第182話:再会の親子
大きな魔力の消失は、防衛をしていたラーグルング国の面々にも伝わった。
魔王の魔力だと分かったのは、ランセが居た事が大きい。
イーナスはもちろんのこと、ディルバーレル国でその魔力の一端を感じ取ったセクトとベール。
だからすぐに分かった。この魔王の力はランセでない、別の魔王のものだと。
「サスクール……って、訳でもないだろ」
可能性として低いが思わずそう言いたくなった。
微妙な表情をしつつ、息を吐いたリーグへと視線を向ける。
「僕は分からないよ……。サスクールって言う魔王の力、全然知らないのに」
「だよなぁ」
「僕より、セクト団長の方が知ってるんじゃないの?」
「……そう言われると、違う……と思う」
何とも曖昧な回答にリーグはむすっとなる。
それでますますセクトは「うっ」と責められていると感じ取る。そこに回し蹴りを喰らい、転がっていく。
誰だと怒れば、そこには呆れ顔のベールが居た。
「すみません。セクトがいつも以上に間抜けた顔をしていたので」
「え、セクト団長ってアホなの?」
「地味に傷付く言い方するな!!!」
魔力も既にギリギリな所に、つい不満を口にするセクト。ベールは笑顔でその不満を無視し、リーグはよく分からないといった表情で2人を見ていた。
3人で空を見上げれば、見慣れた夜空が広がる。
自分達がよくみるものが、あるからだろうか。実感がわかない。ついさっきまで、空は紅く染め上がる様に不気味に広がっていた。
それがガラスが砕ける様な音と共に綺麗になくなった。
誰がやったのかとかこの時のベール達には分からなかったが、何となくの予想はついていた。
「……多分、これやったのってハルヒって奴だよな」
「でしょうね。彼、実行した奴は意地でも殺すといった感じでしたし……。お陰で、体も元の軽さですしちゃんと自分の魔力も把握できます。戻って来たら褒めないといけませんね」
「なんか嫌がる顔が浮かぶ」
「同意。アイツ、お前の事を嫌ってたしな」
「嫌われるようなことは……しましたね」
思い当たる節があるベールははっきりといった。
セクトが「あるのかよ」と呆れ、リーグは納得した表情になる。軽い談笑をしていた時だった。
ベールは驚いたように目を見開き、後ろを見た。彼等の後ろには、森林が広がり魔物と魔族との戦闘で荒れている。
彼は一点の方向を見つめる。
感じ取れる魔力はイーナスと妹のフィルのもの。彼等以外に幾つかの魔力が散り散りに動いているのが分かり、すぐに魔道隊と騎士団のものだと分かる。
「……どうやら、倒れて気を失っていた人達が回復してきますね。ですが、思った以上に早い」
「お、そうなのか。って、おい!!」
移動を開始したベールは焦っているのか、2人に何も言わないまま。そんな彼の様子に、当然リーグとセクトは驚き慌てて追いかける。
(まさか……。いや、でも……!!!)
頭ではずっとあり得ないと繰り返している。
でも、自分が感じ取れる魔力と懐かしい感じに「もしも」と思ってしまう。この違和感を確かめるのにはと考えるまでもなく、ベールは風を使い最短で向かった。
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「空が……紅く、ない」
「どうやら彼が上手くやったみたい。倍返しだなんだの言ってたけど、本気でやるなんて」
一方でイーナスもフィルも、元に戻って広がる夜空を見て確信していた。
鮮血の月。
魔族、魔物の力を底上げし人間には生命力を少しずつ奪うもの。この中でも動けるのが、エルフとドワーフと言った種族になるがイーナス達が動けるのは麗奈から貰った魔道具のお陰だ。
キールが効果を調べた結果、闇の魔法を打ち消す力を持っている事。持つ者の魔力の底上げと、一時的にではあるが虹の魔法も使える。
魔道具が力を発する時は必ず虹の光が起きる。
その光が、イーナス達を守り動けない環境でも動けるようになった。イーナスは再度、その魔道具を見る。
(これがなければ……今頃は、ベールとフィルだけで防衛しないといけなかったって事か)
ゾッとする考えだ。
現状、エルフである2人はこの環境の中でも動ける。押し寄せる魔物と魔族を相手に、たった2人で防衛するのは到底かなわない。
精霊達が動けても、全てを守れるとは限らない。
そのタイミングで、大精霊ブルームの眷族であるドラゴンが加勢しに来た事は幸運といっていいだろう。
(麗奈ちゃんが否定しても……この事実は覆せない。そろそろ分かって欲しいんだけど)
キールから魔道具の製作に、どれだけの時間を有するのかも聞いている。
数年単位は見ていいものを、1日でたった1人で作ったのだ。これには、ドーネルも予想外だろう。
「何か手伝える事はないかなって聞いて来たら、じゃあそこにある魔石を好きにして良いよとは言ったけど……。え、ごめん、もしかして俺の所為?」
