第157話:魔法の応酬
ここに居ない筈の人物がいる。
ゆきは、ヤクルと共に居る筈だ。それは追い越し様に見たフィナント自身が、誰よりも分かっている。
ドラゴンがそれに感知しないとは思えず、偽物の線も考えた。だが、もし――と言う場合もある。
傷を癒す時間さえも、相手にとっては隙を見せる事だ。相手を睨みながら、もしもの場合をと思考を働かす。
「う、ああっ……!!!」
「!?」
聞こえるのは、呻き苦しむ声。ギリギリと締め付けられる様を見せられ、可能性を1つ潰していく。
焦らされていると分かりながらも、体の動きは鈍っていく。
「偽物、と考えるか?」
「……」
「安心しろ。そうだな、次は腹に穴を開けるか。コイツは器と違って始末していい存在だ」
ピクリ、と締め上げられた人物の指先が動いた。
視界の悪さに加えて全てが、紅い光に満たされたとしても。
エルフの目は、それを正しく認識している。
次代の魔王の依り代とされる、異世界人。
バルディルも詳細は知らないが、執拗に求め手にいれた時のサスクールは笑っていた。これで全てが、条件が揃ったのだと言った。
だから、その器が居ないでは済まされない。
サスクール自身がまだ動いていない。この時を使い、麗奈を探し出さなければならない。
その障害が、懸念していた事が起き舌打ちする。
(エルフだけじゃない。邪魔者のランセ……奴がいる)
その瞬間、首を締めていた筈の腕が宙を舞う。
「「!?」」
「げほっげほっ、ごほっ。ごほっ、ごほっ……」
「落ち着いて、ゆきさん」
両者の間に颯爽と現れたのはランセ。彼は、ゆきを抱き抱えたまま変わらない口調で話しかける。コツ、コツと歩く音が妙に響きバルディルは焦った。
(いつ、の間に……!!!)
気配はなくとも警戒していた。
影を使って攻撃するのは、バルディルだけではない。ランセも行うし、実際にそれをリーナに教えていた。
「ラ……セ……さ」
「だから落ち着いて。私が居る間なら、バルディルは妙な事出来ないし」
やらせる気もない、と付け加えられたような余韻。呼吸を整えるのに必死な為、頷くのが精一杯。
ランセはふわりと笑い、子供をあやす仕草で頭を撫でる。それに合わせて呼吸もしやすくなった所で、保っていた意識をそこで落とした。ふと、彼女の首筋にじわじわと広がる黒い霧が見えた。
「……呪いを付与したのか」
霧を抑えるように、首筋を抑えれば簡単に収まった。
思っていたよりも低い声に、フィナントは警戒を強める。ここにきて魔王同士がぶつかれば、ここ一帯だけでなく城の一部がなくなるのは想像できるからだ。
そしてランセは唯一、魔王の中で呪いを解除する力に長けている。
対してサスクールは呪いの付与が得意であると同時に、その効果は時間の経過と共に強まる。
これまでランセが解除してきた呪いの殆どは、サスクールだけでなくバルディルが付与してきた呪いも含んでいる。だからすぐに気付いた。
この呪いを付与したのが、バルディルであると。
「……前にゆきさんの血を取っていた魔族が居た。とっくに倒したけど、報告位は受けてるんだろ?」
ギロリと睨むランセからは殺気しか感じられない。
それを示す様に彼の影から、空中に10もの剣を生み出し狙いを定める。強まる魔力を感じながら、フィナントが防御魔法を展開した瞬間に起きる炸裂音。
「ランチャ」
「アルコ」
互いに生み出していくのは黒い武器の数々。
剣、斧、矢、槍と順番は違えどそれらを放出しているのは魔法弾。ぶつかれば弾け飛び、相殺しあるいは威力に負ける。
いくつか貫通されランセの元へと向かうも、バクンと影が飲み込み人型へと形成されていく。その人型が口を開けたかと思えば、黒い光の球体が5つ円を描くようにして回っている。
「!!」
咄嗟に右へと倒れれば、さっきまで居た場所が雷となって落とされる。
黒い球体がその頭上をピタリと離れないでいるのを見て、即座に動く。左へ避ければ同様に追っていき、ガクンと何かに引っ張られる感じにハッとさせられる。
「ソンブル・クロイツ」
ヒュン、と風を切る音と共に黒い球体がバルディルの四方へと行く手を阻む。次の瞬間、放たれる光線と共に爆風が起き周辺一帯が木っ端みじんになる。
