第186話:神様からの贈り物
それはふと感じた視線だった。
「……?」
誰かに見られている感覚がした。
他に誰かが居るのだろうかと振り返るも、その気配も姿も確認できない。
『どうした、嬢ちゃん。泣きすぎてて、頭が変になったか?』
「なんでそうなるの……」
ふくれっ面をする麗奈にケラケラと笑い、自身の尻尾でグリグリと撫でまわす。頭をぐしゃぐしゃにし、整えるのにまたも邪魔をされる。尻尾が9本もあるのはやはりズルいと感じる。
「お前、なんで!!!」
(ザジ?)
焦った声は死神、ザジのもの。
その彼は麗奈の前に出たかと思えばそのまま抱き込んだ。突然の事に驚いていると、誰かの視線を唐突に感じた。
それは、この世界では初めて見る――虹色の瞳の男性だ。
(あの、人は……?)
そんな麗奈の考えが分かるのだろうか。
白い髪に虹色の瞳を持った男性は、微笑み口を動かした。
「君にとっては初めてだよね。麗奈ちゃん。……君にある事実を教えてあげる。母親のこと、そして彼のこともね」
そう言って、麗奈の意識は一瞬で別の世界へと引き込まれて行った。
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酷く焼けたような匂いがした。
ハッとした麗奈は、周りが燃えている事実に驚きを隠せないでいた。
「これは……一体……」
さっきまで九尾達といた。
何よりノームが分からないでいた。ザジが分かった所を見ると、あの人が上司なのかも知れない。
凄く嫌な顔をしていたから、多分当たりだろう。今も麗奈の隣に居て「あの野郎……」とイライラしている様子だ。
「ま、待ってぇ。お兄様!!」
「ユリィは来るな。危ないから城に戻れ」
小さな男の子が必死で走っていた。
彼が追いかけているのは、同じ黒髪で紅い瞳。ユリィという愛称は、兄から付けてもらったとユリウス本人から聞いたことがある。
だから、すぐに分かった。
見せられているのは過去。母親がラーグルング国にいた時の記録を見ているのだと。
(今の人……。神様なのかな)
気配は分からなかったし、一瞬だけ目があっただけだ。
でも、向こうは麗奈の事を知っているような口ぶり。そして、明確な意思を持って彼女にこれを見せている。
意図があるのは明らか。
でも、どうしようもなく嫌な予感がするのだ。
「……」
「大丈夫だ。俺がいる」
「ザジ」
不安そうな麗奈に、ザジは力強く答えた。
同時に手を強く握り、何があっても傍にいる。離れる事はないのだという意思が、決意が伝わってくる。
(なんだろう。凄く安心できるのに……初めてじゃない。これが普通だってなんで思えるんだろう)
「どうした」
「え、ううん。なんでもない……」
「ったく。そんなんでいいのかよ……。ほら、行くぞ」
「わわっ」
不思議な感覚だった。
引っ張られる手も、足取りも。全て麗奈に合せてあった。まるで、前から知っているような傍に居たのが当たり前のような感じ。
「ねぇ、ザジ。聞いてもいい?」
「なんだよ。話しながらでいいだろ」
ちょっと乱暴に答える感じも、何度も交わしているのに懐かしい気分になる。
だから麗奈はその調子のまま、思った事を告げた。
「私達。ここじゃない世界で会ったことあるんだよね?」
「……ねぇよ。誰と勘違いしてんだ」
「あいたっ」
一瞬の沈黙のあとに額に来た衝撃。
ザジが笑いながら指で軽く弾く。デコピンをされたのだと気付く前に、痛さに思わずうずくまる。力加減なんてあってないようなもの。
涙目で睨めば、ザジがおかしそうに笑う。
「変なことを言うからだよ、バーカ」
「う、うぅ……。それにしても力が強すぎるよ」
「知るかよ。くだらないこと言ってないで追うぞ」
なんだか釈然としない。はぶらかされたと感じるも、ザジはそれ以降は無駄な会話をしなくなった。その反応が寂しくて、むすっとしている。その視線に気付いたのだろう。
じっと見つめた後、さっと抱き込んだかと思ったら謝って来たのだ。
「悪い……。どうにもこの体での加減ってのはよく分からん」
「む、どう言う意味」
「そのまんまだよ。って、おい」
ちょっと怒り気味なのは、麗奈がぎゅっとザジを抱きしめ返していたから。
その後も、スンスンと匂いを嗅いだりと妙な行動を起こしている。ジト目でいるザジに麗奈は気にしないで続けるとポツリと言った。
