第183話:駆け付けた力
「いたた……。そんな大勢で殴らなくても。あと、他国の王である貴方まで殴らなくてもいいじゃないですか」
腰に手を当て、頭を押さえているベール。
妹のフィルはツンと顔を背け、セクトは「当たり前だろ」と睨んでいる。そして飛び入り参加のごとく来たのは、ディルバーレル国のドーネルだ。
いつもならきっちりと整えられている髪も、戦いによるものなのか傷が多い。魔法ですぐに治るとはいえ、魔力の節約を考えればしなくていいと言うのが彼の考え。周りでも、何でここにと思っているがドーネルの発した言葉が違っていた。
「許せない言葉を聞いたからね。新しい妹だなんて、義兄として黙らせようかと」
「実力行使の貴方を見て、麗奈さんはなんて思うでしょうかね」
「「……」」
にらみ合いを始めたベールとドーネル。
フィルは頭痛を覚えたようため息を吐き、リーグはエレスに抱き着かれていた。どうにか抜け出したいリーグは、セクトに助けを求めるも「すまん」と言って顔を逸らす。
ショックを受けここぞとばかりに睨んでいるが、セクトは必死で見ないフリをする。
「なるほど、君は私が寝ている間にユリウス君が面倒を見ていた子かぁ。確かリーグ君で良いんだよね?」
「え、なんで知って……」
「エレスさんは記憶を読み取って、情報を整理するのが上手いんだ。ここに来るまでに何人かの記憶を見て来た……で、良いんですよね」
「そうよ、イーナス君。こんな可愛い子が騎士なの? しかもキール君の従兄弟になるんでしょ。あの子、主を持つだけじゃなくて弟も出来るだなんて驚きよ」
「団長!!!」
そこに、魔道隊を引き連れて来たリーナが合流する。
その中にはレーグも来ており、起きているエレスを驚いている。遅れて来たレーグを見て、イーナスは疑問に思いある質問をした。
「レーグ。確か麗奈ちゃんの魔道具を持っていた筈だけど……」
「あ、それは……」
彼はキョロキョロと周りを見て、アリサが居ないのを見て少しほっとしている。
そこで、レーグは自分に渡された魔道具はアリサに渡してきたのだと話す。何故、そのような事をしたのかと疑問に思っていた。
「アリサ様は陛下と同じ闇の魔法を使います。そうでなくても、彼女は魔族に体を乗っ取られたことがあります。利用される可能性もありましたから、麗奈様の作った魔道具なら必ず防いでくれると信じていました」
「そっか……。アリサちゃんを優先して考えてくれたんだね、ありがとう」
可能性はゼロではない。
アリサは闇の魔法を扱う。それがきっかけで、魔族に体を乗っ取られ6年もの間体の成長が止まった。今はフリーゲが面倒を見ながら、体の成長に阻害がないかなども含めて調べている。
今の所、アリサは普通に成長している上に彼女の魔力が成長を邪魔している様子もない。
しかし、人間が闇の魔法を扱うのは本当に稀だ。
1度、魔族に体を乗っ取られた事があるアリサが再び狙われないとも言い切れない。
その不安があったからこそ、レーグは密かにアリサの手首に付けていたのだ。頑張って来たご褒美だと言えば、彼女は疑う様子もなく凄く喜んでいた。
「子供を騙すのは……正直に言って、苦しかったんです。アリサ様が素直なのも、麗奈様と陛下のお陰ですし周りの人達が優しいですから」
「ふふ、皆は何かしら麗奈ちゃん達の影響を受けているしね」
そう話す中、エレスから逃げて来たリーグはイーナスの背に隠れる。
エレスは自分の年齢よりも下の人物には、大体が君付け。女の子にはちゃん付けで呼び、自分の子供のように接している。その癖が抜けていないのか、リーグに構うも彼は顔を真っ赤にして逃げている。
「エレスさん、リーグ君には刺激が強いので追いかけないで下さい」
「そう言えばベールのいった新しく妹になる子って、話しを聞く限りだとユリウス君の好きな子……よね」
「すみません、絶対になりません!!! 私の義妹なんです、無理です」
「ドーネル!!!」
怒鳴り声を上げてドーネルを蹴り飛ばしたのは、ディルバーレル国の宰相であるギルティス。イーナスがすぐに止めに入り抑え込んだ。
「ギルティス宰相、ムカつくのは分かりますがいきなり蹴るのはダメです」
「イーナスも十分に酷いんだけどっ」
「お前っ、勝手に動いていると思ったらこっちに来ているだと!!! そういうのは、下にキッチリと伝えて行け。戻るぞ」
「ヤダよ!! 今、義妹の麗奈ちゃんが知らない奴の手に渡るんだよ? 止めるのは当たり前でしょ」
「バカをやっていないで戻れ!!!」
ドーネルとベールに対し、雷を放ったイーナス。