黒煙が晴れるのを待たず、手に持つ剣を振り降ろせばそれを弾く音が聞こえる。
「ふっ!!」
互いの闇の力がぶつかり、破壊される範囲が増える。既に廊下と言う原型もなく、降下しながらも2人は魔力を纏いながら激しくぶつかる。
「寿命が短い人間を何故、庇う!!!」
元から種族が違うのなら、短い者から滅ぶのも道理。
人間は彼等から見れば確かに短い寿命だ。長寿として知られるエルフも、魔族も、ドワーフも、獣人も居るこの世界。
寿命の長さが違う事は、自然と溝を生む。
人間はどんなに理解しようとも、自分と違う力があればそれが巨大であれば勝手に恐怖し、悪と定める。そんなものに守る価値はない。弱い奴らを生かす理由がないと言い切るバルディルにランセは違うと答える。
「彼等は、彼等なりに考えている。種族の違いもあるが、それでも理解しようとしている人達がいる!!!」
そうでなければ、人間とエルフとの間に生まれて来るハーフエルフは生まれない。圧倒的に寿命が違う中で、それでもと種族間を超えて理解出来る。復讐に生きようとするランセは、ラーグルン国の暮らしぶりを見て思った。
最初に希望を抱いてしまった、理由。
ラーグルング国は精霊が集う国であり、最初に種族間同士で作り上げた国。それを守る為、虹の大精霊が住まう奇跡のような国。
(なにより、麗奈さんに教えられた……!!!)
復讐をやり遂げる。
それを頭に置きながら、サスクールを少しでも倒せる可能性が高いからと協力してきた。だが、ここにきて異世界から来た麗奈に言われて気付いた。
人間と言う種族が好きだからこそ、共に居るのだろうと。
その言葉に衝撃を受けたランセは気付かされる。彼等を見て、どこか懐かしさを思わせるのは自分が居た国の雰囲気に似ているのだ。彼の国は、魔族と人間が共存していた数少ない国でもあった。
だからこそ、大事にしてきた半身を奪われるような痛みが彼を苦しめた。人との触れ合いを知ってしまった彼は、それを忘れようとしてもつい求めていた。
求めてしまった、と言う方が正しい。
「だから守る!!! 教えてくれた麗奈さんに、世界を壊す様な真似もさせない。ヘルスもこの手に取り戻す!!!」
そこでランセの魔力が変化する。
バルディルは警戒しながらも、感知した力に疑問が湧いた。
(どういう、事だ……。何故、それを使える!?)
「契約を、ここに果たせ!!!—―サンク」
ゾワリ、と背筋が凍るのは自分の扱う力と対極する力。ほぼ同時に逆方向から感じたのは馴染みのある闇の力。
2体の大精霊が、ランセとの契約により姿を現す。闇の力は黒い狼であるガロウともう1つは黒い甲冑に身を包んだ騎士。だが、その甲冑からピシッと割れていく音が聞こえ本来の姿を現す。
「光の、大精霊……!!!」
《クロス・ネメシス》
キラリと光る十字架は、そのままバルディルを叩き潰す様に勢いを増していく。対してランセはその容姿を変えていた。短髪であった髪は背中までの長さへ、瞳の色が青と赤というオッドアイへと今までの雰囲気と異なる。
派手な音に呼び寄せられた魔物達がその現場へと向かうも、ランセの睨みで存在を消される。
「ちいっ……!!!」
力押しで無理矢理に避け、再生していた腕が再び塵となって消える。
バルディルが睨み付ける先には、魔王としての姿であるランセが見える
自身に纏う魔力が、黒い霧になり目も髪も濃い紫へと変化する。
互いに魔王としての力を発現し、「そうか」と納得した様子でランセを見た。
「貴様、属性転換を……精霊に施したな」
本来なら、光という対極を魔王が扱える事はない。
だが、その精霊はランセに契約を行った時に条件をつけた。自分を、闇の力へと変えて欲しいのだと。
「お前が殺してきた精霊の、生き残りが彼等だ」
《別に忘れてても良いがな。本命を見付けたなら自由にしていいって契約だし……恨みを晴らしたい》
今まで殺してきた精霊達の代わりに、自分達が果たす。それが生き残った自分達に出来る事であるのだと訴えるのは、光の大精霊であるサンク。
身にまとう鎧は白く変化し、魔力が増大する。
その影でもう1つの魔王の力が静かに動き出す。力をぶつかるのが合図のように、逃亡していた麗奈はふと足を止め後ろを振り返った。




