第178話:彼等の因縁。ランセとの出会いと契約
対極の属性で有名な光と闇。
お互いの魔法から反発し合う事からも、精霊達の仲も悪いのだろうと思われていた。
だが、実際には――。
《ガウゥ……》
《十分に昼寝はしただろ? まだ寝る気か》
《ガウ♪》
返事とばかりに耳と尻尾を楽し気に振る。
声を掛けた相手はやれやれと言いながらも、隣にそのまま座った。
《本当に……お前は昼寝が好きだな、ガロウ》
《ウワン!!》
《そこで元気よく返事をされても……な》
黒い毛並みを持った狼である闇の精霊、ガロウ。
白い鎧に身を包んだ光の精霊、サンク。
お互いに持っている属性は違うが、昔から仲の良い上によく一緒にいた。そんな彼等に周りに呆れられるのも当たり前で、気付いたら普通に居る。
《こう平和だと、ガロウがよく寝たいのも分かる。だがずっと寝ているのもダメだろ》
そう言いながら、空中に広げるのは白い剣。
ざっと10本は作り出したそれらは、寝ているガロウへと狙いを定めている。
《運動がてら、相手をして貰うぞ》
《……ウゥ》
凄く面倒くさそうに返事をし、ノロノロと起き上がる。
いつもならお互いに戦い、傷だらけになる。だが光の精霊であるサンクは、治癒も得意だ。どちらかが怪我をしても治せるし、闇の魔法を熟知していたサンクは反発もなく普通に治療が出来た。
ガロウも自身の影を使ったり、同じように空中に黒い剣を作り出しては大暴れをする準備をする。
今日と同じ事をして、変わらぬ日常が彼等を迎える。
この時は、そうだと思っていた。
《っ、なんだ……!!》
最初に異変に気付いたのは光の精霊サンク。
ドン、という衝撃が空から聞こえる。何事かと上を見上げれば、大きな闇の力が雲が覆う。
まるで雨雲のようなそれは、強い光を発し地上へと放たれた。衝撃は凄まじく、森がなくなりむき出しにされた大地が広がる。
《この闇……。精霊のじゃないっ!!》
ガロウは空を睨んでは唸る。
精霊の扱う闇と魔族達が扱う闇は微妙に違う。
魔力の純度が高いのはどうしたって精霊であり、魔族が扱う闇はもっと濁ったようなドス黒さを持っている。
人間が嫌悪感を抱くのは、魔族の闇であり精霊のではない。
しかし、闇ということでどうしても同じに捉えられてしまう。サンクが感じ取った敵意ある闇は、魔族のものだとすぐに看破できる。
《戻るぞ。生き残りが居れば、避難させる。良いか、敵が分からない内は勝手に動くんじゃないぞ》
あまりにも巨大な力に、サンクは嫌な予感が拭えない。
地を駆けるガロウに対し、サンクは魔力で生成した羽で空から状況を把握しようと近付く。
既に数キロにも渡って、森が燃え上がり焦土となっている。自分で言っておいて後悔する。この状況では、生き残りなんて望めないのだと。
《あれは……》
黒煙が上がっている地点に降りれば、黒い影が何かをしているのが見えた。
時折、何かが折られるような音が聞こえ同時に気持ち悪さがサンクを包んだ。
そこで彼は見た。
自分と同じく白い鎧に包まれた同胞が、蹂躙されているのを。
《お、まえっ……!!!》
喰われている。
はっきりと見てとれたそれに、サンクは怒り剣を持ち特攻する。
あと数センチの所で届く刃は、見えない壁に阻まれ弾き返される。態勢を立て直し、違う角度から攻めるも結果は変わらない。
その間、喰われている場面を見ながら彼は叫んだ。その行為を何度も止めるように。
何度も。何度も……。
《やめろーーー!!!》
バキン、と折れる音は阻んだ壁だ。そうだと思ったが、実際には自分の扱う剣が折られる音だと気付き反応が遅れた。
《がはっ……》
強い力に突き飛ばされ、吹き飛んでいく。
壁になる木々は既に壊され、衝撃を和らげる様なものはない。叩きつけられたのが、遠くの山々でありながら止まる事を知らない。
やっと止まったと思うのと気が失われるのは同時だった。
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《……う、うぅ》
「目、覚めたんだね。良かった」
《!!!》
聞こえた声はガロウのものでない。
そう認識した瞬間、サンクは剣を生成し相手の喉元に突き刺す。だが、その剣も上手くいかずに形が整われる前に崩れ去る。
魔力が上手く循環できていない。
それが分かると彼は攻撃を止め、棒立ちになる。
「この子の知り合いかな。酷い怪我を負わされていて、まだ目が覚めていないんだけど」
《ガロウ!!!》
そこにはピクリとも動かないガロウがいた。
助けて貰った人物がいうには、体中に穴が開いていて酷い状況だったのだという。それをここまでに直せたのは、扱っている属性が同じであったからだ。
「私も使う魔法は闇なんだ。治療はあんまり得意ではないが、上手くいって良かったよ。見付けるのが遅ければ、彼はそのまま死んでいたかもしれないし」
