第159話:加速する思い
ジグルドは囚われていたドワーフ達から軽くだが話を聞いた。
ここに連れて来られたのは、武器を作らされた事での労働。本当ならもっと居た人数も、言う事を聞かなかった事で処刑された同胞も居た、その惨劇を。
その事実に、言葉を失くし拳を強く握る。
怒りをぶつけたい魔族は近くにいる。だが、彼等は違うのだと説明してきた。ティーラにより、高圧的に彼等を働かせていた魔族は既に居ないのだから。
ランセに言われ、何食わぬ顔をして戻って来たティーラはやり過ぎだと思えば止める。殺し合いには一切の手を抜かない彼も、言われたまま武器を作るドワーフ達に向け鞭を叩きつけたりするのが許せなかった。
いくらなんでもやりすぎだ、休ませろ、と。
それでも止まらない相手を、拳1つで黙らせた。
一瞬で消し飛び体が蒸発して消える。何かが破裂するような音がしたと思った時には、その魔族はおらず次は自分達が殺されるのだと思い体が震えた。
「安心しろ、働いてるやつを痛めつけるのが許せないだけだ。ブルト、飯を用意しろ」
「はいッス!!」
彼等は気付いたのだ。
同じ魔族でも、この人達は違うのだと。そう思い、一生懸命にお礼を言ったが相手は言葉が分からない。ただ、雰囲気を察して「おぅ、必ず出してやるから待ってろ」と言い辛抱した。
その間、麗奈とゆきと対面し異世界人である事がすぐに分かった。
ドワーフの言葉を完全に分かるのは異世界人だけであり、ブルト達には鳴き声ともとれる声が聞こえて来る。
本当に理解しているんだ……。
ブルト達がポカンと口を開け、情けない姿でいる間にも彼女達は彼等との会話で弾んでいる。隙間の時間を埋めるように、彼等は色々と話し込んだ。
自分達の事。何処に住んで、誰に攫われたのかなどなど。
麗奈とゆきも自分達の住んでいる世界を話し、お互いに絆を結べた結果ドワーフ達は恐怖よりも仲良くしたい方を選んだ。
「ポポ」
「フポフポ」
「フォウ、フォウ」
麗奈の周りに集まるドワーフ達は、声を掛け彼女に怪我がないかなど聞いている。人との繋がりを忘れ、付き合わないと固く誓っていたが異世界人である彼女達はそれを知らない。
だが、4大精霊であるノームから聞いていた。
麗奈にはドワーフトの懸け橋になって欲しいのだと。
「あ、あの、ブルト君。ここからどう逃げる?」
未だに麗奈の周りには、ドワーフ達が「フポポ」、「ポフー」と様々な声をあげる中ブルトに意見を求める。和み切った雰囲気にブルトは顔を緩ませていたのを、キリッと正した。
隣では笑いを殺す様に、肩が揺れるティーラの部下達。
何とも言えない雰囲気に、ジグルドはただ呆然としてそれを見ていた。以前の自分なら、魔族を相手に呆けた事はしなかったのに。
「じゃ、じゃあ、麗奈ちゃんと彼等は別々に行動をして――」
「ボフッ!?」
「ポポポ!!!」
「クポポ、クポポーーー」
「ちょっ、いたっ、痛いッス!!!」
速攻で抗議とばかりにドワーフ達に、乗りかかれポカポカと叩かれる。
小さくとも力はある彼等。一斉にかかられては、ブルトもかなり困る。アルベルトが止めに入るも、他に邪魔をされ埋もれると言う悪循環が生まれる。
『ほら、止めろって』
そこに九尾の尾が器用に彼等を捕らえる。
力を込めずに優しく包み込んだ尾に、キョトンとなり攻撃が止まる。ブルトがお礼を言い、理由を告げるもさらに不満が出ている。
「治療が出来るとはいえ、君等は殆ど無力ッス。せっかく仲間に会えたんだから、ここは大人しく帰るっス」
「……」
「帰れる所があるのがあるのは良いんスよ。ない人に比べたら、ね」
悲しくも告げる内容に、察したドワーフ達は攻撃を止め一斉に頭を下げた。
「え、えっ?」
「ブルト君に、ごめんなさいだって」
「あ……」
彼等も目の前で同胞を亡くしている。それは、ブルトと同じ魔族だ。本当なら恨まれたって文句は言えない。が、彼等は助けてくれたティーラに対して敬意を払い部下であるブルト達にも同様にしてくれた。
そして、恐らくは察したのだろう。
ブルト達にも、亡くしたものがあり居場所を奪われたのだと。だが、ドワーフ達にはまだ帰れる場所がある。
そうと分かれば、抗議しない。同じ痛みを知っている者同士なのだから。
「じゃあ、皆。元気でね」
「……フポォ」
彼等をここで住処に返せば安全は保てるが、鮮血の月で状況は悪化している。
だからこそ抵抗力があるラーグルング国かニチリ、ディルバーレル国の3つに候補が絞られる。
ハーフエルフの里に戻る事も考えたが、そこにはルーベンとワクナリの2人で行こうと考えた。再び、ドワーフ達が捕まると状況がマズくなるのでニチリに送ろうと考えた。
