第163話:闇への誘い
「間抜けじゃなかったって事か」
ユウトが万全の準備をして発動させた術。
霊力を封じる事に特化した彼は、魔族に転生してもやる事は変わらなかった。
封じる力と黒札の研究。
そうして続けて来たからこそ、魔法を封じるまでに至った。その事をサスクールに告げれば、本格的に動く準備へととりかかった。
ディルバーレル国で、魔法の源と呼ばれる精霊がみ封じる事にも成功して見せた。あと一歩の所で全てが完了する筈だった。
それを壊したのは、ユウトが憎いと思い続けて来た陰陽師。
そして今も、完璧に施した術を破ったのも同じ陰陽師。それだけならまだよかった。だが、彼は同じ家の人間によって破壊されたのだ。こんな屈辱を2度も受けることになるとは思わず、ふつふつと怒りが込み上げて来た。
「邪魔ばかりしやがって!!!」
激昂しながらも別の術を構成し、すぐに発動する。
異臭も力が取られる感覚も全てが術によるもの。ハルヒが距離を取りつつ、交戦している間に破軍は術の核を探し続けていた。
霊力を使って具現化する彼等は、力の供給がなければ幽体だ。
ユウトもそれを分かってか、いくつかに察知できる為の術を組んでいた。それを無効化してきたのは、死神であるサスティスだ。
彼は、サスクールの姿を確認してからユリウス達をこの城に連れて来るまでの間に破壊工作をしていたのだ。
麗奈にしか姿が見えないが、本来であれば死神である彼等は誰の目にも映らない。
「君達には頑張って貰わないと、ね」
少しでも有利になるようにと破壊を続けて来た。ゆえにユウトが仕掛けた罠も発動しない。
むしろ、何故破壊されたのか。
何でその場所が分かったのかを理解する時間は惜しい。
それでも、ハルヒとの差は圧倒的だ。
「っ!!!」
弾き返された。
刀を握り直し、突進しながらも何度も首や手を狙う。定まっているのに、ユウトはそれを分かり切ったように避け続け、ハルヒの鳩尾に蹴りを入れる。
「ぐ、はっ……!!!」
寸前の所で気付くも、体が追い付く前には吹き飛ばされていた。受け身を取る暇もない。激突される時のダメージを少し緩和した位にしか、ハルヒの身を守れなかった。
ポセイドンは謝りつつ、精霊がいなければもっと酷いダメージを負っていただろうと思い刀を再度持ち直す。
「破軍の力を借りようが、お前自体の経験が少なすぎる。同じ禁術で対抗しようが、無駄なんだよ!!!」
薄暗い中で起きた一面の眩しさ。
徐々に目が慣れて来たことと、この時に何で攻撃しないのかと言う疑問を感じていた。だが、自分が居る所を見て改めて別の意味での気持ち悪さに襲われる。
「なにを……。お前、一体ここで何をしたんだ!!!」
異臭と水たまり。
来た時に気付くべきだった。しかし、視界は最初から薄暗く地下室だと言うのに足元を照らすだけの光。
じっくり見る余裕もなかったが、彼の足元は赤、赤、赤の一色。
時間が経ったからなのかその色は、赤黒くなっている所もある。
「お前達がここに乗り込んでくるまでの間、実験をしていたんだよ。この世界でも呪いの研究をして進歩したからな。これはその残骸だ」
「うっ……」
別の吐き気がハルヒを襲う。
赤黒くなっているのは、血だ。怨霊退治でも助けられなかった命はある。ゆきには憧れを抱いている様子だが、こうした血生臭い部分もある。
それが嫌で術に磨きをかけ、まとめて倒せるだけの力を得た。だが、ユウトはこの世界に来ても変わらずに……人を材料の様に扱い、実験を繰り返してきた。
それが同じ家の人間だと分かり、同じ土御門と言う名前が嫌になる。
今も昔も、土御門と言うのはハルヒにはいい思い出なんて無い。気分が悪く、人間のエゴを見せつけられている嫌な苗字。
「お前も……本家の人間と同じって事か……!!」
だとしたらこの血の為に、一体何百と言う命が消えたのだろう。
もしかしたら万単位かも知れない。そう思うと余計に腹が立った。
