第173話:見せられた過去
アウラはその後、ふさぎ込むようにしてその場にうずくまった。
ディルベルト達は、アウラが何を見てショックを受けたのか分からないでいた。が、泣く前のある言葉を聞きもしかしてとも思った。
彼女は確かに言った。ハルヒ様、と。
「魔族の気配は遠ざかっていますね。魔物もそれに通ずるようにして、反応がバラバラ。……何かを探している感じのような動き」
《そりゃあ、あの子狙いだろ》
「シルフ?」
疑問を口にしたフーリエに答えたのは、ディルベルトが契約を交わした大精霊シルフ。
彼はさも当然とばかりに言い、チラリとウンディーネを見る。ウンディーネは、アウラの説得をする為にと彼等とは少し距離を離れている。
小さい声で話すのには、アウラに聞かせる訳にはいかないからだ。
《俺達は親父殿を取り戻すと同時に、契約を交わしたあの子を助ける。それが同盟して、危険を冒した理由だろ》
《悪いが俺は特徴を知らない。一体、どんな人物なんだ》
シルフの横にすっと姿を新たしたのは、フーリエが契約を交わした大精霊イフリート。
そう言えば知らないんだよな、といったシルフはイフリートに情報を渡す。説明をするには面倒なので、頭に情報を流し込んだ。
シルフ視点から見た麗奈の特徴。彼女の扱う式神と呼ばれる者達を含め、精霊達の父と呼ばれているアシュプとの談笑。一瞬の内に流れ込んだ情報は、膨大であろうともイフリートは慌てる事なく静かにそのまま立っていた。
時間にすればほんの数秒。
しかし、ディルベルトとフーリエにはその数秒でも長く感じられた。シルフが手を離した事で、情報の受け渡しは終わったのだろう。
腕を組み、思案するイフリートはポツリと言った。
《……あの容姿。前に滅ぼしかけた女と似ているな》
「え」
「滅ぼしかけた、とはどういうことです」
ディルベルトは言葉に詰まり、フーリエは質問をする。
シルフの方も何処かで見た事があるようなと、やっと思い出したかのように唸る。言葉で説明するよりもと、彼はシルフと同じやり方で情報を渡した。
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「「っ!!!」」
ドクン、と鼓動が鳴る音が聞こえた時には風景が変わっていた。
はっとなる2人は何が起きたのかと周りを見渡す。場所を確認する間もなく、爆音が辺りを覆う。
続けざまに聞こえて来たそれに、余波を浴びたかのような錯覚を覚える。
2人の体に異常はない。
荒れた大地に、ヒビが入り火の柱が次々と姿を現す。2人の近くにもいくつも発生しているそれ。温度は感じず、熱風も感じない。
精霊が見た記憶を見せられていると理解した時、空が黒くなり雷が幾つも発生した。
雷だけでなく竜巻が起き、津波も起きる現状に天変地異が起きた様な惨状を目の当たりにする。それを起こしたと思われる人物は、黒い髪の女性。
フーリエは見覚えのある服装に思わず、口に手を当てた。麗奈が陰陽師という職業であり、正装の姿を見てきた。
父親である誠一も、彼女の母親の父親である武彦も同じような服を着ていた。
彼女の幼馴染でもあるハルヒも似たような服を着ていたのを思い出して、気付く。
彼女は、彼等と同じ陰陽師だと。
手を空に掲げ、空を狂わせ大地を引き裂く力は――闇の魔力そのもの。
現にその女性に、黒いオーラのようなものが纏っているようにも見えた。そこに、虹色の光が降り注ぐ。
(虹の、魔法……!!!)