ニチリは、ラーグルング国と同じく結界に覆われた特殊な国。
そして、その結界はラーグルング国と繋がっている。結界の強度は高いままなのは、お互いに柱があるからこその繋がり。
そう考え、ドワーフ達はニチリに送る事に決めたのだ。そこまで話し、ドワーフ達は渋々ながらも頷いた。本当なら麗奈の傍にと思ったが、人数が増えればそれだけ隙が生まれる。そして、ハルヒはユウトと言う魔族を討つまでは離れないと言った。
「表は分からなくても、異常な感じは分かるからね。妙な結界を張っているから、それを解除する。それにれいちゃんの力を封じた張本人が居るんだ。……あとは言わなくても分かるでしょ?」
決意の固い彼は頑なに離れると言う選択はない。
ならばとワクナリも残る意思を告げるも、それを止めて来たのはブルトだ。
「悪いけど、貴方は止めて欲しいんス。……サスクール以外に、厄介な魔王が居るんス。……ソイツはエルフを標的に襲うから、多分……貴方も狙われる」
「!!」
「あ、えっ、と……。麗奈ちゃんに色々、話しを聞いてエルフが居るのも知ってるしハーフが居るのも分かるから。偏見なんて持たないよ」
バルディルは確実に狙うと告げ、その手段も恐らくは残酷だ。
助けに来てここで別れるのは心苦しいが、それでも生きているのならまだマシだ。
「信用ないかもだけど、麗奈ちゃんは絶対に守り抜きます。それに麗奈ちゃんに好きな人が居るのも知ってるけど、それでも好きなんスよ。彼女の事」
「は?」
「グポ!?」
「ちょっ、ブルト君!?」
それは断ったよ!! と言う麗奈に、ブルトは負けじと異性じゃなくて友達なら良いよねと強く言われる。一瞬、それもと言いよどむも九尾がバチバチと雷を小さく発生させている。
あ、これはダメ。と瞬時に思った麗奈は九尾を落ち着かせる。
その隙にハルヒはブルトに詰め寄り、胸倉を掴んで睨み付けている。
「なんで、そこでれいちゃんの名前が出る訳? お前はお呼びじゃないんだよ」
「フラれた相手に言われたくないね」
「……れいちゃん?」
「言ってない!!! ハルちゃん、その事まで話してないよ!!!」
ひと悶着はあったものの、九尾達はブルトを睨むという事で気持ちを抑える。誠一は静かにため息を吐き、ジグルトは頭が痛くなったなと小さい声で言う。
アルベルトが怒りながらも、転送魔法を作り上げ残りのドワーフ達がそれぞれに魔力が送り続ける。その陣に光が灯り、これでニチリとハーフエルフの里に通じるのだと説明を受けた。
「無事でというのはおかしいかも知れないが……。気を付けてくれ」
「はい。ルーベンさんも、ここまで来てくれたのになんだかごめんなさい」
まだ離れたくないのか、ドワーフ達は麗奈の傍から離れない。ここに来るまで、ルーベンの魔法は強化されていた。それは麗奈から貰った魔道具のお陰であり、ここに着くまでに随分と力が上がったのだと言い感謝している。
「そうですか……。役に立てたのなら良かったです。今度、キールさんに教えてもらいましょうよ。彼、魔法に詳しいんです」
「あぁ、少し話しただけでもそれがよく分かるよ。なんだか、訓練もきつそうだしな」
当たっている、とは言えず曖昧に笑顔で回避する。
ワクナリはぎゅっと抱きしめ「必ず、戻って来てね」と言い再会を願う言葉に、すぐに返答が出来なかった。
少しずつ、考えていた事。それを実行するのに、少しだけ心が軋むのだ。やらないといけない事だと分かりながらも……。
「麗奈ちゃん?」
「すみません、その言葉に詰まって……。危険な所にまで、来て貰って……何も出来ないのにって」
申し訳ない、と言う麗奈にワクナリは気にした様子もなく「素直になるべきだよ」と言い蓋をするのは良くないと告げる。
「麗奈ちゃんは、我慢している事が多いからさ。親友のゆきちゃんにも、言えない事とかありそうで」
「あははっ、無理をするのが当たり前で……気を付けます」
その返答に、疑問を感じたのは誠一とハルヒ、アルベルトの3人。だが、彼等は言葉を挟む事はなく成り行きをそのまま見守る。淡い光が灯る魔方陣に、ドワーフ達が入ったのを確認し、アルベルトが魔法を発動させる。
一瞬だけ、眩い光が満たされる。次に目を開けた時、そこにドワーフ達の姿はなく無事に転送されたのが分かる。
(……守れるようにします、ワクナリさん)
ただ、そこで麗奈は言葉に出さずに拳を握る。
苦し気な表情をするのが見えているのは、青龍とザジだけ。その中で、ザジは小さく言った。
「バカ野郎が……」と麗奈と青龍には聞こえる。それを、彼女は曖昧に笑うだけでやり過ごした。




