第174話:仕掛け
ティーラがランセ達と行動を別にしたのには理由があった。
彼が少し離れている間に、麗奈を連れて逃げる選択をしたブルト。彼に協力をしたのは、ティーラを慕う魔族達。そんな彼等から連絡が来たのだ。
麗奈を連れて逃げている。時間稼ぎにもならないが、場を乱せるだけ乱してみる。
それを聞いた彼は、ランセ達に詳しい事は言わず自分が急いで戻ることにした。ランセはサスクールと戦うのに、余計な魔力は使わないだろう。同じ魔王だからこそ、その力の恐ろしさを知っている。全力で行うとはいえ、彼等が城に辿り着く前に麗奈の身が心配だ。
サスクールが言う器として定められた者。
乗っ取る事で何かを成し遂げようとしているのであれば、それには儀式が必要だ。
そうでなくても、ここ最近のサスクールにはムラがある。
調子が良い時と悪い時がある。
それが不規則になっているからこそ、バルディル達が密かに仲間を集め調子が良い時には彼等に指示を出す。ティーラは何故こんなにもムラがあるのかずっと疑問に思っていた。その疑問が少しだけ解消されたのが、麗奈を誘った食事会の時。
「緊急用に乗り換えたこの体。アシュプにとっては人質になるしな」
本来、魔族にも人間と同じ体がある。
だというのにサスクールにはそれがない。最初はただの噂、信じられないと思っていたが……彼等がサスクールの兵として潜り込み調べていく内に分かって来た。
同時に、今までただのガセだと思っていた事が信憑性を帯びてきた。
確信を得たのはやはり、あの食事会でのこと。サスクールの機嫌は良いのか、ペラペラと話していた。
(奴の体は……既にないんだな)
だからその代わりに器と呼ばれる人物を探して乗っ取る。
それに適合しているのが、麗奈という異世界人。そこまで分かり、今度は新たな疑問が浮かんだ。
何故、異世界人の中でも特異な存在を選ぶ必要があるのか、だ。
(異世界人なら誰でも良いって訳じゃねぇようだし……。もし、その条件ならなんで別の体に乗っ取るなんて、妙な真似をした?)
「ティーラさん、どうしたんだろう」
「麗奈ちゃん無視で良いっスよ。あの人、考える事が苦手なのにこんなにも、悩んでいるのが不思議なくらいだよ。……雨でも降るんじゃ――痛っ!!!」
「うるせぇよ、バカが。殴るぞ」
「もう殴ってるじゃないか!!! 言ってから殴るとかないっスよ」
自分でも珍しいと言う自覚はあったが、ブルトの悪口につい手が出た。反省する気はない。現に、今も麗奈に「ブルト君は悪くないから。大丈夫だよ」と頭を撫でられている。
それにデレデレ顔なブルトを見て、ティーラは八つ当たりとばかりに殴る。
「だから痛い!!! ティーラさん、今日もおかしい!!!」
「も、だと……?」
「あ、いや……」
ギロリと睨めば、冷や汗をかいた様子のブルト。隣で麗奈がハラハラした様子で見守っている。それを見てティーラは睨むだけに済ましたのだ。
あまり変な事をして、麗奈の口からランセに伝わるのが怖い。彼が恐ろしいと感じるのは後にも先にもランセだけ。そうであると同時に、彼の隣に居るのは心地が良いのは変わらない。
無意識に口角が上がれば、それを見たブルトが「うわぁ……」とドン引きをしている。
「おーし、動くな。あと一回、思い切り殴らせろ」
「そ、それ、一回で終わらないやつですよね!!!」
その後、逃げるブルトを追い掛け回し疲れ切った所を麗奈に丸投げをする。そんなやり取りを思い出しつつ、ティーラは先に城に戻って来た。置いて来たブルト達が心配であると同時に、バルディルが過激に動けば場を荒すのは目に見えている。
そして――。
彼のその予想は当たってしまった。無残にも、彼等を慕って集まった魔族達が全員死んでいたのだ。
「これは……」
これを見るのは2度目。
1度目はサスクールが自分達の国に攻めてきた時の事。城を空けていたのは、同じ魔王であるサスティスが倒れと言う報せを聞いたからだ。信じられないからと直接、見に行った間に……ランセの国は見事に襲撃を受けた。
あの時も、女子供も関係なく。魔族達の死体が転がっていた。
体をバラバラにさせられ、彼等の血が辺りに広がるという地獄のような風景。それを、再び、見る事になった。
「あの、野郎っ……!!!」
気付けば奥歯を噛んでいた。口の中が鉄の味がするのも構うことなく、ティーラは歯を食いしばり怒りをぶつけたい衝撃に駆られる。これをやった人物には、心当たりがある。
まだその魔力が漂っていると言う事は――死んでからそれ程、時間が経っていないのだと分かる。不幸中の幸いは、その中にブルトが含まれていなかった事だろう。
と、なれば彼は無事に麗奈と連れて逃げているのだと思うほかない。
「ここにおりましたか、ティ――」
「うるせぇよ!!!」
