第184話:接したことの意味
イーナス達が先に城へと突入したユリウス達の後を追うとしている頃。
麗奈はすぐに起き上がろうとした。でも、体に力は入らないし頭も上手く働かない。
ただ、彼女の目の前である精霊が消えた。
白い鎧に白い兜。
それがある精霊と被る。色は真逆だけど、自分と話す時には片言だ。色が違っていても、麗奈にはその精霊が誰なのかすぐに分かった。
「黒……騎士、さん……」
口にした事で、消えた精霊の言葉を思い出す。
《生きろ》と麗奈に言い、自分は姿を保つことなく砕け散った。
手を伸ばそうとするも、握られることはなく。恐らく向こうも無意識に伸ばしたであろう手。だが、届かなかった。
あと数センチ。
その少しの距離も、何故だか遠く感じられた。いつもなら何でもない距離なのに。
その距離すら――今の麗奈には遠く感じられた。
「……わ、たし……」
「クポポ」
「アル、ベルト……さん」
麗奈の目の前で、ピョンピョンと飛び跳ねているのはドワーフのアルベルト。
いつものように手の平を広げると彼は、迷うことなく進み頬に触れる。優しく撫で上げる様な感じを不思議に思っていると、泣いているからだと告げてきた。
「え……」
「クポ。クポポ!!」
「っ」
我慢しないで。泣いて良いのだと言われる。
それだけで、麗奈は心を揺さぶられた。
「うっ……。うぅ、今の、やっぱり黒騎士さん、なんだ……」
声が震えるのは、今までのことがあったからだ。
ランセが契約した精霊で、魔族や魔物に対して何らかの怒りをぶつけていた。
本当の名前はあったのかも知れない。けど、それを言う素振りもないのを見ると麗奈はすぐに仮の名前を付けた。
それが黒騎士。
呼び捨てにすることはない為に、麗奈は必ずさん付けで呼んでいた。
ユリウスもそれに習うように、そう呼んだ。ランセと居る時にもたくさんの話をした。
兜で表情は見えなくても、麗奈には楽しそうにしているように見えた。
勘違いだったとしても、彼は手作りのお菓子を貰っては必ず感想を伝えてくれる。それが嬉しくて、作り過ぎたと思いつつ持って行ったこともあるが、それを嫌だとは一言も言わなかった。
ガロウと取り合いになった時には、必ずランセが止めに入っていた。
そんな温かな思い出が鮮明に蘇る。
同時に込み上げて来る喪失感。
自分を助ける為に、彼が命を懸けて呪いを解いた。
それは確かだ。さっきまで瞼すらも自力で開けられなかったのに。今では軽い。
気だるさも感じないし、自分の体が酷く重たかった。それが綺麗になくなっている。
「ごめっ……。私の、私の所為で……!!!」
《それは違うよ。麗奈さん》
「ノーム、さん」
涙を懸命に拭うアルベルトが忙しなく動いている時、ノームが麗奈に膝まついた。
彼も流れる涙を拭いながら話した。
光の大精霊サンク。
彼の本来の姿は白い鎧であること。闇の魔法と対極であることから、魔族達には昔から警戒されていたこと。
それが魔王によって仲間ごと葬られ、生き残ったのが彼とガロウだけだということ。
《彼は自分の力を隠すために、自ら闇の力を受け入れたんだ。襲った魔王を倒す為に、自分の身を削ってでも仲間の仇を討つ気で今まで来たんだ。彼の欠片から読み取れる情報だけど》
「仇を……。ランセさんは、最初からそれを承知で」
《恐らくは彼の提案だろうね。ただ、そのリスクを理解した上で受け入れたんだ》
姿は保てても、記憶や自身の名前すら思い出せなくなる。
時間が経てば経つほど、サンクの中で残っていくのは怒りと憎しみだ。しかし、その怒りをぶつける相手も分からなくなると今度は感情を失っていく。
感情を失い、記憶を失い、何もかも失ってでも成し遂げることがある。
それだけの決意を胸に彼は今までランセと行動を起こしていた。魔王サスクールを探すのと同時に、サンクとガロウを襲った魔王を倒す為。
《長い時間、探し続けていた時に貴方に会ったんだよ》
「わたし……?」
《麗奈さん。貴方は私達精霊を、同じ人として扱っていた。ずっと立っている彼に、疲れていないかとか何気なく声を掛けていたのも知っているよ。彼の記憶を私は見たからね》
「見える……。ノームさんにそんな力が」
《とはいっても全てではない。所々だけど、彼の記憶の中で印象が強いのが見えたんだ》
その中で、印象深いのをノームは説明してくれた。
精霊は人とは違う体のつくり。魔力を循環させることで、ほぼ永久的に姿を保てる。その力が強いのは今までの戦いを見て来ても同じことであり、同時に人によっては恐怖にもなりえる。
