第171話:解けない呪い
『それにしても驚いたぞ。俺の存在に気付くとは』
青龍はノームと共に、麗奈の呪いの解除に取り掛かった。
陰陽術、結界を扱うのに使う霊力。魔法を扱う魔力と言うエネルギー。それらを交互に行う中で青龍には、はっきりと見えていた。
呪いの象徴である黒い蛇。
それが呪いを解こうとしている度に、色が濃く反映されていく。その不気味さに不安を覚えつつも、ノームと共に作業に取り掛かった。
『くそっ……。見ているしか出来ないっていうのがな、悔しいぜ』
「クポポ~」
『あ?』
その作業を少し離れた所で見ている九尾は悔し気に呟く。そんな彼に、アルベルトは気になる事があると彼に質問をした。
青龍と呼んだ彼は一体、何者なのかと。
『あぁ、俺と同じ式神っていう……。え~と、あれだ。精霊みたいなもんだよ』
「クポ~?」
『おう。俺と主人みたいに、嬢ちゃんと青龍も契約してるんだよ』
そう答え、アルベルトは分かったように頷き作業を見守る。アルベルトの父親であるジグルドは、自分を落ち着かせていた。少し経ってから、ここに近付く魔族がいない事を祈りながら部屋全体に強化の魔法を施した。
一方のノームは、青龍の傍にいるザジを見ながら話しかける。
《驚いたよ。今までの歴史の中でこんな事は起きなかった》
「……俺に聞いてるのか」
自分に向けられていると分かったのは、青龍がザジに伝えたからだ。死神が見えているとは思わず、目を見張っているとノームは小声で《長生きだからね》と答えた。警戒しないで欲しいというのが分かったのか、ザジは暫く黙る。
「歴史なんかどうでもいい。俺が行動を起こしているのは……コイツの為だ」
《向こうでの関係者かい?》
「言いたくねぇ」
《野暮な事を聞いていたようで悪いね。ホント、彼女は色んなものを引き寄せている》
だからこそ、と思いつつノームは救うという手立てを考えている。
ザジはそんなノームを見つつ、興味を失くしたように麗奈を見つめる。傍まで寄りながら、麗奈の手をギュっと握る。
死神の力と言っても、結局は借りものの力だ。
この世界を作った創造主であるディーオの力の一部。それを自分の手足として、働かせているのが死神だ。
死んでいった者達の魂を回収し、世界に悪影響がない様に動く駒。ザジ自身は、何も考えないようにした。死神になったのも、何か大事なきっかけがあるのだと分かっていたがそれは些細な事。
全ては――麗奈と会って全部を思い出した。
何故、懐かしいと思ったのか。
会うたびに、何かが呼び起こされる感覚。
大事な、何か……。
自分が死んでまで、果たさないといけない目的を思い出しながら、今度こそ大事にすると決めた。
「……」
その死神の力も、ディーオが手を出すなとすれば簡単に力は使えなくなる。
所詮は彼の駒だと、嫌でも自覚させられる。こうして見ているしかないこの状況は、ザジにとっては辛く何も出来ないと思わせる。
こんな思いをしたくないから、協力しているというのに……。
言葉に出さない代わり、ギリッと奥歯を噛みしめて苛立ちを募らせる。
《よし。こちらの作業は終わったよ。そっちはどう?》
『変化はないな。最後の象徴だけが、どうやっても消えない』
『なんだとっ!?』
青龍の発言に飛びついたのは九尾だ。
彼は麗奈の傍により、呪いの象徴だという黒い蛇を見る。呪いに関して研究をそれなりにしてきた。それは、ユウトのように呪いを使う為ではなく対策を行う為だ。
怨霊も普通の人にとっては、目に見えない存在だがその中でも感知できる者はいる。
悪寒や吐き気などの体の不調が代表的。
その中で、陰陽師はそれらの不調に慣れる為に呪いについて調べまた独自の研究を重ねて来た。彼等が扱う術の開発も、怨霊との対戦を意識し長時間行わないようにした。陰陽師達にも、相性のよしあしがある。
怨霊と対峙し、長時間戦闘をしても平気な者とそうでない者。
だからまとめて閉じ込める術として、結界は作られて来た。檻をイメージし、それを消失させる命令を下せば一網打尽。
そのサポートの為に、式神や九尾達のような霊獣が存在する。
『……ちっ、この黒蛇を見ていると自分がやられた時を思い出しちまう。だが、この嫌な感じは俺が受けたのと同じ感じだ』