魔道隊は顔を真っ青にし、2人を慌てて治療し他の面々は呆れ顔。唯一、エレスはリーグを抱えて「皆、元気ねぇ~」と変わらない騒がしさに笑みをこぼしていた。
「兄がすみませんでした。あとで焼くなり煮るなり、干すなりして下さい」
「家族なのに厳しい処理を頼みますね……」
「リーナさんっ」
「すみませんエレスさん。団長はこっちで預かりますから」
「リーナ君。可愛い団長さんをサポートしているなんて、成長してるのね」
(あぁ、ダメだ。離す気配すらない……)
その後もどうにかリーグを救出しようとするも、エレスは拒否を続ける。
リーグの手を握ることで許して貰えたようで、リーナは納得していない。どうにか逃げようと試みるが、可愛いものが好きなエレスから逃げられずにぐったりしている。
「イーナス宰相!!!」
そこに駆け寄って来たのは、動けなくなっていた騎士団の面々。
彼等だけでなく、魔道隊も集まりお互いに顔を見合わせ一斉に伝えたのだ。
防衛は自分達に任せて欲しい。その間に、空に浮かんでいる城へと突入して欲しいというものだった。
「お願いします。ユリウス陛下の苦しそうな顔を見ているのが辛いんです」
「何で血の繋がった家族で争うんですか。それに、好きな人まで……麗奈様を手にかけるかも知れないなんて……そんなの悲しすぎます!!!」
「君達……」
「お願いします、宰相。ユリウス陛下にそんな事をさせないで下さい。無茶なお願いだっていうのは、自分達だって分かってます」
彼等は言った。
麗奈達が来た事で、この国はもっと明るくなった。以前よりもユリウスの雰囲気は柔らかくなったは、間違いなく彼女達が来てからであること。
密かに応援してきたのに、その2人が争わないといけない。そんな事態にはさせないで欲しいのだと、強く強く訴えた。
「ユリウス陛下が何をしたっていうんです。王も王妃も早くから亡くなって、身内は兄のヘルス様しかいない。なのに……次に会ったら魔王だなんて、そんな残酷な事ってありますか」
ユリウスが人並みの幸せを願う事がそんなに許されないのか。
世界の為とはいえ、自分が好きになった人も倒さなくてはいけない事態。誰もがそんな事を望んでいないのに、なぜ彼はやると言ったのか。
無理をしているのが分かるのに。
辛そうにしているのが分かるのに、止めるに止められなかった。
誰1人として、彼の気持ちを本当の意味では分からない。
だって、彼はいつだって誰かの為にと動いて来た。自分の事は後回しに、暮らす者達の為にと必死で動いて来た。
「だから、せめて……帰ってくるこの場所を守らせて下さい。全員で必ず。麗奈様もゆき様も一緒にです!!!」
「それは」
「ダメだって言葉は聞きたくないです!!!」
必死でお願いをする騎士団と魔道隊。
これだけ感情を爆発しているのも珍しい上、否定を許されない空気感。
当然、先に根をあげたのはイーナスだ。
「保証は難しいけど……。ど、どうにかしてみる」
「お待たせしました!!!」
《遅れてすまない。そちらの状況はどんな感じなんだ》
そこにタイミングよく入って来たのは、フェンリルの背に乗った咲とナタール。
ほぼ同時に、ズシン、ズシンと巨大な足音のようなものが聞こえ一気に緊張感が高まる。
「皆さーーん!!!」
「おぉ、ここがラーグルング国か。同族が世話になったな、お礼をしにこちらに来たぞ」
「それで、あの浮かんでいる城にアルベルト達も居るんだな。あぁ、そうだ。誰でも良いから聞きたいんだが、レイナというお嬢さんはどんな特徴だ。容姿も分からないと助けるに助けられないんだが……」
「な、なななな」
「きょ、巨人? いや、待て、今アルベルトって名前が……」
口を開け固まる面々に気にした様子もなく、巨人の2人はすぐに人間サイズへと変化。その間、ワクナリがここに来るまでの経緯と協力してくれるドワーフについて話している。
《……ドワーフ達まで来たのか。全く、彼女は本当に好かれやすいな》
「そのレベル超えてるの分かってます、大精霊様!?」
「麗奈ちゃんならなんでもありです!!!」
「咲。それは心の中で言って下さい」
慌てるレーグ達を見て、エレスは嬉しそうにしていた。
人間嫌いとまで言われたドワーフが協力し、他国の大精霊まで参加してきた。普通ではあり得ない事が起きている。
夫であるフィナントと話していたことがあった。
ラーグルング国のように、エルフを受け入れる国だけでなく様々な種族が交流を持てるような国があれがいいと。
(……フィナント。そんな夢みたいな事、出来ちゃうかも知れないよ)
夢だと分かりながらも語らずにはいられない。
色んな種族から注目を浴びている麗奈が、由佳里の娘だと知った時――エレスは「やっぱり」とつい零していた。