「懐かしい感じ……。なんだろう、太陽の匂いみたいなフワフワな感じ」
「なんだよ、それ」
「だってそう思うんだもん」
「もう好きにしろ。注意するものめんどくせぇ」
投げやりに答えれば、麗奈も気にしないのか「そうする」と言って全体重を預ける。
移動中の間、何度かザジの顔を見る。
怒っているのだろうと思うも、彼は何処か恥ずかし気にしており視線を合わせようとしない。
その感じが懐かしくて、嬉しくて――なのに悲しいと感じるのは何故なのか。
(やっぱりザジとは何処かで会ったよ。……忘れているだけなのかなぁ)
その後も、うーんと唸る麗奈にザジは見て見ぬフリ。
答えは出ないのを知っているからか、彼女の好きにさせることにして後を追っていく。
すると、紅い光が空へと伸びているのが見えた。
その光に見覚えがあったからか、麗奈は叫んでいた。
「ザジ。あの場所に行って!! あの光は術によるもの。多分――お母さんが居る」
「分かった。しっかり捕まっとけ!!!」
空中を走っていたザジは、その要領のまま一気に加速した。
見えてきたのは黒い髪の女性と白い着物を来た男性の2人。そんな彼等の目の前で広が続けている紅い光の柱。
光が広がっていくのと同時に、紅い結晶を作り続けていく。
その光景に見覚えがあった麗奈は「血染めの封印術……」と、無意識に言っていた。
「どんな術なんだ、それ」
「えっと……。大きな怨霊や力が強すぎる相手に向けて放つものなんだけど。その力に応じて、紅い結晶が力を吸い続けるの」
「……地面にまで広がって、まだ続いているって事は――」
「由佳里さん!!!」
「ヘルス君!? 何でここに来たのっ」
ヘルスと呼ばれた男性は腰に剣を下げ、周りを警戒しながら駆け寄っていく。
一方の由佳里は、驚きつつもすぐに戻る様にと厳しく告げた。しかし、それを拒否したヘルスはまだ魔族が居る可能性があるのだと言う。
「魔王サスクールは、どうにかランセが引き受けてます。その間に――」
「ならもう終わるわ。この魔王を封じれば、少しは楽になるでしょ?」
冷静で頼りがいのある母親の姿がそこにはあった。
ラーグルング国には魔王が2人攻め込んできていた。一方はサスクール、もう片方が由佳里が封印しようとしている魔王。
巨大な魔力を持っている魔王を封じるのは難しい。ならば、と由佳里が考えたのは封印術を使っての弱体化。その証拠に、こうして広がり続けている紅い結晶は全て魔王の魔力によるものだという。
結晶は柱となり、至る所で造り出されていく。その中で、風魔が続けざまに術をたたみかける。
『諦めろ。これだけの範囲が広がり続ければ、死ななくても力は使えなくなる。この結晶のまま閉じ込められてしまえ!!!』
「ぐっ、このっ……。異世界人があああああッ!!!」
「!!」
眩い光が辺りを包み、ヘルスは目を守る為にと咄嗟に瞑った。
そんな彼等は気付かない。一歩、また一歩と近付いていくる人影に――。
『由佳里様、これで完了です。魔王はまだ弱まってないけど、この結晶地帯が広がり続ければ魔力はなくなる。そうなればいくら強かろうと――』
ホッとした。
大きな課題である魔王の1人を封じたのだ。これで、少しでも自分達の世界へと戻れる機会が増えていく。
その油断で、風魔は由佳里に近付くユリウスに違和感も抱かなかった。
「にげ……」
「由佳里さん!!」
「え」
自分の元へと急ぐヘルスの様子を見ながら、背後に立っていたユリウスに気付く。この場所に来ないように行っていたのにと思いつつ、寂しかったんだと思い抱きしめようとした瞬間――黒い剣がブスリと刺さる。
「!!」
「サスクール、よくもっ!!」
『え、由佳里……様?』
風魔は分からずに立ち尽くし、ヘルスは既に光の魔法を作り出していた。
由佳里はそこではっとなる。
ユリウスの瞳の色が変わっていることに。彼等、兄弟の瞳の色は共通で紅い。なのに、今、自分をさしているユリウスの目は――紫色へと変わっていた。
「ぐぅ、サスクール……!! ユリウス君の体を」
「まずは弱らせようか。探していたぞ、我が器よ」
声はユリウスのものだが、はっきりと違うのだと分かる。
向けられたのは、どこまでも世界を憎んでいるという負の感情そのもの。
由佳里が動くよりも早く、幼いユリウスと兄のヘルスは魔法のぶつかり合いを始めてしまった。




