幕間:兄の凄いところ
兄、ヘルスは闇の魔法の危険性を知っていた。
闇の魔法は魔族が扱う力。その認識は正しい。だが、それは魔族だけが扱うものでもなかった。
現に自分と弟のユリウスは、共に闇の魔法を扱える。
そして、彼等が居る国は魔法国家と言われている場所。他の国々よりも魔法の知識はあるし、人が恐れる闇の魔法の制御も知っていた。
魔法を扱える者が多くなれば、それだけ戦闘での幅は広がる。同時に、どんな属性がどういった特徴なのか相性はなんなのか。
様々な研究がなされ、それ等を記録したものは国の重要機密にあたる。その管理は王族が行い、侵入されないようにと魔法を幾重にも張っていたのだが……。
「……君はまたそうやって」
「ん? 別に入るなと言われてないしね」
(侵入者用の罠と方向感覚を狂わせる魔法。これらを用いているんだが……キールには効かないな)
だからといってそう何度も入っていいものでもない。
そう思いを込めて溜め息を吐けば、彼はどんな風に受け取るのか。分かってはいたがチラリと見てみると――
「悔しいならもっと頑張らないとね?」
「そういう所が嫌われるんだぞ。……今代の大賢者がこれとか、今までの人達が可哀想だ」
100年に、もしくはもっと長いかも知れない。それ位の低い確率で生まれて来る大賢者。
それは唐突だ。
自分がなんであるか、何者なのかをある日突然に分かる。神に選ばれし者と言われ、異世界人と同じ位に重宝される。
そんな彼等の存在を隠す者もいれば、広める者もいる。
大賢者を我が物にしようと争う国がある。その力を蹂躙する為に使う者もいる。あるいは後世の為に魔法の知識を広めた者もいる。
異世界人と呼ばれる彼等も、大賢者も総じて魔力量が多い。
その存在を秘匿しようと思う考えもあれば、戦争の道具へと変え覇者となろうとする国がある。争いが生まれやすい一方で、魔法の知識の理解が早いのもその技術があるのも――彼等のお陰なのだ。
「今までの人達と比べられてもね……。私は魔法を知りたいの。全ての属性を扱えると言っても、エルフしか使えない属性も魔族が使っている属性も使えてれば最強じゃない? 私は属性の解明がしたいの。その知識欲と実行力は認めて欲しいなぁ」
「だからと言って、今日も騎士団達を相手に派手にやったそうだな」
「……」
「その前は薬師の人達に実験体にしたろ? その次は君が作った魔道隊。皆、君に会うのは嫌だからと避けられてるのは分かってるの?」
「……」
「いくら治療するのが早くても、その度に戦いを挑まれれば精神的に疲れるのは当たり前だ。この前は弟のユリィに、魔法を使うのを促したそうだね?」
「えっと……」
段々と空気が凍っていく。
顔を見なくても分かる。この時のヘルスは怒っているのだ。
様々な行動を起こしたキールの後始末。大事にしている弟を連れまわした罪と闇の魔法を使う事への強要、城の内部の一部破壊。上げたらきりがない程に、反省すべき点は多くあり過ぎる。
「……ごめん、なさい」
「私じゃなくて、皆にだよ」
「はい……そう、します」
そう言いつつ、トボトボと歩き謝罪をして回ろうとしたキールをヘルスが呼び止める。
何だろうかと思いつつ、振り返ると彼は――1冊の本を渡してきた。
「皆の為と思っての行動なのは良いが、あんまり無理するな。――君の力を真に理解出来る人物は、ちゃんと現れるさ」
「!!」
驚きに目を見張り、渡された本を――震えながら受け取った。
それはこの世界とは異なる者を呼ぶ召喚魔法の異界送り。その詳細が記されたもの。
この世界の存在ではない誰か。ある意味で、大賢者と同様に神に選ばれた存在。
自分達と異なる見た目なのか。子供なのか、大人なのか。過去の記録を見て、それ等の特徴に一定の法則はなく無作為に選ばれていると思われる。
大賢者と同じく魔力量が多いことから、他とは違う魔法を生み出しまたは同じでも威力が違う。
その殆どは、今では聞くことがなくなったキールと同じ召喚士になる確率が高い。
(もっと昔は、精霊を呼び出せてもそこで命は尽きる。……私は大精霊を2体、契約した。でも、異世界人はもっと多く契約が出来るのだろうか)
もしくは数は少なくとも、契約を結んだ精霊はかなり強力な力を持っているか。
いずれにしても、あり過ぎる魔力の調整はキールでも容易ではない。魔法国家と言えど、キールよりも多い者は居ない。
ヘルス自身も、キールより下だと自覚している。
だが彼は持て余したその力が、他と一線を引いていることから恐れているのを知っている。強すぎる力は、同じように強すぎる者でしか分からない境地がある。
どんなにそうでないと説いても、同じ場所に立てなければ理解はしずらい。
いつ、どこで、自分が切り離されるか分からない。
「安心しろ。どんなに力が強かろうが、私がお前は離すことはないよ。一生ね」
