第158話:多種族に懐かれる異世界人
仕掛けのある城のお陰で、麗奈はブルト達と行動を共にしていた。ただ、表に出ずにいるのでその状況は分からない。
走っている間、何度か地震ではないかと思う程の揺れを感じたが気のせいかと思った。
すると大きく揺れ、自分の体が軽く浮く。普段なら、それでも即座に動けていた。
だが、力を封じられているこの状況は判断を鈍らせた。
あっと思った時には、目の前に壁が迫っていた。ぶつかるんだな、と思ったがその衝撃はいつまでも来ない。
『平気か、嬢ちゃん』
「あ、りがとう……」
九尾の尾が麗奈を受け止める。
9本ある尾は、彼の名をそのまま表しており同時に彼の意識で、思う様に動く。誠一の近くを走っていたが、途中から麗奈の傍に控えていたのだ。
何かあったら対処できるように、と。
無論、これは誠一からの命令じゃない。九尾自身が考えての事だが、父親である彼ならきっと同じ事を思ったはずだ。それ位の意思疎通は彼等には出来ている。
『うしっ、このまま乗れ。久々に乗せてやるよ』
「うん、ありがとう」
少し偉そうな言い方だが、これは九尾なりに気を使っている。
何も言わないが、反撃できる力を奪われるというのは本人にとっては苦痛でしかない。対処できるのに、それを奪われる。
すぐに思い出したのは、九尾が封印される時の事。
あの時も、土御門家の――今はハルヒの破軍として具現化している相手に、九尾は何も手が出せないまま封印を施されたのだ。
『今は我慢だ、嬢ちゃん。今は苦しくとも、前を見てりゃあ良い事あるよ』
「ふふ、そんな事言われたの初めて」
『ま、俺も似た経験があるからな』
だから、と九尾はワザと声を抑えた。麗奈に聞かせる為に、額に尾をピタッと当てる。
『嬢ちゃんを救うのは、あの小僧だ。アイツ等は、絶対に来てる』
「!!」
この言い方に特徴があり過ぎて、ハッとなる。
九尾がこの言い方をする時の相手はユリウスだ。彼はユリウス以外には名前で読んだりするのに、彼にだけは必ずと言っていい程に『小僧』と言っているのだ。
だからここで九尾に嘘をつく理由がない。
思わず、良いのだろうかと麗奈は思ってしまった。
そこまでの価値が自分にあるのか、と思う中で『止めろ』と九尾から声が上がる。
「っ」
『悪い方向に考えるな。良い事だけを考えろ。……嬢ちゃんは何も悪くない。なんにも悪い事なんてしてない。小僧の呪いを解いて、柱を正常に戻した嬢ちゃんの功績……。もう、誰も認めてないなんて言わせないぜ?』
「……ぅ、うぅ……」
今まで無我夢中でやってきた事は、無駄ではないと信じて良いのだろうか。
助けたい人を助けて、それが結果的に功績として認められてる。
居場所があるのだと言われ、涙ぐみ静かに泣く麗奈に九尾は尾を器用に使い撫でまわす。
『ほら、懐かしいだろ? 俺の毛並み、フワフワだろ?』
「うんっ……うんっ……!!!」
クッションの様な肌触りは、彼女が幼い頃から好きな感触だ。
小さい時、九尾の尾は自分の全身を包んでくれる最高のもの。以前、それを布団代わりに寝ていた事があり何度怒られた事がある。
九尾がではなく、父親の誠一だったり清だったり。とにかく様々な人に怒られた記憶がある。
『ずるいぞ。麗奈ちゃん、そんなに好きなら妾のも良いぞ!!!』
「乗っからないでくれませんかね!!!」
別の戦いが父親と清との間で行われ、理由が分からなかった麗奈はモフモフな九尾の尾を堪能する。遠くで清が『ずるいーー』と叫んでいたが、今なら分かる。
あの時の清は、麗奈を取られて拗ねていたのだ。
「ふふっ……」
『どしたんだ』
「ううん。昔の事、思い出しただけだよ。幼い時、九尾の尻尾を布団代わりにしてたでしょ? あの時、清が凄く怒ってたの思い出して」
『あぁ、あったな。懐かしいなら今度するか?』
「それは……」
思わず頷きかけて踏みとどまる。
断れば、ガッカリした様子で拗ねだした。九尾の申し出はとてもありがたいし、またあの感触が堪能できるのならとグラリと揺れる。
でも、それは全てが終わってからでも遅くはない。
そう完結し、麗奈は九尾の頭を優しく撫でる。ピクリと反応したが、何も言わずに大事に抱え速度を上げる。
気付けば先頭から随分と離されていた。最後尾のハルヒの隣に駆け麗奈が謝れば、彼は気にした様子もなかった。
「狐さんと仲良しだもんね。別に良いよ。僕は幼いれいちゃんと会って、過ごしたのは1年しかないんだし」
『羨ましいんだろ?』
「は? 何言ってんのかな、狐さん」
