第181話:輝く命
貫かれた刃は黒く染め上げられていた。
だが、バルディルを刺したその瞬間に変化が起きた。
黒い刃が白い刃へと変化していく。流れ込んでくる力に目を見開いたバルディルは、それが自身にとって毒になる事を知っていた。
「ぐ、お……あああああっ!!!」
「逃がすか、よっ」
「その通りだよ」
ティーラは目を見張った。
バルディルの前に現れたのが、よく知る人物であること。
エメラルドグリーンの髪の色を持つ、ランセと同じ魔王であるサスティス。
彼は片目だけを閉じ、朱色の瞳でバルディルを見つめていた。
「精霊達を随分と喰らってきたようだね。彼等も殺したいってさ」
そう言った途端、サスティスの周りに青白い光がいくつも現れバルディルを囲んでいく。
その光が揺らめく炎となり、彼の体を焼き尽くす。
「死者の恨みはね。死んでも恨み続けると凄く怖いんだよ。……こんな風に、ね」
「何故っ……。何故、お前がここにっ……!!!」
余計な事を話す前にと即座に口を切り裂かれる。
その痛みよりも、バルディルが苦痛に思えたのは自身を包む炎。
「何が……どうなって……」
フィナントから見れば、刃を貫かれたバルディルが勝手に発火したように映るだろう。
だが、ティーラから見れば実行に移したのがサスティスであり死神の手によるものだと分かる。
「こん、な……。こんなはずじゃっ……!!!」
切り裂かれた口も、再生により元に戻っている。だが、それよりも焼かれた所からボロボロと崩れていく体。
自分の死期を悟る。
最後の悪あがきをしようと呪いを放つ。その時、唐突に頭を掴まされた。そこには冷たい眼差しを向けるサスティスがいた。
「おっと、あの子の友達を殺そうとするのはいけないな。……そのまま死んでいけ」
「サス、ティスっ!!! おまえ、が……」
邪魔をしなければ。
最後まで紡がれる事のない言葉は、炎により全てを焼き払った。
呆然としながらも、腰を抜かしたように座ったティーラにサスティスは笑顔を向けた。
「ははっ。暴れる印象が強い君が、そうやって間抜けな顔をしているのは面白いな。……君達もそう思うだろ?」
青白い光がティーラの周りに集まると、形と成して現れる。
それは今まで彼に付いて来た部下達の姿がそこにはあった。
首筋を切られた者、体中に穴が開いた者などその時にやられたであろう傷のままティーラの前に姿を現した。
「しっかりしてくだせぇ。ブルトの奴が見たら、ショックを受けますよ」
「はは、違いない。アンタはいつも豪快なんだから」
「でもまぁ、時間稼ぎにもならなかったし。このまま死ぬんだと思ったら、思わぬ形で参加しましたよっ!!」
サスティスの方から提案され、彼等は冥界へと行くその前にとバルディルに恨みを晴らそうとした。
動きを封じるでもなんでもいい。
ティーラの為に自分達が出来る事をと相談した結果、こういった介入をすることにした。
それから、ティーラに向けて何も出来ない自分達で悪かったとそれぞれが口にする。
「ばか、やろう……。だからって、お前等……」
既に前が見えない程にティーラはグシャグシャに泣いていた。
なによりも間に合わなかった自分を恥じたのに、死んでいった仲間達は気にした様子もない。だからこそ、本当は死んでいないのではと思ってしまう。
「あ、泣いてます? そっか……。泣いて、ますよね」
「バカッ。そんなんじゃ、隊長とお別れ出来ないだろうが……」
文句を言いつつも、ティーラも彼等も泣いていた。
いつも心配し、なんだかんだと面倒見がいい。そんな兄貴分と一緒に居られて良かったのだと、感謝しても足りないくらいにお礼を言った。
「ブルトの事、頼みますよ? アイツ、あの子に惚れてるみたいだし」
「でも撃沈してるって聞いたけど」
「マジ!? うわっ、からかえないのかよ。うわー辛いなぁ」
今度はブルトをからかえないことに嘆きつつ、自分達の体が段々と薄れていく事実にはっとなる。
冥界へと導かれる時間なのを感じヒシヒシと感じた。
「すいません、隊長。もう時間みたい」
「今までありがとうございました!!!」
「隊長はどうか……俺達の分まで生き延びて下さい。あとブルトの管理もちゃんとしといてくださいね」
咄嗟に手を伸ばすも、姿が消えかかっていた彼等はもう存在していない。
空虚を掴む様な空しさが広がり、彼等が死んでいた事実を改めて実感させられる。
「君も時間がないよ」
