第1話:日常
3月10日。
今日は高校の卒業式だ。そう思いながら起きるのは1人の学生。
「ふああ……。昨日も沢山、怨霊が居たな。そう言えば別れの季節は好かれやすいって話だったか」
黒いショートの髪、気だるげな黒い目。朝霧 麗奈、18歳。
午前6時に起きるのはいつもの事。部活に入っていない彼女のするのは修行だ。
陰陽師。
陰陽五行説を用いての占い、祭りの祭祀、祓い屋など様々な形ではあり現代までほそぼぞと続いている。麗奈達が行っているのは怨霊を退治する方に力が長けている。
怨霊との戦いには、命のやりとりがある。既に10年以上は続けているからか麗奈は慣れたものだ。
(……お母さん)
自分が生きて戻れるのは、師匠の父のお陰であり式神達のお陰であり……亡くなった母のお陰だ。
「今日、終わったら私も正式にお母さんと同じ当主だもんね。既に就職しているみたいなものだから良いか」
彼女の部屋の勉強机には1枚の写真が飾ってある。
家族で撮った写真であり、まだ温かった時のもの。くじけそうになった時、彼女はこの写真を見て元気を貰い、また親友に話を聞いて貰っている。
それだけでも十分違う。
1日を元気に過ごそうと思い、修行用にとスポーツウェアで着替えようとして『あっ』と言う声が聞こえた。
「……」
聞き間違いではない。すっ、と自分の心が冷め自然と睨む。
完全に開けられた部屋の扉の前には、赤くて淡い光を灯った赤毛の狐がいた。9本の尾をフリフリと揺らしながらその内の2本で目を覆う。
「見てません」アピールをするも、麗奈はその隙にと札を数枚用意する。
「……九尾?」
『あーー。い、一応……ゆき嬢ちゃんに頼まれて? あっ、今日は花――』
「うるさい!!」
言い訳を無視するように、霊力を瞬時に体内へ溜めて札へと流し込む。単語帳を陰陽師の武器として扱う札の代わりにし、その瞬間。
黒い雷が九尾へと正確に放たれる。
『ぐわあああああああっ!!』
絶叫と共に外へと吹き飛ばされていく。
2階建ての一軒家から爆発にも似た音が響くも、家の敷地はグルリと囲うようにして結界を張っている。防音仕様なので、近所に迷惑をかける心配もない。
周りと比べると大きな屋敷だな、くらいのいつもの風景。
「……帰ってからまた結界を作り直そうっと」
彼は強力な力を持った存在だ。麗奈が張る結界はいとも簡単に弾き、そして普通に侵入する。幼い頃から居るからといって、着替えを毎回見られるのは勘弁なのだ。
「……九尾の、エッチ。バカ」
少しだけ顔を赤く染まらせながら小声で言う。
最後となる制服を用意し、カバンにはファイルとハンカチ、仕事道具を入れて準備を済ませる。
自身の結界の強度を再確認し、修行を済ませてから1階へと向かった。
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いつものように朝5時に起き、まだ寝ている麗奈を起こさないようにそっと起き身支度をすませる。
今日で最後だろう制服の上に水色のエプロンを着る。
朝食の準備を始めてから約1時間後、2階から物凄い音が聞こえた。その音に対し「あっ」と言う声と「またか……」と呆れる声が重なる。
それは一緒に住んでいる朝霧ゆきと、麗奈の父であり九尾の主でもある朝霧 誠一、娘と同じ日々怨霊と戦う陰陽師の1人。
ゆきは麗奈の親友にして一番の理解者。
彼女は茶色の髪を短く一本に結び、ぱっちりとした茶色の瞳を宿し笑顔が似合う元気な少女。
誠一は短髪の黒髪に、キリッとした目。険しい表情をしている事が多いし、陰陽師としての実力も折り紙付き。
「……また同じ事を」
「ワザとですよ。麗奈ちゃんの事、本当に好きでないとあんなことしないですって」
「ゆきちゃんも見られた事があるのか」
「私ですか? 全然ですよ。あ、でも、1回見られた時は慌ててました。麗奈ちゃん相手でないからそんな反応ですよ」
「……あとで謝らせる」
「え」
誠一はゆきの30分後に起き、お茶を入れていた。1杯目を飲み終わろうとと言う時に言った一言は真剣。コップが割れてしまうのではと、思う程の力を込められている。
(あ、九尾ちゃん……怒られるなぁ)
下手をすると卒業式と言う大きなイベントと同じ位に。九尾に頑張れと声援を送るゆきは、麗奈が戻ってくるまでに朝食の準備に取り掛かる。
「バカな狐で申し訳ありませんと張り紙を貼るから、安心しなさい」
「……清さんと戦闘になりますよね?」
