幕間:認められない者の過去
ユウトが居た場所はこの城の奥深く、ひっそりと隠された場所。
この地下室には牢があり、拷問をする為の器具や独房などがある。
ディルバーレル国でも、術式を組むのに用いたのは地下だ。全てではないが、ここには負の感情が溜まりやすい。
恨み、妬み、憎しみ。
切望、栄誉、地位。
それらにしがみついた者達の感情が溜まれば、作り出した札は黒く染め上げられていった。
最初はただのきっかけに過ぎなかった。
単に札が黒く塗られただけの、ちょっとした反応だ。だけど、そこで彼は見た。ドス黒く塗られたこの色は、まるで人間の負そのものだと。
これは自分だけの、術。
負の感情を吸ったそれらは、確かな力を持っていた。黒い気は手短にいた動物の親子を襲った。纏わるそれを、見えない力を必死で払おうとする親子はやがて抵抗をなくしその体の色を変えた。
札と同じ黒。そして、強大な力の流れを感じ取ったユウトは周りを見た。人気のない、虫の音が響くここは森の中。現代と違って明るさは、月の光のみ。狐の親子を探しに来たのだろう。同じような毛色の狐が心配そうに近寄る。
父親、だろうか。
その近くには小さな子供が3匹ほどおり、か細く鳴いている。
「やれ」
どれほどのものか、見たい。偶然にも作り出したこれを、完全なものにする為には材料が必要だ。確証が必要だ。失敗したのなら、それに代わるものを術の改良が必要だ。
だから、犠牲とは思わなかった。
「グウゥ……。ウガアアアアアッ!!!!!」
親子の狐が咆哮する。
その叫びは、大地を裂き木々を揺らす異常を知らせる。当然、寝静まっていた動物達はその異常を肌で感じ、見極めようとしたりさらに奥へと移動するなりと様々だ。
一瞬だ。それは、瞬きしたほんの一瞬。
染まった体が一際大きくなり、歩み寄って来た父親をまだ小さな子供を吹き飛ばした。邪魔だと言わんばかりの、どけと言う意思表示で手を横に振った。
その衝撃で親子は死に、吹き飛んだ方向を見れば木々が薙ぎ倒されている。その光景に、その衝撃に――彼は笑った。
「くっ、くはははっ。素晴らしい、素晴らしい力だ!!!」
圧倒的な力を振るった狐は、すぐに体ごと消滅した。
術の負荷に耐えきれなかったのか、体が馴染む前に崩壊したか。様々な考えを浮かべるも、まだ目に入った動物を使っただけの事。
いずれは、人にも試す必要がある。
これらを量産し、完全に掌握できるようになれば自身の栄光は確実だ。
当時、14歳である土御門 悠斗。
幼い頃から期待を寄せられるも、自身は自分だけの術を極めたいと思って行動をしていた。偶然にも発言したこの力を、世に生み出し自分が凄いのだと知らせたかった。
彼と同じ歳で、既に注目を浴びていた人物がもう1人。
土御門 幸成。
既に式神を作り、陰陽師達のサポートをこなせるまでに改良を続けていた天才。
(ヘラヘラした奴……。見ていて、胸糞悪い)
笑顔で対応する彼は、どんなことも簡単にこなした。
悪鬼の封印、魑魅魍魎達の沈静化。悪霊の浄化など実績もある。なのに、本心が見えない。
見ていてイライラするのに、その実力は本物。要領のいい彼を、優斗は昔から嫌い――憎んだ。
彼を抜かし、当主に相応しいのは自分だと認めさせたかった。
そんな思いで作り出したのは呪い。そして、その呪いを糧に人的被害を生んでいったのが怨霊だ。
悠斗は生み出してはいけない力を2つも生んだ。
呪いは負の感情を糧に増大させ、相手を確実に殺すという手段。
怨霊は死んでいった人間、動物達の恨みなどから様々な人々にその姿を認知出来る。
それは生きているものなら誰でも狙い、確実に被害を生んでいった。
「なにか言い残す事はあるか」
「……」
やがてそれらは禁術と呼ばれ、その開発をした悠斗は処刑される。しかも、よりにもよって自分が嫌いな幸成によってのもの。
こんな屈辱的な事はない。
踏み倒したい相手は、感情の読めない冷めた目で彼を睨んでいた。
その手には刀が握られている。悠斗を処刑した後、彼は正式に土御門家の当主としてその名を残す。
だからこそ、今の内に悪いものは摘み取ろうと動く。
彼の体には護符が幾重にも張られ、霊力が使えないように黒札を使って両手両足に止めている。
封じる力として、黒い札を作り出したのは悠斗だ。
怨霊を倒すのにも、呪いを打ち消すのにもその力を抑える必要がある。暴れ回る力を対策もなしに倒す事など出来ない。
なによりも。
悠斗を苛立たせたのは、その封じる札も取り上げられ勝手に私物化をした本家の人間達。
(俺の術だ。……貴様らが、我が物顔で使って良いもんじゃない……!!!)