『主。気をしっかり保て』
「!!!」
破軍の声がハルヒの頭の中に直接響く。
まだ神衣の持続は続いている。ここで、少しでもハルヒに迷いがあれば崩れるからしっかりしろと言うのだ。
『奴は……本家の面汚しでもあるし、俺にとっても嫌な奴なのは変わらない。だから、今度こそ始末をつける。主である君と、俺とでだ』
「……」
初めて破軍から2人で倒そうと言われたような気がした。
本当なら自分がやりたい筈だ。
彼は処刑を実行した側であり、ハルヒよりもユウトの危険性を理解している。
同じ人間なのに、術を完成させる為の材料としか見ない。犠牲をいとわないそのあり方に前々から危険だと何度も言ってきた。
分かっていたのに、転生した先でも止められなかった事への後悔。
「分かった。止めよう、僕達2人で」
『!!……ありがとう、主』
ふっと笑ったような気配を感じた。
破軍から温かい目で見られていると感じ、向き合う気がなくとも恥ずかしくなり頭を切り替える。ピチャン、ピチャと水たまりを踏んだような音がした事で、神経をとがらせ相手を睨む。
一方のユウトは近付きながら、乾いた血で式神を作り出していた。それらに交じって、再び石造りの式神も加わり所々に黒い斑点が見える。
(呪い……の、力か?)
もしそうだとすれば、あれに触れるのはマズいと思いポセイドンにも注意をする。触れる前に、あれらの式神は魔法で遠くに飛ばすのが有効と考えすぐに実行。
全ての術は、その術者を倒せば効果が切れる。だから狙うのはユウトの首と心臓、それを同時に狙う。
魔族に再生能力がある。その為に、人間が戦うにはあまりにもハンデがあるのを聞いていた。闇と対極の光かエルフが扱う聖属性の魔法でないと、1回で倒せない。
ハルヒが扱う水の術と魔法を持っても、少なくとも2度攻撃する必要がある。
「ノワール・フォグ」
ユウトが使った魔法により、ハルヒの居る場所が霧に覆われる。
視界を奪い時間を稼ぐだと思い、周囲に結界を張り足を止める。結界をすり抜ける事は無かった。軽く息を吐き、神衣の持続も確認できる中で安心した。
息を吸おうとしたその瞬間、急な眩暈に襲われた。
「!!……くっ……」
片膝をつき意識を飛ばされないようにと、考えを巡らし結界の強化とポセイドンに協力を求めようとした。
「なんだ……これ……」
いつの間にか自分の手が黒く染め上げられていた。
変色したように、肌色だったものがいきなり黒くなっている。突然の変化はそれだけではない。
眩暈が続く中で、気分がどんどん悪くなる。この異常を対処しようと呼吸をしようとして、すぐに止める。
(あの黒い霧……。既に吸っていたのか)
結界をすり抜けることなく、漂う黒い霧。既に吸っているのであれば、次に現れる変化はなんだと未知の恐怖に襲われる。
そこにで自分の体が震えている事に気付いた。
カタカタと刀を握る手が震え、次に足にも伝わって来た。立ち上がらないといけないのに、その震えが全てを邪魔する。
破軍の声も、ポセイドンの声も聞こえなくなり1人しか居ないと分かった途端――涙が伝っていた。
「く、そ……」
色んな感情が勝手に溢れて来る。
泣かないと決めたのに、弱い所を見せたくないからとずっと強気できた。必ず助けると決めた人がいる。なのに、自分は恐怖に駆られているのだ。
泣いても状況は変わらない。分かっている事なのに、止めようと思っても止められない。
そうしている間にも、自分の体が徐々に黒く染め上げられている事に気付く。このまま終わるのかと自問自答をしながら、ハルヒの視界は暗闇へと落ちていく寸前。
「ハルちゃん」
幼い麗奈が自分の手を握っているのが見える。
それは初めて会った時の事。朝霧家に来て少し経った時の事を思い出していた。
久しく見なかった昔の思い出。苦い思い出しかない中で、唯一の光を教えてくれたあの日を思って――意識を失くしていった。




