第177話:合流を果たした矢先に
ラウルは自分が良かれと思って、起こした行動に後悔を覚えた。
ヤクルとゆきが、自分が死んだ者だと知り泣いていた事実。幽霊でもなく、ちゃんと大地に足を付け自分達と同じ喜怒哀楽を表現するのを見て、生きているんだと実感された。
改めて思うと、なんてバカな事をしたんだと思い反省もしていた。
そう思えば精霊がいなければ、確実に危なかった事実にも行きつき姿が見えなくても助けてくれたのならばお礼を言いたい。
何もないその場所に、手を伸ばす。
すると、フワッと何かが通り過ぎ温かい力を感じ取れた。
(……まだ、使い手として俺の傍にいてくれるって事なのか)
声は届かなくとも、その狼は答えるようにラウルの手を舐めては何度も首を振った。
その度に、温かい力はラウルの元へと流れていく。その温かさに、ラウルは傍に居てくれることに感謝する。
「頼りない俺だけど、それでも居てくれるなら嬉しいよ」
《ガウ!!》
小躍りをする狼に、ポセイドンも納得しているように頷く。
一方で、ヤクルとゆきはラウルの変化をハルヒから聞いていた。魔道具を壊した影響で、精霊が見えなくなっていること。
しかし、その精霊は今でもラウルの傍を離れずにいる。
今、嬉しくて踊っているのもラウルが傍に居て欲しいと言った結果だと伝える。2人は嬉しそうに駆け回る狼に納得したように顔を見合わせた。
「……だとすると、俺も壊した場合には見えなくなるのか」
《不吉な事を言うな。魔道具はそんな簡単には壊れない代物だ。作ったのが、お父様と同じ虹の使い手なら尚更だ》
不満げに告げて来たのは、ヤクルと契約をしているサラマンダーだ。
どういうことだと聞いてみると――。
《道具の強化は、そのまま使い手の願いに直結する。次に扱う属性という順番でな。本来、炎には炎の。水には水だけの魔道具が作られるのが一般的だ。だが、ヤクルを含めた貴方達が貰った魔道具は全て虹の魔法だろ?》
虹は全ての魔法の源とされている。
お礼として作ったとはいえ、複数の属性をそのまま魔道具として作り上げるのには相当な時間が必要だという。
《ちなみに、その魔道具は数はどれだけあるんだ。少ないんだろ?》
「いや、全然。俺達の分だけじゃなくて、お世話になったドーネル王や知り合った人達も含めると……20前後はあるんじゃないか。確か1日位で、全部作っていたような気も」
《そんなにっ!? 1日……1日で、それだけの量を……》
驚きのあまり、そのまま固まったサラマンダーにヤクルはゆきと顔を見合わせる。
自分が話を盛った訳ではないと確認し、ゆきも「それ位……ありました」とヤクルの伝えた事を肯定した。
ハルヒは自分の頭の上に乗っているポセイドンに、そんなに凄いの? と聞いてみた。
《凄いもなにも……普通にあり得ないんだ。魔道具を作るのには、どんなにかかっても数年だ。付与する道具が耐えられないのなら、核だけあっても意味がない。その逆も同じ事が言える》
「まぁ、れいちゃんは調節上手いしね。結界の強度も、その都度変えていくし変則的にワザとやってるから。多分、魔道具作りも似た様な感じでやってたと思うよ」
《……色んな者達に狙われる訳だ》
ポセイドンはそのまま納得したのか、頷きながらサラマンダーを呼んだ。
異世界人は普通ではないから、ここで驚いても意味がない。彼女達の凄さは、自分達が身をもって知っているだろ? と説明。
復活したサラマンダーも、何とも言えない表情で《あぁ……。流石、お父様に選ばれるだけの素質だな》と無理に納得した。
(麗奈もゆきも、規格外なのに慣れてたし。そうじゃなくても、キールさんも大賢者だし……。今思うと俺達の国って、規格外が当たり前なのか……?)
