第161話:憎い相手
知らない場所を突き進むのは不安があるが、破軍が感じた気の流れに従いハルヒはついていく。ポゥ、と彼の肩に水色の光が灯り小さなイカが現れる。
ハルヒが契約しているポセイドンだ。彼は、後ろを見ながらも契約者である彼を見ながら控えめに声を掛けた。
《良かったのか、主殿。あんな別れ方で》
「れいちゃんは頑固だもん。あのままだと離れる気ない感じだし、時間を無駄にしたくないしね。……ゆき達、来てるんでしょ?」
《あぁ。驚く事に4大精霊のイフリート、ウンディーネ、シルフが来ている。ノームが揃うのも時間の問題だろう》
「ふーん。過去にその4大精霊が揃った事なんて有ったの?」
《いや、ないな。……揃うのだとしたら、歴史史上で初だ》
そっかと答えつつ、破軍が進んでいく中でハルヒの足が止まる。
ポセイドンが不思議そうに首を傾げ《どうした》と聞くと、ハルヒは壁画を見つめる。
何かあるのだろうか、と思いポセイドンはフヨフヨと浮かびその場所へと向かう。だが、別に変わった様子はなく不思議そうに頭を傾げた。
《主殿、一体――》
「そこに居るんでしょ、青龍」
静かに、だけど確信を持って告げた言葉にポセイドンは振り返りじっとする。変化はすぐに起きた。さっきまで何もないと思っていた筈の壁画が、段々と人の形を成していく。
完全に見えた男性は、金色の瞳を持っていた。彼の周囲には蒼いオーラのような膜が見える。
精霊も自身の属性を扱う時、自分の周囲に魔力の膜を張る。
即座に攻撃、守りが出来るようにとしているもの。もしくは、力の象徴として威嚇にも扱われる。
『流石に気付いたか』
「破軍は無視をしていたようだけど、ね。気付かないと思われるのも嫌だから」
『……気付いてたのか』
破軍が驚きつつ、教えなかった事を謝る。ハルヒはそれについて咎める気もないから、気にしないでと言い青龍にどうしたのかと問うた。
『ユウトの所に行くんだろ? 気の乱れは破軍が感知しているから良いが、これを持って行け』
そう言って投げ付けて来たのは、蒼い札。
その札も、青龍と同じように蒼い気を纏ったように小さく光っている。不思議そうに見ていると、それに霊力を込めれば雷を扱えるというのだ。
『俺の気を札に閉じ込めた。護身用にでも持って行け』
「驚いた。貴方から貰えるだなんて」
『バカにするな。俺は土御門に恨みなんてないからな』
「……嫌いなんだと思ってました」
『待って待って。主、それは酷くない? 彼に睨まれるような事してないんだけど!!!』
すぐに文句を言ったのは破軍だ。
青龍と何度か会ったが、機嫌を損ねる様なことはしていないと必死で説明するもハルヒは半分以上も聞いていない。
それよりも、と青龍との会話を優先した。
「でも、ありがとう。ありがたく、使わせて貰うよ」
『主は大事なものを得た。……だから、居なくなるような事はするな』
まさかそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。
驚きのあまり、反応が遅れるハルヒはじっと渡された札を見る。
龍神の子供である彼は、巫女の一族として力のあった朝霧家を陰陽師としてその名を広げた。そんな偉大な彼から、思いもよらない言葉に返答に困ってすぐには答えられない。
『相手は同じ陰陽師。そして、気付いているだろうが……黒札の開発者だ』
「そう……。やっぱりね」
『うぐっ、そうやって睨むなよ……』
気まずそうに顔を逸らしたのは破軍。
青龍から聞いた事実と自分の予想は当たっていた。なのに、破軍は一切そう言う事をハルヒには言わなかった。
いや、ワザと言わなかった節がある。
彼の過去を知っている訳ではない。彼の功績や、術の開発の事は土御門家の資料として残っている。
遠縁でも、分家でも、本家でも関係なく彼の偉大さは知らされている。
逆にそれ以上の事は知らない。
彼は人をからかうのが好きで、おちょくるのも知っている。でも、それでも彼の胸の内を、今まで聞いた事がないなと今更ながらに思った。
「……れいちゃんと貴方方の関係が羨ましいです」
『ふっ、あの子は素直で一生懸命なだけだ。そして……誰よりも、死を恐れている』
「由佳里さんが、亡くなったからですよね」
ずっと引っかかっていた事があった。
麗奈は陰陽師家の当主として育てられていながらも、父親も祖父もそうは望まず普通に暮らして欲しかったのだと聞いた。
由香里を亡くした誠一は、この悲しさを2度は味わいたくないと思い娘を厳しくし、修行をきつくした。そうすれば、嫌気がさして違う職業なり夢を追えば良いと思っていたが……。
彼の予想に反して、麗奈はついて来た。
