第188話:兄は弟を想う
翌朝、慌てた様子で国王の寝室に入って来た人物が2人いた。
薬師長のラーファーとエルフのエレナ。その後ろからは血相を変え、目を見開くキールの姿を捉えた。
「……。ヘルス様、ユリウス様と何をしていたんですか」
「父の最後の言葉は……ごめん、だった」
最後と言う言葉に、さっと顔色を変えた。
弟のユリウスは泣きつかれたのか寝ている。兄から離れたくないのか、その手はしっかりと握られていた。
ギュっと抱きしめ返したヘルスは、そのままユリウスを運び邪魔にならないようにと部屋から出て行く。
「ヘルス!!」
彼を呼び止めたのはキールだ。
立ち止まり、ゆっくり振り返る。いつもの彼なら見ない顔をしていた。
声を掛けたが、どう伝えて良いのか分からない。
そんな戸惑うにも似た表情をしつつ、ヘルスとユリウスを傷付けないようにと言葉を探っている。
それが、なんだかヘルスには嬉しく思えた。
「お前は、平気……なのか?」
「平気と言うには、厳しいな。……でも、父の死に目にはあえたし、父は最後まで私達の心配をしていた。自分より、残される私達の。……でも平気だ」
だって、父の魂は死神によって回収された。
そして彼は言った。回収した魂に悪いようなことはしないのだと。
「親が子供の心配をするのは当たり前だね。呪いで苦しんでいるのに、最後の最後まで息子の君達が育ってくれることを望んだ。……だが、これで呪いはまた力を上げる。君達の身が蝕まれるのも時間の問題だ」
死神であり、創造主である彼の言葉を思い出す。
冷たくなっていく父を見ながら、彼が告げた内容は残酷なものだったと改める。
呪いの力が上がり、いずれは自分かユリウスがその身に受けるだろう。
そっとユリウスの頭を撫でる。
(ユリィ。……お前は絶対に守る。この身に代われるのなら、なんだってやってやる)
そう心の中で決意する。
これは悟られる訳にはいかない。悟られたとしても、説明が難しいと分かる。
誰が死神の存在を理解してくれるのか。そして、その死神は創造主そのものだという事も含めて。
恐らくは悪く言われるのも計算の上であり、もしくは自作自演の可能性だって出て来た。
なんせヘルスから見た限りでは、彼自身はそんなに悲観しているようには見えないからだ。自分達、もしくは自分を悪く言われても良い位には思っているのだろう。
ただ、気になる事も言っていた。自分の身分を偽る為に作ったと、彼は――そう言った。
近い内に、自分か弟に呪いが降りかかる。国を危機に晒される訳にはいかない。育った場所を守るのも王族の務め。背負うのは自分だけでいい。
弟のユリウスにはせめて、平穏な日々を過ごして欲しい。
既にヘルスは自分の中で決めた。
自分の命の使い道を――。
「悪い、キール。ユリィを部屋に運んでいくからもういいかな?」
「あ、あぁ……。辛くなったりしたら、何でも良いから話を聞く。私が君にそうさせて貰ったように」
「うん、ありがとう」
親友の言葉にヘルスは感謝を述べる。
無理をしているようには見えないが、なんだか嫌な予感がヒシヒシと感じた。キールはその言い表せぬ不安を抱えつつも、既に進んでいたヘルスに何も言えずにいた。
(悟らせない。キールにも、イーナスにも……。いや、この国に居る全ての人達の事を騙す結果になってもいい。ユリィに悲しい思いをされてもいい。誤解されてもいい……私の代で、呪いを断ち切る為に手段は選んでられない)
残り時間がどれ位なのか分からないが、心構えなら出来た。
少なくともビクビク怯えずに済んだのだから。そう決意した時に声を掛けられた。
「お兄、様……?」
「気分はどう? ユリィ」
弟の部屋に着いてしばらくの間、安心させるように頭を撫でていたらすぅと視線が合う。
暗くならず、明るすぎない程度にヘルスは聞いてみる。
ユリウスは感覚が鋭い。変に取り繕ったりすれば、直感でなにかしら感じ取らせてしまうかもしれない。まずは自分の弟を騙す事に専念する。彼の次に勘が鋭いのはキールだ。
別れ際に見た表情を思い出す。まだ何か言いたげな、だけど確信はない微妙な感じ。
腹の探り合いでキールに負けた事はない。だが、油断は禁物。勘だけで動いた結果、踏まなくて良い地雷を踏み抜くのがキールだ。
