幕間:精霊同士の共感、遅れて来たエルフ
大精霊サンクの死は、集結していた精霊達も含めドラゴン達にも伝わる。そして、大精霊の死という感覚はラーグルング国に向かっていたフェンリルにも伝わる結果になった。
《っ……!!!》
「フェンリル?」
「何かありましたか、フェンリル様」
ピタリと急ブレーキを掛けるように、歩みを止めたフェンリルは空を見た。
その背に乗っていた異世界人の咲と護衛を頼まれたナタール。
セレーネが増援として咲を送るにあたり、彼女とフェンリルだけ行かせる気はなかった。とは言え、まだ被害が大きいダリューセクの守りもする必要がある。そこで指名が入ったのがナタールだ。
咲がこの世界に来てからの4年もの間、陰ながら支えてきた1人。彼女の方も、何かと頼りにしているので組ませるのには良いと考えた結果だ。
彼もラーグルング国に向かう事を承知で咲の護衛をすることに、反対する意見を持たずに従った。4年の間で、咲が扱える魔法の数々とコントロールの凄さは知っている。加えて同じ異世界人である麗奈から、フェンリルとの交流の仕方を教わったからか前よりも、絆が強固になっているのを知っている。
《……精霊が、仲間が死んだんだ》
「えっ」
「……それは」
フェンリルから衝撃の言葉に咲は驚き、ナタールはかける言葉を失う。
一瞬だけ歩みを止めたフェンリルだったが、すぐに再開し走り出した。
その道中、彼は精霊の死について語りだしていく。
《特に力の強い大精霊の死は……同じ大精霊である俺達に強く伝わる。それだけ大きな力を持っているし、その影響も大きい》
大精霊と位置付けられる自分達は、領域と言う独自の魔法を編み出し他の精霊達を守りつつ土地を守る役目を担っている。
人の業に晒された妖精、魔族や魔物達から身を守る魔法でもある領域。
他の精霊達は、力が強くともその領域を扱う事が出来ない。それだけ大きな魔力を有し、それを持続できるかが精霊と大精霊との違い。
だからこそ、大精霊の死が1つあるだけで管理していた土地は荒れ狂う。
その秩序を守るのも、また大精霊としての役目。
《感じ取れたのは光の大精霊。……闇の大精霊と暮らしてきたが、魔王の襲撃で仲間の殆どは殺された。その生き残りが……居たんだろ》
「仲が良かったんですね」
《属性としては対極で、何かと誤解を招きやすいがな。大精霊達の方は仲が良いし、仲間意識が強固だ。だから……その2つの大精霊が魔王にやられたのだと感じ取った時、激しい怒りを抱いたさ》
静かな怒気を感じ取り、思わず息を飲んだ咲とナタール。
その証拠に、彼が走り去った後には氷柱がいくつも作り出されてはすぐに砕け散っていく。
《だが、同時に大きな闇の力も消え去った。……魔王クラスと思っていい》
「それじゃあ――」
《残念だが標的としているサスクールのものではないな》
麗奈を取り戻せたんだと思った咲だったが、すぐに違うと言われる。
シュンと落ち込む彼女に、ナタールはあやす様に頭を撫でる。
「逆に言えば、その精霊のお陰で脅威が1つ減ったと言えます。……大精霊の死が途方もない影響を生むのは分かりました。フェンリル様。ラーグルング国にはあとどれくらいで着きますか?」
《彼の言う通り、次を考えないといけないな。あの国にはもうすぐ辿り着く。……咲。今回の戦いに、これだけの精霊達が参加することは実に稀だ。それだけ、周りの人達だけでなく俺達も麗奈を助けたいということだ》
「……うん、うんっ。絶対に助けよう。麗奈ちゃんからいろんな話を聞きたいの。フェンリルだけでなく、他の精霊達とも仲良くなれる秘訣を教わりたいしね!!!」
咲は目の前が涙で見えない。
それ位に、彼女にとっては精霊の死はショックを受けた事なのだ。同時に、もしフェンリルも消えてしまうのではという不安に駆られる。
《まぁ、あれだけ好かれるのは本当に稀ではあるが……》
「フェンリル? 何か言ったの?」
《いや。なんでもない》
話題を変えつつ、フェンリルは走るスピードを速めていく。
自分がラーグルング国に辿り着くのが早ければ、その分の戦力を他に回せる。
ダリューセクを助けたドラゴン達からある程度の状況は聞いていた。
ラーグルング国の上空には、敵の本拠地である城が出現し既にユリウス達は突入している。
《鮮血の月の効果もなくなった。倒れていた者達も次第に、意識を取り戻す筈だ。ここから巻き返すぞ!!》
