第160話:彼女の笑顔の為
「……無事に行けたみたいっスね」
「そうだね」
「ん?」
ドワーフ達を無事に送り出せた事で、ジグルドの目的は1つ果たされた。次はと静かに麗奈を見ている。そんな中、ブルトは彼女に近付いて頬を拭う。
どうしたのか、と不思議に思っていると何故だか泣いていると言われ「えっ!?」と思わず大きな声で言っていた。
「よっぽど別れるのが辛い? もう、こんなに泣いて」
「あ、う……ごめん……」
ギリギリまで世話係を任されていたのもあり、自然と距離が近くなりされるままの麗奈にハルヒはむっとなる。
自分の方が、幼馴染としての時間は長い筈なのにと思うもあまり記憶に残っていないのなら仕方ない。と、思えば思う程に、むしゃくしゃした気持ちになる。
そんなハルヒの心情を知っている破軍は、ニヤニヤしつつ時々感じたものに思わず顔をしかめた。
『……』
「破軍? どうしたの」
『いや、何でもない』
何度、気のせいに出来たらと思いつつそれは拭えない。ハルヒに伝えようにも、麗奈の前では気を使わせてしまう。
だから今は何でもない、とそう答えた。
それをどうとったかは分からないが、ハルヒも気にしないフリをすることにした。
「さっ、早く次に移動しよう。麗奈ちゃん達の事を転送出来る所まで案内しないと」
空気を切り替えるようにブルトがそう言い、麗奈も静かに頷いた。
その後、追手に追いつかれる事もなく走っていく。そこでブルトはふと気づく。麗奈がちゃんと付いてきているのだろうか、と。
「はあ、はあ、はあ……」
「麗奈ちゃん」
息が上がる彼女に気付きすぐに近くの部屋に休ませようと言うも、それを拒み先へと急ごうと動く。
「でも……」
「いい、の。運動不足だったし、ちょうど――うえっ!?」
意を決したブルトは、文句を言う麗奈を無視し背におぶった。突然の事に最初は瞬きを繰り返したが、すぐに下ろす様に言うも「嫌だ」と言って走り出す。
「ちょっ、ブルト君!?」
「もう少ししたら休むから。それまで大人しくしてて」
「っ……」
有無を言わせない言い方に、息を飲み口を閉ざす。
その後、小さく「ありが、とう」と言う声が聞こえ窓に映った麗奈にクスリと笑う。
(ふふっ、意地っ張りだな。……そんな所も可愛いけど♪)
頬を赤くし、顔を押し付ける仕草を見て愛おしさが溢れて来る。
つい笑顔になったブルトに、ハルヒが横から「ちょっと」と不機嫌そうに声をかける。
「今、何を考えてたの?」
「別に」
そっけなく答える。
ハルヒがブルトを見てイライラしているように、彼も同じようにイラついていた。空気が悪くなるのを感じた麗奈は、慌てたように破軍に助けを求めるも本人は静かに首を振った。
『悪いけど、2人が取り合っているのってれいちゃんだからね?』
「へっ」
「破軍、その呼び方止めろって言ったよね!!!」
『別に良いだろ。自分だけ特別だなんて考え方するなよ~』
俺との仲だろ? とウィンクするも、ハルヒからは却下され「黙れ」とまで言われてしまう。
そんな口論はしばらく続き、九尾が参戦する前に誠一が黙らせる事態にまでなった。
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「クポポ」
「うん、ありがとう。アルベルトさん」
一旦、休む場所として別の部屋に入り、疲れているであろう麗奈を休ませる。誠一はその間に結界を張り、ジグルドは扉の前で待機し襲撃に備えていた。
転送できる場所までもう少しと言うブルトに、全員がほっとしたように息を吐く。それに申し訳なく思っている麗奈は大きなソファーで休まされている。
アルベルトが体調は平気かと、いつもの調子で聞く。笑顔で大丈夫と言い、優しく頭を撫でる。いつもなら嬉しい筈なのに、この時のアルベルトはそうではなかった。
言えない何かを、隠している。
ワクナリとルーベン、同じドワーフ達を見送った時。ふと寂し気にしている麗奈を見て、嫌な予感がしたのだ。このまま離れてしまうような、漠然とした不安が。
「フポポ」
「ん?」
彼女の肩に乗り、小さい声で聞いた。これからも離れないでいてくれるよね?
