幕間:各国の現状
鮮血の月により、同盟を結んでいたディルバーレル国、ニチリ、ダリューセク、ラーグルング国はその大半の機能を停止せざる負えない状況だった。既にその戦闘は数時間も続いていた。
そこに大精霊の虹の魔法の使い手であるブルームの眷族――ドラゴンの加勢により状況は変わりつつあった。
彼等が人間の前に姿を現れた事はなく、ここ数百年の内にそういった話もなかった。ただ、頑丈な体と大きな巨体を有しその殆どは人の姿になれる。眷族という存在は、虹の使い手と4大精霊しか扱えない特別なもの。
ウンディーネのスライムは情報収集に役に立つだけでなく、回復と防御が得意。
シルフは自身の能力を飛躍的に上げ、契約者と同じ属性の精霊と魔法の使い手の能力を上げるという強化体勢。
イフリートは、自分の分身を増やし守りを強固にする。
ノームは魔力の索敵に優れ、花の精霊を眷族として扱える万能型。
4大精霊だけでも、強力な能力が多い中でブルームの眷族であるドラゴンもまた破格だった。
人の姿になれるだけでなく、攻守のバランスも優れ自身にも強固な体を持っている。鱗の色で、扱える魔法が決まってしまうがそれでも賢者や大賢者よりも、力は優れている。
だから、ドラゴンは崇高な存在であると同時に恐れも抱いている。
人間の前に姿を現さなかった彼等が、もし――現れるとするのなら。
世界の危機または、滅びの象徴。
そう言った悪い方向へと、いつの間にか伝えられていった。
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「被害はどうなっている」
息を切らし、地べたに座るのはドーネル王。
その表情はかなり疲れ切っており、体の限界も来ていた。そんな彼の後ろには悠然と座り、見守る黒い鱗のドラコンがいた。そのすぐ傍では、黒い髪の男性が思案するように顎に手を当てていた。
「これから報告があがりますが、目立った被害は各門の周囲辺。国の結界は未だ継続されているので、ラーグルング国は倒れていないのが分かります」
「麗奈ちゃんとハルヒ君の結界のお陰、だね」
「……はい」
少しだけ顔を綻ばせたドネールに、ギルディスは微妙な表情で答えた。
彼等も麗奈が魔王の手に落ちた事、魔王の器として選ばれた事は聞いている。そして、ユリウスが討とうとしている決意も。
「……麗奈ちゃんは、きっと泣いているよ」
「……」
「前に聞いたんだ。あの子の使う力は、魔法の原理とは違う。人を守る職業だというけど、自分も怖くないのかって質問をしたんだ」
麗奈にそう聞けば、やっぱり初めは怖かったんだそうだ。
でも、自分が止まっている間に不幸な目に合っている人達がいるのなら――助けたいと。
自分と同じように、大切な誰かを亡くしてしまった。
そんな心の隙を狙い、傀儡のように扱うのが麗奈やハルヒが対峙している怨霊。その存在を放っておくと被害が広がるだけでなく、もっと悲しみが増える。
「自分と同じような人を増やしたくない。だから、怖くても頑張るんだって……明るく、言ってたんだ」
「ドーネル」
「分かってる。……嘆く時間も惜しい。ドラゴン達が加勢しても、紅くなっている空がある限り――」
そう言い、空を見上げた時に変化が起きた。
紅く色づく空は、血のように赤黒く不気味なもの。だから、時間の感覚がよく分からない。夜中なのか、朝なのか……もしくは1日経っているのか。
夜に魔物の襲撃を受けたのは覚えている。だが、それからどれだけの時間がかかったのか分からない。
そんな不気味な空が、ピシリと亀裂が入ったのだ。
「え」
「どうした、ドーネル」
「空が……」
呆けるドーネルに、ギルティスは空へと視線を向けた。
それに習うように、傍にいた男性もドラゴンも空を見て誰もが驚いた。
ガラスのようにヒビが入り、一気に砕け散ったのだ。
その隙間には月の明かりが見え、馴染みのある星空が映る。
鮮血の月が――術が壊された証明。それは誰の目にも明らかだ。
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「セレーネ様!!!」
その変化が各国同時だ。
騎士国家ダリューセクも、魔物と魔族の被害をドラゴンにより抑えられ被害の確認をしようとした時だ。その変化に早く気付いたのは、異世界人の咲。彼女はフェンリルに乗り、既にセレーネの居る王都の広場へと駆け付けていた。
「空が……。空が元に戻っているんです!!! 麗奈ちゃんから聞いてたハルちゃんって人がやってくれたんですよぉ!!!」
《咲。泣くか喜ぶかどっちかに》
「フェンリルは嬉しくないの!!」
《嬉しいに決まっている!!》
軽くだがペタンと耳を折るフェンリル。
ちょっとだけシュンもしながらも、咲が泣いては喜んでいる状態だ。誰かが落ち着かせないとと思っての行動だったが、彼女には通じないと思い知った。
「……そう言えば、向こうにはハルヒ様と麗奈様と同じ術者が居たんですよね」
「悪い術者です!!!」
