幕間:残された想い、復讐の獣
ドクンと何か見えない力に、ランセは戸惑いを覚えた。だが、次の瞬間にはその正体が分かる。
「ランセさん!!」
「君っ、戻るなら戻るって言ってよね。いきなり威圧される身にもなれって」
慌てているのは共に行動をしているユリウスとキースの2人。
しかし、そんな2人の声はランセには届かない。
今起きている現象の意味を考えると、それだけで何が起きたのかが分かったからだ。
(ま、さか……。サンクはもう……)
自分の魔力が抑えたくても抑えられない。
自力で押しとどめようとも、溢れて来る力は確実にランセの力へと変換し続けている。
魔王サスクールを追い続けていたある時。魔王に近い魔力を感知し、現場に駆け付けた。だが、既にその場所は闇の魔力に覆われ焦土と化していた。
確かに魔王の魔力があり、衝突したのは明らか。
だが、生存者は元々望めない。もし居たとしても――と苦し気に唇を噛んだ時、倒れている白い鎧が見えた。
魔力の感じからして、人間ではなく精霊であるのは分かった。
しかし、その精霊もこの世に止まれるのがギリギリだった。白い鎧から徐々にではあるが、黒い霧が多い始めた。
魔王の魔力。
ランセ自身が持っている力は呪いを解除できるもの。彼が見つけるのが遅ければ、あの精霊はいずれ朽ちる。魔王の呪いは強力だ。ランセの力が特殊過ぎるが、本来ならその呪いを解くこと自体が出来ない。
虹の大精霊でない限りは――。
(サンク。君は……最後に、やりたいことをちゃんと出来たのかな)
この城に着てすぐのこと。
エルフのフィナントが、魔王バルディルの魔力を感知した瞬間に契約していたガロウとサンクが同時に反応をした。
奴が自分達を殺しに来た魔王なのだと。
元々、利害関係が同じで一時的なもの。
最初はランセもそうしていたが、月日が流れればその考えも変わる。サンクは自分の力を封じる代わりに、ランセの魔王としての力も封じ闇の力を取り込んだ。その効果は良かった。確かに絶大な力を得られたが、代わりにサンクは自身の本当の名と記憶、経験。
サンクと言う自身の存在、そのものが分からなくなっていった。
それでも彼は魔物を狩り、魔族を狩り続けて来た。魔族の王たる魔王を倒す為、それ等に似た存在を倒す事で自分と言う存在を保っていた。
それも限界に達しそうな時、麗奈と会った。
彼女がたまたまとは言え、サンクに仮の名を与えたことで記憶と経験を思い出し言葉を発することも忘れていた彼に声が宿った。
最初にランセとの契約を迫った時の声のまま。
召喚士としての資質を持っていても、そこまでの効果があったことにランセ自身も驚いた。
それも異世界人だと聞けば納得できた。
だからランセは麗奈に感謝した。再びサンクの声を聞けたことに。もう1度、彼に目標を定めてくれた事に。
「ユリウス。先に行って……。あとから必ず追いつくから」
「けどっ」
「いいから!!!」
置いていくことに迷うユリウスだったが、必死で先に行けと促す。
時間は限られている。こうしている間に、麗奈の状況はどうなっているのか分からない。
既にサスクールの手に落ちていたら?
ティーラの言う儀式が行われていたら?
状況はどこも分からない。
ティーラは既に先に戻っているが、向こうからの連絡もない。
「行くよ、ユリウス。ランセの言うようにここでグズグズしてらんない」
「キールの言う通りだ。私なんか置いていくんだ」
「……」
何かを言いかけて、すぐに口を閉じる。
決断を下したのかユリウスは背を向けた。しかし、すぐにランセへと振り返りこう言い放った。
「ランセさんは俺の大事な仲間です。私なんか、じゃないです」
「!!」
「必ず追いついて下さいね」
そう言って走りだし、キールはクスクスと笑いながら共に走る。
「困った兄弟だな、まったく……」
力の循環はやがて落ち着きを取り戻し、自力で起き上がれるまでに回復した。
まだ溢れ出してくる力をコントロールしようと集中し、すぐにそれ等が治まる。ふぅ、と静かに息を吐き集まりだしてくる気配を感じ取る。
「……ここから先へは行かせない」
鋭く言い放つランセに、即座に反応を示したのは追って来た魔物と上級魔族。
城に来てからこれらの猛攻が多く、余計な魔力を消費しないようにしてきた。彼等しかいないのは、ドラゴン達が足止めをしているからだ。
この追手が何処から来たかは不明だが、それでもランセは冷静だ。
「失せろ」
彼の紫色の瞳が、青と赤のオッドアイに変わり同時に空気も変えた。
ほこりを振り払うような、とても気だるげな動作。ただ、それだけでも彼の溢れ出した力の残留は殺意を持って攻撃した。
まるで嵐が起きたような横殴りの力。
