かと言いつつもザジは麗奈の傍に寄っている。
コロコロと表情が変わるザジを見たノームは、ポカンと口を開けて驚いていた。その間、麗奈は父親の元へと急いだ。
「お父さん、まだ起きないんだね」
『ま、腕一本まるまる取られたからな。魔法がなきゃ、片腕は確実に無くなってたよ』
そう答えつつ、九尾は自身の無力さを噛みしめていた。
この世界に来て、自分達の常識とは違う事は理解していた。何度も奇跡だと言わざる負えない状況を覆してきた。
術の源である霊力。魔法の源である魔力。
怪我を治せない事に何度も悔しいと思ってきた。何度、麗奈達が受けた傷を代わりに受けれたならと思った事か。
そんな奇跡の力がある魔法。それに、何度も助けられてきた。
「九尾がお父さんと契約してくれて良かった。心から本当に思うよ。……だから、そんなに自分の事責めないでね」
『ふんっ。俺くらいしか、主人と仲良くできねーし。主語が足りないし、すぐに怒るし、手は出るからな。ホント……世話のかかる、主人だ……』
扱いが難しい誠一の文句を言いながらも、九尾の声は震えている。
こういう大きな怪我をした時。この世界なら魔法や薬があれば治せる。しかし、現代ではそうはいかないのだ。
『無茶していい、歳じゃないって……そろそろ気付けよ、バカ主人』
「お父さんが起きたら、叩かれるね」
『仕方ねーから、素直に叩かれるよ』
麗奈の傍に寄りかかる九尾は、人型になったままだ。
彼女に見られないように、しかしそれすらも見抜かれているのは分かっている。数十年、同じ家の中で過ごしてきた仲だ。
情けない顔を見せたくない。泣き顔を見て欲しくない。
そう思いつつも、誰かが傍に居てくれるのが心地いい。ふっと意識が削がれそうになるのを踏みとどまる。
麗奈に近付いてきた気配を感じ取り、同じ考えを持ったアルベルトが九尾の前に移動している。
「九尾? アルベルトさん?」
『……お前、まだ諦めてねぇのか』
睨む九尾の視線の先には、1人の男性が居た。
ちゃんと見ようとした彼女に見られないようにしているのか、尻尾が壁となって邪魔をしてくる。どうにかして、尻尾をどけようとも何度も邪魔をされる。
しまいには、さっと目の前が真っ暗にさせられ、それが九尾の尻尾の仕業なのか分かっている。
どうにかして抜け出そうとしている間にも、彼等の会話は続いている。
「フポポ!!!」
「もう俺にその意思はない」
『信じられないな。……今の今まで、嬢ちゃんの事を殺そうと動いていた奴の言葉だ。アルベルトが警戒するのも無理ないぜ』
そう発する九尾の雰囲気が、殺気に満ちているのを感じ麗奈は息を飲んだ。
ここまで怒るのは珍しいからだ。
逆に言えば、それだけの事を目の前の男はしたことになるのだと分かる。
「小っちゃい奴の父親なんだそうだ。呪いで動けないアンタの事を、器だからと殺そうとしたんだ。俺が止めさせたし、そうでなくてもあの狐が必死で守ってたぞ」
あと精霊も一緒になって、守っていたんだとザジから説明を受けた。その内容に衝撃を受けつつも、どうにか尻尾から抜け出せば、次の瞬間には抱きしめられていた。
「え、え……」
『良いからそこから動くな。次に動けば……殺す』
ピリピリとした空気が部屋中に漂う。
それはアルベルトも同じ事なのか、自分の父親を睨んでいるのだ。
「そうまでして守るのか」
『当たり前だ。俺にとって嬢ちゃんは家族であり、俺の希望だ。――その光を、誰であっても壊させる訳にはいかない。俺の全身全霊をもって、どんな手を使っても、嬢ちゃんは守る』
相手が魔王だろうが関係ない。
そう語る九尾からは、既に小さな雷が発生していた。
攻撃の意思が伝わり、止めようとする麗奈。しかし、彼女が言葉を発する前に強く抱きしめられて余計に話せなくなる。
「セイイチ、と言ったか。……彼は腕が取れようとも、気を失う最後の最後まで君を守ろうと動いていた。ノーム様が居なかったら、片腕がないままだったのもまた事実」
そう言われ、涙が出そうになるのを堪えた。
父親である彼ならやりそうな事だと思いながら、そうまでして自分の事を助けようとしてくれた。
『当たり前だ。主人は言葉が足りなさ過ぎてて、頭おかしいんだよ。行動と言葉が一致しない、すんげー面倒な奴』
「次に言ったら……ぶっ叩く……」
「フポ!?」