《わかっ、てる……》
サスティスに促され、サンクはボロボロに崩れていく体を引きずる。
フィナントが魔力を送ろうとするのを拒絶し、自分ではなくティーラを治療しろという。
《俺は、もう……無理だ》
「その体でどこに行く気だ!!!」
振り返ったサンクは静かに告げた。
自分の命の使い所は、最初から決めているのだと。
そう言って彼が消えた途端、彼等は一気に転送されていた。
既に集まっていたアウラ達はそれに驚きながらも、ブルトはボロボロなティーラへと駆け寄る。
「ティーラさん!!!」
「お前……」
「良かった。心配してたんスよ!! そうだ、このまま部下達と合流しましょうよ。そうすれば、もっと守りは固くなるし」
ブルトは自分が生き残ったのを知らない。
既にティーラの部下達はバルディルによって始末されているのだと。
無邪気に言うブルトに、ティーラは何も言わず乱暴に抱きしめた。暴れるブルトだったが、その途中で自分を呼ぶ声が聞こえた。
それは、いつも自分をからかう部下達の声。
戦い方を教え、時には雑用を押し付けてきたこともあった。
(ま、さか……)
そこで気付いてしまった。
今聞いたのは、紛れもなく彼等の声であること。そして、何も言わないティーラの姿に彼等は死んでしまったという事実を突き付けられた。
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《麗、奈……》
「お前は」
一方、ボロボロの状態で移動をしてきたサンクは麗奈の元へと辿り着いてた。
サスティスがザジの所に飛んでいけるように、彼に印をつけたお陰で迷うことなく来れた。
現れた乱入者にノームはすぐに息を飲んだ。
《そんな状態で何をっ!!! 今、魔力を送る。そうでないと、君の姿は――》
《いい。最初から、先がない……身。使い道、は……決めて、ある》
姿を保てないと思っていたが、既に崩壊が始まっていた。
歩く度に鎧は剥がれ落ちる。体もなくただポッカリと穴が開いている。
今から魔力を送ろうとも、間に合わないのは誰の目にも明らか。せめてもとアルベルトが足を止めるように言うも、彼の頭を優しく撫でるだけ歩みは止めない。
《感謝、している……。名前をくれた、ことに》
叶うならたくさんの時間を過ごしたかった。
だが、自分は元から死ぬ気でいた。バルディルを見付け、全てを犠牲にしてでも仲間を仇を討つ。
その行動は今でも間違っていないといえる。
そんな時、麗奈に黒騎士という本来とは違う名前を与えられた。彼女はこの時、自分が召喚士である事に気付いていない。
もっと先になって精霊との契約が出来る事実を知る。
サンクは話している内に麗奈の素質に気付いていた。温かい力が自分にも流れ込んでくる事から、精霊との契約も果たせるのだと。
そう思った時に後悔してしまった。
そうだと知らなければ、もっと同じ時間を過ごしたいとは思わなかっただろう。
死ぬ気でいたのにそれが、その気持ちが揺らいでしまう。だから胸にしまい込み、そんな思いは表にも出さないでいた。
《最後に、この命……蝕む力を消す、為にっ》
《よせ!!!》
ノームが止めるのも聞かず、サンクは魔力を送り込む。
光でありながらも、闇の力を持つことになった。そのお陰か、呪いが消されていくスピードが速くなる。
麗奈の首筋にまで伸びていた黒い蛇が、黒い力が次々と消えていく。
『呪いが……どんどん消えていくぞ!!』
急激に弱まる力に、九尾は思わず喜んだ。
これ以上は危険だと判断したノームは、サンクの体を退かそうとする。しかし、意地でも動かないサンクの体には次々と亀裂が入っていく。
《頼む、麗奈……。負けないで、くれ》
その時、ふっと意識が浮上したのか瞼を開けていく。
頭がぼうっとしたまま、自分に力を送る精霊がいるのが認識していく。
「黒、騎士……さん?」
黒い鎧を身に纏っていたサンクは、今は白い鎧へと変化していた。
だが、どんなに姿を変えようとも一目見て誰かなのか分かる。
麗奈のその反応を見て、サンクは――微笑んだ。
《いき、ろ……》
手をノロノロと伸ばす麗奈。
その手を取ろうとサンクも手を伸ばす。
あと少しで握られるその手は――繋がれることなく、サンクは砕け散った。
彼は自分の命を犠牲にし、麗奈の呪いを完全に消し去ることに成功した。
まだその事実が分からない筈の麗奈には、一筋の涙が流れていた。