それは麗奈が使っていた魔法。ユリウスも、剣に魔力を通した時に見える光と同じもの。
見せられているのは過去だ。
イフリートが何かを伝えようとしているのが分かり、じっと見守る。
《優菜……!!!》
女性の名前を呼び、その腹に剣を突き立てたのは――アシュプだ。
麗奈の周りを行ったり来たりする、小さなおじいさんではない。随分と若く見えることから、アシュプの若い時の姿なのだと理解した。
「ア、シュ……プ……」
《すまん。すまん……!!! ワシは、お前を――》
止められなかったと謝罪をする。
その間にも、虹の光は当てられ続け黒いオーラの成長を押しとどめている。変化はすぐに現れた。さっきまで荒れていた嵐も、火柱は沈静されていくのだ。スイッチが切れたように、プツリと糸が切れた様に静かになる。
静かになったからか、会話は静かに。でも、確実に2人へと届いている。
「わたし、こそ……ごめ、ん。抑え、きれない……」
《力がないワシを恨め。こんな方法でしか、お前を止められない……力がないワシに》
静かに首を振ったのは優菜と呼ばれた女性。麗奈と瓜二つな表情に、フーリエは悲し気に目を伏せるも見届ける。
「いい、の。奴と、適合……して、しまったから」
その後、壊れていないかと静かに問う声にアシュプは止めれたと告げる。
サスクールに乗っ取られた彼女は、自分の意思とは関係なくこの世界を壊そうと動いた。それを止めたアシュプは、まだ力を緩めない。
何が起きるかはまだ未知数だからだ。
すっと彼の頬を撫でる優菜は、とても優し気に微笑み、ゆっくりと口を開く。
「楽しかった、よ。初めての土地。魔法も……。私、役に立とうとしたのに……」
新しい事を教えてくれたお礼にと、彼女は奮闘した。
エルフ、ドワーフ、獣人達と協力して共に作った国――ラーグルング国。
その創設者でもある彼女に、アシュプは自ら止めた。魔王サスクールが優菜を乗っ取り、世界を思うままに破壊する。
彼女を止めるべく動いたエルフ達も、ドワーフ達も居た。獣人も協力していたのに、彼女はそれらを殺した。
埃を払うように、軽く横に手を振っただけで大地は裂け嵐を呼んだ。
「だから……お願い、がある、の」
《なんだ》
アシュプの声は穏やかだ。
それは刺された側の優菜に合わせている。剣を抜けば出血が多くなり亡くなるのは分かっていた。だが、出来ない。
腕が震え、唇も震えている。刺して実感するのはやってしまった後悔。
「私の、ような……人を増やさないで」
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その言葉を最後に、フーリエとディルベルトは再びはっとなる。
思い返すのは1度起きてしまった惨劇。海が荒れ狂い、空は黒く光を通さない。あの時にはまだ大きな国はなかったが、今は違う。
あれがもう1度起きれば、自分達が想像しているよりも被害がもっと酷くなる。
自然と体に力が入る。
《んー、今のは》
《お前さん達は再生を繰り返して来ただろ? 今のはお前さん達の初代が見たこと。唯一、あの時代から生きているのはノームだけだ。俺も、1度魔力が切れた事で再生をしたからな》
《なるほど。ま、俺等も魔力が空になったら新たな体を手に入れてやり直しだしな。4大精霊は記憶を一部引き継いでいるからか、今見たのに自分も体験した気になったって訳か》
やっぱりノームは化け物だな、と言いつつもニヤニヤ顔のシルフ。
今のを見た事で、改めて麗奈とさっきの女性の容姿が似ている事に気付き《あ、だから前にどこかで会った事があるんだ》と納得したように頷いていた。
「もしかして、今の人が……優菜さんになるのか」
「ですが、どう見ても麗奈様が契約しているアシュプ様に……刺されていましたよね。もしかして、彼が契約をしたのって」
《その可能性は、あったのかも知れないな》
ディルベルトの嫌な予感に、イフリートは予想ではあるがと付け加えて話す。
今まで麗奈に協力をしてきた彼は、本当はその彼女を殺す為に契約をしていたのかと。何とも言えない表情で固まる2人に声を掛けて来たのはアウラだ。
「ごめんなさい。今の……私も見ていました。アシュプ様がどう思っていたのかは私達には分からないです。でも、麗奈様が居なくなるのは嫌です」
その為に止めたい。その為に、自分達が危険を冒してここに来た。
先程まで悲しみに暮れていたアウラの目は、新たに決意を固める。ハルヒが止めようとしていたもの、彼が大事にしてきたのは麗奈だ。
ウンディーネに向き直ったアウラは、ここからノームの居る所はと聞く。そんなに離れていないと言った矢先に、精霊達の顔つきが変わった。
《シルフ!!》
ウンディーネの声に即座に反応し、アウラ達と自分達にと守りの力を発動。瞬間、勢いよく壁が突き破られて飛んできた物体。その近くに転がっていたのは槍。誰が倒れたのかと確認する前に感じ取った魔力。ゾワリと背筋が凍るのを感じ、思わず息をするのを忘れてしまう位に。
「もう1度言ってみろ、世話係」
「……何度だって、言ってやる。お前達の思い通りになんて、させない。麗奈ちゃんの事を、魔王になんてさせない……!!!」
そう言って武器を拾い上げるのは、魔族のブルト。
対するのは魔王バルディル。ブルトの体がボロボロなのは、彼との攻防の痕。ブルトの諦めの悪さは自分を上級にあげたティーラ譲りのもの。
攻撃を仕掛けようとした両者だったが、すぐに引き下がる。
突如、床が突き破られ雷がバルディルに襲い掛かる。それらを防ぎつつ、バルディルは舌打ちをする。
「バルディルーー!!!」
そこに乱入したのはティーラ。彼は憎悪を込めたように睨み、目標へと襲い掛かる。ブルトはそれを見て瞬時に理解した。
もう、何があっても止まらない、と。