アルベルトの驚く声に合せ、九尾も驚いたように振り返った。
さっとノームに支えられながらも、ノロノロと起き上がる誠一。力が一瞬、緩んだ所で麗奈が抜け出しそのまま思い切り抱きしめた。
「お父さんっ……。良かった。本当に、良かったよぉ」
「っ。ま、まてっ、麗奈……」
《ストップだよ、麗奈さん。全身打撲に近い怪我だし、治療中なんだ。もっと優しくしないと》
「ご、ごめんなさい……」
「フポーーー!!!」
すぐに抱きしめる力を弱め、ノームから注意を受ける。反省している彼女と違い、今度はアルベルトが誠一の方へと飛び込んだ。頬をギュっとし、泣きながら無事でいた事に喜びを表現していた。
「いたっ、お、おい待て。アルベルト、いつもより力が、強い……」
『ほら、それ位にしろ。主人がまた倒れるぞ』
「フポ……。フポポッ」
喜びのあまり力加減をなくしていたアルベルトは、誠一に改めて謝罪をする。その間に、九尾の尻尾が彼をグルグル巻きにされ一気に大人しくなる。しょんぼりしている様子なので、本人的には反省をしているのだろう。
麗奈と誠一はそう結論付け、アルベルトの行動にホッとしていた。
《目が覚めるのはまだ先だと思っていましたので、驚きました。ですが、油断は出来ません。術は使わず、大人しくして下さい。そうでないと、せっかく繋げた腕とお別れになりますよ?》
「それは困る……。そう、だな。精霊である貴方のお陰で、腕が繋がるんだ。ちゃんと言う事は聞きますよ」
そうでなければ、動きでいたのだろう。そんな予想が分かり、ノームは思わず乾いた笑いしかでてこなかった。
しっかり釘を刺さないといけないと思っていると、アルベルトが任せて欲しいと主張を始めた。
「クポポ。フポポ!!!」
《お願いするよ、主。どうも、異世界人の人達は無理するのが得意なようだ》
冷めた言い方ではないが、諦めにも近い声色。
そうさせてしまったのが申し訳ないのか、また心当たりがあり過ぎるのもあって、麗奈と誠一は再度ノームに謝った。
そして、誠一は改めて麗奈に掛けられた呪いがない事に気付き安堵した。
いつもよりは遅く、だけどしっかりと存在を確かめるように頭を撫でれば、気恥ずかしそうにしながらも受け入れる麗奈。
「もう、平気なんだな?」
「うん。黒騎士さん……あの人が、助けてくれたんだ。自分の命も顧みずに、私の事を助けてくれたの」
「そうか。彼が……」
最後まで話せた事はなかったが、ランセの近くに居た黒騎士を思い出す。
誠一が何かとランセに用があり、話しをしていると丁寧にお辞儀をしてくれた。反応はしっかりしているので、意思の疎通は可能。
時々、誠一達の世界の話をしては黙って聞きながらも頷いてくれた部分もある。
そのお礼に後日、緑茶やどら焼きを持って行った事があった。声は出さずとも、雰囲気で嬉しそうにしていたのは伝わっていた。
「彼とはもっとゆっくりと話したかったな。ま、麗奈の事を気に入ったのは分かるから良い人だとは思っていたが」
「うん……。ありがとう、お父さん。こんな、危険な所まで来てくれて……」
「親子なんだから当たり前だ。子供を心配しない親はいない。九尾はあとで殴るがな」
『うわっ、ひどっ……』
笑い合う麗奈達を見て、アルベルトはチラリと父親を見る。
彼は感慨深く、そして何かを決意したような目で見ていた。トコトコと近付き、ピョンピョンと肩まで登り切った後で「フポ」と手を差し出した。
「……なんだ、それは」
「クポ。……クポッ」
「は? あの時の喧嘩は水に流す、だと?」
人間とドワーフは既に分かり合えない。
そうではないと訴えるアルベルトに、絶対に分かり合う事は不可能だと言い続けて来た。しかし、麗奈と誠一がアルベルトと仲良くしていたのは、今までの雰囲気で分かっていた。
「ふんっ。一応は水に流して置く」
「……ポ!!!」
余計な一言に、アルベルトも思わず自分もだと訴える。
そう返す中でも、ぎこちなく握手を交わした。素直に慣れない親子をノームは嬉しそうにして、見守っておりザジは少し呆れていた。
しかし、麗奈と誠一との再会を見て彼は悔し気に唇を噛んだ。
自分はもう、あの中には戻れないのだという実感がヒシヒシと伝わっていた。全ての記憶を思い出したザジの行動は、死ぬ前も死んだ後も変わらない。
(……必ず、報いは受けて貰う。覚えてやがれ、サスクール)




