第189話:託した想い
どうにかして血を止めた風魔は、式神と合わせて霊力を使い治療に取り掛かった。
この2年という間で、自分の扱う霊力も魔法に応用できることを学んだ。とは言え、土地も環境も違う中で習得はしたが魔法よりも劣るし、治療のスピードは遅い。
淡く青白い光は、この世界に来て初めて見た色だ。
霊力を扱う時には視覚化出来る。そして、血の結界を使う時には紅く見える。これによって、自分達の結界の幅を知ることが出来た。
今までは感覚的で、相手を封じる為にと無意識に形を相手に合せていた。
だからそれを意識的にし、相手だけでなく味方も守れるように調整した。だから思った。環境は違くとも、慣れない土地でも自分達は強くなっている。
魔王を1人、封印することが出来た。
その実績は誇っていいものだ。でも、それで油断したのなら――自分が最後まで気を抜かなければ彼女は刺されなかったんじゃないか。
そんな思いが、風魔の中でグルグルと渦巻いている。
「ふ、うま……」
『っ、由佳里様!!!』
少しして目を覚ました由佳里。
しかし、完全に傷は止まっていない。血をどうにかして止めた程度であり、魔法のように早くはない。もっと自分に力があればと、ギリリッと奥歯を噛みしめる。
「おね、がいがあるの……」
『うんっ。何? どんなことでも聞くよ』
だって自分は朝霧 由佳里と契約した霊獣。
夫の誠一が契約した九尾よりも、由佳里にとっては父親の武彦と契約した清よりも強いと自負している。
この異世界で頼れるのは自分だけだ。
今まで由佳里と2人3脚でやってきた。だからこれからも、そうなんだと思った時。言われた言葉は彼の予想を覆した。
「ご、めん……ね」
いつも見せる笑顔。
だから風魔は油断した。自身に掛けられた封印の術に。気付いた時には既に、四方に結界を張られ霊力を削られている。
『っ、これは……。な、何故です、由佳里様!!!』
「あとを……おねがい、ね」
『由佳里様っ!!!』
最後の抵抗とばかりに、風魔は霊力を練り上げ術を発動させる。
しかしそれは発動することなく、霊力は四散。自分の力すら封じられ、その結界のままラーグルング国の柱へと封印術を発動させる。
その場所は北の柱。
自分が最初に降り立った場所であり、初めてヘルスと会った場所。
「憎まれるだろう、けど……。風魔なら、きっと分かってくれる。あの子は……頭がいいもの」
残り僅かの自分の命。
その灯が薄れていくのは、自分がよく分かっている。このまま死ぬ位ならと、彼女は最後の手段に出る。
(せめて、ユリウス君から引き剥がさないと……。お兄さんに心配、かけさせたくないもの、ね)
唯一の家族。
早くから両親も失っていたユリウスにとって、ヘルスにとっては由佳里はどんな風に見えただろうか。
同じ母親としては、同じように見てもらいたいと思う。その代わりくらいには慣れたかなと、心の中で思うと自然と笑みが出る。
「ごめんなさい、誠一さん……約束、守れそうにないから……こんな、妻で悪いわね」
その謝罪と共に、由佳里は歩き出す。目指すはあの兄弟の元だ。幸いと言うべきか、戦いはまだ続いている上に、離れていたであろう音は段々と近付いてきている。
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「ユリウス君から離れなさい!!!」
だから死力を尽くす。
残り僅かの霊力を全て、ユリウスを閉じ込める結界へと流し込む。
「お、のれっ……」
「由佳里さん、ダメだ。それ以上は……!!!」
ヘルスはそう叫んだのは無理もない。
淡い青色で作り出されている結界。しかし、今ユリウスの事を閉じ込めている結界の色は紅色。その色が意味するのは血染めの結界。危険な術であり、連発は出来ないと聞いていた。
そうでなくても、魔王を弱体化したまま封印したのだ。
体力も限界に近いのは分かっていた。だというのに、明らかに無理をしているのが分かるのに彼女は諦めていない。
ユリウスを助ける事に、全力を注いでいる。
(これで!!!)