その余波に、攻撃をしようとした追手達はなすすべもなく飲み込まれて吹き飛ばされる。否、吹き飛ばされるならまだいい。
巨人の手が殴った様な跡が広がる。
まるでそこに何もなかったかのように――。虚空が覗かせる様なそれらは、外が夜だからそう見えるのか。
走っていた廊下、壁画や多くの部屋があったが何もない。暴風でも起きたような残骸に、生き残りはいない。そうでなくても目の前でバチバチと電撃が流れている黒い球体が浮かんでいる。
「加減が難しいな……。この付近にゆきさん達の魔力がないのが良かったけど」
どうやら目の前に浮かんでいる球体は消える事無くその場に止まるようだ。
彼はそのままユリウスとキースの後を追う。
自分の中に渦巻いていた過剰な魔力は、落ち着きを取り戻していた――。
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「ふふっ。それにしても君達は凄い事を言うな」
「何だよ、突然」
いつまでも笑っているキールにユリウスは睨みながら答える。
ランセを残してからずっとこの調子。その理由が分からないが、キールにとってはその反応すら面白いようだ。
「さっき言ったでしょ? ランセは大事な仲間だって。……あのセリフはね、ヘルスと被るんだよ」
「兄様……と?」
驚いたように目を見開いたランセを思い出す。
彼の反応は、同じセリフを兄が言っていたからだと分かり「うわぁ」と今更ながらに、恥ずかしさが増してきた。
「そういう無意識な所は、主ちゃんと同じだよね。君等、ホントお似合いだよ」
「うるさいっ。からかうネタが増えただけだろ」
「そうとも言うね」
イラっとしながらも、ユリウスは後ろを振り向かずに走る。
ランセの実力は知っているし、急に彼の魔力が上がったのには何か訳があるんだろう。そう思っていた彼に、黒い鱗のドラゴンであるブルームが残酷な事を告げた。
《ふんっ。元に戻っただけだろうに、随分と大げさな》
「元に……? それって」
《お前達……今まで疑問に思わなかったのか? 何で奴は、自身の力を限定的に解いてきたのか》
「「えっ」」
思わず足を止めかけて踏みとどまる。
限定的にとはどういうことなのか。思わずキールの方を見るも、彼も意味が分からないと言う。
その様子に、ブルームは納得したように続けた。
《奴の魔力も妙なのはそういうことか。光と闇が混じる感じは、力を抑える相応な理由があった。だが、今はその枷がない。奴も驚いた様子を察するに光の大精霊が消えたな》
「なっ!? 待って下さい。エミナスもインファルもそんなこと、一言も――」
言っていないと思い、すぐにはっとなる。
確かにキールも感じ取れた。大精霊の巨大な魔力が消えていくのを。ただ、どこも戦いが激しいからすぐに魔力の衝突が続いた。
今だって、すぐ後ろの方で巨大な魔力が起きて――。
「まさかランセが光の精霊と組んでいたって事!? 光の精霊が自分から、闇に馴染むように頼んだって言いたいんですか」
《それだけの理由はある。大昔に、光と闇の精霊は魔王に殺されている。生き残りが復讐を考えるのも当然と言えば当然だ。どうやらその相手は、ここに居たようだしな》
「まさか……。あの黒い、鎧の精霊が……」
ガロウは闇の力を感じ取れている。それはユリウスも同じ属性を扱えるからだ。
ただ、片言に発していた精霊がいたこと。いつも麗奈とユリウスの前でしか発しなかったあの精霊を思い出し――ランセの焦ったような表情から何もかもが分かってしまった。
(くそっ……)
《悔しがるなら前を向け。お前が取り戻そうとしている存在は、犠牲がないまま出来ることだと本気で思っているのか》
「っ!!」
「ブルーム様、そんな言い方」
《大賢者も甘やかすな。お前だっていざとなれば、自分の身を削るだろうが》
「それは……」
咄嗟に反論できなかった。
いざとなれば、キールはユリウスの代わりに兄のヘルスを討つ気でいる。弟のユリウスが背負うことがないように。それがバレているのだから、精霊も侮れないのだと改めて思う。
『居た……』
「ユリウス!!!」
咄嗟にキールがユリウスの前へと来たと同時に光が部屋中を満たす。
守られたユリウスは攻撃してきた相手に思わず「なんで」と、悲し気に顔を歪めた。
「なんでだよ、風魔!!!」
『黙れっ。お前が、お前が由佳里様の事を……!!!』
そこに居たのは麗奈が契約している筈の風魔がいた。
白い耳と大きな尻尾の青年。白い着物だったのは、今は赤黒く染まり同じく髪も同様に染められていた。
『みつけたっ。あの方を死に追いやった、元凶。今度こそ、殺す!!!』
怒りに飲まれ、憎しみをむき出しにした風魔は2人へと飛び掛かった。




