第166話:不気味な勝利
「これをずっと持っていて欲しいんだ」
「……ん?」
そう言って渡されたのは黒い勾玉。
穴の部分には赤い紐が取り付けられており、ハルヒの首にかけるものだと言った。父親はこの勾玉に自身の霊力を込め続けて来た。幼い時、自分の命が危うい時に勾玉を持っていたお陰で助かったのだと言う。
だから、自分と同じような失敗をしないで欲しいと言った。
魔除けとしての役割もあり、また幼いハルヒの身を守る為の結界として働くようにと。
初めてのプレゼントにハルヒは喜び、嬉しそうに受け取る。さっそくとばかりに首に下げる。それでも嬉しいのだろう。楽し気に飽きもせずに、勾玉を見続けている。
「もし、ハルヒに大事な人が出来たらそれを渡しなさい」
「だいじな、ひと……?」
「好きな人……。んー、お父さんの事は好きか?」
「うん!!! だい、だい、だいすき!!!」
力一杯にそう答えた。
つまり、好きな人とは父親と同じように好きになれる人。ハルヒはそう思い、父親との約束を守る。
魔除けの勾玉、その中でもオキニスはその魔除けの力が強いのだとか。
だからハルヒは全然知らないのだ。
自分が大事な人と決めた麗奈に渡し、ずっと大切にしてくれるのだと思った。実際、麗奈は大事にしていたし後に親友のゆきにあげるのだ。
これが彼女の危機を救うなど思わなかったし、彼女達に深く関わるきっかけにもなるとも知らず。
死んでしまった父親の言葉を胸に、朝霧家で過ごした思い出を深く刻み彼は強くなることを選んだ。
どんな危険があっても、自分を助けてくれた人に恩返しをしたいと強く思った。
「出ていけ……!!!」
幼いハルヒは唐突にそう叫んだ。
そうすれば、自分の父親は霧となって消え去り代わりに現れたのは――魔族のユウト。
幼い記憶を見せ、自分にとって辛い過去を見せ続けて疲弊させる。
あの黒い霧にはそう言った効果を生み出し、あのまま飲まれていけば傀儡になる仕様のもの。
全てが幻覚でありながらも、確かにハルヒの記憶にあるもの。
成長し18歳となった彼は霊気で作った刀を作り構える。今まで聞こえてこなかった声がハルヒへと届く。
『無事か、主!!!』
声を掛け続けていたのはハルヒが契約している破軍。
神衣を纏ってから、彼も同様にハルヒの幼い日々を見せられていた。同時にユウトの術中だと分かりながらも、手が出せなかった。
神衣を持続し続けるのにはハルヒの霊力が必要だ。だが、同時にその対象である破軍にも負荷が掛かる。
神衣をこの時点で解けば、術中にハマりやすくなる。防護の役割を果たしているが逆に手助けが出来なくなった。自力で脱出するしかない状況の中、ハルヒの辛い過去を再び見ることになった事に胸が痛んだ。
だけど、破軍は信じていた。自分が主にと選んだ人物は強いのだと、自信を持って言いたい気持ちを抑えた。
「今すぐ、出て行け!!!」
即座にユウトを斬った。
相手は魔族で、元人間。そしてハルヒと同じ土御門家の者。だけど、ハルヒにそんなものは関係なかった。
自分の思い出を、汚された事に我慢がならなかった。
父親との思い出。朝霧家での短くとも濃い時間。
苦しい事もたくさんあったが、同時にかけがえのないものをハルヒは得られた。
「負ける訳に、いかないんだ!!!」
ハルヒの胸元が淡い水色に光り輝く。
それは幼い頃に麗奈と交換した勾玉だ。麗奈が必死で探して、宝物だと言った水色の勾玉。陰陽師にとっても勾玉は大事なお守りとして伝わっている。
自身の霊力を注ぐことを続ければ、強力な結界にもなるし攻撃手段としても使える。貰ってから大事にしてきたハルヒは、霊力を込める事を習慣づけ肌身離さずに持っていた。
その勾玉に霊力を込めれば、見せられている風景が変わる。
ピシリと何かが壊れる音が聞こえ、ハルヒとユウトの間に水柱が割って入ってくる。
《アクア・ラーミナ》
放たれた水柱から刃をかたどった水が襲い掛かる。
イカの足はすぐにハルヒへと絡みつき、引っ張り出す。そうしている間にも、風景は破壊され続け――意識が浮上していく。
「くうっ……」
『主!!!』
《無事だな、主殿》
フラつく体を無理に起こせば、泣きそうな表情の破軍が視界に入る。
ペタペタとハルヒの体を触り、異常が無いかを調べているポセイドン。気付くと、城の中であり地下室だと分かる。
