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異世界に誘われた陰陽師  作者: 垢音
第5章:虹の契約者
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第165話:温かい家庭


「うぅ、負けたぁ~~」




 ゴロンと地面に寝転がるのは朝霧 麗奈、当時6歳。その隣ではちょっとだけ満足気にしているハルヒだ。


 2人はある勝負をしていた。

 敷地にある中庭。そこには矢を射る為の的がいくつかある。本物の弓矢を打つ為ではなく、霊力を具現化し矢として放つ練習。


 最初に麗奈が勝負をしようと言ったのが始まりだ。3時のおやつをかけての勝負であり「今日も勝負!!!」と気合を入れていた。


 同年代で同じように陰陽師としての修行をしている者同士。ハルヒが来た初日も含めて、麗奈は興味津々であり気付けば一緒に居るのが当たり前になった。




「……うぅ、2本しか当たらなかったよぉ~」

「へへっ、僕の勝ちだね♪」

「む~~」 




 負けたのが悔しのか、麗奈はゴロゴロと転がっていく。それを見ていた九尾がすぐに尾を使って土を払い、背中に乗せると空へと飛んで気を紛らわす。

 5本の矢の内、ハルヒは3本。対して麗奈は2本当たった。

 

 自分の中にある霊力を操り、矢として打ち出す術。慣れれば瞬時に形成し、牽制にも扱える。こういった事に慣れていけば、いずれは弓矢だけでなく刀を作り出すのだって容易になる。

 

 術のレパートリーを増やしていく目的もあるが、2人が切磋琢磨している姿は朝霧家では日常として捉えていた。




「ほほぅ。麗奈も早いと思ってたがハルヒ君はもっと早いね」

「ありがとう、ございます」




 現に祖父の武彦からそう褒められていた。いつから見ていたのか分からないが、それだけ集中していたのだろう。ハルヒは密かにそう思い、いつの間にか何か打ち込んで集中出来ている事に――戸惑いと嬉しさを覚えていた。




「うっ、じいじがほめてる……」

『麗奈ちゃん。今日はどら焼きだぞ!!!』




 輪の中に入る清だが、麗奈は「うぅ」と悔しそうに唸る。

 笑顔のハルヒとは対照的に、麗奈は泣きそうな顔をしているので何あったのだろうと分かる。


 事情を知った清がその後、ずっと麗奈を慰めながら『今日は妾と寝よう!!』とちゃっかりと、一緒に寝る約束を取り付けられ九尾と取り合うのも日常の風景になっていた。



 ハルヒが朝霧家に預けられてから3カ月。


 初めは戸惑う事が多いハルヒも、麗奈が構うのと一緒に術を練習出来るのもあってか変化はすぐに表れた。

 暗い表情をしている事が多くなったが、段々と明るくなったこと。

 意見を言うようになってからは、元気になり麗奈と共に過ごす事が嬉しいとまで言っているのだ。




『アイツだけは……許さん』




 その所為で九尾からは敵視され、麗奈が居ない間には取り合うまでに発展している。原因は分からないが、九尾は最初からハルヒを快く思っておらず誠一が聞こうとしてもすぐにはぐらかされる。


 過去の因縁があるのは分かり、同時に土御門と言う言葉に異様な反応を示している。この事から九尾を封印したのが土御門家の者だろうと言うのが、なんとなく分かりその事に触れないようにした。




「今日も何かの勝負をしてたんですか」

「おぉ、誠一君。おかえり」




 まだ騒いでいる麗奈達を横目に、武彦は静かに戻って来ていた誠一と挨拶をかわす。隣に座れば、裕二がすぐにさっとお茶を用意してはすぐに居なくなった。

 温かい緑茶を飲みつつ、明るくなったハルヒに誠一は自然と笑みを零す。

  



「悪いね、娘の事で忙しくて」

「いえ……。まぁ、破天荒なのは今に始まった事ではないですが。麗奈が真似しないのを祈るだけです」

「……そうだな」

「え、なんですか、今の間は」




 さっと顔を合わせない武彦は密かに思う。

 娘の遺伝を麗奈はきっちりと継いでいる。それを今の間で分かった誠一は静かにため息を吐いた。

 そうしていたら、裕二がおやつのどら焼きを持ってきた。武彦と誠一に渡した後は麗奈とハルヒにと持って行った。しかし、話し合うからちょっと待ってと言われてしまい、お皿にラップをして取りに来るのを待つことにした。




「彼、元気になりましたよね。最初の時と比べたら段違いです」




 住み込みで働く裕二も事情があった。

 彼は自身の霊感が強い事が原因で、怨霊に目を付けられたのだ。幼い彼は両親が別人であるのを悟った。

 勘が鋭いのか手早く体を乗っ取ろうとした所を、異様な霊気を感じた武彦により退治された。しかし、両親は怨霊に操られた影響で既に衰弱しており病院に運ばれた。


 怨霊は人間の生気を吸い取る。

 その行為は抵抗出来ない人間であると理解している。裕二は霊感が強く、乗っ取っても自我を保てると判断。彼の両親から生気を吸い取り、万全を期して裕二の体を手に入れようとした。


