第168話:魔王の追撃
ブルトは痛む体を無視して起き上がる。
(なんで、ここに……)
彼はバルディルが南側を守っているのを知っていた。それは転送陣という移動手段がある。アルベルトのように好きに印をつけ、任意で飛ぶのとは少し違うが移動手段としては同じ。
ショートカットが出来るからこそ、その陣を破壊されたら戻ることも飛ぶことも出来ない。
自力で戻るには距離がありすぎて、体力の無駄使いになる。
サスクールが、この城に乗り込む事も想定してバルディルを配置したのだとティーラから聞いていた。実際は、ドラゴンというとんでもない手段でユリウス達は来ているがブルト達は知らないでいる。
麗奈が時々、名前を呼んでいた人物を思い出す。
ユリィと愛称で呼ばれている事から、彼女にとって大事な人物であることは分かっていた。世話係として彼女の傍にずっといた。ティーラから夜中の襲撃にも備えるようにと言われていたからだ。
「上級の中で、麗奈を気に喰わないと思う連中は多い。もしもの為にお前が傍に居れば、俺の耳に入る。そうでなくてもバルディルの野郎に知られたくないから、変な真似をする連中はいないとは思うがな……」
ランセにもしものことを頼まれていた。
もし、麗奈がサスクールの手に落ちた時に少しでも傍に居て欲しいのだと。ブルトはこうも素直に聞いているティーラが珍しがって、暫く呆けた顔をさらしていた。
それを見て、普通に殴ってきた辺り照れ隠しなのだろう。
(ダメ、だ……)
そのティーラに任された。麗奈を安全な場所へと運ぶと約束し、こんな危険な真似までした。
ブルトが言ったワガママを、ティーラは笑って受け止め最後まで守り切れと言った。だから、ここで再び彼女を連れて行かれる訳にはいかない。
「やめ、ろ……」
見れば既に誠一の手から奪い取られた麗奈がいる。あともう少しと言う所で、突然倒れた。人形のようにプツンと糸が切れた様に、バタンと倒れ息を苦し気に吐いた。
そこから顔色がどんどん悪くなり、抵抗すら出来ない中でうっすらと目を開けているのが見えた。
「に、げ……」
途端、バルディルが麗奈の首を締めあげたのを見て一気に距離を詰めた。
(っ、何で、君は……!!)
さっきまで立ち上がるのも辛かったが、今も十分に辛い。麗奈が自分よりも他人を優先しているのは接している中で分かった。なんせ、ドワーフのフィフィルと話している時いつも言っていた。
貴方達はなんとしても、生き延びて欲しいと。
そこに麗奈自身が含まれていない事。ブルトが絶対に逃がすと決め、行動をしてからも安心した表情を見た事がない。何か言い表せない不安がブルトの中で、渦巻いている。
「その手を――離せ!!!」
ブルト自身が守ると決めた人。
想い人がいるのも知っているが、それよりも麗奈の幸せを選んだブルトは必死だ。バルディルが妨害してくることも予想していたが、こんなに早く辿り着くなんて彼自身思ってもいない。
「!!」
接近に気付いたバルディルは首を締めていた力を更に強めた。苦し気に唸る麗奈に、ブルトは一瞬だけ動きを止めた。その隙に真横へと蹴り飛ばし、何枚もの壁をぶち抜いて吹っ飛んでいく。
「く、ブルト君!?」
誠一がそれに気付くと同時、バルディルが彼に向けて手をかざす。魔力が集まるのを感じ取り、結界を張って身を守るも盾になっていた九尾ごと下に叩きつけられる。
「ぐっ……」
『くぎ、これじゃあ……』
動くことが叶わないのは、重力魔法を広範囲にかけているため。次に行ったのは誠一の首に目掛けて魔法を放った。首狩りの如く鋭く速い攻撃を。
なのに、忽然と姿を消した。
「ちっ」
精霊の気配を感じ、振り向き様に剣を降れば金属同士がぶつかる音が響く。白い鎧に剣を持った精霊が対峙し、影から麗奈を救出したガロウにより誠一と共に下がっていた。
《お前の相手は、こちら、だ……!!!》
剣から光の魔力を感じ取り、距離を取ったバルディル。それを追う様にしていた白騎士――サンクは近付かせないように動きながら相手をしていった。