『魔王が独自に持つ力と相性が良いんだろう。さっきから作業をしているが、蛇に変化はない。むしろ色が濃くなっていく』
《見ても良いかな》
そう言ったノームは、苦し気に唸る麗奈に近付き黒蛇を見る。
じっと見つめ考え込む。魔法で発展した呪いと、陰陽術で発展と改良を繰り返してきた呪い。ユウトがその呪いの開発者だという話を聞き、九尾に呪いを付与させた犯人。
彼はその呪いの所為で、変異し厄災と呼ばれるようにまで成長した妖怪となった。
そんな彼を討伐し、封印することで穢れを浄化したのはハルヒの式神である破軍。この異世界に来てまで、再開するとは思わず九尾は彼を嫌う。
九尾は言った。自分が呪いを付与されたのと似ているのだと。
『大精霊目線で、この呪いはどう見る』
《そう、だね。……こちらの呪いで厄介なのは、死の間際に放たれる呪いだ。向こうの世界での術とこちらでの呪いの発動方法。上手くかち合うと厄介だな》
『そういや――』
九尾はハルヒが契約していたポセイドンがその呪いの為に、魔物化されて長年苦しんでいたのだと言った。魔物へと変化してしまった精霊は、例外なく死神により処理される。精霊が与える影響が計り知れない。
大精霊、クラーケン。
島国であるニチリ以外に、多くの島国があったがこの呪いの影響で我を失ったクラーケンは多くのものを飲み込んできた。ニチリが無事だったのも、ノームと同じ四大精霊であるシルフとウンディーネが居たからこそ。
その四大精霊でさえ、クラーケンを止める前に力を弱体させられていた。その事を考えると、呪いを放った人物は、恨みがあると言うよりは弱体化を目的に放ったと考えるべきなのだろう。
『弱体化が目的……? こんなに複雑にする必要があるのか』
《解除に手間取らせたのも、彼女の体もあまり傷付けていない理由に何かあるのかも。……そう言えば、彼女は魔王の器だと言っていたね》
『その意味はよく分からないな。……何で嬢ちゃんなんだよ』
それを聞いたザジは僅かに反応をした。
肩が少し揺れ、不機嫌さを露わにしたのだ。何かを知っているが、言わないもしくは言えない理由にノームは心当たりがあった。
創造主による制約。
その規律を破った場合、恐らくザジの存在は簡単に消される。作り出した世界の神――創造主。彼の力で白紙に出来るのは、死神も精霊も同じ事。そこに例外はない。
そう当たりをつけ、深くは追及はしない。青龍に視線でそう訴えれば、彼は分かったように頷いた。
《警戒して。魔族達がここに突入してくる》
杖を掲げながら、淡い茶色の光が部屋中に満たされる。
ジグルドも魔族の気配が分かったのか、既に攻撃態勢へと入っている。九尾は誠一を守る様に庇い、青龍は自身の目の力で敵の数を把握する。
『10……いや、それ以上はいるな。何でこんなに急に集まって来た』
《理由はあとだよ。アルベルト、君は彼女の傍についてて》
「クポポ!!」
任せて欲しいと訴えるように、ピョンピョンと自分の存在を主張しすぐに肩の辺りにピタリと張り付く。離れる気はないというのが分かり、ノームはその姿に思わず笑みを零した。
彼女の事が好きでしょうがない。それが分かり、更に魔力を上げていく。
《グラビティ・ブレード》
剣を作り出せば、扉を破壊して魔族、魔物達が突撃してくる。
一直線にその剣を発射した瞬間、周りを巻き込んで次々と押し潰されていく。すぐに杖で床を叩き、場所を変更する為の指令を送る。
その一瞬でまた場所が変わり、別の部屋へと移動されている。
安心したのも束の間、また別の魔族の気配を感じ取ったノームは麗奈を見る。
《っ、そう言う事か……!!!》
更に色を濃くした黒蛇の印。
その変化により、呪いに複雑は術を仕組んだ理由が分かった。麗奈に付けられた呪いは、弱体化だけではなかった。
彼女の居場所が分かる仕組み――発信機のような役割なのだと。
これでは、どこに逃げても領域で隠しても意味がない。
微量な魔力で発信し続けているそれは、絶対に逃がさないと読み取れた。どこまでも追い詰めて、必ず捕らえると言わんばかりの仕掛け。
現に別の部屋へと移動しても、魔族と魔物の気配は集まってくる。
そんな彼等の様子を水晶で見つめていたのは、ユリウスの兄のヘルス。ふっと笑い、重い腰を上げた。
行く先は器と評された彼女――朝霧 麗奈へと定められた。