 その邪気を感じ取り祓う陰陽師とは昔から争う関係。対峙する者と対峙される者。だからこそ、霊感が強い事が理由でこうした悲しい事件は多い。裕二の両親も、生気を吸い取られたのが原因での衰弱死。

 

 悲しみに暮れた裕二を武彦はある提案をした。




「このまま行けば、君も両親と同じようになってしまう。……抗う術を、学びたくはないか?」




 当時の裕二には抗うと言う意味も分からなかっただろう。

 だけど、自分と同じような悲しい人を増やしたくない気持ちが強かった。父親は正義感が強く、母親は優しい人だった。

 その正義感があったからか、武彦の誘いに乗り朝霧家で面倒を見ることにしたのだ。


 彼を浄化師の1人前として育てる為に、朝霧家に住み込みとして働いている。裕二も着々と力をつけ、浄化師としても成長を続けている。


 


「突然、両親を奪われた自分に道を示してくれたのは武彦様です。私は両親の最後の別れが出来ました。でも……ハルヒ君は、恐らく出来ていません」




 辛そうに顔を歪め、後にハルヒの現状を由佳里から聞いた。

 父親と最後の対面を果たす事無く、無理矢理に連れて来られての分家での生活。陰陽師と言う職業を詳しく知らず、ただ霊感が強いのと保有している霊力が強力な為に知識と技術を理解させられた。


 しかも、初日に出したすき焼きを食べて涙を零した事で食事は出されても一緒に誰かと食べると言う行為自体なかったのだと分かる。

 裕二の場合、朝霧家しか知らないので他の家での習慣や生活ぶりは分からない。だが、それでも土御門家でのハルヒの待遇には憤りを覚えている。




「……幼い彼に、色々と詰め込み過ぎなんですよ」

「そうだな。だが、彼に力がないと分かれば良かったのかもしれん」




 ハルヒに霊力がないと分かれば、普通に過ごす道もあっただろう。

 だが結果は違った。陰陽師が扱う術の源である霊力が高い事と、分家の中で一番の力を示してしまったが為に辛い日々を過ごしている現状。


 もし、ハルヒがこのままになっていたら子供としての成長も含めて全てが台無しになる。それが麗奈の母親である由佳里には我慢がならず、直談判をしてすぐに行動を起こすまでに至った。




「……まぁ、由佳里の無鉄砲さは今に始まった事じゃないが」




 その後も、色々と愚痴る誠一に武彦は「うん。本当にすまない……」と娘の育て方を何処で間違えたのか、と唸る。それを見て裕二は自分もハルヒも、ここに引き取って貰えて良かったのだと心の底から思った。 




「裕二お兄ちゃん!!!」

「お、お兄さん……!!!」




 そこで麗奈が大きな声で裕二を呼ぶ。つられてハルヒも頑張って呼ぶのが、微笑ましくて裕二は2人にどら焼きを渡した。




「はい。ハルちゃん」

「え、でも……」

「勝負に負けたもん!!!」

「……じゃ、じゃあ」




 普通のどら焼きよりもサイズが小さい。これは清の手作りであり、夕食の時間になっても差し支えないように調整している。受け取ったハルヒは2つあるどら焼きを見て、半分に割って麗奈に渡す。




「……?」

「半分こ」




 我慢する気でいた麗奈は暫く見つめ、ハルヒを見る。いいの? と言いたそうな表情で見ており大きく頷いた。だが、自分から勝負を仕掛けておいてと変なプライドを持った麗奈はなかなか応じない。


 じーっと見つめ、いつまでも受け取らない。

 やがてプイッと顔を背け無言で要らないと意思表示をする。それにむっとなったハルヒは「あげるーー」と言い、口元まで持って行く。




「……」

「うーー」




 決して口を開かない麗奈と、必死で上げようとするハルヒの攻防。

 九尾はそれを見て体を震わしていた。素直に貰わない麗奈の頑固さと、一緒に食べようとしているハルヒの行動。

 

 これは長くなる……!!!


 武彦達はそう感じ、静観すること5分後。静かに麗奈の後ろに歩み寄っていた由佳里は背中がくすぐる。予想外の攻撃に、閉じていた口を開き大きな声で笑い始める麗奈。




「ほら、ハルヒ君。今よ、今!!!」

「はむっ!?」




 由佳里の一言でハルヒはすぐに実行。どら焼きを一口食べてしまい、無言でモグモグと食べ始める麗奈。それを見て笑顔になるハルヒはもう1つのどら焼きを食べていく。




(れいちゃんと、一緒に食べたいんだもん……)




 拒否していた麗奈が、嬉しそうにどら焼きを食べているのを見る。

 こうして過ごす空間が彼にとっては何よりも嬉しい。同時に、胸の中がポカポカと温かい気持ちに満たされている感覚。


 ここに来て本当に良かった。

 心の中でありがとうを繰り返しながら、ハルヒは1日1日を大事にしながら過ごしていった。

  

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