「っ、ヘルス~~!!!」
だからキールはこうして甘えている。
知識欲も、行動も派手だけどそれ等が皆の為にと足掻いているのをヘルスはよく知っている。嫌われない為にと思っても、ヘルスはそれを隠すなと言われたのだ。
本心が見えない奴ほど怖いものはない。言いたいことはちゃんと言え。
そう言われた時、キールは一生ついて行こうと決めた。
大賢者だと分かった時、最初は不安でしょうがなかった。魔法国家で生まれ、その国に根を下ろすつもりで今まで頑張って来た。
それが手の平を返したように、特別なものだと言われるのが怖かった。
今まで通り、同じ国の人間、同じ人種だと言って欲しいと思った。それを最初に言ったのはヘルスだ。
「どんなに強くても、お前は私の親友だろ? 今更、かしこまると気持ち悪い。いつも通りにしてくれないと調子が狂う」
そう言われ、肩の荷が下りたような、凄く気分が良かったのを覚えている。
その甘えで時々、暴走したとしてもヘルスは笑って受け止めた。仕方ないなと言い、それでも怒ってくれる親友には感謝しかない。
「ほら、謝らないと夜になるから。なんなら私も――」
「そうやって甘やかすから、キールは付けあがる。分かっているのか?」
そんなヘルスとキールに対し、恐ろしく冷たい声を発した人物がいた。
2人で見てみるとそこには青筋を立て、いかにも怒っていますというオーラを醸し出しているイーナスがいた。
「コイツがもたらす被害は尋常じゃない。暗殺者の私に対して、この国の宰相を任せるバカがどこにいる!!! あまつさえ、狙われた方もバカだ。普通に受け入れるな!!! なんでしれっと居るのが当たり前みたいな顔をしている。この国のお人好しぶりにも反吐がでるっ……!!!」
「そう言うなら出て行けばいいだろ」
「バカか? こっちが被害を被っていれば、他に被害はない。なのにお前ときたら、それを良い事に際限なく被害者ばかり募らせて……。被害者の会が幾つあると思ってるんだ!!!」
「え、知らない」
「被害を増やすなとあれほど言っているのに……。何故、嬉しそうにしているんだ」
「ふふ、なんでだろうね?」
キールとイーナスの言い合いがヒートアップし、ヘルスはそれを笑顔で見守っている。
暗殺者である彼は確かにヘルスの命を狙ったが、その時の目が死ぬのがどうでもいいというのを感じ取った。
せっかく生まれた命を、そんな絶望を抱いたままでは可哀想だ。
それならば引き受けてしまえば良い。せめて、彼が生きているのが楽しいと思える日までは――。
そうして気付けば、10年はラーグルング国に居ることになり宰相に仕立て上げられた。
キールの策力だと思っているが、実はヘルスも1枚噛んでいる。
それを知らずにいるイーナスは、キールの目の敵にしているが魔法で彼には勝てないから負けを認め続けている。
そうしている事で、彼は仕方ないとしつつもしっかりとこの国の行く末を見ている。
意外に世話好きな一面が見え、ヘルスとして嬉しいのだが――なんせ本人は一向に認めようとはしない。
「ほらほら行くよ、2人共」
「何で私まで行くことになる!?」
「え、2人でキールの保護者ですって言うんじゃないの?」
「こんな魔法バカで、地雷しか踏み倒さない奴の保護者だと? ……ちっ、仕方ない。良いか、キール。私の目が黒い内に何かしてみろ。反省させる為に追い掛け回して、土下座させるからな」
「オッケー。楽しみにしてる♪」
「……ほう。言ったな」
これから謝りに行く態度とは見えない。何故、こんなにも火花が散るのか。
そう思いつつ、ヘルスは2人を連れては各所に謝罪をしにいった。気を付けると言いつつ、後日イーナスに追い掛け回されるのが新たな日常となる。
大体分かっていたが、キールもイーナスも楽しそうなので良しとしよう。
そんな兄に憧れを抱いていたのは弟のユリウスだ。
自分もあれだけの懐が広い人物になりたい。気付いたら誰かの助けになる――そんな人に。
当然の如く、周りから止められた。特にヤクルと兄のフーリエにはしつこいくらいに。疑問に思いつつ、兄に質問すれば困ったように頬をかきながらこういった。
「ユリィも私と同じになったら、周りの苦労が倍になるからね」と言うが、ユリウスは分からないと頬を膨らませる。
そんな弟の行動が可愛くてしょうがないヘルスは、いつまでも大事に頭を撫でた。
この緩やかな平和が続くように、と。しかしそんな願いは簡単に壊れるのだ。
王族の呪いが自分ではなく、ユリウスへと移され助けようとした彼はキールに頼んだ。異世界人を呼べるかも知れない――異界送りを。
呼ばれた異世界人である朝霧 由佳里と、兄のヘルス・アクリス。この出会いが、2人の人生をラーグルング国を狂わせる結果になるのを知らず。
遠く離れた娘の麗奈にも、ゆっくりと、ゆっくりと――宿命と言う名の糸が絡みついていった。