麗奈が魔道具を作った経緯を聞いている内、ドーネルは顔が真っ青になった。
彼を睨み付けている宰相のギルティスの迫力もあるのだろうが、自分が許可を出した事の重さにはっとなったようだ。
「待ったイーナス。怒るなよ? 怒るなよ!? 麗奈ちゃんが何でも良いから手伝いたいんですって、健気な事を言うんだよ!! 可愛い義妹のお願いはちゃんと聞かないといけないだろう、義兄として!!!」
「……」
「あ、いやごめん。勝手に後ろ盾になった事に怒ってるんだよね。その報告は遅くなったけど、全部あの子の為であって……。ギルティスだってノリノリで――」
「そんな記憶はないですね」
「裏切者っ!!!」
通信用の水晶でやり取りをすれば、イーナスは遠い目をした。この様子を見ていたキールは爆笑された。
その後も、麗奈には怒らずに自分を怒れと言い出すドーネルに他国の王を怒れるかと言って通信を切った。未だに笑い続けているキールに、仕方ないとばかりに椅子に寄りかかる。
「ま、止めても精霊の力で異空間に飛んでいたのなら追えないし……。元から諦めるしかないか」
「主ちゃんからプレゼント貰って、卒倒者が多いのに今頃返せとか言ったら猛抗議だね♪ もちろん、私は反対するけど。多分、ランセだって嫌がるだろうし」
「そんな地獄絵図になる位なら、麗奈ちゃんの好意を素直に受け取った方がマシじゃんか」
「ふふ、その通り。自分から怪我は増やしたくないでしょ?」
そこで怪我が前提なのかと、キールを睨むも本人は気にしていない。
麗奈から貰った魔道具を嬉しそうに見ている。この上機嫌のキールをさばくのも難しいのに、そこに卒倒したと聞いたベールが加われば大変な目に合うのは目に見えている。
リーグは泣いて喜んでいたと聞くし、ユリウスなんかは大事そうにしているのが傍からでも分かる。多方面からワザワザ恨みを買う理由もないので、イーナスは諦めた。
そう思いながらも、自分も貰った魔道具を見てはつい微笑んでしまう。
こうして誰かに贈り物をされるのは、懐かしい上に嬉しいものだと分かる。
なにより自分の事を、警戒されていた相手からだと分かれば余計だ。
「保護者は大変だね」
「……そう思うなら、キールも手伝ってよ」
「やだよ。私は主ちゃんの事を構い倒すのに忙しいんだ」
「嫌がられて逃げるぞ」
「追い詰めるから平気!!」
「自信を持って言うな……。ラウルもキレて追い掛け回すぞ」
「その前に捕獲します」
キールに縄を投げ付けるも、すぐに空間を用いて逃げ切られる。
舌打ちをしたラウルは、見当がついているのかすぐに移動を開始した。その後、麗奈の悲鳴が聞こえ電光石火の如く駆け付けたラウル。
キールとラウルの2人を抑えるのに大変だったとユリウスから聞き、自分の采配は間違っていないのだと再確認した。
(ラウルに任せて良かった。途中でベールも加わったとか聞いた時には、どうしようかと思ったけど)
そこは妹のフィルが連れ帰ったそうだ。
ユリウスから詳細を聞いてみると、兄を殴ってそのまま引きずって行った。そう聞いた時、乾いた笑いをした記憶がよみがえる。
ベールは麗奈の事を妹にしようとしている動きが、活発化していくのが目に見えて分かり父親のフィナントも止めに入る始末。その止め方も、かなり過激になっているのだと聞きその部分は敢えて聞かなかったフリをした。
「あっ、やっぱりいた。イーナス君、フィル。元気にしてた?」
自分達を呼んだその声に、イーナスは意識を現実へと戻す。
隣に立っていたフィルからは涙がポタポタと流れている事からも、彼女からしても予想外な事だというのが分かる。
「……お、おかあ……さま。ッ、お母様!!!」
「あ、ちょっ――」
止めるイーナスも聞かず、走り出しそのまま抱き着いたフィルに押される。エレスがが支えようとするも、勢い余り倒れかけ――なかった。
「あれ」
「びっくりさせないで下さい。せっかくの再会で、母親が倒れる所なんて見たくないですから」
困ったように声を掛けられれば、ベールが嬉しそうにしているのが見える。
母親であるエレスは何も言わず、そっと2人を抱きしめあやす様に頭を撫でた。
「ごめんなさい。随分と遅くなって」
「っ……良かった、目を……覚まさないんだって、ずっと不安で……」
「普段は泣かないのに、こんなに感情が爆発しているんです。……私だって、起きてくれないじゃないかって……不安なんですから」
ベールの後を追って来たセクトとリーグは、こっそりとイーナスの所へと集まっていた。
リーグが知り合いなのかと聞けば、母親だという説明を受け思わず2度見した。キールの母親も若く見えたが、エレスも同じ位に若い。
「あ、そうだ。新しい妹のことを――」
しかし、ベールのこの発言に即座に反応したのが3人いた。
妹のフィル、セクト。そしてディルバーレル国の王であるドーネルによって、ボコボコに殴られるのであった。