「っ、君達はどうして……ここに」
《それはこっちの台詞だぞ、麗奈の父親》
そこからガロウは話だす。
別行動をしていたのは聞いてたが、まさか因縁の相手とぶつかっている内にここに辿り着いてしまったとは思わなかった。
精霊と協力出来ないかと考えていると、即座にガロウから断られた。相手は魔王だからこそ抑えるのが難しい。今の内に、麗奈を安全な場所へと連れて行けと安易に言われたのだ。
「しかしっ」
《悪いがランセからも言われてるんだ。アンタ達も無事でいてくれないと困るっての》
娘が悲しむだろと念を押されれば、ぐっと黙るしかない。そうして迷っている内、九尾は乱暴ながらも誠一と麗奈を連れて離れた。
文句を言おうとしたが、ガロウの言いたいことも分かり激しい爆音が聞こえて来る。
「くっ……」
『アイツの言う通り、今は嬢ちゃんだけを優先しろ!!!』
無理をしているのは九尾も誠一も同じ。
全ては麗奈を助ける為。魔王にさせない為の行動だ。それを突き付けられているように思い、悔し気に唇を噛む。
(そう言えば、ブルト君は平気なのか)
バルディルの攻撃をまともに受けた魔族。戻れとは言えず、その言葉すら戸惑わせる。探している間にも、麗奈は呪いによって苦しんでいる。早く治療することを優先に考えるなら、この場に居ない方がいい。
頭では分かっているが、感情とは上手くいかない。危険な行動をしてまで、麗奈を守ろうと動いて来た彼を敵とは思えないでいる。
魔族が悪いものだと教わっていないが、その脅威は知っている。
ランセの様に対峙しているだのだから、ブルトのように手伝ってくれる者がいても不思議ではない。
だから……放っておくという選択は出来ない。
「クポポ!!」
「っ、アルベルト!!!」
ピョンと九尾に上手く乗り、無事な姿を見せたのはドワーフのアルベルトだ。服が汚れているがまだ元気なのか、苦しそうにしている麗奈を気に掛けている。
呪いによって体調が悪いのだと言えば、彼は考えるように腕を組む。続けて土が生み出されて行き、壁を作り出した。
天井から地面まで伸びた土は、固さを生み硬貨する。シェルターのように覆われたそれを、作り出したのはアルベルトの父親であるジグルドだ。
「くぅ、何が起きているかよく分からない。おい、何があった!?」
最初のブルトの警告を受けて、頭を伏せていたのが良かったのだろう。2人には大きな怪我はなく、元気な姿でいるのが嬉しい。
思わず泣きかけた誠一は、戦闘が激しくなるからと転送陣がある場所まで走っていくように2人に言った。
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ブルトが案内する筈だった場所。
それは城門のように大きな扉があった。力が思う様に出ない誠一の代わりに、ジグルトがこじ開ければ中には大きな空間が広がっていた。
白い光が溢れ、室内を明るく保っている。再び重い扉を閉め、ジグルドはダメ押しとばかりに魔法で固めていく。さっきのシェルターのような役割を作ろうとしており、息子のアルベルトも手伝っている。
『少し休め、主人』
「……悪い」
重力魔法を受けた所為で、いつもよりも体に力が入らない。フラフラな上に、全力疾走したような感覚に既に限界が近いのを薄々気付いていた。
キールから聞いていたが、麗奈が魔法を扱えた事で少なからず誠一と武彦にも魔力は多少なりともあるかもしれないと。
「グポ……クポポ!!!」
そこにアルベルトから警告する声が聞こえ、白い光で満たされていたのが一気に黒へと変化する。ゾクリと背筋に感じた寒気に誠一は、咄嗟に麗奈を守る様に覆いかぶさる。
その直後に起きた音は扉を破壊され、入ってくる足音。その際、満たされていた光はすぐに消え去った。さっきまで光っていた床に描かれた模様が、今はもう見えない。
それは誰の目から見てもわかる絶望。それは陣を破壊され、移動手段がなくなったことを意味していた。