ちょっとした認識のズレだったが、ヤクルは改めて彼女達の凄さと自分達の国の在り方に納得をし始めていた。
ハルヒはその前から異常だと認識していたが、彼も異世界人。
呪いで我を忘れていた精霊に、新たな名前を与えただけじゃなくそのまま契約という前代未聞な事をやってのけた1人だ。
自分もその枠に入っている、とは思っていないのだろう。
《普通は壊れないが、君のように自分の命を使ってまで倒そうとした場合……。恐らく身代わりになるのかも知れないな。彼女の願いがどういったものかは分からないが、無事でいたのは間違いなくその魔道具のお陰だ》
「……麗奈の、魔道具のお陰か」
サラマンダーの説明で、ラウルはある事を思い出した。
麗奈に聞いた事があったのだ。お礼とは言えこれだけの物を作るのは苦労しただろう、と。
しかし、本人はケロッとしている上に「お礼ですから」と軽い。
どんなことを思って作ったのかと聞けば、少し迷う素振りだったがすぐに答えてくれた。
「生き残る事を願いました。ドーネルさん達が助かったのだって、たまたま作った道具だった訳だし。もっとシンプルにって考えて、私は怪我をしないというよりは生き残るようにと願いながら作ったんです」
陰陽師と言う仕事にも死がついて回る。
この世界でも、同様に騎士と言う職業も冒険者と言う職業にも少なからずある。特にラーグルング国は、日夜問わず魔物達が来やすい状況だった。
治癒が出来るとは言え、それは魔力があればの話。
だったら――、と麗奈が考えたのは生き残る事だと言った。
魔力も体力も回復出来る様な、もしくは底上げが出来れば生き残れる確率は少しでもあがるのではないか。
彼女にとってはささやかな願い。しかし、その願いを込められて作られた魔道具は実際に凄い働きをした。
(……何度も、何度も助けられているな)
恐らく麗奈に説明しても、彼女はキョトンとするだろう。
願いを込めて作った魔道具が、そこまでの威力を発揮していた。これは、身に付けていないと分からない。
込めていた拳をさらにギュッと握る。
こうしている間にも、状況は変わっていく。すぐに探さないといけない。そう思って、動いたラウルはハルヒと破軍に止められる。
「剣を持ってない人が、今更どこに行くの」
『彼女は今、呪いで動けない状態だ。すぐに探るから待ってて』
「え……。呪いって」
詳細を伝えている間、ポセイドンと破軍は呪いと闇の魔力の感知に入る。
呪いが強固になっているのなら、その反応も自然と追える筈。
慎重になりながら、その周りを精霊達によって守りを固めた瞬間――空間が黒く染め上げられた。
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「あ……」
ポツリと。
小さな声が、自分が発したとは思えない程の小ささ。
すぐにポタリ、ポタリと滴るものはなんなのか。色が見にくい、目が霞んでいく。その異変にすぐに気付いたのはヤクルとハルヒだ。
次に動いたのはラウルだ。
「「ゆき!!!」」
「くそっ……」
氷で作った剣を使い、ゆきに突き刺さった黒い腕を切り落とす。
しかし、その感触はなく逆にラウルの首を締めつけた。
「ぐっ……」
《この感じ……。いや、何でここにっ》
黒い腕を焼き払いながら、サラマンダーが感じた気配に驚く。そこに別の魔力を感知したのか、すぐに防御魔法を形成した。
続けざまに雷が交じり、怒声と共に割り込んだ。
「逃げんな、バルディル!!!」
雷を纏っていた矛は砕け散り、ティーラの手には新しい槍が握られていた。
血が流れ、意識を失ったゆきはヤクルに抱き止められる。
気配と魔力。その2つが一切感じられなかった。傍に居たのに、また傷を負わせたと責める。そこに新たな声が自分達を呼んでいた。
「ヤクル!!!」
「っ……。フィ、フィナント……さん」
「ボサッとするな。傷を見せろ。他に怪我を治せる者や精霊達は手伝ってくれ。奴はどうにも、お嬢さんを優先的に殺したいらしいからな」
エルフである自分よりも優先して。
いつもと違い尖った耳と金髪、深緑の瞳のフィナントが周りに指示をしていく。ハルヒはポセイドンに治療を頼み、破軍には結界を強固に張ってもらう。
フィナントもゆきと同じ聖属性の魔法を使い、治療を試みるも顔色は優れない。
「っ、ごほっ……。かふ……」
「なんで。ポセイドン、どうなってるの!!」
《奴の魔法か特性か……。魔力を送ってもすぐに遮断される。呪いか? 直前まで気付けなかったのは何故だ》
《あれは精霊喰らい。我々の魔力を喰らう特殊性だと思っていたが、魔王だったとはな。奴の犠牲になったのは、数知れないが被害が酷かったのは光と闇の精霊達だ。……なんせ生き残りは居ないからな》
苦し気に告げるサラマンダーに、フィナントは「そういう事か」と納得した表情になる。生き残りは居ないと聞いているが、ヤクルはその精霊を見た事があるだろうと問うた。
「ランセが契約している精霊が、何の属性だったのか……思い出してみろ」
「ガロウ……。そうだ、あの黒い狼か!!!」
ヤクルは思い出したようにはっとなる。
魔族のラークが襲撃してきた時、麗奈と自分を助けた精霊が居たことを。
《はぁ~~。余計な事を言うんじゃねぇよ、サラマンダー。俺等の事は、そのまま死んだことにしとけってんだ》
そこに褐色の肌を持つ黒髪の男が現れる。
余計な事を言ったサラマンダーを睨みつつ、仕方ないと頭をかく。治療を続けるポセイドンを無理矢理どかすと、ゆきの頭に手をかざした。
《奴の呪いは知っている。……どうにかしてやるから待っとけ》
そう言いつつ、彼の目の前には死神のサスティスが居る。
無言で頷いたあと、ガロウの手の上に合せるようにそっと乗せられた。