認めたくない相手に、技術を取り上げられさも自分達の功績の様に振る舞う連中。その全てが悠斗を苛立たせ、憎しみへと変わる。
現に今も、処刑を行われる立場なのに、親の仇の如く睨み付けている。
「……反省しないと言う事か」
「黙れ、黙れ、黙れ!!! 俺の術のお陰で、お前等は富を得て名誉も得た。それをやったのは、俺だ。何で処刑されなきゃならない!!!」
暴れようにも動けない。体は鉛のように重く、本来なら動くのも話すのも出来ない。
だと言うのに。彼はギチギチと拘束している札を破ろうともがく。
こんな判断は間違っていると、認められるべきは自分だと言う証明を示そうとしている。
「まるで獣だな。……同じ家の人間として、お前は恥だ。富と名誉を得た、だと。お前の後始末に、どれだけの犠牲と部下達が死んだ」
「死んで当然だ。奴らは、俺の術を完成させるだけの材料だ。生みの親の役に立ってこその材料だろうが!!!」
「っ!!!」
ガン、と衝撃が来た。
それが蹴り上げられたと理解した後には、頭を足で踏みつけられていた。そこで初めて見た。行成の、怒りを。
「その材料とやらの中にはな、友が居たんだよ。……それだけじゃない。小さな子供も、生まれて間もない子供も犠牲になった。お前が作った怨霊の所為でな!!!」
「ははっ……あはははっ」
「なにが、おかしい……!!!」
完璧に出来る人間の一部を垣間見た。
そう思っていたら、自然に笑っていた。何に対する喜びか? これから死ぬからか。死ぬ前に良いものが見れた。
奴も人間。怒ったり笑ったりは普通だ。ただ、それらを他人に見せていないだけ。それが妙におかしく、居心地のいいものだった。
「殺せよ。お前のその恨みは本物だ。精々、死んだ後に怨霊になって滅ぼして見せろよ。俺は土御門と言う家を、お前と言う人間を恨むだけだ。地獄に行こうが関係ない。生涯、この恨み――忘れてたまるか!!!」
そう吐き捨てた瞬間に、首は落ちた。
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「……なんだ、ここ」
ふっ、と目を覚まし開けた風景にそう呟いた。
踏みしめる土の感触。少し歩けば湖が見え、自身の姿を確認した。
黒い髪なのは、前と変わらず見た目も処刑された20歳と変わっていない。変わっていたのは瞳の色だ。
「紫……か」
「ほう。魔族に転生したのか」
「!!」
気配なく現れたのは黒い霧だ。そこから声が聞こえるも、自然と警戒はなかった。ただ驚いたと言った方が早い。
「俺はサスクール。似た様な系統を感じたから来てみれば……お前、もしかして異世界人か?」
「……異世界、人?」
それはサスクールとの出会い。
呪いを付与する力を持った魔王と、同じく呪いを開発した者のあってはならない邂逅だった。