優しい口調の割に、ハルヒは冷めた目で九尾を睨む。
2人の間にバチバチと火花が散ったように見えたのは、気のせいではない。そう思いながらも止めたいのに、止められない麗奈は慌てる。すると、その隣では静かに笑っている人物がいた。
ハルヒが契約している破軍だ。
『悪いね。主、この狐と会うといつのこんな感じなんだ』
「え、でも……」
1年と言う短い期間ではあるが、ハルヒと麗奈は共に暮らしていた。まだ、ゆきが引き取られる前の事であり同年代の友達はハルヒだけだ。
同じ陰陽師の家の人間である事と、その中でも取り分け強い力を持っている土御門家。
きっと自分なんかよりも凄いのだろう。
幼い麗奈はそう思ったが、初めてハルヒと会った時に違うと分かった。実力とか見た目もそうだが、疲れたと全てを語った様な目。
日常など何も意味がない。
そんな絶望を浮かべた表情は、幼いながらの元気がない。それが、別の意味ではゾッとしたのを覚えている。
ほっとくのには危険すぎる。強風に当てられたらそのまま吹き飛ばされてしまう。そんな危うさが彼にはあった。
生きているのに、死んでいるような目。
(九尾みたい、とは……言ったら駄目なんだろうな)
こういう目を見るのは2度目だ。
九尾も過去の事があって、ハルヒと同じように覇気がなかった事を思い出す。何に怯えているかは分からないが、彼の過去に何かあったのは間違いない。
せめて、寄り添わないと……。
そう思った麗奈は九尾にしつこくした。本人からどんなに嫌がられても、怒られても、毎日しつこく付きまとった。結果として、何が彼を救ったかは分からないのだが九尾は甘えるようになった。
だから、ハルヒも自分に甘えれば良い。そう思って、彼と過ごし共に術を競い合った。初めは殆ど無表情だったが、必死になる麗奈に感化されたのか徐々に反応が変わる。
気付けば自分のお嫁さんに、なんて言われ了承した。が、麗奈はそれをすっかり忘れていた。その時のハルヒのガッカリようは凄く破軍に笑われていた。
境遇は違くとも、彼等は似ているのだと思った。
過去の事を口に出さず、麗奈によって救われた。だから2人はその感謝として彼女を逃がす事に全力だ。
「もうすぐドワーフ達の元に出るッス」
通路を走りながら行くのは麗奈を助ける為に、同族を裏切った魔族のブルト。その後ろは誠一、その肩にドワーフのアルベルト。そしてアルベルトの父であるジグルドが続き、ルーベンとワクナリが続いていく。
仕掛けの扉を開ければ、ブルトが事前に合流する場所へと繋がるのだ。
そこはフィフィル達、ドワーフ達が居た。牢屋の中で大人しくしていたが、麗奈達が入って来たのを見て態度を変えた。
「フポ?」
「ホプウ?」
「シュポポ!!」
その変わり様に、ジグルドは一瞬の躊躇を見せたが麗奈がすぐに駆け寄る。アルベルトも素早く彼女の肩に乗り、同族達へと会いに行く。
「私は、ブルト君達に守って貰ったけど、貴方達は怪我とかしてない? 酷い事、されてないかな?」
「ポフウ!!」
「フポフポ」
「シュポ、ポポッ」
返事とばかりにドワーフ達が一斉にジャンプをする。
まるでモグラ叩きにも似た光景に、九尾は思わず抑え込みたい衝動に駆られる。
破軍がさらっと『やめなよ、狐さん』と忠告する。嫌な相手の指摘に、小さく舌打ちをしそのまま見守る姿勢に入った。
「待つッス。今、壊しますから!!!」
ドワーフ達が入れられている牢屋には、魔力を遮断する特別製の鉄格子。通常の武器では破壊出来ず、頑丈なもの。だが、魔力をコントロールし武器に流し込めばその頑丈さは更に上乗せられる。
ティーラはその要領で、身体能力と武器の力を上げて来た。
彼と共に行動をしてきたブルトは、近くでやり方を見ており自身も死にかけた事がある。
なので、彼も武器だけでなく自身に魔力を流し込んで強化するのが得意だ。
その要領で、見事に鉄格子を破壊し派手に壊れる音が響く。その後は凄かった。
「クポッポポーー!!!」
「グポポゥ……」
ピョーン、と大きくジャンプし同じドワーフのジグルドに向かうのだと思った。が、見事に違い麗奈の方へと一斉に向かう。
受け止める準備をする麗奈だが、彼等が弾丸のように飛んでいてアルベルトが居ても構わずに突撃してくる。
「……れいちゃんって、どこでも人気だね」
ここにはブルト以外の魔族がいる。全員、ティーラの部下であり事情を知っている者同士。気付いたら多種族が揃っている状況だと分かり、思わずハルヒはそう呟いたのだった。