麗奈が精霊と接してきた態度は、霊獣である九尾と清のお陰だ。
彼も霊力を貰う形で姿を保ち、術者を助ける役割がある。しかし、それでも麗奈は彼等を自分達と同じ「人」として接した。
それは――母の言葉があるからだ。
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「麗奈。不思議な力を持った九尾達のこと、嫌わないでね? あの子達も、過去に辛いことがあって私達のことを嫌っていた時もあるの」
「……いまも?」
それは月が綺麗に映る夜のこと。
縁側でぼんやりとしていた母親を見付けた麗奈が話しかけると、彼女はすぐに自分の元へと引き寄せて突然、そんな事を言い出した。
「麗奈は九尾達の事、嫌い?」
「ううん。だいすき!!! きゅうび、フワフワ。きよもフワフワ!! だから……あんまりけんかしないで、ほしいな」
「だってよ、2人共」
『『うっ!!!』』
当時、7歳の麗奈は大好きで仕方ないのに九尾と清はよく喧嘩をする。その事に心を痛めているんだと言えば、由佳里は隠れていた2人をさっさと呼び出した。
気まずそうに来た九尾と清。
清は既に子供の姿に化けており、九尾も同じように化けていた。初めて見る九尾の子供姿に、麗奈は目をキラキラと輝かせている。
『……尻尾、触るか?』
「うん♪」
『麗奈ちゃん。妾のも……触って良いんだぞ?』
少し拗ねた様子の清に、麗奈はキョトンとするも九尾と同じく清の尻尾を撫でまわす。
すっかりご機嫌のいい2人に、由佳里は「叶わないわね」と麗奈の頭を同じく撫でる。大好きな人達がいるのに何故嫌わないといけないのか。
当時の麗奈の疑問はそこにあった。
姿形が違っていても、自分達と似て異なる存在であっても――話せるのなら誰とでも仲良く出来るのではないのか。
「あぁ、だから麗奈はよく動物達に囲まれるのねぇ」
『この間は鳥達が寄って来て大変だったな』
『その前は犬とか猫とか。……麗奈ちゃんは好かれる要素でもあるのか?』
「貴方達と触れ合っているからじゃない」
首を傾げつつ、そんな事をいう由佳里に思わず九尾と清は『えっ』と発する。
霊獣とはいえ1度は死んでいる身。
中には怨霊になったことで身内を殺してしまった九尾の例もある。とはいえ彼等の姿は生前の姿のままだ。
『つまり、俺等の所為で嬢ちゃんに動物達が近寄りやすくなった……ってのか』
「まぁ、ただの気のせいよ。きっと」
『麗奈ちゃんと離れるのは嫌だぞ』
『俺もそんなの無理』
そう言って麗奈にひっつく。
これでは当分、麗奈の周りには動物が来やすくなるなと思ったが口は出さない。後日、父親の誠一に可能性の1つとして言えばすぐに離れろと命令が下る。
『絶対、いやだ!!!』
『妾も!!! い、いくらご主人のお願いでもこればかりは聞けない!!!』
「パパ。2人をいじめないで……。めっ!!!」
「めって……。これは麗奈の事を思って――」
「めっ!!!」
「……」
うなだれる誠一に、バッテンを作る麗奈。その後ろには涙目で、離れる気がないと訴える九尾と清。
裕二は困ったように頬をかき、清の契約者である武彦はのんきにお茶を飲んでいた。そして、ゆきはそんな麗奈達を心配そうにチラチラと見ている。
凄い状況だと思いつつも、由佳里としては良かったのだ。
霊獣であろうと、違うものでも麗奈が素直に受け取り人として見ている。それはきっと何かしらの形で役に立つだろう。
そう思いながら、この光景をのんびりと見守る。もちろん、止めるという選択は彼女の中には存在していない。
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「精霊でも、話し続ければ……きっと応えてくれる。そう思って、私は黒騎士さんに話しかけて……」
《その結果。彼は自分のやるべき事を思い出し、消滅はせずにすんだ。麗奈さんから仮の名前を貰うことで、今日まで生き永らえて来た。やってきたことは無駄にはならない》
そうでなければ、こうして自分達は麗奈には会えなかった。
アルベルトと会ったのが偶然だとしても。その運を回してきたのは紛れもなく麗奈なのだ。
《麗奈さん。だから自分を責めるのはダメだよ。彼は麗奈さんを生かす為に命を張ったんだから》
「うっ……うぅ……」
そう思っても涙は止まらない。
失ってしまった命を知り、きっかけを与えたのは自分なんだと責めた。
ずっと違うと言い続けるノームに、涙を拭い続けるアルベルト。そんな2人の優しさに、麗奈はまた涙が止まらないでいた。




