第170話:ノーム、参戦
四大精霊は、互いの存在を感知しあう。元々、揃う事自体が珍しい上に、互いの使い手による衝突を避けていたというのもある。歴史上、使い手は居ても同時にとはいかなかったからだ。
今回、そのあり得ないことが起きていた。
四大精霊が集う。しかも、それぞれの使い手と共に――。
《少し休憩しよう。どちらにしろ、転送陣は破壊されて動けないからさ》
そう言ったノームは一息を入れる様な感じで椅子に座った。
それを見たアルベルト達も、一息入れるようにしてそれぞれ地べたに座ったり椅子に座ったりと様々。彼等がいるのは、城の客室の1つ。アルベルトが転送するのに使った印は、同時にノームにも使えるもの。
アルベルトが麗奈達と合流してから、あらゆる所につけてきた。
ノームはそこから、魔王バルディルから遠ざけ魔族と魔物がいない場所へと移動してきた。
『ここは、安全……なのか』
《平気だよ。この周囲に魔物と魔族の気配はないからさ》
『そう、か……』
それを聞いた九尾は安堵し、緑色の光に包まれている誠一と麗奈を見る。
契約者の誠一は、バルディルによって腕を取られたがノームの行った治療で完治するのだという。こう見えても彼は、四大精霊の中で長寿であり知識もある。
《アルベルトが契約するのに早かったからね。助けたい一心とはいえ、友を失う様なことはしたくない。それが私の気持ちだ》
だから、何が何でも治すと言い切った。その言葉に九尾は深く一礼をし『助かる』と一言。その一言に込められた気持ちを察したノームは《どういたしまして》と、笑顔で返す。
『……精霊ってのは凄いよな。俺等が出来るのって本当に、退治したり守ったりだけだ。こんな奇跡は俺達の世界では、出来ない事だ』
《一応、言うけど。精霊だからって何でもできるって訳じゃないよ? 流石に土地を元に戻したり、壊れた物をなかったようにするのは出来ないし》
それが出来るのは虹の魔法の扱い長けた、原初の大精霊であるアシュプだけ。
そんな話をしている間、アルベルトは麗奈の方へと駆け寄る。苦し気にしていた表情は幾分か和らぎ、今は落ち着いたように息を吐いている。
それが分かっただけでも、アルベルトにとっては嬉しいものだ。
ヘナヘナと体から力が抜けて、へたり込む。
《休める時に休むと良いよ。戦いはまだ終わらないし、あの魔王以外に狙っているのはいるし》
起き上がるのが難しいのか、彼は首だけを動かしてノームへと顔を向ける。そんな彼に、ノームは優しく頭を撫でる。
そんな対応をしながらノームは考える。
魔王自体が強大な魔力を保有しているのは、今までの歴史の中で証明されている。だからこそ魔王同士の争いが激しいのを知っている。最悪、この城が木っ端みじんになるという想像が出来る。
《(あの魔王は城の門へと移動させた。他の四大精霊達も、私の気配には気付いているだろうから合流出来るのも時間の問題……)》
ウンディーネ、イフリート、シルフ。
それぞれの使い手の位置を感知したノームは、誠一へと顔を向ける。切断された腕は縫合をするように、魔力を血液としてつなぎとめる。その上から大きな葉を包み、神経なども完全に繋げられるまで消えないように設定をした。
《彼は何だか無茶をしそうだから、起きないように眠りを深くしておいたよ。悪いね、断りもなく》
『いや、別に構わないさ。……主人も、嬢ちゃんも無茶するからな』
むしろそこまでの配慮を考えてくれるノームには感謝しかない。そう思い、九尾は気が張っていたのを緩める。が、すぐにはっとなる。アルベルトの父親であるジグルドが、麗奈に向けて斧を振り下ろしているのが見えたからだ。
『こ、のっ!!!』
気を失っている様子の麗奈に、迷いなく振り下ろされる斧。
寸前の所で、九尾の尾がそれらに絡みつきジグルドの事を拘束した。
「はなせ!!!」
『どういうつもりだ、お前!!!』
怒りのあまり大声を出してしまったが、今の九尾はそんなものは関係ない。
麗奈が生まれてから今日まで、近くで見守り時には陰陽師として大事な事を教えたりなどたくさんの時間を過ごした。