そう言いながら、ラーグルング国へとテレポートをする準備に入る。
元に戻っていく夜空。
世界に満ち足りた魔力も、次第に取り戻しつつある。
まだ人間を見捨てていない。
その証拠に、フェンリルの動向を見ていたデューオは安心していた。
「さて。魔王が1人倒されたこの結果……。影響は他にもあるよ」
======
「見ない子ね。誰が両親なのかしら」
「え、だ、誰!?」
一方でアリサはビクリと肩を震わした。
キールからフリーゲを頼むように言われ、気を失っていた彼の傍を離れずにいた。そんな時、自分以外にも起きている事に驚き振り返る。
「……きれいな、人……」
「あら? ふふ、素直な子は好きよ」
立っていたのは女性だ。
ただ、アリサは同じ女性だとしても別の次元の美しさ。
金髪に尖った耳。深緑の瞳を持ち白いローブに身を包んでいた。女性からは、体を包むように緑色の魔力が纏って見える。
微笑みながら近付くその女性に、アリサはしばらく呆けていた。
「ごめんね。私、しばらく寝ていたから状況が全然分からないの」
「ねて……いた?」
「う、うぅ……」
その時、気を失っていたフリーゲが目を覚ます。
ぼやける視界をどうにか振り絞り、辺りを見渡す。自分の手をずっと握っていたアリサにお礼を言いつつ、彼女に近くに立っている女性を見て一気に覚醒をした。
「んなっ!? な、なんで、貴方が……!!! 呪いで動けない筈じゃ」
「あわてんぼうなのね、フリーゲ君。大人っぽくなったと思ったのに、意外に成長していないのかしら。……あれ、どれくらい寝ていたのかな」
「約8年ですよ!!! あの戦いで、フィナントさんを庇って魔王の呪いを身に受けてたんでしょうが!?」
「わぁ、そんなに怒ると体に悪いですよ~」
くっ、こういう人だった!!! と、ショックを受けるフリーゲにアリサはますます困惑する。
この女性は誰なのか?
初めて会ったのに、妙に雰囲気が被る人は……?
「もしかして……フィルお姉さんの、知り合い?」
「ん? フィルがどうしたの?」
膝を折りニコニコと笑顔を向けられると、被るのはベールの姿。
もしかして、2人とは知り合いなのかと思っていると頭に手を置かれる。
「ごめんね、ちょっとだけ記憶を見るわね」
「……?」
「ほっといていい。悪い事はしないから、絶対に」
「うんっ」
アリサと話すフリーゲを見ていた女性は、和んだように笑みを深くした。
その女性から小さな光が作りだされたかと思ったのは一瞬。光に眩しくて目を閉じている内に、女性は「へぇ」と嬉しそうに納得している。
「寝ている間に、ユリウス君は好きな子が出来てて……アリサちゃんのお父さんになってて。それにキール君も随分と変わったわね。まさか魔法師として主を持つ様になったなんて」
成長を嬉しく思うと同時に寂しい気持ちと感じる。
1人で納得する彼女は、魔法で杖を生成し「さて」と切り替える。
「寝ていた分、頑張って援護するわね。アリサちゃんのお母さんが、ユリウス君の好きな子かぁ……。ベールも変わったみたいだし、この国にいい影響が与えられてるのね」
服の裾を引っ張るアリサは、小声でフリーゲに聞いた。
あの女性は何者なのか。どうして、フィルとベールの雰囲気と被るのかと聞く。
「あぁ……。雰囲気が被るのは仕方ないんだよなぁ。あの2人の母親だし」
「フリーゲ君、仕方ないってどういうつもり? そんな事を言う子に育てた記憶はないわよ!!!」
「俺も育てて貰った記憶はないので、気にしなくていいです」
「うっ、冷たい子になった。そんなに寝てた事に怒ってるの訳? 好きで寝てないのに!!!」
酷い子になったと騒ぎ立てる彼女の名は、エレス・ラグレス。
フィルとベールの母親にして、フィナントの妻。
朝霧 由佳里も加わった魔王サスクールの襲撃の時、彼女はバルディルの呪いを身に受けたままずっと昏睡状態のままだった。
呪いを施したバルディルを倒すことで、フィナントは自分の妻を取り戻そうと動いて来た。
エレスは8年もの動かないでいた事にショックを受けつつも、自分達の子供の魔力を感知しながら向かう。
「遅れて来た分、キッチリ回復してきたから安心してね」
既にレーグを始めとした魔道隊の人達の回復と騎士団に所属している者達の回復をすませてきた後。
エレスが最も得意とする回復の魔法により、ラーグルング国の防衛は整えつつあった。