《……感謝、する。命の恩人に、刃を向けて……申し訳、ない》
深々と頭を下げるも、相手は楽にして良いと言うだけだ。
見上げた空は既に夜で、星空が綺麗に見えた。
何が起きて、どうなっているのかが分からない。
そのままサンクはフラフラと立ち上がり、吹き飛ばされた地点へと戻ろうとした。すぐに制止する声がかかり振り返る。
《止めるな。まだ、生き残りが――》
「君達しか生き残れなかったよ。私が様子を見に行った時には……」
言いにくそうにしているが、それだけで十分だった。
サンクも理解していた。ガロウに無理をするなと言いつつ、自分だって生き残りは居ない可能性を秘めていたのを。
何より自分は、仲間達が喰われていくのを見ていることしか出来なかった。
その歯がゆさと無力感。何よりも失っているのだと分かるまでに、理解するのに時間は掛からない。
だが、状況はなんであれその惨状を見に行かないと。
歩こうとする足を止めたのは肩を掴まれた上に、そのまま押し倒されたからだ。
「注意力散漫な上に、簡単に押し倒されている。君、思ったよりも力が入っていない事に気付かないの? 今の君なら、魔物だって勝てないよ」
《……黙れ》
「悪いけど無理だ。回復していないのは魔力だけじゃない。姿を保つ為に意識がちゃんとしていない。そんな危ない状況で、ほいほい歩かせると思って――」
《黙れと言っている!!!》
「っ!!」
その瞬間、サンクは光の柱を作り出した。
相手はその魔力の大きさに驚いたのか、都合は悪いのかすぐに離れる。しかし、これ以上の力を使えばサンクの姿が保てなくなると言うも――止められない。
《目の前で殺されていく仲間を、見ていることしか出来なかった!!! あれではもう転生すら出来なくなる。もう会う事が出来ない仲間に、何をしてあげられると思うんだ》
魔力の塊である精霊は、その純度の高さから魔族に狙われやすい。
だからこそ彼等は領域と言う強固な守りを扱う。自分の姿を見えないようにしているのは、自分達を守る為であり魔族から狙われない為の自衛。
弱い力を持つ精霊でも、領域は扱える。
どんなに小さな精霊でも、せめて自衛が出来るようにと施したのは最初に生まれ落ちたアシュプとブルームが願ったこと。
しかし、そんな彼等の死は魔力の核を失うこと。
人間で言う所の心臓に当たる部分であり弱点だ。核が無事であれば、例え魔力を失い姿を保てなくても転生と言う手段がある。
だが、サンクは仲間が殺されていくのをこの目で見た。
それは精霊の核が砕かれていく音をはっきりと聞いた。転生すれば、リセットされるが経験は引き継がれていく。だから精霊は死ぬことはないと言われている。
転生する手段を最初から持っているからこそのもの。例え死神に葬り去られても、核は創造主の元へと集まり再び生きる機会を得られる。
転生の手段を失えば、その精霊は本当に意味で死んでしまう。
《助けられなかった。苦しんでいるのを、ただ黙って見ていることしか》
「この子を置いていくのか!!!」
《グゥ……。ガウウン》
《ガ、ロウ……》
ヨロヨロと歩くのは、傷付いているガロウだ。
目が開けられていないことから、感覚的に歩いているのが分かる。視力だって回復しているのも怪しいのに、彼は関係なく歩み寄ってくる。
《クウウン……》
《うっ……。うぅ》
寂し気に鳴く声にサンクは膝を折り、そのまま抱きしめた。
お互いに傷付きながらも、生きている事を実感しまた悲しさが生まれた。せめて、ガロウがいるのが幸いしたのか、魔力の暴走はすぐに収まった。
ランセと名乗ったその人物は、ここに来た経緯を話してくれた。
自分と似た様な魔力を追っており、自分達を襲ったのは魔王だと。何故それが分かるのかと問えば、同じ魔王だからという答えが返って来た。
《……何故、魔王が魔王を?》
「君達と同じだ。私の居た国を滅ぼした魔王を追って、ずっと旅を続けてきている。奴は……サスクールは、私を殺さずに何処かに消えた。気まぐれだろうが、殺すチャンスをくれたとも受け取れる。そして、君達を襲った魔王も分かっている。精霊喰い又はエルフ殺しと呼ばれているバルディルだ」
復讐のために旅を続けている。
そして、襲った魔王の名を知りザワリと怒りが湧き上がるサンクはランセとの契約を迫った。もちろん、ランセは良い顔をしなかったが覚悟があるのだと言われれば断るという選択もなかった。
同じ復讐を誓った者同士の一時の契約。
サンクもガロウもこの時ばかりはそう思っていた。しかし、異世界人と出会ってその考えに揺らぎが生じていく。
どこまでも真っすぐで、素直な少女に。
果てのない復讐に、終わりが見えない暗い道に一筋の光が指していくのだと知らずに――。