母親の由佳里を失くしてからの麗奈と、誠一との仲が微妙な関係になったのも知っている。
それを見て、何度も修復しようとした。だが、彼の態度は麗奈とゆきの日常を普通の学生と暮らして欲しいと思ってのこと。
彼と同じ思いをし、実行に移したのは祖父の武彦と部下の裕二の2人だ。
だが、その間の麗奈の仲良くしたいという気持ちは誰よりも九尾が知っている。だって、傍にいて何度も励まし『次はうまくいく』と言ってきた。
そんな大事な人が、目の前で奪われそうになったのなら――。
それをただ黙って見ているだなんて、九尾は出来ない。いや、出来るはずもない。
『主人は確かに嬢ちゃんをこの手で殺めようとしたさ!!! でもな、それは建前だ。親が子を思うのは普通だろうが!!!』
「なら、お前はこの女の所為で世界を壊されてもいいというのか」
『んだと……!!!』
それを聞いてギリッと歯を食いしばり、人型へと姿を変えた。その状態でも、尾での拘束を緩めず表情は不機嫌そのものだ。
「この女に危険がないのなら、お前達の言う様に保護する気でいた。が、気が変わった。……あの魔王がはっきりと言っただろ。次代の魔王であり器だと」
『っ!!』
その言葉を聞き、怒りでそのまま絞め殺そうとした。が、それを制したのはノームだ。
『軽率だよ、ジグルド』
「例えノーム様と言えど、譲る訳にはいかない。アルベルト、お前もだ」
「グ、グポゥ……」
父親に睨みを久々に見てからか、アルベルトは動けなくなる。目が本気であることは読み取れる。そんな膠着状態で、ノームは再度止めるように告げる。
《止めな。そうでないと、君……命が危ないよ》
「なにを――」
バカな事を、と言おうとして口を閉ざした。真後ろにかかるプレッシャーが、背中を這うようにゾクリとさせる。間近に死を思わせる様な感じに、彼は思わず後ろを振り返る。
「いない……?」
『あ? お前、何よそ見しているんだ』
九尾は彼の不可解な行動を見て、思わずそう言った。だが、ノームは分かっていた。
他の四大精霊は見た目は同じでも、魔力の枯渇がくれば自然と消滅していく。定期的に魔力を補給する為に、存在を保たせないといけないからだ。
一度、死んだとしても体は変わらず記憶だけがリセットされていく。幸いと言うべきか、ノームはあらゆる環境下の中でも魔力の補給が出来た。
だから、彼は知っている。アシュプとブルームが感じ取れる存在――死神の事を。
「命拾いしたな、お前。アイツが止めなかったら殺してたぜ。けど……」
死神であるザジがジグルドにプレッシャーを送り、死を実感させた。すぐに麗奈の所に行き、額に手を置く。少しでも症状を和らげたいと思い、力を送るも拒絶されるように弾かれる。アルベルト達が話している間、ザジはこれを繰り返していた。
傍に青龍が近寄り、同じように額に手を置く。今度は弾かれることなく、すっと霊力を送る事が出来た。
『何で反応しない』
「ふんっ、決まっている。あの野郎……力を使えなくしやがったんだ」
舌打ちし傍に居る事しか出来ない。そんな歯がゆい状況に、ザジは苛立ちを募らせる。その死神の行動を見つつ、ノームはジグルドの事を見た。謎のプレッシャーを浴びた所為か、すっかりその気を失くしてしまったのだ。
椅子に座り考え込んだ事で、これ以上の行動はしないと判断した。そう思い、ホッとしている自分に驚き麗奈を助ける為に全力を注ぐ。
《彼女の呪いは複雑だ。魔法と恐らく、異界の術との複合……かな。解除するのにそれぞれの力を送らないといけないけど、やれるところはやる。君も手伝ってくれるよね?》
ノームの視線は麗奈の傍に立つ青龍へと向けられていた。
ハルヒがユウトを倒した事で、鮮血の月は解除され徐々に元の風景へと戻る。麗奈の霊力を封じていた枷が外れた事を意味し、青龍は姿を現した。
姿を隠す理由もなくなった上に、ザジの代わりになれば良いと思ったのだ。
案の定、ジグルドは青龍に睨まれたのだと思っている。その証拠にお前がやったのかと聞かれ、青龍はニヤリと笑い言い放った。
『あぁ。俺の主の危機だからな、防ぐのは当然だ』