振り向かず、腕を振るう。ぐちゃりと嫌な音が聞こえるが、それに構わず裏拳を繰り出した。ティーラに近寄ったのは、状況を知らせに来た魔族だろう。下級なのか、中級なのかは知らない。
もしくは上級だったのかも知れないが、もう関係ない。ティーラの行動は既に確定されていった。
「殺す……!!! 殺してやる……殺してやる!!!」
本当ならランセの言う様に、麗奈を保護しに行くべきだろう。
彼が優先するのは主であるランセの言葉。だが――。
「悪い、主。俺は……あの野郎をぶち殺すまでは、正気でいられる自信がない。いや、もう……無理だ」
彼の体は雷に包まれる。まるで鎧のように張り付く。彼を守る為でありつつも、攻撃の手段として自分が最も得意とするスタイル。
「バルディル!!! テメェは確実に殺す!!!」
こうして、彼はすぐに探し出した。幸いにもバルディルの魔力は、ここから近い場所。ついでに、ブルトが居るのも分かりニヤリと不気味な笑みを張り着かせた。
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「おらぁーーー!!!」
黒い雷がバルディルへと向かう。それを回避するでもなく、手を前へと突き出した瞬間に空間へと飲み込まれて消えていく。予想していたかのように、ティーラが蹴りを繰り出せば向こうも分かっていたかのように守りを固める。
「っ、ティーラさん!!!」
「お前は邪魔だ。消えろ!!!」
ブルトが加勢しようとした瞬間、ティーラの怒声によりギクリと体を震わす。同時に、彼の言いたいことが伝わったのかアウラ達の元へと走り出す。
「こ、この中に、ユリィって人はいない!?」
「え」
「何故、その名前を……!!!」
「ち、ちち、違うっス!!! 敵じゃないっス!!!」
フーリエが武器を突き出してブルトの真意を計ろうとする。が、彼等の背後で黒い壁が出現した。それはティーラが線引きのように作り出した巨大な雷。
無差別に襲い掛かる雷に、敵も味方もない。
その力に気付き、敵が居るのだと判断した魔族や魔物達が集まりだすが全て雷の餌食となって消えていく。
「ここに居ると、ティーラさんの魔法の餌食になるっス。事情はちゃんと話すから、今は一緒に来て!!!」
「分かりました」
「アウラ!? しかしっ」
ディルベルトが危険だと言うも、それをアウラは手で制する。ブルトの真剣な表情を見て、彼女はついていくと判断した。すぐに移動を開始しすれば、ド派手な音が聞こえて足を止めそうになる。本当なら戻りたい一心だったが、それ等の気持ちを押し殺しアウラ達と行動を共にした。
「そうでしたか。麗奈様のお世話係で」
「1日の殆どを麗奈ちゃんと過ごしたッス。僕等は元々、サスクールに対して復讐したいメンバーだし」
自己紹介も軽くすませ、ブルトはここに来てからの麗奈達の事を伝えた。
麗奈が休んでいる間も、ブルトはずっと傍に居たのだ。離れの塔に、幽閉されるようにいたが魔族達が麗奈の血を欲する可能性も含めて見張っていた。
ティーラが牽制をしても、それを破る者は必ずいる。
そうした場合の対処をブルトが任されていた。その際、麗奈は何度も呼んでいたと言うのだ。
ユリィ……と。
「それを聞いてて、大事な人だって言うのは分かります。だから……麗奈ちゃんを連れ出して、そのユリィっていう人の所に返したいって思ったんス」
「……何故、そこまでの危険を冒す必要があるんです」
「それは」
グッと唇を噛む。
言葉に迷ったのは、好きな人だと言いそうになったからだ。ティーラには情が湧くからあまり関わるなと言われていたが、見張りをしている以上に麗奈と話す時間が楽しくて、もっと長く続いて欲しいと思った。
それが――彼女に恋をしたきっかけにも思うから。
「……麗奈ちゃんと話すのが楽しいから、ッス。あんなに穏やかになれたのは、彼女のお陰。だから助けになりたいと思った。これが理由じゃダメっスかね?」
「いや。……それだけ聞ければ、もう十分だ」
そう言いつつ、フーリエはブルトを観察する。
穏やかに目を細め、麗奈の事を思う彼を見てすぐに悟った。麗奈に恋をしていると同時に、それが叶わないものだと知っている。
「それに、ボク等がただ逃げているだけじゃないんス。ドワーフ達が作った武器にちゃんと細工をしたんスからねっ」
「細工……?」
《ふーん。だったら、各地で起きている魔力暴走は人為的なのね》
スライムを介して見ていたウンディーネが言い、ブルトは頷く。
アウラ達も状況を見ようとすれば、大きなシャボン玉が作り出され各国の状況が見えて来た。どの国にもドラゴンが加勢し、魔物、魔族の掃討されていくのも時間の問題だ。
それと同時に、ドラゴンが魔法を放てばその魔力に呼応し爆発を生んでいく。
突然の事に武器を持っていた魔物や魔族達は混乱し統率が乱される。その隙をついてドラゴン達だけでなく、鮮血の月で動けなくなっていた者達が目覚め始め反撃を開始していった。