魔王の魔力は既に何度も感じ取っている。仲間にランセが居たのも大きい。
魔力の質は違くとも、魔王と言う特別な魔力の力はそう簡単には変わらない。それは、さっき1人の魔王を弱体化した事でも立証出来ている。
結界に閉じ込められ、魔力を練ろうとするもすぐに失敗する。
弱体化されている事にすぐに気付いたサスクールだったが、同時に意識を乗っ取っていたユリウスが邪魔をしてくる。
それを抑え込みつつ、魔法を使おうとするも結界の中ではそれは叶わない。
(ちっ。面倒な事を)
「ユリウス!!!」
ハッと気付いた時には光の魔法がユリウスを貫いた。
乗っ取った側のサスクールにだけダメージがあるのは、闇を祓う力があるから。自分の体が燃える様な感覚にさらされる。
「ぐっ、そ……。よく、も……」
ふっと意識が遠のき、倒れるユリウスをヘルスが慌てて受け止める。
完全に気絶する前にとヘルスは何度もユリウスの頬を軽く叩く。
「頼む。今だけは……今だけは、すぐに起きてくれ。ユリウス!!!」
「……うぅ。お、兄様……?」
パッと顔を綻んだ。
彼の瞳の色は、ヘルスと同じ紅い色。操られている時のように、紫色ではない事に心の底からほっとした。
「ご、めん……なさ……」
「いい。今はゆっくり休んでくれ」
兄の言いつけを破った事を謝るユリウスに、ヘルスは何度も平気だと答える。魔王の手から取り戻せたことに、安心しきったヘルスはその足で由佳里の元へと急ぐ。
ユリウスをその近くに横たわらせ、怪我をしている由佳里に治癒を施そうとして――その手が止まる。
「……由佳里、さん……?」
ピクリとも動かない彼女を見て、嫌な予感が巡った。
何度も気のせいだと自分に言い聞かせつつ、抱きおこして治癒を施す。
「もう、いい……。無理、よ」
「そんなことないです!!! いや、ここで死なせないですよ。私が、私が望んでしまったから!!! 私が貴方達を巻き込んだ」
最初に会った時にお互いに約束をした。
この国の問題を解決したら、無事に元の世界に送り届けるのだと。
大賢者のキールもいるし、魔王であるランセもいる。知識だけでなく、魔力量だって多い。どこよりも、戻れる確率があるのを分かっているからこそ焦る。今までなしえなかった魔王の封印と弱体化。
そんな偉業を今まで誰が行えただろうか。
封印術が豊富な朝霧家だったからこそ、出来たものなのだ。
「死なせない!!! 貴方は生きて、夫の元に……娘の麗奈ちゃんの所に戻るんでしょ!!」
「へ、いき……。無理、なのは分かった……」
「そんなこと――」
「連発、したら負担があるって……言った、じゃない」
その言葉にヘルスは手を止めかけた。しかし、それも一瞬の内でありすぐに治療を再開させた。
だが、彼もここに来るまでに魔力を消費してきた。その光が段々と弱くなるのを見て、彼は信じられないとばかりに魔力を練り上げる。
「くそっ……。頼む!!! 頼むから今だけは魔力が欲しいんだ。この人を死なせたら……もし、そんな事にでもなったら」
空っぽに近くなる自身の魔力。その代わりになるのは自分の命だ。
自分の生命エネルギーを使ってでもと思った時、由佳里の手がそれを制した。
「ユリ、ウス君が……いるでしょ」
「貴方だって家族がいる!!!」
家族を失う怖さを知っている。残された者の痛みも知っている。
ヘルスも両親を失っている身。だというのに、由佳里は笑顔で平気だと言った。
「楽しかった、よ。……麗奈にも、みせたか……た……」
制した手が力を失ったように静かに下ろされた。目が閉じられていく中、由佳里は満足したように笑みを浮かべた。
「あ、あああっ、そんなっ!!! そん、な。あああっ、ああああああああっ!!!」
魔法の光が消える。
自分の魔力が底をついた証拠なのが、嫌でも分かり絶望しかなかった。自分達に協力し、戦う事を選択した。
泣き崩れるヘルスと同じく、それ等の状況を見ていた麗奈もまたしゃがみ込んだ。
「おか、あさっ……。お母さんっ……!!!」
母親の死を見せられ、自分の感じていた嫌な予感が当たってしまった。
ザジは固く抱きしめながら、これらを見せて来た創造主であるデューオを睨み付けていた。
「どういう、つもりだ……テメェ!!!」
ザジは気付かなかったが、デューオは分かっていた。
その過去を見せられているのが、麗奈とザジだけではないという事に。
呆然としながらも、自然に流れる涙を止められない。ユリウスもまた同様に見せられて、痛感してしまった。
風魔の怒りと自分の過ちに気付いたのだ。
何故、自分がサスクールに操られやすいのか。1度操られたからこそ、再び操るのが可能である事に気付く。
自分は麗奈の母親と、麗奈を傷付けた。取り返しのつかない傷跡を、麗奈に残したのは紛れもなく自分なのだと。その事実だけが彼に深く、深く傷つけた。