「効果は多少あるだろう」
気付けば彼の傍には体長50センチ位の白い塊がポコッ、ポコッと音を立てて生み出されていく。彼の手にも麗奈と同じ何も書いていない札が握られ、変化したのが自分達の手足にもなる式神だ。
その殆どは丸みを帯びた長方形で、パカッと口が開かれる。そして、作り出した誠一を囲むようにして命令を待っている。
「いつも通りだ。麗奈の部屋、屋根の周辺が九尾の所為で穴が空いたから修理だ。風を通さないように結界で作れば一時的にだが防げる」
コクリ、コクリ。
無言だが必死で頭を動かして、命令に従って現場に向かう。そこにゆきが待ったをかけた。
「あ、おにぎり作ったのでどうぞ。式神ちゃん達」
ピタッ、と。式神達が止まり、短い手足を生やしてその場でバタつく。嬉しさのあまり、床に転がる程の反応を示す式神もいる。
すぐに式神達用にと作った小さいおにぎりを、10個お皿に用意して手渡す。そのはしゃぎ方は凄くハートが飛んでいるかと思う程のメロメロ状態。嬉しそうにお皿を受け取り、おにぎりをパクンと一飲み。
それを黙って睨んでいた誠一からは呆れたとばかりに、注意が言われる。
「仕事はどうした。いつもゆきちゃんからのご飯ばかり貰って……本来はいらな――話は最後まで聞け!!!」
作り出したのは彼だが、説教は嫌いだ。なのでその場を離れる式神達は、慌てて現場へと急行。それを苦笑しながら見ていたゆきは、マズかったかと見つめる。
「いや、君が悪いわけじゃない。全く、普通は術者の性格に反映されるのに。何故、あんな自由になる」
(自由な、誠一さん……)
密かに想像してみる。
厳しいのは娘に対してだけであり、ゆきに対してはかなり優しい。それは赤の他人だからだと割り切っている。
彼等の過去は深くは聞いていない。なので、想像なのだがもし式神が術者の性格を反映しいてるのであれば、幼い頃の誠一がそうなのだろうかと思う。
規律を守ると思っているので、もし学生時代では自由なのだとしたらそれはそれで面白い。
「ふふっ……」
「ん、ゆきちゃん?」
そう思ったら笑っていた。
それを不審がる誠一だが、ゆきは慌てて「なんでもない」と逃げるように準備を再開した。そろそろ麗奈が修行を終えて、居間に来るだろうしと考えている。
「おはようございます、誠一さん。ゆきちゃん、今日も朝からお疲れ様」
「あぁ、裕二か。おはよう」
「おはようございます、裕二さん」
そこに第3者の声がかかる。足音を全くさせないで入って来た男性は、メガネを掛けたイケメンだ。高橋 祐二、27歳にして最年少で浄化師の称号を与えられた天才。
麗奈と組んでの仕事のサポートを務めている。彼女の部下として彼も怨霊との戦いに身を投じている。
その後ろから来ていたのは、朝霧 武彦。
母親の祖父であり、彼も怨霊との戦いに参戦している陰陽師でもある。見た目は60代の優しいおじいちゃんだが、戦いとなれば活発だ。
「皆、おはよう。いつもの通り朝は騒がしいな」
「「おはようございます」」
「武彦さん、おはよう!! お気に入りの緑茶と漬物、用意してありますよ」
仕事柄、誠一と裕二は武彦の部下でもある為に口調は固い。対してゆきは、彼の孫のように接している為に口調は砕けているがしっかりと好みは把握している。
実際に、好みを出された武彦は笑顔で席に着きさっそくとばかりに漬物と緑茶を口にしている。
「ゆきちゃん。朝食後にいつものやるからね?」
「分かりました。じゃ、私は麗奈ちゃんと一緒に食べて来ますね♪」
そそくさと出ていき、2人で食べる為にと食器と食事を和室へと持って行く。
裕二も手伝って運んでいき、誠一と武彦の所に戻ると部屋は既にピリピリとした緊張感が漂っている。
「それで、だ。祐二君、協会はなんと言ってきた?」
笑顔でお気に入りを食べていたとは思えない程の変わり様。軽く睨まれた裕二は自然と背筋を伸ばし、事実だけを伝えた。
「……協会は麗奈さんを、土御門家に嫁がせろ、と。卒業と同時に他の陰陽師家の人間も来るが、無視して協会に引き渡せとの事です」
「娘は物じゃない」
ズシリと裕二の方に掛かるプレッシャーは、誠一から発した霊気に当てられているからだ。冷や汗が出た裕二は、慌ててハンカチで拭うも雰囲気は重い。
呼吸をするのすら忘れそうな程の圧。裕二は慣れないのに対し、武彦は普通に漬物を食べている。見た目だけならのどかな朝の風景だろうが、裕二にとっては居心地が悪いだけだった。