予想がつかない事が、唯一の不安材料。ようは、そうならないように自分がしっかりすれば良い。一先ずは、そう思う事にした。
見ればユリウスは「ん~」と欠伸をし、そのままコテンとヘルスに寄りかかるとぼそりと言った。
「……父様は?」
「今、リーファー達が傍に居るよ」
「……死んじゃったの?」
「うん。でも、穏やかな顔だったよ。ユリィ、自分を責めるな」
「でも」
「この世に生まれなくて良い人間はいない」
「……う、ん……」
それはとても力強く、同時に嬉しく思った。
ギュっと握られる手も、優しい言葉も、自分の事を思っての事。周りの言葉は聞かなくても、態度や雰囲気で何となく察せられる。
この時のユリウスにとって外は自分を責める場所。
そういう認識の中、安心できる場所なのは兄であるヘルスの傍。
母親の面影は思い出せない。自分を生んで亡くなったのを聞いていなくても、自分を見る目を見れば分かる。疎まれているとまではいかないが、腫れ物に触る様な、微妙な距離感でいるのは分かる。
「ヤクルとリーナはどうなんだ」
「……しつ、こい」
「ははっ。でもユリィにはそれ位は丁度いいよ。これからも仲良くな」
あれくらい強引な方が良い。
そう思い言って見れば、ユリウスは明らかに嫌そうな顔をした。
「……お、兄様が、そう、いう……なら……」
(そんなに嫌なのか)
現に苦い顔をし、何かに耐えるように言うのを見てそう思った。
だが、この時の判断は後に正しいのだと知る。
引っ込み思案だったユリウスの性格を変え、明るくなったのはあの2人のお陰なんだから――。
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「ユリィから、私の弟から離れろ!!!」
「!!」
ジャラリと鎖の音が聞こえ、ユリウスの体を拘束したのは光の鎖。
驚きの表情を浮かべたサスクールは、自身の魔力が抑えられる感覚に陥る。移動しながら罠を張っていた事に気付き舌打ちをする。
「ちっ、これだから光の魔法は」
「リュミエール」
ヘルスは自身の手から魔力を練り、ユリウスの首を掴む。その途端、闇の魔力と光の魔力とのせめぎ合いで落雷にも似た音が響く。
「補助が得意な光の魔法が、攻撃に転じる事が出来ないと思ったか。油断もその辺に――」
「にい、様……」
「っ!!」
相手は魔王であることは確実で、サスクールなのも分かっていた。
ここで倒せば、柱の呪いは消え去る。しかし、と一瞬でも手を止めたのがマズかった。
兄に殺されるのがショックだという表情をした。
例え操られていると分かっていても乗っ取られていると分かっても、相手の術中だと分かっているのに体は静止してしまった。
「ちがっ、これは……」
「油断をしているのは、どっちだ」
思わず弁明をしようとした。その瞬間に、手を離した所為でザワリと魔力に変化があるのを感じ取る。失態に気付いた時には、ヘルスの影から伸びた黒い刃が腹を貫いた。
「がっ、ぐはっ……!!!」
「光は邪魔だ」
魔力で生成した剣を生み出し、確実に命を絶つ為に狙いを定める。
しかし、それが決まる前にユリウスの周囲に紅い結界が阻んだ。
「な、にっ……」
「なんで、ここにっ……!!!」
2人が驚く先には、由佳里がいた。
魔王を1人封印した分に使った霊力は相当量であり、サポートの風魔がいてもきつかった。現に刺された部分を手で抑えながら、今も苦し気に息を吐いている。
「ユリウス君から、離れなさい。魔王――サスクール!!!」
「くそっ」
結界を破ろうと試みるも、今まで溢れていた闇の魔力が急激に大人しくなる。
暴れていた筈の魔力が静まり、操っていたサスクール自身にも分からない現象。
(コイツ、まさか意識を取り戻した……!!!)
体の主導権が戻される。そうなれば、魂だけになる自分は死神に狩られる。
創造主はその機会を待っている可能性が高い。むしろ、この状況すら見ている可能性だってある。
「いま、さらっ……諦めるものかああああっ!!!」
今ある魔力を結界に破る為に使う。肌で生半可な力では破れないのを悟ったサスクールは、持てる全ての力を結界を破る為に力を振るった。
それが、由佳里の策であることも知らずに――。