逃げ出してもいい位の事を、傍から見れば当たりがきついと見られても仕方ない程に。
「……いや、違うか。れいちゃんには、どんなことをしてもどんなことがあっても……陰陽師しか、それしか生きる道がないと思っているからだよね」
悔し気に拳を握る。
この世界で好きに生きて良いと言ったが、結局は自分も家に縛られている。嫌っていた家であったとしても、付きまとうのは土御門と言う家名。
ユウトを討つのは、麗奈の為だと強く思っていた。
今もその気持ちは変わらないが、知らない内に同じ家の人間としてのけじめを付けたかった。そう思うようになった。
「お互い、偉業を成し遂げた者の人間って大変だよね」
《主、殿……?》
「うん。そうだよね、僕がれいちゃんに好きにしろって言っていて……僕自身がそうしてないんだ。ホント、情けない」
気付かないふりをしていたのか、認めたくなかったのか。
例えハーフだとしても、この身に流れているのはユウトと土御門家と言う逃れようもない事実と血だ。
「はあ……すっきりしたよ。変に悩んでいるだなんて、僕らしくないしね。ありがたく使うし、青龍もれいちゃんの事をお願いするよ」
『そうさせて貰う。……気を付けろ、相手は封じる力に特化している』
ふっ、と青龍の姿が消える。
ずっと感じていた気も、既にないのが分かる。歩いている間、ハルヒの後ろを守る様にして来ていた存在を感知していた。
精霊ではない何か。破軍と似た様な感じからして、四神の誰かだと思った。まさかそれが青龍だとは思わなかったのだ。
彼が誰かに対してアドバイスをしたり、お守りの様に札を渡す様な事も無かったように見えたからだ。
「ポセイドン。気を引き締めるぞ、多分……奴は誘っている」
《承知した》
破軍が感じた嫌な気。
それはハルヒも少なからず感じていた。すぐに気付いて向かおうとしたが、思わぬ形で麗奈と再会した。そして、ギリギリまで傍に居ようとしたのがいけなかった。
ハルヒを誘う様に、ジワジワと感じた気持ち悪い気。
気を引き締め、深呼吸をする。
魔物に会う事も、魔族に出会う事もなくこんな奥にまで入れるのは普通ではあり得ない。
数の暴力で来ると思っていたから、余計に気が張っていたのかも知れない。
でも、もう大丈夫だと前を見据え彼は歩き出した。
======
「随分と遅いご到着だな」
「広すぎるからだよ。そんなに戦いたいなら、来ればいいでしょ」
そこに奴はいた。
破軍と同じく黒い髪。だけど、時々紫色に交じり瞳も同じ色。
ランセから聞いたのだが、魔族や魔王の殆どは紫色の瞳を持っているのだという。闇の魔法を扱う者は、色の系統が似ているこの色が発現する。
相手を見るのに分かりやすいが、それを知っている国は殆どない。
ラーグルング国が知っているのは、ランセと言う例外がいるからと何処よりも魔法に関して詳しいからだ。
そういった、表には出しずらいものは王族の管理下に置かれる。
現にアリサの様に、生まれながらにして持っている子もいる。1つの見解として示しても、事実とは違う事が噂が苦しめるだろう。
彼女は本当に運が良い。
「あの女とはちゃんと別れられたか?」
「……」
「そう言えば、最初は泣き叫んでいたぞ。ラークが血を飲んで嬉しそうにしてたしな」
「っ……!!!」
カッとなる頭を必死で抑える。
奴の挑発には乗るな。怒りに身を任せても、冷静に対処できないし奴の手の平の上に転がされるのは屈辱だ。
だから、先に仕掛けた。
「!!」
ほんの一瞬。
姿がない事に警戒心を生む、その隙を突くようにして仕掛けた。パシャ、と足音が分かってしまうのは床が濡れているからだ。
慌てる事もなく、結界でハルヒの攻撃を防ぐ。
既に札を数枚だけ取り出し、霊力を同時に込めて術を発動。水だけでなく炎を生んだそれは完全には決まらない。
強力な結界がそれら全てを阻んでいる。このまま拮抗すれば、連発する方が損をする。
(なにっ……!!!)
結界が予兆もなく壊れていく。
瞬時に別の結界を張る。が、それよりもハルヒの速度が早い。
「ぐっ!!」
霊気を纏う斬撃を食らい、ユウトが吹き飛ぶ。普通なら背骨が折れる様な衝撃も、魔族にとっては些細なダメージ。それは斬った手応えてで分かる。ハルヒが憎々し気に睨み、再び刀を構える。
「あの時の僕だと思うな。お前を倒して、けじめもここで終わらせる。れいちゃんを助けるのは僕だ!!!」
蒼い霊気を纏うその姿は、麗奈が前に行った神衣。
破軍の霊気と自身の霊気とを合わせ、複合させた術式。この力で全てを終わらせようとするハルヒに、ユウトは不気味に笑う。
(吠えていろ。……それが貴様の誤りだ)