《咲。頼む、少し落ち着いて》
食い気味に話す咲に、フェンリルは何度も落ち着くように言うが効果をなさない。
そんな様子にセレーネは軽く微笑んだ。同時にはっとなる。
余裕がないとばかり思っていたが、咲のお陰で緊張が上手くほぐれた。フェンリルのサポートもあり、戦いに介入してきたドラゴン達にも驚きはした。
大精霊ブルーム様による命令で動いている。
実際、そうなのかは分からない。ただ、セレーネには確信があった。この危機を察知していたかは分からない。契約者がユリウスなら、あり得るかも知れない。
(自分の事で大変だと言うのに、優しい人ですね)
同盟国である自分達にすら、ユリウスは全てを伝えた。
セレーネに兄弟はいない。しかし、咲の面倒を見たいと思ったのも保証すると言ったのも自分だ。今にして思えば、同じような年の子が欲しかったのかも知れない。
そんな妹のように、時には同い年として接している咲には既に好きな人がいる。そんな事実に、相当なショックを覚えつつも顔には出さないでいた。
だから、ふと思ってしまう。
そんな咲と自分が、もし敵同士として現れてしまったのなら――。
ユリウスは平和の為に自分の兄と好きな人を討つ覚悟までした。本当ならそのどちらも、やりたくないのが分かっているからこそセレーネは口を出せない。
王族である自分達には、護るべき国があり暮らす者達がいる。
時には自分の感情すら押し殺さないといけない場面もある。誰かがやらないといけない。そんな自分に出来る事をしよう。
そう決意を固めたセレーネは、静かに咲とフェンリルを見る。
「セレーネ様?」
彼女の視線に気付いた咲は、その異変に気付き声を掛ける。フェンリルが静かに見守る中、彼女は静かに告げた。
「咲、フェンリル様。どうかお願いします。……ラーグルング国に救援として向かって下さい」
王族のセレーネは引き続き、ダリューセクから動けない。
しかし、効果が切れたとはいえすぐに起き上がれる者達も居ない。時間は限られている。だからこそ、決断した。
少しでも力になりたい。国を助けてくれた人達が、無事であるように。
悲しみを増やしたくない為に。彼女は大きな戦力を、力を終結させる為に急行するようにと頼んだ。
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セレーネが決断を下した時、ニチリでも変化は起きていた。
「急げ!!! 間に合わなかったでは済まないぞ。少しでも戦力を集中させろ」
4大精霊のシルフにより、国の周りには強力な結界が張られていた。同時に、国の中に入り込んできた魔物や魔族達は救援したドラゴン達のより駆逐されていた。武器を持っていたようだが、彼等が力を振るうのと同時に爆発が起きた。
それと立て続けに。
自爆ともとれる行動に、宰相のリッケルは「罠か」と疑いたくなったほど。
「あれは違う。どうやら、同族達は待遇が良かったのか裏切者が居るのかは分からないが……。作った武器に、魔力を込めた瞬間。爆発を起こす技術は、俺達だけだ」
「……それは、貴方達ドワーフの?」
武器製造が得意であり、魔石を使っての武器作りに彼等程の天才はいない。
本来、捕まっていたドワーフ達はそんな仕掛けを出来る余裕はない筈。しかし、サスクールに復讐をする機会を伺っていたティーラ達が彼等を保護した事で変わった。
ティーラは武器を作る事と仕掛けをしておけと言った。
ドワーフの言葉を理解してないが、ティーラ達の言葉を理解している。だからこそ、彼等は元気に答えた。
任せろ!! 大量に作って、仕返しだ!!!
しかし、悲しいかな。彼等の言葉は全て「クポ!!」、「フポポ」に変換されてしまう。
だけど勘で会話を成り立たせたティーラに、ブルトは小声で「うわ、こわっ」と言ったのは内緒だ。
「攻め入っているが、逆に数を減らす結果になったか。鮮血の月も無くなった今、この勢いはすぐに失われる。……どれ、俺達も行ってみるとするか。ラーグルング国に」
アルベルトの父親であるジグルドは、ニチリの防衛を頼んでいたがそれは鮮血の月での状況下での頼み事だ。その効果がなくなったのなら、彼等が行動を起こす目的は1つ。
「同族を助けてくれた礼だ。何が起ころうとも、その国は守ってやるさ。お前達、ここの人間達に治療をしておけ」
「クポポ~~」
「フポポ♪」
ぴょんぴょんと、飛び跳ねるのはアルベルトの転送で送られて来たドワーフ達だ。
喜んで駆け回り、倒れている人達の治療をしていく彼等にリッケルは改めてお礼を言った。
「さて……。レイナというお嬢さんには、大きな借りが出来てしまったな。ジグルドは頑固だから、意地でも殺そうとするだろうが、また会いたいとお願いをされてしまっては……な」
今まで表舞台には出てこなかった、ドワーフの戦士達が参戦を決意する。レイナという人物を死なせたくない。だから助けて欲しいと頼まれたのだ。戦士として、また同じドワーフとして彼等はラーグルング国へと向かった。