さっきまでユウトと戦っていた事を思い出し、その直前に黒い霧を吸い込んだ事で意識を失ったのも思い出してきた。
(元の、肌の色だ……)
肌色の皮膚であることに安堵し、静かに息を吐く。
父親との約束。そして、勾玉の使い方を思い出し更に強く――霊力を込めていく。
砕けた勾玉の破片は、ハルヒの周りに散らばる様に落ちていく。淡く光り水色は光を増して、その力を開放させていく。
「ちっ……」
ハルヒの心を折る事が出来ないと判断したユウトは、すぐに距離を取る。
吸い込んだ霧には、苦しかった思い出とトラウマを思い出させる効果を含んでいた。
当初のユウトの計画は、ハルヒを傀儡として操り破軍の悔しそうに顔を歪めるその様を見たかった。破軍が自ら選んだ人間を目の前で殺せば、さぞ絶望に染まる表情が見れると思っていた。
ハルヒのトラウマはかなりのものだと分かる。
見た目の違いにより、冷たくされる待遇を受け修行を続けられていた。普通ならその時点で心が折れても仕方のないこと。
だって、彼の周りに味方1人だっていないのだから。だからこそ、その心の弱みを掴み操ろうとしていた。
だけどユウトは気付かなかった。
辛く苦しい日々をおくっても、彼を助けてくれた人達がいる。
幼い日々は思い出すのも辛いが、その中でもハルヒは麗奈達と会えた事に感謝し恩返しをしたいと考えてきた。
だから、辛くとも耐えられる。厳しくとも自分を慕ってくれた人達がいるから。彼等に家族の愛と言う、ハルヒが願っても得られないものを彼等がくれたから。
「僕は――」
光り輝く欠片は、ハルヒが込めた霊力によってその形を変えていた。
雷を帯びたそれは弓だ。その弦を引いて行けば、その動きに合せて矢が形成されていく。その矢尻に、更に集中させるように霊力を込めれば蒼い札が張りつてきた。
(!! あの、札……)
青龍から渡されていたもの。護身用として懐にしまっていたが、こうして勝手に動き出すとは思わずに目を見張る。その札には青龍が使っている術の力である雷が発生している。
矢尻に合わさる様に、更なる力として限界まで弦を振り絞る。
「お前を倒す!!!」
放たれた矢のスピードは凄まじかった。
ユウトが作り出した式神は壁役として配置したが、それらはボロボロと崩れ去る。
反撃の為の術も魔法も、その時間を与えないまま1本の矢が撃ち込まれる。
それは正確にユウトの胸を貫いた。
「は、はははっ……。まさか、龍神に邪魔、されるとはな」
「……」
ユウトの乾いた声が妙に響く。
破軍に肩を借り、どうにか進んでいく中でハルヒは動きを止めたユウトを見る。
彼は胸に矢が刺さったまま、磔にされていた。バチバチと雷を帯びた状態だ。その雷の気が青龍のものであるのはすぐに分かった。
彼が警戒していたのが、麗奈が契約している青龍だ。龍神と言う神の力を持った存在であり、霊体となった今でもどんな力を秘めているのか分からないでいた。だからこそ、麗奈を捕らえる時に先に霊力を封じる事を優先に進めて来た。
四神である彼等も、破軍も共通していることがる。主に選ばれた人間の霊力の供給。どんなに強力であろうと、元となる霊力を遮断すれば扱える力が格段に下る。
「ははっ、まさに特別ってやつか」
予想外だったのは、青龍は麗奈と契約していたものが独立していた。それに気付けず、こうして手助けされていたのだと分かってしまった。
「お前を倒せば、全部……元に戻るんだ」
「おめでたい奴だな」
『魔族の力が上がっているあの現象。術者を倒せば収まるのは変わらないだろ』
破軍とハルヒは睨み付け、そう断言する。
その発言にニヤリとなるユウトは「そうだ」と言い切った。
「あぁ、俺が倒れれば……全部、元に戻る。だから分かってた。お前は絶対に俺を殺しに来るってな」
『……なに?』
引っかかりのある言い方に破軍は眉を潜め、真意を探る。ユウトを倒せば元に戻る。
なのに、この言い表わせない不安はなんだ。
変に気持ち悪い、この感じは……。
動きを封じ、攻撃できないようにした筈なのに。ハルヒは嫌な予感が渦巻いた。何か、間違ったことをしたのかと思うも……誰もその解答には答えられないでいた。
魔族のユウトを除いて。彼は何故か、勝ち誇ったような顔をしていた。