そんな期待を込めて聞けば、一瞬だが目を見開かれた。が、すぐに笑顔で「もちろん」と答えた。
素直に嬉しいと受け取れない。
この不安は、当たってしまう。それは嫌だと思い、彼はピタリと体をくっつける。
「アルベルト、さん?」
戸惑うような声も、不思議そうにする目も今のアルベルトにとっては、どうでもいい。ただ、離れたくない。共に居る喜びを味わえたのに、自分と別れたら既に他のドワーフ達とも仲良くなっている。
気付いたら、彼女の周りには様々な種族がいる。
自分だけが特別だと思っていたのに、既に輪が広がっている。悔しい気持ちもあるが、不思議とそれが嫌ではない。
こうした繋がりが、いつの間にか好きになっていた。
自分が精霊を信じないのは、人間との対話に目を背けて来たからだ。父親から聞かされる話は、人間の悪いことばかり。良い所なんて聞いた事もない。色んな性格のドワーフがいるのだから、人間だって同じだ。そう言っても、父親はそれを世迷言として片づけた。
悔しかった。
それを言う自分が変わり者だと言われても、意見を曲げなかった。人間を信じない父親も精霊も、アルベルトには理解出来なかった。そんな時、麗奈と誠一と出会って全てが変わったのだ。
「初めまして。私は朝霧麗奈って言います。貴方を見付けたのはお父さんだよ」
明るい笑顔に惹かれ、彼女から貰った腕輪。それを自分用のサイズにしてすぐにフィナントに自慢をした。それからというもの、今まで見て来た世界が一変した。
同じ風景なのに、彼女といると全てが違く見える。
その変化が嬉しい。だからもっと近くで、同じものを触れ合いたい。
「……クポポォ」
「アルベルトさん。なんだかおかしいよ?」
いつもと様子の違うのは麗奈なのに、アルベルトの方が悪く聞こえる。そんな言い方にむっとなりつつも、ペタンと離れてたまるかと更に力を込めた。
「れいちゃん。僕だって甘えたいのを我慢しているのに。アルベルトが羨ましいよ」
「え」
「ふふっ、驚き顔ゲット」
イタズラ顔のハルヒに、麗奈はむっと睨み返す。目先の距離で、驚いてくれるだろうと思った彼の思惑通り。それに気付いたら、段々と腹が立ってきたのか麗奈は意地悪言ってとそっぽを向く。
アルベルトも同じ動きをし、ハルヒはそれを微笑ましく見ていた。
「れいちゃん。僕、ちょっと出かけて来るよ」
「……」
「君はこのまま彼等と行動してて。どうせ、アイツが来てるのは何となく分かるし、しょうがないから譲るんだけど」
じゃ、と言って歩く。どんっ、と背中に強い衝撃がくる。麗奈がぎゅっと抱きしめている。突撃に近い衝撃を受けるも、それをふふっと軽く笑う。
「どうしたのさ」
「どうしても、行くの……?」
「うん。悪いね」
震える声と同じ位に、抱きしめている手は震えている。
出掛ける理由なんて分かっている。ハルヒがここに来たのは、ユウトを討つ為。
同じ陰陽師であり、土御門家の人間。異端な考え方を持っていた彼は、魔族に転生しても考えが変わらずに更に酷くなった。
「ユウトの奴をぶっ飛ばして、れいちゃんの力を元に戻すよ。そうしたら……少なくとも、力がないからって悔しがらずに済むよ」
「っ!!」
「れいちゃん」
向き合うようにお互いを見つめる。
すると、ハルヒは麗奈の両頬をぐっと抑え込む。目を逸らすのを許さない力。そうしたら額同士をくっつかれたのだ。
キョトンとなる麗奈はされるまま、アルベルトはじっと見守る姿勢になる。ハルヒが大丈夫と繰り返し言葉を紡いでいる。
「いきなり無力にさせられるのって、辛いんだよね。何も出来ないとは思うし、泣き言1つ言わないれいちゃんは更に酷い仕打ちだ」
「ハル、ちゃん……」
「アイツがれいちゃんに必死なのと同じ位、僕は力を奪ったユウトが憎い。だから許さない……。あの時の借りも返したいしね」
「っ、ハルちゃん。私――!!」
そこでプツンと意識が途切れる。
完全に途切れる、その寸前。ハルヒから「ごめんね」と言う声が聞こえ、止めたいのに止められない体が憎かった。
この時ほど、自分の力のなさに打ちひしがれてる事はない。
同じ陰陽師として、同じ家の人間としてのけじめの為。ハルヒは全ての因縁を断ち切る為、ユウトを討つ為に麗奈の元を離れていった。




